第175話 煉獄竜

「直哉、お前の攻撃は単調すぎる」


 俺はディエゴさんからかけられた言葉に絶句した。どうして、と。


 なぜという問いが次々と浮かんでくる。そのなぜに答えても、『これだ!』という答えはまったく出ない。


「ディエゴさん、そんなに俺の攻撃って単調ですか?」


「ああ、そうじゃとも。単調すぎて、どこを狙ってくるのか丸わかりじゃよ」


 ……随分、ハッキリと言われてしまった。


 でも、俺はこれでも魔王軍の八眷属と戦ってきた。それに、ゲオルグとの戦いでは良い感じに進められていた手ごたえは確かにあった。それと同じようにディエゴさんとも戦ったのに、一体何が違うというのか。


「お前の動きは無駄がない。それは良いことじゃよ。じゃが、無駄が無さ過ぎるとそれはそれで攻撃が相手に見切られやすいんじゃ」


 ディエゴさんの言葉に俺はモヤモヤとしたモノを覚えた。今まで紗希との稽古では無駄が多いから無駄を省くように言われてきた。だから、俺はそうして来た。


 いや、無駄が無いのなら紗希だって、俺と同じ壁にぶつかるはずだ。なのに、なぜ……?


「直哉、お主には駆け引きが足らん」


「駆け引き……」


「そうじゃ。だから、攻撃が単調になっておるんじゃ。お主の攻撃はただ闇雲に敵を倒そうとしているだけのようじゃった」


 ――駆け引き。それが俺に足らないモノの正体。


「お主はもっと駆け引きを覚えた方がよい。でなければ、高みに至ることはないじゃろうて」


 俺はディエゴさんの言葉をしっかりと胸に刻んだ。何せ、それは俺が強くなるために必要なモノだから。


 呉宮さんやみんなを守るためにも、俺はもっと強くならなければならない。もう誰も、死なせたくないから。


「さて、そろそろ後半戦に入ろうかのう」


 ディエゴさんの言葉に俺は恐怖した。何せ、竜の力を解放しなくても俺よりも強いのだ。これ、勝ち目無いヤツだ。


 そう言って弱気になっていく自分を叱咤する。気持ちは最後の砦だ。ここが陥落すれば、負けが確定してしまう。


 そんな『やってやる!』という意気込みは、ディエゴさんが竜の力を解放した瞬間、消し飛んでしまった。


 目の前にするだけで恐怖しかない。それが竜の力を解放したディエゴさんを見て感じたこと。


 そうして戸惑っている内に、目の前に現れたディエゴさんからの拳蹴を雨に打たれるかの如く直撃を受けた。目にも止まらぬ速さと桁違いの力で撃ち込まれる怒涛の攻撃に俺は何も出来ずに一分が過ぎた。


 圧倒的な力だった。正直、魔王軍の八眷属などでは相手にすらならないだろう。それは実際に戦った手応えからして、まず間違いないことだ。


「すまんのう、直哉。ちとやり過ぎたわ」


 ボコボコにされた俺は仰向けで真っ青な空を眺めた。そして、風が肌を撫でていく。その度に激痛が這い上がってくる。


 俺のようなどこにでもいる平凡な人間が、城の4階から落下しようが、トラックに撥ねられようが、噴石を何発くらおうが死ぬことは無いほどに強靭な肉体と化す竜の力。それをもってしても、激痛が残るディエゴさんの攻撃。もう、一撃の威力に関しては今までで戦った敵とは格が違う。


「直哉、お主はワシを強いと思ったか?」


「……はい」


 突然のディエゴさんからの質問に、俺は肯定の意を示した。ディエゴさんは俺よりも強い。それは事実だから。


「実はのぅ、ワシは一度、魔王と戦ったことがあるんじゃ」


 そんなディエゴさんの一言に、俺もラモーナ姫もラターシャさんも絶句した。


 ――そこからディエゴさんの話が始まった。その話は10年前に遡る。


 ◇


 竜王に呼びだされたディエゴは竜の国の地中深くにある大広間へ面会に来ていた。そこへ突然、一人の男が現れた。


「……魔王か」


「なっ……!?」


 何の前触れもなく、その場に現れた男を竜王は魔王と呼んだ。そのことにディエゴは事態を呑み込めず、焦りを覚えた。


「竜王。余は貴様と話をしに来た」


「そんなたわ言、誰が信じるものかぁ!」


 ディエゴは恐怖のあまり、反射的に竜化し、魔王へと襲い掛かった。


 爪での一撃は魔王が手にした大剣で受け止められ、ガラ空きになった腹部に蹴りを叩き込まれた。その一撃は竜化したディエゴでさえも意識を飛ばしかけてしまうほどの破壊力であった。


 巨体が横たわる轟音が響いた直後、魔王は竜王の元へと歩みを進める。


「……随分なお迎えだ。だが、まるで配下のしつけがなっていないようだ」


「フン、よく言うわ。うぬの配下に比べればマシだと思うが」


 魔王も竜王も言葉を交わすが、どちらの言葉にもトゲがあった。そんな一触即発の空気が流れる中、竜化を解いたディエゴは静かに竜王と魔王の二人の動きを見守っていた。


「竜王。余はそなたの腕を買っている。今、余の配下に加われば、この国を滅ぼすのは取りやめてやろうぞ」


「我らを滅ぼすじゃと?フッ、我らを魔族風情が滅ぼせると本気で思っておるのか?」


 不敵に笑う竜王。魔王も余裕げな表情と態度をもって応じていた。だが、殺気だけが膨らんでいくことだけはディエゴの眼から見ても明らかだった。


 次にディエゴが瞬きをして目を開けたときには、竜王の鉄拳は魔王の持つ大剣と衝突していた。


「ほう。我の攻撃を受けるとは、さすがは魔王」


「余とて、竜王相手に油断するつもりはないぞ」


 二人の視線から火花が散った直後、目にも止まらない速度で大広間のあちこちから衝撃波が発生。それは大広間の大気を震わせていた。それにより、振動は大地へと伝わり、として竜の国を襲った。


 戦いは丸一時間続いた。それはすなわち、地震は一時間発生し続けたということに他ならなかった。


「……竜王。さすがにそなたは強い。今回はここで退かせてもらうとしよう」


「フッ、次にうぬに会う時は我自らの手で葬り去ってくれようぞ」


 竜王の言葉に魔王ヒュベルトゥスは退いた。空間の切れ目に潜り、再び姿を消したのだ。


「竜王様。お役に立てず申し訳ござい――」


「よい。元よりお主が勝てる相手などではないわ」


 竜王はディエゴを一切責めなかった。そうなることは分かっていたと言わんばかりの竜王の言葉に、ディエゴは申しわけなさと己の力不足に対しての恨みを覚えていた。


「ディエゴ、お主は強い。この国では我の次にな。それでも魔王はお主よりも遥かに強かった」


「……はい」


「何も責めておるわけではない。お主は自分より強いのは我だけだと思っている節があった。これも良い機会じゃろう。より一層、修行に励むが良い」


 竜王の言葉を噛みしめ、ディエゴは大広間を去った。ディエゴはそれ以来、ホルアデス火山に籠って修行に励むようになったのだった。


 ◇


「……とまあ、こんな感じじゃ。ワシは魔王ヒュベルトゥスに一撃で倒されてしもうた」


 フッと自嘲するかのような笑みを浮かべるディエゴさん。そんなディエゴさんを見て、俺たちは何も言えなかった。


 そもそも竜の力を解放するというのは人の姿のまま竜化時の身体能力と魔力のみを引き継ぐことを指す。すなわち、竜の力を解放したディエゴさんを一撃で倒せるくらいの力。それを魔王ヒュベルトゥスは十年前の時点で獲得しているということになる。


 また、竜王もそれと渡り合えるだけの実力を備えているという事。魔王も竜王も恐ろしい相手だと自覚する。


「直哉、お主は比べる相手は八眷属ばかりじゃ。だが、あの程度の相手を気にかけておるようではまだまだ未熟ということじゃよ。分かったな?」


「……はい」


 話を聞いただけで震えが止まらない。そんなにも強い魔王と俺たちは戦おうとしているのだということに。


 ――今のままじゃダメだ。


 そんな感覚だけが俺の心に取り残されていた。


「ディエゴ、あの地震っておじい様と魔王が戦ったことで起こってたなんて初めて知ったよ~」


「そりゃあ、魔王が攻めてきたなどと言えば、要らぬ不安を生むことになるからのう」


 ラモーナ姫は相変わらずの態度でディエゴさんと仲良さげに話していた。そんな二人からはみ出しているラターシャさんに俺は声をかける。


「ラターシャさん」


「どうかしたか?薪苗直哉」


「ああ、回復薬ポーションとかがあるかを聞きたいだけなんだが……」


 俺はディエゴさんにボコられて体の節々が痛むことを伝えた。


「それなら、家の中にあったはずだ。ついでに、私が治療もしてやる」


 ラターシャさんが『治療』と言ったことに俺は不安感に襲われた。あくまで何となく、ではあるが。


「どうした?」


「いや、なんでも」


 ディエゴさんに許可を貰って、俺とラターシャさんは家の中へと入った。


「薪苗直哉、そこの椅子に座っていろ」


「分かった」


 俺はラターシャさんに指示されるがまま、近くにあった椅子に腰かけた。後ろでは「確か、この辺りに……」といった具合にラターシャさんのつぶやきが聞こえてくる。


「ラターシャさんってディエゴさんの家の物の配置とか覚えていたり?」


「まぁな。全部ではないが、大体の物の位置はな」


 家の物の配置を覚えるくらいにディエゴさんの家に来ているという事は、一体何度ラモーナ姫に連れてこられたんだろう、という事が脳裏を過ぎっていった。


「ああ、これだな」


 そう言って、ラターシャさんは回復薬ポーションを片手にこちらへやって来た。俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。


「……それで、どこが痛むんだ?」


「主に体のあちこちが」


 そう返答すると、ラターシャさんはため息を一つ。さすがにおふざけが過ぎたか?


「ハァ……、もういい。貴様に聞いた私がバカだった」


 俺に呆れたラターシャさんはそのままスタスタと歩いて家の外へと出ていってしまった。これは完全にふざけ過ぎたな。心配してくれたのに対して、失礼だった。そう、後から反省した。


 俺が家の外に出て見ると、ラモーナ姫が駆け寄ってきた。


「……ラモーナ姫、どうかしたんですか?」


「うん、なおなおがラターシャに家の中に連れ込まれてナニしてたのかなって♪大丈夫、ラターシャには言わないから♪」


 一体、何事かと真面目に思っていた自分がバカみたいだった。これで冗談半分で押し倒されました的なことを言えば、後でラターシャさんに殺される。だから、何事も無かったと事実をありのまま伝えた。


「なおなお、個々だけの話、ラターシャをお嫁に……」


「無いですね。それに、俺には呉宮さんがいるので」


 俺は当然の答えを返す。ラモーナ姫も分かっていたのか、特にダダをこねるわけでもなく、あっさりと退散していった。その表情はニヤニヤしていたが。


「ラターシャ、なおなおにフラれたね」


「なっ、また勝手なことを……!第一、私はあんな軟弱者は好みではありません!」


 ……遠くで軟弱者と言われた。距離は離れているが、『軟弱者』という言葉だけはハッキリと聞こえた。


「ラターシャ、何だったらワシが貰ってやろうか?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらディエゴさんがラターシャさんに近づいていった。しかし、反射的に回し蹴りを繰り出し、ディエゴさんを吹っ飛ばした。


 たぶん、ディエゴさんが吹っ飛んだのは演技だ。ラターシャさんの蹴りであれほどの距離を吹っ飛ばされることはディエゴさんに限ってあり得ない話だ。


「ラターシャ、お母さんから聞いたよ?お見合い断り続けてるって」


「それは、私に結婚など必要ありませんから」


 ラターシャさんは腕を組んで、ぷいっと顔を逸らしていた。その時のラモーナ姫がラターシャさんを見る目はどこか悲しげだった。


「ラモーナ姫、どうしてラターシャさんに結婚の話ばかり振るんですか?」


「えっとね、竜の国では八十歳になるまでに結婚できない女性は行き遅れ扱いになっちゃうからなの」


 話を聞いてみれば、ラターシャさんは七十八歳。あと二年で結婚できなければ、無事行き遅れに仲間入りしてしまうのだというのだ。


「それでラターシャさんに結婚の話を……」


「どう?ラターシャを貰う気は……」


「無いです。天地がひっくり返ってもあり得ません」


 何度もラモーナ姫に同じことを言われたが、俺は定型文のような一言を返すだけであった。


「むぅ、ラターシャは料理が上手だし、家事万能だし……」


「それ、俺もなんですけど……」


「そっか!なおなおって料理とか家事洗濯全部出来るんだった!」


 急にラモーナ姫が大声を出して驚いたのを見て、俺も驚いた。恐らく、俺が武芸百般ならぬ、家事百般なのを忘れていたらしい。


 その後も、バカみたいなことをして騒いだ後、俺はディエゴさんに麓のクヴァロテ村まで送って貰ったのだった。

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