幕間1 城主の帰還
ホルアデス火山から無事に生還したゲオルグたちは総司令であるユメシュの元へと急いでいた。
「ゲオルグ様、オレたちが力不足だったばっかりに……」
「ああん?今さら、そんなこと言われても知らねぇよ。第一、俺たちは任務を完了させている。咎められる筋合いはねぇ。いちいち細けぇこと気にしてんじゃねぇ。鬱陶しい」
怒りをぶつけるようなゲオルグの物言いだったが、その言葉には温かみがあった。少なからず、ブランドンはそう解釈した。そんな様子を見て、クリスタとサンドラも微笑んだ。
「入るぞ」
そう言いながら、すでに扉を豪快に開けるゲオルグ。扉はドン!と大きな音を立てて、開いたために室内に居た者たちは驚いた様子であった。
「ゲオルグか。先ほど、マルティンから報告は受けた。大地の宝玉の奪取、ご苦労だった」
「ああ?んだよ、報告は終わってたのか」
ゲオルグはそう言って、踵を返す。そんな様子に後ろに付いてきていた3人は戸惑っている様子だった。
「待て、ゲオルグ。少し話がある」
「……何だよ」
責め立てるような口の利き方をするゲオルグに対して、ユメシュは一度着席するように促した。ゲオルグは舌打ちをしながらも、渋々近くの椅子を乱暴に引いて腰かけた。
「……で、話ってのは?」
「ああ。明日、魔王様がご帰還なさるのだ。ここ、魔王城に」
ユメシュの口から出た魔王という言葉にゲオルグは眉をピクリと動かした。初耳だったことは間違いない。それは驚かない方が無理であった。
「魔王様は今、南の大陸の攻略をしてるんじゃなかったのかよ?」
「その作戦は私が引き継いだ。それに、魔王様も戦地に赴かれてばかりだったからね。私の方から提案したのだよ。一時的にでも魔王城に帰還してはどうか……とね」
「なるほどな。それで、俺には出迎えをしろってことが言いてぇのか?」
ユメシュの話を脳内でかみ砕きながら、素早く言葉の内容を理解し、ユメシュへと言葉を投げ返す。ゲオルグは粗暴だが、頭が悪いわけではない。
「その通りだ。ヴィゴールたちと共に魔族領南の港に向かって欲しい」
ユメシュは魔王率いる軍勢が船に乗って戻ってくるため、港まで行って魔王の出迎えを任せたいと提案したのだ。
「分かったよ。だったら、後はヴィゴールと進めろって事で良いんだよな?」
「ああ、それで構わない」
ゲオルグはユメシュの言葉を聞くやいなや、椅子から勢いよく立ち上がり、今いる円卓の間を去っていった。もちろん、ブランドン、クリスタ、サンドラの3名も伴って。
そこへ入れ替わりで二人の男女がやって来る。
「ユメシュ総司令。寛之を連れてきたでありんす」
「ああ、レティーシャ。ご苦労だった。寛之と一緒にこっちまで来てくれ」
ユメシュに手招きされるまま、レティーシャと寛之はユメシュの側まで近寄った。
ユメシュの目の前には世界地図が広げられており、大小色とりどりの駒が配置されていた。
「一応、戦況の確認だ」
そう言って、ユメシュは西の大陸を指差した。その中でも緑色の槍を持つ女性の駒をユメシュが指さした。
「ディアナの方はようやく片付いたようでありんすねぇ」
「そうだ」
ディアナは帝国軍に包囲される状況がしばらく続いていたが、作戦通りに河川を遡ったベルナルドが帝都を陥落させ、皇帝とその一族をまとめて葬った。これを知った帝国軍は総崩れとなり、ディアナたちは今までの鬱憤を大いに晴らすことが出来たのだ。
「今はベルナルド、ディアナの両名には、そのまま西の大陸の守備に就いていてもらっている」
物資の運搬などは現在進行形で行われているところであり、二人の眷属が守りについていることで、魔王軍内部では安心感も生まれていた。
「そして、今現在クロヴィス率いる軍団が、ルフストフ教国を攻略の真っ最中だ。なに、クロヴィスの事だ。心配は要らないだろうが、念のため私と共に寛之も援軍に向かってもらう」
ユメシュからの言葉に寛之はコクリと静かに頷く。ユメシュはその隣のレティーシャの顔を見る。
「な、なんでありんすか?」
「レティーシャには私が留守の間、魔王城を含め、魔族領の防衛を任せる。魔王様が帰還された後は、魔王様からの指示に従うように」
「分かったでありんす」
ユメシュからの指示をレティーシャは快く受け入れ、ニコリと笑顔で言葉を返した。
そこからのレティーシャはマルティンへ迅速に指示を飛ばし、魔王城防衛の任務に入った。それを見届けたユメシュは寛之を連れて、激戦の続く南の大陸へと向かった。
◇
――ここは魔族領の南端にある港。ただ、船が止められるスペースがあるだけの場所だ。
そこに、角が生えた筋肉質な体つきの青年が降り立った。手には真っ黒な鞘に収まった大剣を提げている。その姿を見て、港にいるすべての魔族が膝を付き、頭を下げた。
「オ帰リナサイマセ、魔王様」
「うむ。出迎え大儀であったな。ヴィゴール、ゲオルグ」
「「ハッ!」」
現在ヴィゴールとゲオルグの両名が頭を下げている青年こそが魔王ヒュベルトゥス。ジェラルドによって討伐された魔王グラノリエルスの子息であり、当代の魔王。18年前にアンナから受けた代償魔法の傷も癒え、南の大陸へ自ら軍を率いて向かっていた。
若き魔王から放たれる桁違いの魔力と存在感にヴィゴールとゲオルグは一言二言を話すのが限界というほどの圧がかかっていた。
「皆の者!遠征ご苦労であった!それぞれの家に帰り、しばしの間休息を取れ!久々に家に帰るのだ!家族との団らんを大事にせよ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
背後に従える数多の魔人、悪魔、魔物に号令する。その姿、かける言葉はまさに王の中の王。魔王ヒュベルトゥスは八眷属たちよりも遥かに若い。だが、彼が持つ圧倒的なカリスマ性に魔族たちは希望を見た。
『先代ですら成し遂げられなかった地上の統一と神の住まう天界への侵攻をもこの方ならば成し遂げられるかもしれない!』……と。
魔王ヒュベルトゥスを語る上で忘れてはならないのが、桁違いの戦闘能力。魔王軍の八眷属が一堂に会した際、余興として八眷属全員が一斉に挑めば魔王ヒュベルトゥスに勝てるのかという興味本位の提案により、模擬戦が行われた。もちろん、提案したのは交戦意欲の高いゲオルグである。
そして、模擬戦の結果は――八眷属の敗北。
魔王ヒュベルトゥスは八眷属であるユメシュ、レティーシャ、ヴィゴール、ディアナ、ザウルベック、ベルナルド、ゲオルグ、カーティスの八人総がかりで挑んだものの、魔王ヒュベルトゥスはかすり傷一つ負わずに制圧して見せたのだ。
その逸話は瞬く間に魔族領に広まり、魔王ヒュベルトゥスの地位は瞬く間に確立した。
その熱狂的な指示が十数年経った今でも冷めることなく続いている。その時のことがヴィゴールとゲオルグの心に深く刻まれており、畏怖の感情を生んでいるのだ。
「ゲオルグ、ヴィゴール。魔王城まで護衛は任せたぞ」
「「ハッ!」」
ヒュベルトゥス自身、本当は護衛など要らないほどに強いのだが、形だけでも王として護衛を付けることにしている。二人とも、その言葉に背くことなく護衛の任務に就き、共に魔王城目指して北進を開始したのであった。
◇
「お帰りなさいませ。魔王様」
「レティーシャか、魔王城の守備の任ご苦労であった。引き続き、任せたぞ」
「ハッ!」
ヒュベルトゥスからの言葉にレティーシャは嬉しそうに表情を崩しながら、礼の姿勢のまま見送りをした。そして、城に入る手前でヴィゴールとゲオルグの護衛としての任を解いている。
「フッ、この部屋の空気も何もかもが懐かしいな」
金の文様が施された漆黒の扉の向こう、赤の絨毯が入口から玉座まで一直線に敷かれている謁見の間だ。普段、ユメシュたちが会議のために使用しているのは円卓の間であり、こことは別である。
そんな玉座の間の最奥にある玉座に腰かける長身の女性の姿があった。見た目的には20代前半。
「あ、お兄ちゃん。おかえりー」
「フッ、相変わらず気の抜けた返事だ」
魔王は笑みをこぼした。魔族の王としての務めを果たしている時とは別人のように爽やかであり、かつ優しさを帯びた兄としての表情であった。
「クラウディア、余は遠征で疲れている。ここで寝させてもらうぞ」
「うん、分かった」
ヒュベルトゥスがそういうと、逆らうことも無くクラウディアは玉座から退いた。それはまるで、兄の疲労を察したかのようであった。
ヒュベルトゥスは玉座に腰かけて、しばらくした頃。玉座から静かな寝息が聞こえ始めた。クラウディアは玉座の手前の階段に腰かけながら、目を閉じて鼻歌を歌っていた。
そんな鼻歌と共に21年前の日々に想いを馳せていた。
――21年前。それは父である魔王グラノリエルスが人間との戦いで戦死した年。
魔王グラノリエルスの死は魔王城のある魔族領にも轟いた。その下で魔王軍の指揮を行なっていた総司令ユメシュまで戦死したこともあって、軍は壊滅状態で戻ってきた。
その事を受け、八眷属の内の残りの7人で今後の方針についての話が行なわれた。それをクラウディアは扉の隙間から見ていた。
話は、今すぐにでも魔王の弔い合戦をするべきだというゲオルグ、カーティス、ディアナの三名と、今は力を温存するべきだというザウルベック、ヴィゴール、ベルナルド、レティーシャの四名。この二つの意見に割れていた。多数決的に見れば力を温存するという方針で決まりそうであったが、ディアナ以外の二人が中々引き下がらなかった。
そこで話題を一度打ち切り、代わりに新たな魔王を立てるべきだとベルナルドとザウルベックの両名が提案したのだ。
これにレティーシャ、ディアナ、ヴィゴールの三人が即座に賛成し、残るゲオルグとカーティスの二人も異論は無かったためにこれを了承。
こうして、次の魔王を誰にするかという話題に移り、先代魔王の子息であるヒュベルトゥスに白羽の矢が立ったのだった。
それは、『純粋な戦闘能力であれば、自分よりも上』と、生前にグラノリエルスが七人に語っていたためだった。年こそ若いが、それを七眷属で立派に支えようという事で纏まったのだ。
その話を七眷属から聞かされた時、兄ヒュベルトゥスの横にはクラウディアも居た。クラウディアは兄と離れ離れになることを嫌がったが、ヒュベルトゥスは魔族の未来のためだと言って、あっさりと魔王となることを了承した。
そうして翌週には、ヒュベルトゥスは魔王の座に就いた。そして、現在に至るというわけである。今でもクラウディアは兄には魔王となって欲しくは無かった。これ以上家族を失いたくないクラウディアは、兄と共に魔王城で平和に暮らすことが夢だったからだ。
昔は兄ヒュベルトゥスのように強くなりたいと剣の修行ばかりしていた。そのため、ヒュベルトゥスほどでは無いにせよ、父グラノリエルスよりも戦闘の面では上だった。
そんな兄妹を見て、グラノリエルスは嬉しそうにしており、よく褒められた。それが嬉しくて、また褒めてもらおうと剣の修行に打ち込むといったことを繰り返していた。
今となっては自分を褒めてくれた父親は居ない。残された唯一の家族である兄は魔王の職務で魔王城に居ないことの方が多かった。そんな兄が疲れて眠っているのを見て、クラウディアは愛おしく思った。
「お兄ちゃん。お仕事、お疲れ様」
クラウディアは幸せを嚙みしめるかのような優しげな口調で兄をねぎらう。そして、優しく何度も何度も頭を撫でる。
クラウディアにとって、こうしている時間が幸せの在り処を感じられる時であった。
――そうしている内に、クラウディアも目の前で気持ちよさそうに眠る兄につられて、眠りに落ちてしまったのだった。
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