第172話 大噴火

 頭上高くに掲げられた大火球。そこの炎に込められた魔力は尋常ではなく、ローカラトでの戦いの時にヴィゴールが使用した隕石が落ちてきたかと思うほどの威力を秘めていたミレイティオンを彷彿とさせた。


 ――あの大火球が自分たちに落とされれば一体どうなるのか。


 直哉たちは想像した途端に恐ろしくなった。なぜなら、まず間違いなく焼け死ぬからだ。しかも、遺体など骨も残らないだろうことも簡単に見当がついた。


 それが分かっていてなお、直哉たちは動けなかった。それはまるで、蛇に睨まれた蛙のようであった。


「ゲオルグ!」


「レティーシャか。何か用か?」


 背後に降り立ったレティーシャへ言葉を返すゲオルグ。その言葉は『邪魔するな』と言わんばかりの凄みが感じられる。


「その大火球を放ったら、すぐにここを離れるでありんす」


「ああん?言われなくてもそうするつもりだ」


 当たり前のことを言われて腹が立っているのか、ゲオルグの言葉にはトゲがあった。


「放ったら、ワタクシの手を掴んでほしいでありんす」


 そんなレティーシャの言葉にゲオルグはどういうことか、見なくてもおおよその察しがついていた。事実、隣の寛之がレティーシャに手を繋がれているのを見ても明らかだ。まあ、レティーシャと手を繋いでいる寛之に茉由は歯ぎしりしていたが。


「チッ、脱出のためだ。仕方ねぇか」


 ゲオルグの顔は心底嫌そうであった。が、自らは飛ぶことが出来ないから頼らざるを得ないというところだった。


「じゃぁな。虫けら共」


 ゲオルグはそう言って腕を振り下ろした。


「焼き尽くせ、“ブレイジングインフェルノ”!」


 そう言って直哉たちの頭上に落下してくる大火球。それを前に直哉たちは一歩も動けなかった。


 一方のゲオルグは魔法を発動直後、レティーシャに腕を掴まれ、噴火口へと上昇していっていく。


 回避する場所など無い。かと言って、相殺できるほどの攻撃が出来るほどの余力はない。


 そんな絶望的な状況の中、全員が目をつむり、顔の前で腕を交差させて頭部を守るような仕草をしていた。


 大火球は空間の地面に叩きつけられ、圧倒的な熱量を持って地面を焦がし、その炎熱は人の身を灰にするかに見えた。


「……あれ?」


 腰が抜けて地面に座り込んでいる聖美は目を開け、自らの腕を眺める。周囲を見渡し、ここが天国でないことも確認した。周りには自分と同じようにへたり込んでいる紗希や茉由、洋介、夏海、イシュトイアといったメンツが同じように驚いていた。


 ――が、聖美は直後にハッとした。


「直哉君!?」


 直哉の姿はどこか。それを聖美は探した。そして、その姿はすぐに見つかった。全員が腰を抜かして、地面に座り込んでいる中で一人。離れた場所で棒立ちしていた。


 ……ブレイジングインフェルノを纏って。


 直哉に近づこうとする聖美だったが、周囲にまき散らされる高熱は肌を焦がした。聖美は吸血鬼の力を使っているから傷も治るが、残る4人はそうもいかない。


「兄さん!」


 聖美に代わって紗希が呼びかける。しかし、返答はナシ。


「みんな、聞いてくれ!」


 全員が直哉をどうやって助けるかを考えている中、イシュトイアの声が響いた。


「今すぐ、ここを脱出するんや。重力魔法を使ってな」


 イシュトイアの潤んだ声に動揺する5人。そんな彼らに向けて、イシュトイアは言葉を紡ぐ。


「ナオヤはみんなを逃がす時間を稼ぐために、ああやってブレイジングインフェルノを自分の体に付加エンチャントさせてるんや。分かってやって欲しい」


 訴えかけるようなイシュトイアの言葉に真っ先に動いたのは夏海だった。


「分かったわ、イシュトイア。一刻も早く、ここを離れるわよ」


 そう言う夏海に全員の眼が釘付けになる。何せ、言葉だけを聞けば直哉を見捨てていくようにしか聞こえないからだ。


「だって、私たちがここを離れないと薪苗君はブレイジングインフェルノを纏い続けるってことよ?それなら早く、私たちがここを離れるべきじゃないかしら」


「……だな。俺も夏海姉さんと同意見だ」


 夏海の言葉から一拍ほど間が空いて、洋介が発言する。そんな洋介は夏海の言葉を聞いて、納得がいったからだ。そもそも、自分たちがこの場を離れないと直哉は付加術を解除できないのだから。


 その後、茉由も紗希も聖美も渋々といった様子ではあったが、同意した。


「……それじゃあ、みんな。私の近くに集まって」


 夏海は重力魔法を発動させ、重力を上方向へと操作した。こうして、噴火口のある方へと吸い寄せられていく六名。


 ――直哉君、絶対助けに来るからね!


 自らの力不足を嘆きながらも、聖美は心の中で炎に包まれている直哉へと言葉を贈る。その時、直哉と目が合ったような気がした聖美だった。


「……みんな、行ったか」


 それでいい、と言葉を付けたしながら直哉は付加術を解く。それにより、炎は周囲へ散り、地面や壁へと炎は移っていく。直後、足元からの振動を感じ取った。


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!と音まで立て始めている。最初は気のせいかと思ったが、明らかに違った。


 直哉はここが火山であることを思い出し、ここへ来る道中に見たモノを思い出した。


「フッ、俺もマグマの海水浴を楽しむことになるとは思わなかったな……」


 そうは言っても、この火山は死火山ではないし、魔王軍の魔剣戦士として勇者に負けた後ではない。そんな直哉だが、上へと逃れていく妹や恋人、友たちの姿を見て、安心したような表情をしていた。


「ハァ、もう魔力も限界に近いな……」


 大の字になって地面に転がる直哉は天井を見上げながら、そっと目を閉じた。魔力も残り少ないうえに、ブレイジングインフェルノを纏ったことによる全身の火傷。


 そんな体力も魔力も底を尽きそうな状態で、自分も聖美たちの後を追ってホルアデス火山を脱出しようという気力も残っていなかった。


 しかし、聖美や紗希といった身の回りの人たちやこの世界で出会ってきた人々の顔がちらつくと自然と起き上がろうという気が湧いてきた。


「やっぱり、こんなところで死ぬのは嫌だ」


 直哉は残る全魔力を飛翔魔法が付加エンチャントされた靴へと流した。そして、ダグザシル山脈の崖から上がる時のように空中へ。


 竜の力を使い、ジャンプ。そこからは飛翔魔法に身を委ねた。


 少しずつ高度を増していく中で、地面からマグマが溢れ出してきていた。先ほどまで直哉が居た地面のすぐ下までマグマが押し上げられてきていたのだろう。


 直哉は振り返ることはやめ、とにかく上を目指した。


「薪苗君!?」


「あれ、武淵先輩?」


 途中で出会ったのは夏海だった。それに驚きつつも、二人で上を目指す。


「武淵先輩、どうしてここに?」


「薪苗君を助けるためよ。本当は聖美ちゃんも来ようとしたんだけど……」


 無理やり上に置いてきた、と夏海は語った。そこまでして自分を助けに来ようとしてくれた聖美に感謝しながら、ココに聖美を付いて来させなかった夏海に対しても感謝を述べていた。


「あっ……」


 急にぐらりと夏海が揺らぐ。その体から、魔法の光が失われて落下していく。魔力切れだ。よりによってこんな状況で。


 直哉が助けに行こうとするも、飛翔魔法を下に降りるために使ったことが無いために戸惑う。もたついている間に夏海は落下していく。


「夏海姉さん!掴まれ!」


 夏海目がけて打ち下ろされるのは魔槌アシュタラン。先端部を魔力を流すことで伸ばし、槌の先端部の重みを活かして夏海に追いつかせた。柄と先端部を繋ぐ鎖は、夏海が魔槌アシュタランに捕まったところで停止。


 夏海は宙ぶらりん状態になり、頼みの綱は洋介の伸ばした魔槌アシュタランのみ。とはいえ、魔槌アシュタランは洋介が魔力を流すことで伸び縮みするため、洋介の魔力が尽きればそれまでだ。


 洋介もそのことは分かっているため、急いで引き上げにかかっていた。この時にはようやく、直哉も靴に付加した飛翔魔法を扱えるようになっていた。


 とはいえ、その頃には揺れも増しており、噴火寸前といったところである。高さ的には噴火口まで二十メートルほど。


 洋介の奮闘の甲斐あって、夏海は残り十五メートルくらいの高さまで上がった。しかし、そこで事件は起きた。


「うおっ!?」


 急に震度を上げた揺れによって、洋介の足下まで崩れたのだ。それによって、夏海も重力に身を委ねるしかなかった。


「武淵先輩!」


 夏海は直哉が近くに付いていたこともあって、すぐに助かった。一方の洋介は魔槌アシュタランと共に落下してきていた。そんな洋介の腕を直哉は大慌てで掴み取り、二人を抱えて上へと飛んだ。


 噴火口より一メートルほど上へと到着し、後は噴火口から数十メートル離れた場所に着地するだけ。そこには聖美や紗希、茉由、イシュトイアがいるのが見えた。彼女たちは離れた場所まで移動したこともあり、直哉たちがいる場所の反対側に居た。


「二人とも、もう少し移動して――」


 刹那、何か嫌な予感がした直哉は洋介と夏海を聖美たちとは逆の方へと放り投げた。その方が聖美たちのいる場所よりも近かったからだ。


 突然投げ飛ばされたことに文句を言おうと洋介が顔を上げると、噴火が起きた。噴石が打ち上げられ、火山灰が風に乗って舞いあがる。眼下に広がる沢を火砕流が怒涛の勢いで流れていく。


 そこへ、空から直哉が落下してきた。噴石が何発も着弾したのか、打撲傷が目立つ。これまた、竜の力を発動していたから命に別状がないのには洋介も夏海も安堵した。


 とはいえ、直哉は気を失っており、そんな直哉を担いで噴石が降り注ぐ中での移動は困難であった。


「洋介、あれ!」


 夏海に肩を叩かれた洋介が彼女の指さす方を見れば、溶岩流がゆっくりと下ってくるのが見えた。距離的にもそこまで離れていない。


 弾かれるように洋介は直哉を背負い、夏海と共に早歩きで下山を開始した。夏海の脳裏には自分たちの心配よりも聖美たちが逃げられたかの心配の方が割合としては大きかった。


 だが、洋介が転倒。足場が悪いことや、戦いと火山を進んだことによる疲労といった事情が折り悪く重なってしまった。


 洋介が立ち上がろうとするも、その度にガクリと膝を折ってしまう。夏海も手助けしていたものの、安定しない。直哉を置いて、自分たちだけなら助かる見込みはある。


 それは十二分にも承知しているが、二人にそんなマネは出来なかった。


 迫りくる溶岩流。徒歩であれば避難できる速度であるが、先ほどから一歩二歩進んだだけ。到底逃げ切れたものではない。


「洋介……ッ!」


「夏海姉さん!」


 二人は手を繋ぎ、互いの温もりを感じながら逃走をやめた。直哉を隣で寝かせ、何度も脳内で4人への謝罪の言葉を告げる。その4人が無事に下山できているのかなど知る由も無いが、ただただ犠牲が自分たちだけに留まるように祈った。


「洋介。私……洋介の事、大好きよ」


「俺も、夏海姉さんの事は大好きだ」


 最期を悟った夏海と洋介は互いの想いを伝えた。愛を語るには何とも味気ない場所であるが、二人にとってはそんなことは些末な事だった。何せ、完全な二人の世界が出来上がっているのだから。


 そして、二人は誰も見ていない中で唇を重ねた。直哉が見ているなどとは夢にも思わず。


 迫りくる溶岩流が彼らを呑み込まんとした時。上空から竜の咆哮が轟いた。

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