第171話 結界魔法
雷がほとばしり、土ぼこりが舞い散る中。洋介の振り下ろした魔槌アシュタランは寛之の頭上数センチのところで止まっていた。
これは別に寸止めをしたわけではない。それは明らかだ。
……であれば、止められた。
そう考えるのが自然であった。寛之と魔槌アシュタランの間には半透明の壁が生み出されていた。寛之の
しかも、
それを障壁魔法で易々と防ぎ切られている事実に、夏海も紗希も驚きを隠せなかった。また、洋介自身、受け止められるなどと思って無かったのだろう。この一撃で寛之を叩き潰すつもりだったに違いない。いくら友とはいえ、殲滅するなどと言われた以上手加減は出来なかった。
情けをかけたい感情を斬り捨ててまで放った一撃は届かなかった。
その事実に洋介は体を硬直させる。その間に、新たに生み出された障壁が洋介を吹っ飛ばした。宙を舞った洋介は地面へ落下。それを見た夏海と紗希は頷き合い、二人の全力をもって、寛之を倒すことを決意したようだった。
紗希は敏捷強化魔法を行使し、一瞬の内に寛之との間合いを詰める。紗希から紡がれる剣舞に寛之の肉体は瞬く間に血だらけとなる。しかし、その血は紫色をしていた。いかにも人の赤と魔族の青が混ざったような色合い。
そのことからも寛之のパワーアップの理由が紗希には分かったような気がした。だが、夏海が槍を片手に到着する頃には傷は癒えていたため、寛之の血の色を夏海が見ることは無かった。
「ハッ!」
夏海から突き出される槍。それは寸分違わず寛之の心臓目がけて突き出されている。その鋭く圧倒的な速度をもって放たれた一突きは、洋介の時と同様に障壁によって、たやすく防がれた。
その様子をチラリと見た紗希は圧倒的な移動速度と剣速をもって、寛之へ斬撃を見舞う。しかし、体のどこを狙っても、一太刀も届かなかった。
それもそのはず。寛之の半径一メートルには真っ黒な壁が展開されており、それに包み込まれるように寛之は守られているのだから。
寛之を包む暗黒の壁はどこかユメシュの“暗黒障壁”を彷彿とさせる。だが、それを感じたところで今はどうしようもないモノ。紗希はどうすれば、寛之に攻撃が通じるのか。それを思考を巡らせてみるが、結局分からずじまいだった。
まず、障壁を力任せに破壊しようにも、頼りになりそうな洋介は先ほどから動かない。痙攣こそしているが、まだ起き上がってくる気配は無い。頑強な肉体を誇る洋介でも一撃であそこまで追い込まれる。そんなのを自分がくらえば、まず助からない。
紗希はそれを理解した。だからといって、攻撃をしないわけにもいかない。現に、夏海は諦めることなく槍での突攻撃を継続していた。
夏海の諦めの悪さを見習い、紗希も怒涛の剣撃を浴びせる。その悪あがきを見た寛之は口端を吊り上げる。
次の瞬間には、寛之はパン!と手を叩いた。すると、半球状の黒壁は紗希と夏海の方へと前進を開始。
突然のことに理解が追い付かなかった紗希と夏海は、揃いも揃って後方へと跳ね飛ばされた。そうして、力なく地面を跳ねる二人の姿に聖美の表情は恐怖に染まる。
傍らにいる茉由も目に光が無く、まるで魂でも抜けたかのような表情をしていた。聖美は茉由の隣でどうしようもないと知りながら、覚悟を決めて短剣を手にする。
コツ、コツ、と靴音を静かに響かせながら、寛之は黒色の杖を片手に呉宮姉妹の方へ。
「呉宮さん!茉由ちゃん!」
「おい!無視してんじゃねぇ!」
直哉が危機の迫っている聖美と茉由の方を振り向く。その横っ面にゲオルグの拳がめり込む。
そうして盛大に吹き飛ばされた直哉はゴロゴロと地面を転がる。何度も視界が天井と地面を廻った頃か。ようやく勢いが止まり、顔を上げた刹那。顔面にかかと落としが見舞われる。
一撃を貰った後に、その場を離脱する直哉に更なる一撃が叩き込まれる。
「“
特大の炎に包まれたゲオルグの拳が鼻血を流す直哉の顔面へ。その炎から発される熱力は触れずとも、一瞬で鼻血を蒸発させるほどであった。
そんな拳を直哉はイシュトイアを寝かせてガードした。今回の攻撃に関しては、直哉も不意打ちでは無かったために全力を込めて防ぐことが出来た。
その衝突から周囲にまき散らされる衝撃波は寛之、そんな彼と対峙する聖美の元まで届いていた。
次の瞬間。ゲオルグの纏う炎は横取りされた。拳に纏わせていた炎は今、イシュトイアに纏わりついている。
「バカなッ!?」
驚くゲオルグに直哉はフッと笑みを返す。単にゲオルグの纏う炎の魔法をイシュトイアに
聖美は直哉の思考を読んでいたかのごとく、茉由を連れてすぐさま寛之の側を離れた。それを怪しんでいたところに迫りくる猛火。
寛之は反射的に障壁を展開するが、即席で作り出した障壁だったために炎を防ぎとめることは出来なかった。それもそのはず。並みの人間が放った魔法ならいざ知らず、魔王軍の八眷属であるゲオルグの炎魔法なのだから。そんな簡単に防がれては沽券にかかわるというモノ。
「~~~~~ッ!?」
寛之は瞬く間にゲオルグの炎に包まれ、悲鳴にならない声を発した。ここまで来ると、直哉も一切容赦が無かった。ゲオルグが寛之の光景を見て驚いている間に、直哉は自分以外の全員に治癒魔法の
竜の力を使っている際は魔力量も増えているために、魔術の発動速度も通常の倍近い。そんな速度で発動された付加術のおかげで、じわじわと紗希と洋介、夏海の傷が癒えていく。
「紗希!武淵先輩!洋介ッ!攻めろ!」
願うかのように投げかけられる言葉。それに紗希の指がピクリと動いた。洋介と夏海も若干の動きを見せたが、攻撃を始めたのは紗希が一番早かった。
「薪苗流剣術第二秘剣――光炎」
紗希が使ったのは自らを弾丸と化して敵に剣を突き立てる技。その速度は炎を纏う。それによって、紗希も火傷を負うほどであるが、直哉の「攻めろ」という言葉に何か触発されたようだった。
そんな特攻をしていく紗希を横目に直哉はゲオルグとの戦いを継続する。
そこへ、吸血鬼の力を操る少女が駆けつける。
大胆な回し蹴りをゲオルグへ叩き込み、クルリと宙で一回転し、直哉の隣に着地した。
「呉宮さん……茉由ちゃんは?」
「茉由ならもう大丈夫。あの子は気持ちの整理に時間がかかるけど、整理が付けば迷わないから」
そう言う聖美の言葉と表情を見て、直哉は確信した。茉由はもう大丈夫なのだと。何せ、彼女を最もよく知っている姉が言っているのだから。
――そうして、直哉は聖美と共にゲオルグへと挑むのだった。
紗希の特攻を受けた寛之は反対側の壁へと勢いよく突っ込んだ。もちろん、紗希の剣は寛之の腹部を貫いている。紗希は火傷を負った腕で水聖剣ガレティアを引き抜き、即座にその場を離脱。
寛之はと言えば、腹部に手を当てて痛そうにはしていたが、瞬く間に傷は小さくなっていく。
「“
「“雷霊砲”!」
そこへ、降り注ぐ重力と雷の砲撃が畳みかけるように撃ち込まれる。寛之は重力波と紗希から受けた傷ですぐには動けず、雷に呑まれる……かに見えたが、彼の障壁は易々と雷の砲撃を受け止めてしまっていた。
雷の砲撃が止み、寛之が障壁を解除した直後。いくつもの氷の刃が寛之の肉体を切り裂いていく。その刃が飛んできた先を見れば……茉由が居た。
「茉由ちゃん!」
紗希は喜びの声を上げた。その傍らに居ない聖美が直哉と共にゲオルグを押さえ込んでいるのを見て、紗希は包まれるような安心感を覚えた。
紗希、茉由、洋介、夏海の4人はそれぞれが武器を構えて、寛之と対峙する。そこから火蓋が切って落とされた戦闘は激しいモノとなった。
紗希と茉由が斬り込めば、寛之は杖をもって応じ、二人へ容赦なく蹴りと杖での打撃を加える。蹴りは紗希の鳩尾へ食い込み、その口から鮮血が吐き出される。続く杖での一撃は茉由の頭部へ。しかし、それは直前で彼女が持つ魔剣ユスティラトに遮られた。
紗希が後方へ吹き飛ばされるのを見た茉由は飛び退き、杖を払った後に攻撃を後の二人に委ねる。
「寛之!これでもくらえッ!」
洋介の魔槌アシュタランでの大振りの薙ぎ払い。これは障壁で受け止められたが、さすがの障壁にもヒビが生じた。これには寛之も眉をピクリと動かした。
立て直そうとしたのか、一度障壁を解除する寛之だったが、そこへ夏海からの三段突きが見舞われる。その突きの鋭さに寛之は全部をかわし切れず、杖を持つ左腕を貫かれた。
しかし、寛之は次の瞬間には攻撃の際に勢い余って前のめりになった洋介に回し蹴りを叩き込む。しかし、それは洋介の腕で受け止められていた。
「オラァッ!」
そのまま寛之の足を右腕を使ってわき腹に抱え込んだ洋介はグルグルとぶん回し、宙へと投げ飛ばした。それを茉由の“氷魔刃”が追撃していく。
だが、氷の刃など寛之が反射的に展開した障壁の前に玉砕するばかりであった。
それでも諦めることなく、茉由は寛之へ二度でも三度でも“氷魔刃”を放ち続ける。が、寛之からすれば障壁を展開しておけば何ということは無い攻撃だった。
さすがに無謀に攻撃するのはマズいと紗希は茉由を制止し、何か打開策が無いかを必死に考えていた。
「紗希ちゃん。攻めるわよ!」
背中をポン!と叩き、槍を片手に駆けだす夏海。その後に洋介が魔槌アシュタランを引っ提げて続いていく。
茉由と目を合わした後、動きながら考えることを選んだ紗希は前進した。
そこからの4人は魔法を使わずにとにかく物理で突く、叩く、斬るという攻撃を行なった。一見すると無茶苦茶な攻撃だったが、その間寛之は障壁の維持のために魔力を消費し続けている。
要するに、寛之の魔力を使い切らせた後で、自分たちが持てる全力をもって撃破しようという算段だ。
そうは言っても、そんな安直な作戦に寛之が見破るのにそう時間はかからなかった。
寛之は再び手を叩き、半球状の障壁を押し広げていく。それにより、まとめて吹き飛ばされる紗希、茉由、洋介、夏海の4人。そこからの寛之は洋介目がけて怒涛の攻撃を仕掛けていった。
あまりにも激しい拳蹴に押されていく洋介。寛之が真っ先に洋介を狙った理由、それは4人の中で自分に一番ダメージを入れられる火力を誇っているからである。
その次が魔鎧セベリルを纏う茉由と夏海。そして、最後に紗希という順番であった。紗希は動きと剣速が速いだけで、攻撃火力に関しては4人の中では一番下なのだ。
そんなわけで、優先順位が低い紗希ではあるが、高速戦闘による圧倒的な手数で寛之を圧倒しつつあった。
寛之も洋介のみに攻撃を集中させ、夏海と茉由、紗希の3人から攻撃を浴びせられても
ただ、そんな寛之の元に一本の矢が飛来する。その矢は寛之の右大腿部を的確に射抜いた。
そんなことをしたのは誰かなど、決まっていた。聖美である。ゲオルグとの戦いで生まれた数秒の時間を使って、矢を番えて狙撃したのだ。
聖美の相変わらずの弓の腕前に洋介は助けられた。聖美が生み出した一瞬の隙。それを友だからと見逃す洋介たちではない。
「“雷霊拳”ッ!」
衝撃を叩きつけるかのような雷を纏った拳での一撃は寛之の腹部にめり込み、その拳に込められた破壊力に、寛之は口から血を吐き出すほどであった。寛之が睨んだとおり、洋介の攻撃力は他の3人とはずば抜けていた。
そんな洋介の攻撃に怯んだところへ、
「“氷魔斬”!」
「ハァッ!」
「フッ!」
――茉由、夏海、紗希の順に怒涛の攻撃が見舞われる。
いくら傷が癒えるとは言っても、ダメージはダメージ。特に茉由の攻撃に関しては傷の治りが目に見えて悪かった。
ならば、いかに茉由の攻撃を命中させるかに勝負はかかっていることを全員が悟った。
紗希たちがアシストに徹して、茉由の魔法での攻撃を核にしていこうと話をしているところに何十発という火球が撃ち込まれた。
「新入り!早くこっちに戻って来やがれ!」
ゲオルグの声に呼ばれて寛之は迅速に移動を開始、瞬く間に合流した。紗希たちも追いかけるように直哉と聖美の二人の元に集った。
双方が戦力を集中させる中、ゲオルグから凄まじい魔力が練り上げられていっていた。そして、それを守るように立ち塞がる寛之。
直哉たちはそれをどう対処するか。それを話し合ったが、結論は出なかった。
ホルアデス火山内部での戦いの行く末は――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます