幕間5 今日も平和
「おかあさん、いってきま~す!」
「行ってきます」
「いってらっしゃい!馬車とか、人にぶつからないように気を付けるのよ」
何でも屋の前では平和な
「今日はどこに行くの?」
「お兄ちゃんのところだよっ!」
姉のエミリーはそう言って走り去っていく。その後を妹であるオリビアは「待って!」と言って追いかけ始める。
そんな二人の可愛らしい追いかけっこはある一軒家の前で止まった。
「早すぎるよ、お姉ちゃん……」
「アハハ!オリビアが遅いだけだよ~」
オリビアがゼェゼェと息を切らしているのにも関わらず、エミリーは元気に笑いながらぴょんぴょんとその場を飛び跳ねていた。
エミリーは直哉との剣術の稽古によって、体力や筋肉が以前よりもついて来たことで走るのが早くなっただけでなく、持久力も付いてきていた。それゆえに、オリビアは読書ばかりで運動をしないオリビアとでは体力に雲泥の差があった。
「お兄ちゃん!遊びに来たよ!」
すでに疲労困憊のオリビアが地面に座り込んでいる中、元気の有り余っているエミリーは一軒家のドアを激しくノックした。その後、ドアノブをガチャガチャと力を込めて、押したり引っ張ったりしたが鍵がかかっていてどうにもならなかった。
それもそのはず。家主である直哉はホルアデス火山へと旅立った後だ。家には誰も居やしない。
「お姉ちゃん。お兄ちゃんは今いないんだよ?」
「あっ、言われてみればどこかの火山に行くって言ってたような……」
オリビアの言葉で出発前に直哉から言われた言葉を思い出したエミリーはクルリと向きを変え、オリビアの元にやって来た。
「オリビア、次は冒険者ギルドに行ってみよ!」
「えっ、また走るの!?」
オリビアは勢いよく駆けだすエミリーに腕を引っ張られていく。こうして、二人は直哉の家を後にしたのだった。
子どもの足で移動すること30分ほど。二人は人の多い市場を抜けて、冒険者ギルドに辿り着いていた。
「ニャー」
「あ、猫ちゃんだ!久しぶり!」
入り口で暖かい日差しに当たりながら寝転がっているレオに話しかけるエミリー。直哉の家に着いた時点で体力的に限界が近かったオリビアは地面に四つん這いになって、呼吸を早めていた。
「……オリビアちゃん?大丈夫なの?」
「はい……大丈夫です。ちょっと疲れちゃって……」
地面にへたり込んでいたオリビアに声をかけたのはパン屋の袋を抱いたラウラだった。ラウラは休んでいくように勧めたが、当のオリビアは「大丈夫」の一点張りであった。
「ラウラさん!」
猫を撫でている最中にラウラが居るのに気づいたエミリーは二人の元へと駆け寄ってきた。
「二人とも、休んでいったらどう?」
「でも……」
「うん、休んでいく!ほらっ、オリビア。行こっ」
エミリーは頑なにラウラからの誘いを断るオリビアをグイグイ引っ張ってギルドへと入っていった。そして、ラウラはそんな二人から離れることなく、見守るようにギルドに一緒に入っていった。
エミリーは直哉から言われたことがあった。それは、『仲間の様子には常に気を配れ』という言葉。仲間の様子に気づいてあげられれば、仲間が危険な目に遭うリスクを下げられる。
そして、冒険は常に万全で挑まなくては乗り越えられる困難も乗り越えられない。そんな言葉も追加でエミリーに教えていた。
エミリーは四つん這いになって、疲れている様子のオリビアを見て、ようやくオリビアが疲れていることに気づいた。こんなんじゃ、自分は冒険者になれない。それどころか、姉失格だ。そう、心の内でショックを受けながらも、それらの感情を一切、顔には出さなかった。
「二人とも、私の部屋にいらっしゃい」
数多くの冒険者がギルドの一階をウロウロしている中、エミリーとオリビアの二人はラウラの後ろをついて歩きながら、邪魔にならないように端を移動していった。そして、1階の奥にある木製の階段を上がって2階へ。
階段を上がってすぐに左に曲がり、そのまま10メートルほど歩いて、再び左折。
その廊下には四つの部屋があり、その中でも左奥がラウラの部屋であった。
「ラウラさんの部屋、キレ~イッ!」
ラウラがドアを開けるや否や、部屋に突入していったのはエミリー。ラウラの部屋は物が多いわりに整頓されており、几帳面な印象を与えていた。が、それは昨日ミレーヌが片付けたためである。
そんな部屋をエミリーは駆けまわって、あちこちの物を見て回っていた。
「オリビアちゃん、遠慮しなくていいのよ」
「……うん」
ラウラにそっと背中を押されて部屋へ慎重に入っていくオリビア。そんな遠慮がちなオリビアと自室のようにはしゃぎまわるエミリーとを交互に見やって苦笑した。
ラウラはとりあえず、部屋の窓辺にあるベッドに腰かけるように促した。
「うわぁ~、ラウラさんの匂いだ!」
「ふかふか」
エミリーはふかふかのベッドにダイブし、顔をシーツにこすりつけて匂いをかいでいた。その隣に座るオリビアはそっと腰かけ、シーツの触り心地やベッドの硬さ加減を見ていた。
これでもかというほどに双子の性格の違いを見たラウラは双子なのに何もかもが正反対なエミリーとオリビアを見て、面白いと感じていた。
そこからは、ラウラが机の前にある椅子をベッドの近くに運び、エミリーとオリビアの話を聞くことに徹していた。その時も楽し気に色々なことを話すエミリーと淡々と言葉少なに話をするオリビアは実に対照的であった。
「そう、エミリーちゃんは直哉に剣術の稽古を付けてもらってたのね」
「うん!」
「それで、直哉は教えるのは上手?」
「う~んとね、実際に戦うだけ!盗める物があれば好きにすればいいって」
ラウラは直哉が言葉で教えるよりも実際にエミリーに木刀を持たせての実践訓練を行なっていることは瞬時に把握できた。それに、直哉が真面目に剣術の説明を行なえるとは思えなかった。何せ、直哉は紗希とは違って直感で理解することが多いからだ。そんな直感的なモノを言語化して説明するなど、到底不可能である。
「そうなのね。オリビアちゃんは直哉から何か教わったりしてるのかしら?」
「いいえ、私が教える側です」
ラウラはオリビアの言葉に首を傾げた。年端もいかない少女が何を直哉に教えているのか、それが分からなかったのだ。
「それで、オリビアちゃんは何を教えているの?」
「私が呼んでる本に出てきた言葉の意味とか……」
「それは一体、どんな本なの?」
「少し、待ってください」
オリビアは背中に背負っていたリュックをガサゴソと漁って、一冊の本を取り出した。
「これです」
「これ……!」
ラウラがオリビアから手渡されたのは学術書。ザッと中身を見てみれば古代の歴史や文化の事が記されているようだった。正直、今年で24歳になったラウラですら文章は読めても、書かれている内容までは完全に理解できなかった。
……それを8歳の少女が内容を理解した上で読んでいることに驚きを隠せなかった。
「直哉はオリビアちゃんから勉強している時、真面目に勉強してる?」
「えっと、目を離した途端に居眠りばかりしてます」
ラウラはその事に対して、苦笑いを浮かべるくらいしか出来なかった。何とも、ラウラの思い描いている通りの答えだった。むしろ、直哉が真面目に受けていたら今にも空から槍とか剣とかが降って来そうだと思っていた。
「ねえ!ラウラさんって
「そうよ。それがどうかしたの?」
「えっとね、聞きたいことがあって!その……アタシでも冒険者になれるかなって思って!」
ラウラはエミリーの質問の答えに迷った。なるだけなら、冒険者登録を済ませれば誰でもなれる。ただ、強い冒険者になれるかと言われれば、本人たちの努力と運しだいといったところだ。
自分よりも遥かに強い敵に遭遇して、五体満足で生き残れればまだいいが、重傷を負ったりして引退するケースや、物言わぬ死体となる場合など数知れず。そのことで、弟のミロシュのことが脳裏を過ぎったが、それを頭をブンブン横に振ることで払拭した。
そんなラウラを不思議そうな眼差しで見つめているエミリーにラウラは返す言葉を決めた。迷うことなく、思ったことをそのままに。
「エミリーちゃん、冒険者には今からでもなれるのよ」
「ホント!?」
ラウラに食いつくエミリーであったが、ラウラに制される。鼻先に優しく人差し指を突き付けられていた。
「人の話は最後まで聞かないと」
「あっ、そうだね……!」
ラウラにそう言われ、ベッドに座り直す。それを見てから、再びラウラは話を始めた。
先ほどのミロシュが脳裏を過ぎる直前まで思っていたことを包み隠さず伝えた。本音を言えば、ラウラは危険な目に遭うことの方が多い冒険者になることをそそのかすことは出来なかった。それでエミリーが冒険者になって、死んでしまっても責任が取れないからだ。だから、無責任な言葉などかけられなかった。
「エミリーちゃん。あなたはもっと周りに気を配った方が良いわ。冒険者になりたいのなら、なおさらね」
ラウラはウィンクした後で、エミリーの双眸を見つめた。それは子供としてではなく、冒険者を志す者に対しての眼であった。
「エミリーちゃん、私は剣術の稽古とかは出来ないけど、私で良ければ相談くらいは乗るわ。だから、いつでも来て頂戴」
ラウラからの言葉に嬉しそうにはしゃぐエミリー。それを優し気な眼差しと共にオリビアは見つめていた。
そうして話を終え、エミリーとオリビアはラウラの部屋を後にした。
「お姉ちゃん、ラウラさんからたくさん話が聞けて良かったね」
「うん!なんか、お兄ちゃんが帰ってくるまでずっと素振りしていたい気分!」
エミリーはエアで木刀を振り下ろすかのような動きをしていた。
「オリビアもお兄ちゃんに剣術教えてもらえばいいのに。楽しいよ?」
「私は体を動かすより、本を読んでいる方が楽しいから」
「え~、アタシはそんな小難しい本を読んでるより、体を動かしてる方が楽しいと思うんだけど」
エミリーとオリビアは、運動と読書のどちらの方が楽しいのかを互いに必死に話していたが、結果としては『お互いが好きならそれでいいや』というところに着地した。
「あら?エミリー!オリビア~!」
二人が賑わっている市場を歩いていると、背後から聞きなれた安心する声で名前を呼ばれた。
「「おかあさん!」」
二人はパンの袋と野菜の入った籠を手に立っていたセーラの元へと走り寄っていった。
「二人とも随分と楽しそうだけど、何かあったの?」
優しく微笑んでいる母親を見て、少女二人は明るく元気に笑いかけながら、今日あった事をジェスチャーを交えて伝えた。それを上品に笑いながら会話をするセーラ。
そんな
――日常の輝きはその一つだけではなく、町中に満ちている。そう、それは平和という夜空に輝く無限の星々のように。
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