第174話 竜の模擬戦

「なおなお!起きてよ~!」


「何だ……?」


 ラモーナに何度も揺さぶられ、嫌そうな顔をしながら起こされる直哉。直哉が目を開けてみれば、腰にレイピアを差し、軽鎧ライトアーマーを身に纏ったラモーナの姿が目の前にあった。


「ラモーナ姫、その服装は?」


「これはね~、なおなおと模擬戦してみようと思って♪」


 ラモーナは人差し指を立てながら、目をつむり、ふふんと自信ありげな態度で直哉を見ていた。


「……模擬戦ですか。それなら別に良いですけど、俺、今武器とか持ってないです」


 そう、直哉は現在丸腰だ。イシュトイアは麓の村にいるからだ。


「そっか~、そういえばそうだったね」


「そうでしたよ」


 ラモーナの言葉に適当に返す直哉。それにラモーナはぷくっと頬を膨らませながら直哉の胸部をぽかぽかと叩いていた。直哉は眼下に広がる揺れる脂肪を見て、ため息を一つ。


「なおなお、何でいつもため息ばかりなの……!?」


「さあ、何でだろうな……」


 適当にラモーナからの追撃をかわして家の外に出る直哉。そこには魔鉄ミスリル製の槍を肩に担ぐラターシャと、魔鉄ミスリル製の杖を持つディエゴの二人が居た。


「遅かったな、薪苗直哉」


「そうじゃぞ、レディと老いぼれを待たせるとはいい度胸をしておる」


 直哉は失笑しながらも二人の近くまで歩いていく。完全に相手にされなくなったラモーナは頬を膨らませながらも直哉の後にくっついていた。


「それで、どうして3人とも魔鉄ミスリル製の武器を?」


「それは貴様に、私たち3人と模擬戦をして欲しかったのだ」


 ラターシャからの説明を聞いて、ようやく状況を正しく把握できた直哉だった。説明はそのままラターシャが手短に済ませ、早速模擬戦を行なうこととなった。


 順番としてはラモーナ、ラターシャ、ディエゴの順に決まり、そこに直哉の意志は挟まれていない。


「それじゃあ、なおなお♪武器を構えて?」


 直哉はディエゴから借り受けた魔鉄ミスリル製の剣を斜に構える。ちなみに、模擬戦では全員が竜の力を解放する。直哉が一度に使えるのは5分が限界だと伝えると、制限時間は一人につき一分半ということとなった。


 ラモーナが片手剣を構え、直哉共々竜の力を解放すると同時に模擬戦の第一試合が始まった。


「ハッ!」


 先制したのは直哉。その斬撃はこれまでの戦いで培われたモノが詰まっており、速さなど武術大会の時の比ではない。そんな斬撃はラモーナによって、受け止められていたが、ラモーナの表情は険しいうえに、防ぐタイミングもギリギリだった。


 つまり、一撃のパワーと剣速に関しては直哉の方がラモーナでは見切るのはギリギリになるということをを示していた。それに先制攻撃を仕掛けられた時点で、動きの素早さもラモーナを上回っていることは明らかだった。


 そんなラモーナだが、剣捌きに関してはクラレンスとの模擬戦以後、腕前を上げており、直哉とも良い感じに斬り結ぶことが出来ていた。とはいえ、クラレンスや紗希に届かないのは自他ともに理解しているつもりである。


 直哉はウィスタリア色の髪をなびかせながら繰り出されるラモーナの鋭い一撃に冷や汗を流しながらも、パワーとスピードをもってラモーナを押し返していく。


 ラモーナと直哉の双方が竜の力を解放していることもあり、武器がぶつかるたびに周囲に衝撃が発生していた。


 そうして剣を交わらせること、一分。制限時間まで残り三十秒を切った。


 よほど勝ちたいのか、ラモーナの剣筋に焦りが見え隠れし始めた。直哉も剣を交わしながら、それを悟った。


 直哉は後ろへ跳んだ。あえて畳み込むのではなく、距離を取った。それがラモーナには理解が追い付かず、追撃を余儀なくされる。それは勝ちを貪欲に求めるがゆえのモノ。


 ラモーナは無防備な直哉の頭部へと剣を真っ直ぐに振り下ろす。そして、その刃が直哉に届こうかというところで弾かれた。そして、直哉の下からの斬撃に絡めとられるように剣が手から離れていく。クルクルと舞う剣を取ろうとするが、その手は届かなかった。


 こうして、模擬戦は直哉によってラモーナの首元に剣先が向けられた時点で制限時間を迎えた。


「ふぅ、やっぱりなおなおは強いね!」


「そりゃあ、そこそこは。それに弱かったら、今ここには立ってないですよ」


 直哉は今までの戦いを振り返りながら言葉をこぼす。今回の勝ちは運が良かっただけ。直哉はそう解釈していた。


 事実、ラモーナの足の運びや剣の扱いにはそれなりの熟練度が感じられた。その事からも剣の腕を上げたことは見て取れる。


 直哉は改めて、ラモーナに握手を求めた。ラモーナもそれを断ることなく、受け入れた。


「ラモーナ姫、次に戦うことがあっても俺が勝ちます」


「ううん、次はなおなおに勝ちは譲らないんだから」


 直哉からの言葉にラモーナは凛とした態度で答えたが、その後にはその態度を崩して笑顔を作っていた。


 そんな時、魔鉄ミスリル製の槍が二人の間に割って入った。


「薪苗直哉。次は私の相手だ」


 早くしろと催促するラターシャに直哉は反抗できずに武器を提げて、ラターシャと向き合う。


 そんな直哉は脳内で、腰まで届くチョコレート色の髪を動きやすいようにポニーテール状に結んでいるラターシャを見て、ポニーテールという要素から聖美のことを連想し、聖美を恋しく思っていた。


 直哉がそんなことを思っているなど関係なく、模擬戦の火蓋は切って落とされる。


「フッ!」


「うおっと!」


 顔面目掛けて突き出される槍を直哉は後ろへ体を倒すことで回避。そして、目の前にある槍を薙いだ後、間合いを詰めてラターシャへ斬撃を見舞う。


 だが、ラターシャとて槍の腕は確かである。ゆえに、上手い具合に槍の柄の部分で受けては弾かれ、受けては弾かれるといった動作を繰り返していた。


 直哉とラターシャが対戦するのはローカラトにヴィゴール率いる魔王軍が襲来する直前。泉での唐突な決闘以来だ。


 だが、久々に戦ってみれば、直哉もラターシャの槍筋が目で捉えられるようになっていた。それにより、防戦一方になることはなく、互角に勝負を進められていた。


 直哉の剣とラターシャの槍は何度も激しく交わり、火花を散らしていた。しかし、槍と剣が何度交わろうとも決着が着く気配は無かった。


 互いの持つ魔鉄ミスリル製の武器では竜の力を解放している状態の二人の肉体には傷の一つも付かない。


 ゆえに、であれるのだ。人間同士であれば、それは殺し合いになる。何せ、魔鉄ミスリル製はおろか、青銅の武器でも人の肌に傷がついてしまう。


 だから、魔鉄ミスリル製の武器で模擬戦が出来るのは竜の力を持つ者のみ。


 そんな事情はさておき、直哉の剣がラターシャの槍の柄を一撃を加えた。これにより、ラターシャの腕にも斬撃の威力だけが伝わっていく。


「クッ……!」


 ラターシャは苦悶の表情と共に直哉を剣ごと横へと薙いだ。転倒する直哉だったが、すぐさま体勢を立て直し、ラターシャへと向かっていく。


 ラターシャの槍は直哉の攻撃が及ぶ範囲外から仕掛けられた。剣の間合いに入るよりも先に槍の間合いに入る。そして、剣の間合いにまで近づけなければ直哉に一方的な攻撃を加えられるのだ。


 そこからは疾風の如き突きが直哉へと次々に見舞われた。その突きの一つ一つが鋭く、直哉も防戦一方にならざるを得なかった。


 そのまま戦いはラターシャの攻勢が続くまま、制限時間を迎えた。結果としては引き分け。それは直哉がラターシャからの攻撃を受けることなく、守り切ったためだ。


「薪苗直哉、貴様は前に戦った時と変わらず、長得物の相手との戦いは苦手らしいな」


 直哉はラターシャの言葉にハッとした。直哉は今まで、槍などの長得物を扱う相手に勝てたことはほとんどない。それは間合いが自分より長い相手と戦うのが苦手だという事を意味している。


 それは重大な欠点である。普段は長得物を扱う人間は夏海が相手をしてくれているため、意識することが今まで無かった。だが、言われてみればそうだと、直哉は内心納得がいった。


「確かに、俺は長得物を扱う相手と戦うのは苦手……だな。だが――」


 ――その時は仲間に任せる。


 直哉の返答にラターシャは目を見開いた。弱点を否定するのではなく、受け入れた。その上で、仲間に任せる。


「俺はまず、自分の間合いにいる相手に負けないようになる。間合いの外の事はその後だ」


 直哉は割り切っていた。自分に出来ないことを自分が無理してやらなくても、みんなと手分けしてやれば良いと。


「フッ、やはり貴様は強いな」


「いやいや、今回の模擬戦は実質的にはラターシャさんの勝ちですよ」


「違うな。守り切った貴様の勝ちだ。戦うことは勝つことだけが勝利ではないからな」


 ラターシャはそれだけ言い残した後、直哉から離れ、ラモーナの元へ。ラモーナがラターシャをねぎらいながら、頭をわしゃわしゃと撫でて可愛がっていた。それを見て、直哉が頬を緩ませたのは言うまでもない。


「さて、直哉。次はワシの相手でもしてもらおうかのう」


 ラモーナとラターシャを見ている直哉の肩にディエゴの手が置かれる。


「あ、そうでした」


 直哉は後頭部に手をやり、頭を掻いた。それをディエゴが笑い飛ばした。


「直哉の竜の力は残り2分だったじゃろう?」


 ディエゴの言葉にコクリと頷く直哉。それを確認してディエゴは話を続ける。


「それを前半後半で一分ずつに分けて、模擬戦をしてみる気はないかの?」


「えっと、それはどういう……」


 なぜ、前後半に分けるのか。そこが引っ掛かったままの直哉だったが、そこをラモーナが補足説明を加える。


「ディエゴはメチャクチャ強いからね♪」


「それって、具体的にはどのくらい……」


「えっとね、私もラターシャも竜の力を解放しても勝てないの」


「……それって、別にメチャクチャ強いってわけじゃないですよね?」


 ラモーナの言葉に直哉は首を傾げる。二人でも勝てないとしても、自分がいつも通りにやれば引き分けにくらいは持ち越せる可能性すらある。


 それに、今の一言はラモーナが誇張したモノだと直哉は断定した。が、ラターシャからの説明によって、断定は覆された。


「ああ、竜の力を解放しても勝てないといっても、ディエゴ様が竜の力を解放せずにということだ」


 つまり、竜の力を解放したラモーナとラターシャの二人と竜の力を使わずにほぼ互角に戦えるという事。それは直哉とも竜の力ナシで互角に戦えるという事を意味する。


「おい、大丈夫か?」


「あ、えっと、大丈……夫?」


「なぜ私に聞き返してくる……」


 衝撃的な内容だったため、直哉の頭はフリーズしてしまっていた。今の話が本当なのだとすれば、ディエゴが竜の力を解放すればどうなるのか。直哉には全く想像もつかなかった。


「さあ、やろうかの!」


 杖を片手にやる気満々のディエゴを見て、今さら模擬戦を辞退するとは言い出せず、直哉は模擬戦に臨んだ。


「……やっぱり、杖は邪魔じゃのう」


 わざわざ持ってきた杖をあっさりと投げ捨てたディエゴに色々とツッコミたい直哉であったが、そこは我慢した。


「さあ、直哉。遠慮はいらんぞ。お主の方から存分に斬りかかってくるが良い」


「はい!」


 ディエゴに先手を譲られた直哉は最初から全力で勝負を決めにかかった。だが、直哉の剣はディエゴの左腕に受け止められ、繰り出された右の拳を顔面に貰った直哉は後方へぐらつくが、右足を一歩下げただけで持ち応えた。


 一見すると、ディエゴに負けそうな雰囲気を漂わせている直哉だが、純粋な力であれば自分の方が上だという事を今のやり取りで確信した。


 そこで直哉は一度剣を手元に戻し、今度は突きを繰り出すが、軽く首を捻られたのみで、あっさりとかわされた。


「どうした、直哉?これしきの力しか無いのかの?」


「なん……のッ!」


 大振りな薙ぎ払い。これもあっさりとかわされる直哉。直哉のフルスイングを跳び箱でも飛び越えるかのようにしなやかな動きで上へ飛んで回避したディエゴは直哉の顔面に着地した。


 ディエゴはそのまま、直哉の顔面を蹴って空中三回転を華麗に決めて地面に改めて着地した。


 一方の直哉は顔に拳のめり込んだ後と、靴に着いた土を付けられたことで苛立っていたのだった。


「ハァッ!」


 直哉はそれからも斬撃の嵐をディエゴに浴びせるも、易々と回避されてしまっていた。そうして翻弄されている内に前半の一分という制限時間を迎えたのだった。


「ハァ、ハァ……ダメだ、全然攻撃が当たらない……。パワーでもスピードでも勝ってるのに何でだ……?」


 息を切らしながら地面に四つん這いになる直哉。そこへスタスタと近づいてくる一つの足音があった。


「直哉、お前の攻撃は単調すぎる」


 ディエゴは直哉を見下ろしながら、そんな言葉を言い放った。思いもよらぬディエゴの言葉に直哉はどう反応すれば良いのかすら、分からなかった。

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