海が太陽のきらり

西井ゆん

拝啓

 こんにちは。

 お元気ですか。

 突然ごめんなさい。びっくりしてますよね。

 私、陽子です。

 太陽の子供と書いて——陽子です。

 

 お母さんからつけてもらった

 そんな大事な名前の陽子です。


 名乗った途端、いきなり君に馬鹿にされました。

 そんな陽子さんです。

 

 泳ぐのが好きで、前は一晩中だって海に入りまくってた

 そんな陽子ちゃんです。

 

 嫌がる君に無理やり泳ぎをたたき込んで、何回だって本気な喧嘩をした

 そんな陽子さまです。

 

 去年、君と夏を過ごして、海で過ごして、一緒に過ごした。


 そんな——私。


 陽子です。

 

 ……どうかな?

 思い出して、くれたかな?


 うん。まあね。

 一応ね。

 今、もう夏だし。

 まだあれから一年しか経ってないし。

 時間全然経ってないし。


 それなのに、もし今これ読んでる君の口から、

 

「誰?」


 なんて言葉が出た日にはもう、私としてはなかなかに発狂ものな訳だけど。

 恨み骨髄に怨念をぶつけるけれど。

 普通に悲しんで三日ぐらい寝込むまであるけれど。

  

 それでも……まあ。

 今海斗くん、三年生だし、受験生だしね。

 覚えることはたくさんで、詰め込むことはいっぱいで。

 結構、大変な時期だと聞き及んではおります。


 だから……うん。

 この際忘れてても別にいいです。

 仕方ないです。

 寛大な陽子ちゃんなのです。


 だから……うん。

 とってもとっても感謝するように!

 

 ……でもねぇ。

 この後の話的に、展開的に。


 ……展開的というか、

 物語的にというか、

 まあつまり……私の一身上の都合的に、

 これから色々、思い出話を書いていくつもりがあるわけで。

 振り返っていくつもりがあるわけで

 そういう狙いがあるわけで。 

 

 ……うん。

 まさか登場人物のプロフィール画面が空白ってのは一体どうして空しいことだと、思いんす。

 

 だから……そうだね。 

 やっぱり、この手紙で私の顔ぐらいは、せめて思い浮かべて欲しいところなんだけど。


 えっと……

 んっと……


 ど、どうかな?

 ど、どうかな?

 なんとなく、かすかにでも、ほんの少しでも……思い出せたり、しましたかな?

 

 えっと……。

 あの……ほら!


 ポニーテールの!


 可愛くて!


 人気者で!


 可愛くて!


 輝くスタイルの持ち主で!


 可愛くて!


 頭良くて!


 可愛い可愛い女の子!

 

 ……どうかしら。

 そろそろね。

 くっきりはっきりね。

 思い出せたんじゃない? です? かしら?


 いやいやまあまあ。

 むしろここでね。

 思い出せないわけないよね。

 私よりもポニーテールが似合う女子なんていないし、私よりもくびれてる女子なんていないし、私よりも可愛い女子なんていないもの!

 もはや、君の頭の検索フォルダは私一色に染め上げられていることでしょう!

 私以外並んでいないでしょう!

 作戦成功!

 陽子ちゃん大勝利!

 高笑いだってしちゃうもんね!


 オホホホホホッ!

 アハハハハハッ!

 オホホホホホッ!

 



 ……あーダメだ。

 今私、確実にテンションがおかしい。

 テンションっていうかもはや頭がおかしい。

 これ絶対酒のせいだ。

 母さんが持ってきたお酒のせいだ。

 角ハイのせいだ。


 というか

 第一病院にウィスキーを置いてく親なんかいるのかね。

 10%って、結構な度数じゃないの? いや知らないけど。

 それにうん。

 まあ私が飲んだんだけども。

 結構ガッツリ飲んだけども。

 ラッパのみをしてしまったんだけども。

 おかげでまあ……

 なんとなく——痛みは少し和らいだ気もする。


 とはいえ、反対、何か大事なものを薄なった気がする陽子ちゃんです。どうも。



 ……うーん。 


 改めてさ。

 これ……大丈夫かな、私。

 頭おかしいやつって、思われたりしないかな。


 「あいつ、いよいよ狂ったのか」

 なんて、


 そんな風に思われたりしないかな。


 ……というか。

 そもそもこんなふざけた文章でやつは読んでくれるのかな?


 途中で投げ捨てて、読み捨てて、悪戯だって切り捨てて、

 最終的にゴミ箱へダストシュートを決めていたりしないだろうか。


 …………。

 

 あ、なんか今すっごく具体的な絵が浮かんだ。


 え、やばい! 

 どうしよう!

 これ、絶対あいつ読まないじゃん。

 これ、絶対捨てるじゃん!

 捨てるならまだしも、こいつ、普通に燃やすまでしそうな人間じゃん!


 ……え、なに!

 え!

 ……え?


 私、これどうすればいいのかな!

 こっからどう挽回すればいいのかな! 

 どう巻き返せばいいのかな!

 書き直せばいいのかな! 

 一から書き直せばいいのかな!


 ……え?

 待って。

 まじ?

 ……まじ?

 

 この文字数を?

 一から?

 書き直す?

 全部?

 消して?

 一から?

 また?

 

 …………。


 ……いやいやいやいや。

 ないっしょ。

 それは。

 流石に。 

 うん。

 ないない。

 ありえない。

 天動説よりありえない。

 

 

 この文字数を消しゴムで消す気力なんてないし。

 そんな自分で掘った穴を埋めるみたいな。

 

 なにそれ。

 中世の拷問かよ。

 

 まあまあ。

 ちょいと落ち着こうや陽子はん。

 ちょちっと待とうや陽子はん。

 

 こう考えようぜ?

 こう考えよう。

 これは日記だ。

 思ったこと、考えてたことを、

 全部全部。

 余さず全て、

 消しゴム使わず振り返らず、

 全く全てを書ききる日記だ。

 そう考えようぜ?

 そう考えよう。

 

 ……で。


 こう考えようぜ?

 こう考えよう。

 その日記がさ。

 たまたま

 偶然、

 風のせいか、空気のせいか、

 神羅万象、有象無象、全てが間違ったせいで。

 これは郵便ポストに——投函されてしまったんだ。

 切手貼って。 

 住所書いて。

 封をして。

 配達員さんが持っていっちゃったんだよ。

 そう考えようぜ?

 そう考えよう。


 そう考えよう!

 

 そうだ、

 これ日記だ。

 うん。

 じゃあ日記だから別に恥ずかしくなんてないもんね。


 よっしゃ!

 これから思ったことしか書かない!

 消しゴム使わない!

 振り返らない!

 私は……前しか向かない女なのだ!

 



 ……あーごめん、ちょっと待ってて。

 今、完全にノリでしかペン動かしてないから。

 完全に私飛んでるから。

 ちょっと時間置いて一旦冷静になる時間頂戴。

 水飲む時間頂戴。


 今看護師さん呼んだから。

 ごめん。ちょい待ち。

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