ではではハイハイ、改めて!

 お待たせしました!

 まあ海斗くん的には一秒だって待ってないと思うけども。

 それでも、はい!

 お久しぶりです、海斗くん。 

 元気?

 私はね! 

 超元気だよ!

 

 導入部分だけでもう二千字を超えてしまいました。

 どうする私! 

 どうしようもない私!

 アホの極みの私!


 あはは!

 あは!

 あは……。


 ……はぁ。


 まあ、もういいや。

 どうせ全部終わりだし。

 これでもう終わりだし。

 最後だし。

 もうなんでもいいかぁ。

 

 よっしゃ。

 んじゃ。

 そいじゃ。

 早速——本題いきましょうか。

 




 まあ。

 本題と言っても基本的に、去年過ごした夏の思い出話がほとんどなんだけど。

 えっとね。

 確か……八月三日。

 二日だったかな。

 詳しくは……忘れちゃった。

 君が街から来た日だってことしか知らないや。

 ごめんごめん。

 知ってたら……今度教えて。

 その日自体私にとってはそんないい日じゃなかったし、思い出したくないこともあった日だったから。

 多分記憶の方が勝手に消えたんだと思う。

 だから、その詳しい日付までは覚えてないけども。

 それでも……うん。

 あの時の光景は、今でもはっきり覚えてるよ。

 君が初めて海に来た時。

 夜だったよね。

 月は半月で。

 海はとっても綺麗で大きくて。

 水面はずっと——輝いてた。


 そんな時、

 そんな時間、

 そんな綺麗な空間

 私、一人、泳いでてさ。

 ほとんどガムシャラになって海に入ってて。

 型なんてなくて、

 腕なんて、めちゃくちゃになって振りまくってたたきまくって。

 あれは……うん、

 多分自分をほとんど痛めつけるようにしていたのかもしれないね。


 あははっ。 

 いや、確かになかなかに滑稽な姿だったと思うよ。

 結構自覚してる。

 だってね。

 あの時さ、たった一人で岸辺で海観てた君が、すっごい顔したこっち見てんだもん。

 ほとんど……化け物を見る目だったもんね。

 というか……まあ。

 実際聞いてきたもんね。

 海から上がって、

 濡れた髪振りかざしてる私に向かって。

 真顔で、

 真剣に、

 

「よ、妖怪でしょうか?」


 まあね。

 正直ね。

 爆笑したよね。

 普通実際に妖怪にあったとしてもその有無は確かめないでしょ。

 聞かないでしょ、本人に。

 仮に百歩譲って確かめたとしても、だいたい敬語なのもおかしいし、とっとと早く逃げろよって話。

 あははっ!

 ダメだ

 今でも思い出すだけで笑いが出ちゃう。

 あーもう……。

 本当、おかしいんだから。

 

 ……うん。

 まあでも。

 ああして逃げないで、まっすぐ聞いてくれたからあの夏があるんだけど。

 その点ではとっても感謝してる。

 


 改めて——ありがとう。

 そして、超面白かった、ありがとう。



 で。

 それからね。

 まさか君が隣に住んでるとは思わないわけよ。


 朝。

 出掛け。

 家に居辛かったからさ。

 なんとなく外に出たら

 そしたら君が立ってんだもん。

 隣で。

 ボーッと。

 馬鹿みたいな顔して。

 死んでそうな顔して。

 ポツンて。

 私の家の前にただ突っ立ってんだもん。

 普通に不審者にしか見えなかったよ。


 というか。

 私は不審者だと思ったよ。

 思わず警察に電話したぐらいには。

「やべえこいつ」って思ったよ。


 まあ。

 なにを間違ったのか、押した番号が117だったから警察さんはきてないんだけど……。


 うん。あれってね、とっても空しいんだ。

 今度暇なときやってみて。

 なんかね、こう……

 とっても、死にたくなるから。



 ということで、

 そういうことで。

 

 どうやら君が余ったおかずを持って来たってことを知ってさ。

 それから、それから。

 なんか一緒に朝ご飯食べることになって。

 お話しして。

 茶化して。

 昨日の話とかして。

 お母さんが仕事行っちゃって。

 二人、部屋に残って

 ちょっと気まずくなりつつも。

 男子校で女の子に慣れてない海斗くんを。

 揶揄って遊んで。

 男の子とあんまり話したことない私が。

 揶揄われて遊ばれて。

 

 そっから……。

 どっちからだったかな。

 うーん。

 多分私かな。

 海斗くん、あんまそういうこという人間じゃないもんね。


 『海行かない?』


 なんて。

 そんな、

 そんな明るい前向きなこと言うのって、海斗くん絶対できないもんね。

 


 そしてなんやかんや文句言いつつ、海に着いて。

 そして海を見下ろしつつ、眺めつつ、その堤防まできたはいいけどさ。

 その文句ってのがまたしつこくて。ねちっこくて。


「人間は哺乳類だ」

「進化の果ての陸上生物なんだ」

「なんでそんな俺がわざわざ自分から進んで退化せにゃならんのか」

「泳ぐなんてアホなこと、ネアンダルタール人でもしてないんだ」

「それもだ」

「プールでも川でもなく」

「海だと?」

「潮がアホベタつくほどふんだんに入った水で」

「何か分からないような生物や菌が大量に浮かんでいるような水で」

「誰ともわからない人間が使った市民プールよりも汚らしい雑菌だらけの汚水へ」

「俺に飛び込めと?」

「浸かれと?」

「入れと?」

「アホなの?」

「いやに決まってんだろ馬鹿女」

「いいか? 俺は絶対泳がないぞ」

「第一だ」

「泳げなくても困らない」

「困ったこともない」

「困ることもない」

「必然」

「俺は泳がない」 

 

 うるせえ

 

 そう思った私が、君の背中を蹴り飛ばしたのはもう仕方のないことだと思う。

 まあなかなかに痛快な一撃だったと自負してるよ。

 だってうるさかったし。

 死ねよ黙れって、本気で思ったし。

 

 まあ本当に泳げない人ってのがこの世に実在してるって君の間抜けな犬かきを見て、結構申し訳なくは思ったんだけど。

 まさか冗談じゃなかったとは。

 ごめんごめんて。

 すぐに浮き輪投げたじゃん。

 許してよ。

 私だって、結構本気で危なかったな、なんて思ってるんだから。

 確かにあれはやり過ぎだった。

 本当、ごめんなさい。


 まあでもね。

 人の好きなものをあそこまで目の前で馬鹿にしておいて

 まさか蹴りの一つも喰らわないと思っているわけもないし、

 だから正直、後悔は全くしてなかったんだけど。


 それでも。

 それでもね。

 ちょっと……残念だったんだ。

 もちろん海が嫌いな人がいるっていう事実が目の前にあったこともそうなんだけど。

 それ以上。

 それ以上に。

 あれがきっかけで……君がいよいよ海のことが嫌いになっちゃうんじゃないのかって。

 いや。

 海だけだったら……まだいい。

 けど。

 泳ぐこと自体が、ますます嫌になっちゃったんじゃないか——って。 


「もう俺、一生水には入らないから」


 なんて。

 そんなこと言われちゃうんじゃないかって。

 言われてもおかしくないんじゃないかって。

 そう考えたらさ。

 もう本当、残念で。悲しくて。

 やっちゃったな、なんて思うようになっていって。

 君が——一生海の楽しさを知らないまま生きる人生にしてしまったんじゃないかって。


 私、とっても……申し訳なくなったの。

 

 

 だから。

 だから、海斗くんが翌日、すぐに私の家に来た時はめちゃくちゃ驚いた。

 上にシャツを羽織って。

 下に水着はいて。

 ビーチサンダルに、ゴーグルまでつけて。

 そんな彼に、私はとっても驚いた。

 驚いたし、その後に続いた海斗くんの言葉にまた驚いた。


「俺に泳ぎを教えてくれ」

 

 つまり——

 突き落とされた時に見た海が想像以上に綺麗で。

 透き通った水と魚のコントラストに感動して。

 ひかる砂浜に揺れるサンゴの彩りが豊かで。

 

 だから、その光景がもう一度見たいから。

 だから、海斗くんは私に師事を頼んでいるんだ—————って。


 そんな意味のわからない思考回路を理解するのは、私だってなかなか時間がかかったわけですよ。

 

 いや、なにそれ——と。

 なに言ってんのこの人——と。

 頭がおかしいんでしょうでしょうか——と。

 

 そう思ってしまうのだって無理もないでしょ。


 ……いや、だってね。

 泳げない身でありながら、

 後ろから脈略なく海へ突き飛ばされて

 笑われて

 浮き輪を投げつけられて、

 ろくに救助もせず、

 ただ打ち上げられた魚のような惨状になって。


 そして——その翌日

 一体どうしてその犯人に対し泳ぎの練習を頼みにこようか。


 トラウマにこそなれど。

 その真反対には普通ならないでしょ。

 どんなショック療法だ。

 電気ショックじゃあるまいし。

 

 でも。

 いやまうん。

 嬉しかったけどね。

 嫌いにならなくてよかったとは思ったのは本当。

 ただ、それ以上に


「こいつはやばい」


 っていう感情が大きくなっただけ、うん。

 



 それから。

 それから私たちの練習は始まった。

 最初は大変だった。

 場所決めですらとても苦労した。

 私自身、泳げない人というものに出会ったことはなかったから『泳げない』という人の気持ちが全くわからなかったし、

 君は君でそんな私に何回もムカついて声を荒げてた。

 何回取っ組み合いの喧嘩をしたのかわかんないくらい。

 

 最初はプールで。

 足のつくプールで。

 顔つけの練習から腕の動かし方。

 初歩の初歩から初めてさ。

 それからバタ足、背伸び、ビート板、クロール、息継ぎ——って

 水の中で目も開けられなかった君が、みるみる腕をあげてって。

 場所を大きなプールに移して。海に移して。

 その腕が水を裂くようになっていって。

 その足が地面につかなくなっていって

 その口がスムーズ時呼吸するようになっていって。

 水の中で君が笑う回数がたくさんになっていって。

 毎日毎日——できること、やれることが増えていって。

 海の時間が増えていって。


 そして。

 そして、最後、君は海の沖にいた。

 帰る前日。

 その直前。



 君は——泳げるようになったんだ。



 私はほとんど自分のことのように嬉しかったよ。

 嬉しくて嬉しくてさ。

 ほとんど泣いていたと思う。


 めちゃくちゃ嬉しかったんだ。


「ありがとう」


 なんて、

 そんならしくない言葉を私にかけて、


 笑って、

 私の手を引いて、

 そして、海へと引いて行ってくれたよね。

 私が教えた約束の場所。

 誰も知らない。

 世界で一番——海が綺麗な場所。

 そこに手を引いて行ってくれようとしたよね。

 

 私……多分一生その時の光景忘れない。

 ずっと忘れないと思う。 

 死ぬまで、

 死んでからも。

 絶対。

 忘れないと思う



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