第173話 母の昔話

 竜の咆哮が轟くと同時に、頭上から吹き降ろされた炎のブレスは溶岩流を焼き尽くし、溶岩流は跡形もなく消し飛ばされていた。


 さらに、ブレスが撃ち込まれた場所は桁違いの熱量によってドロドロに溶けており、どれほどの炎を吐けばそんなことになるのかと洋介と夏海は目を丸く見開いて驚いていた。


「貴様らがラモーナ姫が言っておった人間共かのぅ?」


 洋介、夏海の目の前に立つ白髪の老人は片手に長杖を持ち、真っ赤なローブを身に纏っていた。


「えっと……ラモーナ姫のお知り合いですか?」


「然り。ワシはラモーナ姫の世話係をしとったんじゃよ」


 夏海と洋介は目の前にいる人物がラモーナの知り合いであることに安堵し、自分たちの状況を説明した。それは、ここにいる人以外にも、反対側の斜面に仲間が4人いることなどをだ。


「大丈夫じゃよ。そっちにはすでにラターシャが向かったわ」


 闊達に笑った老人は瞬きするうちに竜の姿へと変化し、洋介と夏海に直哉を担いで背へ乗るように促し、三人が乗ったことを確認したのちに飛び立った。


「一体、俺たちをどこに連れて行くつもりなんだ?」


『もちろん、ワシの家じゃよ』


 しばらく飛行した頃、洋介の質問に答えながら老竜は眼下に建つレンガ造りの一軒家へと降り立った。


「お帰り~ディエ爺♪」


『ああ、戻ったぞい』


 老竜――ディエゴに抱き着くのはラモーナ。彼女に抱き着かれた直後、竜化を解いたディエゴに案内されて洋介と夏海は二人で直哉を担いで小屋の中へ入った。


 一軒家の内部はこじんまりとしており、質素なモノだった。手前の部屋には木製の机と椅子が設置されており、奥にはベッドが一つあるだけだ。


「ラモーナ姫とラターシャはどこで寝てるんだ?ベッドが一人分しかねぇじゃねぇか」


「確かにそうね……」


 奥にあるベッドに直哉を寝かせながら、洋介と夏海は当然の疑問を投げかける。


「私とラターシャはそこにある椅子に座って毎晩眠っています」


 ラモーナが指さす先にあるのは手前の部屋の二つの椅子。竜の国の姫とその従者が椅子で寝るというのは一体、どういう状況なのか。そんなことが洋介と夏海の脳裏を過ぎる。


「最初はワシのベッドで寝るように勧めたんじゃが、ジジイの匂いがきつくてかなわんと言われてしもうたわ」


 そう言って肩を大きく揺らしながら笑うディエゴ。夏海にはラモーナの気持ちが何となく、分かるような気がした。女性から見れば、特に臭いの面は気になるところだからだ。


 今もベッドから漂う臭いに夏海は我慢を強いられている。そんな場所に直哉を寝かせるのは心苦しいとは思っているが、他に寝かせられる場所など無いのだから、仕方ない。


 ……そんな風に夏海は自分に言い聞かせていた。


「そういえば、先ほどは二人ともおアツいところを邪魔してしまったが、構わなかったかのう?」


「え~っ!?二人がそんなに……」


「そうじゃとも。正直、二人の世界に割り込むのは気が引けたんじゃよ」


 ディエゴとラモーナが洋介と夏海がキスをしていたうんぬんの話で盛り上がる。


 その時のことを見られていたということに、洋介は口をあんぐりと開けて固まってしまっていた。そして、その隣では夏海が耳まで赤くして俯いていた。


 そんな時、玄関のドアがゆっくりと音を立てて開いた。


「ラモーナ姫、ディエゴ様。ただいま戻りました」


「おかえり~、ラターシャ♪」


 洋介と夏海が二人の話を止めようとしていたタイミングで帰って来たのはラターシャ。そんなラターシャを見て、ラモーナはフラフラ~と玄関まで赴き、彼女に抱き着いていた。


「ラターシャ、よく戻ったのう」


「はい、4人とも無事に連れて参りました」


 ラターシャの背後から顔をのぞかせたのは、聖美と紗希、茉由にイシュトイアの4人。それを見た夏海は先頭にいた聖美に飛びついた。


「な、夏海先輩!」


「聖美ちゃん、みんなも……!本当に無事で良かった……!」


 夏海は聖美たちへ順番にハグをしていった。それを少し離れた場所から見守る洋介。


「弥城先輩、兄さんは?」


「ああ、そこのベッドで寝てるぞ」


「分かりました。ありがとうございます」


 紗希は礼を言ってから、ベッドで横になる直哉の顔を覗き込んだ。そこへ聖美も後から歩いてやって来る。


「紗希ちゃん、直哉君の様子はどう?」


「火傷とかはしてるみたいですけど、大丈夫そうです。寝息とかも聞こえてくるので」


「そっか。それなら良かった……!」


 聖美がポロポロと涙をこぼす。そんな聖美が泣き止むまで隣で紗希が付き添った。そうしているうちに、茉由も聖美の隣に居た。


 聖美が落ち着いたころ、全員が玄関に続く手前の部屋に集められた。


「よし!それじゃあ、みんな揃ったところでお互いに自己紹介しよう」


 ラモーナが大きく揺れる胸の前で手を叩いて、全員の注目を集める。そこからはラモーナから指名された順番で自己紹介が進んでいった。


「そして、ラスト!」


「ワシがディエゴじゃ。この家で100年くらい暮らしておる。よろしく頼むぞ」


 ラモーナから勢いよく指名されたディエゴはひらひらと片手を振りながら、サクッと自分の名前を名乗った。そして、100年間もこの家で暮らしているという事に紗希たちは驚きを隠せなかった。


 そんなディエゴは150年くらい前から、煉獄竜として竜の国の竜王の側近として国を支えている。今も竜の国から離れてはいるが、竜王から招集がかかった日にはすぐに竜の国へと参じている。


「ラモーナ姫も私も幼い頃はよくここで遊んでもらっていたのですよ」


「そうそう!」


 ラターシャやラモーナの過去の話を交えながら繰り広げられる話に、来訪者組も楽し気に混ざっていっていた。そうしているうちに、陽が落ち、辺りは真っ暗になっていた。


「そうだ、ディエゴさん。夕食はどうすれば……」


 陽が落ちたことで今まで忘れていたことを質問する聖美。ディエゴも夕食の事は忘れていたらしく、どうするかと考えていた。


「よし、それならば麓の村までお主らを送っていってやるとするかのう」


 紗希たちが麓のクヴァロテ村に宿を取っていることはラモーナ姫たちから聞いたらしく、ディエゴが送ることを提案した。今なら麓の村の酒場も開いているだろうから、そこで夕食が食べられるだろうとも付け足した。


「でも、直哉君を置いていくわけには……」


「なに、こやつが起きたら村まで送り届けるわい。村までなら往復5分もかからんしのう」


 ディエゴはまたしても豪快に笑い飛ばし、紗希たちに表に出るように促した。聖美たちはそれぞれの装備を携帯し、外へ。


 竜化したディエゴの背に乗った聖美たちはディエゴの一軒家を後にした。空へと飛び立っていく6人をラモーナとラターシャは手を振って見送ったのだった。


「ラターシャ。なおなおはまだ目が覚めないね?」


「そうですね。とはいっても、急ぐ理由もないので気長に待つとしましょう」


 ラターシャはラモーナに椅子に座るように促し、彼女が着席したのを確認してから自らも着席した。


 静まり返る部屋に直哉の寝息がやけに響く。それによって、ラモーナはプッと吹き出していた。


「ラモーナ姫、いかがなされましたか?」


「ううん、なおなおの寝息がふす~、ふす~っていってて可愛いなと思って……!」


 何がそんなにおかしいのか、ラモーナはずっと笑っていた。それを何も言わずに静かに見守るラターシャであった。


 そこへ地面に何か思いモノが着地する音が響き、数秒して玄関のドアが開いた。


「……二人とも、まだ起きておったのか」


 ラモーナもラターシャも起きていたことに少し驚いたようだったが、ディエゴは優しく微笑みながら二人を見ていた。


「ディエゴ様。どうぞ」


「なに、気にせんでよいわ」


「いえ、そういうわけには参りません」


 椅子に座れないから立とうとするディエゴに優先座席でも譲るかのような素振りで椅子に座ることを勧めるラターシャ。しばらく譲り合いをする二人だったが、結局ディエゴが座った。というか、ラターシャが頑固であったために折れないと一生譲り合いが続くと思ったディエゴが観念しただけなのだが。


「うっ、ここは……?」


 直哉が目を覚ました。その声を聞いた3人が直哉の枕元に集まった。


「ラモーナ姫にラターシャさん?えっと、あともう一人は……」


「ワシはディエゴじゃ。初めましてじゃな、薪苗直哉」


 直哉が言葉に詰まると、すかさずディエゴは自らの名前を名乗る。直哉もそれに頷きを返した。


「初めまして、ディエゴさん。俺は薪苗直哉です。以後、お見知りおきを」


 ディエゴに挨拶を済ませ、丁寧に一礼する直哉。そんな様子にディエゴは機嫌よさげに笑顔を浮かべていた。その後、ラモーナ姫とラターシャさんは席を外した。


 直哉は一体、何の目的でディエゴと二人きりの状況になったのかが分からず、頭に大量のクエスチョンマークを浮かべていた。


 そんな中、ディエゴは片膝を付き、直哉に頭を下げた。


「ディエゴさん!?頭を上げてください!というか、これってどういう……」


「薪苗直哉……そなたは竜王の孫にあたるわけじゃ。ゆえに、ワシも礼を尽くそうと思ってのぅ」


 顔を上げたディエゴは真面目そうな面持ちで直哉と向き合っていた。直哉も驚きはしたが、丁寧な態度で応じられたら丁寧な態度で応じざるを得なかった。


「いや、そなたは頭を下げなくて構わんよ」


 下げようとする頭をディエゴの指先で止められる。直哉は言葉に甘えて頭を元の位置に戻した。


「さて、薪苗直哉よ。お主、母親であるフィオナ姫には会ったことが無いじゃろう?だから、どんな人だったのか――」


「会った事ならありますよ。まあ、夢の中で……ですけど」


 その直哉の言葉にディエゴは弾かれるように飛びついた。


「それは本当なのか!?」


「は、はい。というか、ラモーナ姫とラターシャさんにはその話はしましたけど……」


 直哉は「聞いてなかったんですか?」という言葉を付け足したが、その時にはディエゴは二人の元に行った後だった。


 ――それから15分ほどして。


「ディエゴさん、どうでしたか?」


「お主、フィオナ姫から賢竜の力を受け継いだとのことじゃったが……」


「そうです。手で触れた人間の記憶に干渉できるってくらいの説明は聞かされましたよ。試しに一度使ってみただけで、それも数か月前の話ですが」


 直哉はその後もディエゴに色々な話をしたが、ディエゴからはフィオナの話が数多く伝えられていた。


 フィオナが自由奔放で、王城を抜け出して、この一軒家にもほぼ毎日のように遊びに来ていたこと。そして、そこではラモーナとラターシャの姉妹のように仲良く遊んでいたことなど、どれも平和なエピソードばかりであった。


「どうした、直哉。そんなに感動するような話じゃったか?」


「なんか、フィオナさん……いや、母が生きてたんだなってことが伝わって来て……」


 直哉にとって、今まで存在している実感のなかった母親がここで遊んでいたということが話を聞いていて、胸にこみ上げてくるものがあったのだ。


「そうじゃったか。折角じゃし、もう少しフィオナ姫の話でもしてやろうかの」


「だったら、私も混ぜて~」


「ラモーナ姫、急に入ったら……」


 ディエゴが楽し気に話し出そうとしたタイミングで、ラモーナ姫とラターシャの二人が部屋へと乱入してきた。最初は直哉もどうなることかと思っていたが、二人からもフィオナの話が次々に出てきたことで楽しく団らんすることが出来たのだった。

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