第162話 受け継がれる兵器

 あの湖底神殿での戦いから2日が経った。昨日は丸一日、傷のことを考えて安静にしているようにとのことだったので、部屋でオリビアちゃんと本を読んで過ごした。


 正直、何を言っているのか分からない学術書を一緒に読むことになったのだが、内容がさっぱり分からず、知ったかぶりをしてやり過ごした。


 俺がオリビアちゃんと学術書を読んで、脳みそがパンクしている間、呉宮さんたちはエミリーちゃんを連れて、俺抜きで料理屋ディルナンセの開店祝いで二号店の方に行っていたらしかった。


 ……俺も行きたかったのに残念だった。正直、ケガをした自分に当たり散らしたい気分だ。


 また、フィリスさん率いる王国軍の人たちの方は共に湖底神殿に残されたリディヤたち4人の亡骸と古代兵器アーティファクトの回収を行なったのだそうだ。


 そして、今。フィリスさんにクレイアース湖に呼び出された俺たちの前には、フィリスさんたちが引き上げた古代兵器アーティファクトが目の前にある。


 目の前にある古代兵器アーティファクトは水聖剣ガレティア、魔剣ユスティラト、魔槌アシュタラン、魔棍セドウス、魔鎧セベリル3つと魔鎧セクメラギの合計8つ。


 水聖剣ガレティアと魔鎧セクメラギは海賊団ケイレスの首領であるリディヤが装備していた代物だ。水聖剣ガレティアは剣に水属性の魔法が込められた聖剣で、実質的には水属性の魔法剣として使うことが出来る。


 そして、魔鎧セクメラギの効果は魔鎧セベリルと同じだが、身体強化の効果が違うとイシュトイアは言っていた。


 魔鎧セベリルは1.3倍ほどの身体強化だが、魔鎧セクメラギは1.5倍ほど。装備した人間が強ければ強いほどに効果が発揮される代物だ。


「さて、今日はお前たちに来てもらったわけだが、ここにある古代兵器アーティファクト、お前たちに使ってもらいたいのだ」


 そうフィリスさんは言っているのだが、俺たちはどういうことか分からず、顔を見合わせた。


「フィリスさん、これって王国軍が押収するモノなんじゃ……」


 俺が言うより早く、呉宮さんが口を開いた。それは俺たち全員が思ったことそのままであった。


「ああ、聖美の言う通り、ここにある古代兵器アーティファクトは海賊団ケイレスのメンバーが使っていたものだ。それは本来、我々王国軍が王都まで持ち帰り、国王陛下に報告するモノだ」


 確かにそうだ、と俺たちもフィリスさんの話に相槌を打った。


「だが、我々が持ち帰ったところで城に保管しておくだけだ。それであれば、お前たちのような危険な場所に赴くことが多い人間に使って欲しい」


 城に持って帰っても使わずに眠らせておくだけだから、よく魔王軍と遭遇する俺たちに使って欲しい的なことか。確かに武器も防具も使われなければ、ただのガラクタでしかないしな。


「確かに強い武器とか防具を貰えるのは俺たちとしてもありがたいんですが、本当に貰ってしまって大丈夫なんですか?」


 俺は確認の意味を込めて、フィリスさんへと問うた。もし、使ったことで後々国王に呼び出されて怒られるような事にならないか心配だからだ。


「ああ、国王陛下には私の方から説明しておく。陛下も懸命なお方、王城から魔王の魔の手から救ってくれたお前たちに感謝しておられる。ゆえに、必ずお許しになられる」


 フィリスさんの希望的観測であるが、俺たちも一度クリストフ王に会ったことがあるから、確かにそこまで怒らなさそう。むしろ、笑って許すような人だ。


 ……ここはフィリスさんのお言葉に甘えて、装備を受け取ることにしよう。そう俺たちは決めた。


 まず、武器類から誰が装備するのかを仕分けていくことにし、一番最初に話題に上がったのが水聖剣ガレティアだ。


 中々切れ味の鋭そうな刃、刀身にはマリンブルーのラインが引かれており、デザインがシンプルであった。水聖剣ガレティアに限らず、古代兵器アーティファクトはすべて、装飾類はほとんどなく実用性に重きを置いているようだった。


「これ、紗希ちゃんが使ったら?」


「ううん!ボクには聖剣なんて……!」


 水聖剣ガレティアを手に取った茉由ちゃんが呟いた一言に、紗希はすぐさま両手を横に振って断っていた。


「紗希ちゃんは武器も素朴な性能重視な感じだったし、刀身と柄のマリンブルーは紗希ちゃんに似合ってると思う」


 茉由ちゃんに促されるまま、紗希は水聖剣ガレティアを手にしていた。


「紗希、持ってみた感じはどうだ?」


「えっと、自分の手に馴染む感じがする。イシュトイアと同じくらいに軽くて、扱いやすい」


 紗希は瞳を輝かせながら、手にした水聖剣ガレティアを見つめていた。この時点で、この場に居る誰もが水聖剣ガレティアの所有者が誰か、決まったようなものだと思っていた。


 何より、水聖剣ガレティアがイシュトイアと同じくらいに軽くて扱いやすいということが気になった。古代兵器というのは見た目以上に軽かったりするのかもしない。


 その後、水聖剣ガレティアは紗希が扱うという事に全会一致で承認された。


 次の2つ目は魔剣ユスティラト。セルジが使っていた刀身が伸びる剣だ。あれには

随分と苦しめられた。


 その持ち主は剣士であることが必須条件であったが、俺たちの中で剣を扱うのは俺と洋介と茉由ちゃんの3人だけだ。もちろん、紗希も剣を使うが水聖剣ガレティアをゲットしたため、除いている。


 洋介はそこまで剣を使うわけじゃないから、と辞退した。俺もイシュトイアがいるから、必要ではないと辞退した。よって、消去法的に茉由ちゃんが魔剣ユスティラトを使うことになった。


 でも、刀身が伸びることで茉由ちゃんの氷属性の魔法剣の射程範囲が大幅に広がった。これは茉由ちゃんの更なる戦力として期待できそうだ。


 次、3つ目は魔槌アシュタランだ。これは紗希と茉由ちゃん以外の全員が持ってみたが、洋介以外ではロクに振り回すこともできない重さだった。さすが、重量を武器としているだけのことはある。


 魔槌アシュタランの新たな主人は、洋介しかまともに振り回せなかった時点で確定であった。


 来訪者組で一番の怪力を持つ洋介と魔槌アシュタランの組み合わせ、恐らく一撃の火力では何人たりとも敵うまい。


 最後の武器は魔棍セドウスであったが、誰も棍棒を扱える人間がいなかった。槍使いの武淵先輩ならと思ったが、棍棒は先端が槍とは違い丸くなっているから、貫く攻撃が出来ない。


「でも、守能君なら使いこなせるかもしれないわね。だって、杖と同じ棒状の武器だもの」


 武淵先輩はそう言ったが、全員がその場にいない男のことを考えてしまった。特に、茉由ちゃんが沈んだ表情をしていた。そのことで、武淵先輩が無神経に寛之の名を出したことを謝っていたが、茉由ちゃんは別に怒っているわけじゃないからとなだめたことで、その場は落ち着いた。


 にしても、茉由ちゃんのショックは落ち着いたかに見えたが、実はそうでもなかった。みんなの前では明るく振る舞って、大丈夫なように演技していただけだったことをようやく理解できた。俺たちが気遣っているつもりが、自分たちが気遣われていたという事がショックだった。


 このことで茉由ちゃんのためにももう一度寛之に会って話をする必要があると改めて思わされた。マルティンが近いうちにまた会うことになると言っていたことを思い出し、申し訳ないがその時まで、茉由ちゃんには耐えてもらうしかない。


 どんな形で再会するのかは分からないが、敵として再会する可能性が高いのだ。俺たちはその時のためにも強くなっておく必要があるだろう。そのためにも、古代兵器アーティファクトは有効活用しなければならない。


 とりあえず、魔棍セドウスについては武淵先輩が携帯することとなった。もし、寛之が帰って来たら、その時に渡そうとみんなで話し合って決めた。


 こんな感じで武器選びは終わり、続いて防具の話になった。俺と紗希は身軽な方が良いからと鎧選びに関しては遠慮した。呉宮さんも弓使いだから、ガッチリとした鎧は必要ないからと鎧選びには参加しなかった。


 結局、鎧に関しては洋介と武淵先輩、茉由ちゃんの3人が選ぶことになった。


「……洋介が性能の高い魔鎧セクメラギを付けたら?私と茉由ちゃんじゃ重すぎるもの」


 実際に鎧を纏ってみた感想から武淵先輩は力のある洋介が魔鎧セベリルよりも重い魔鎧セクメラギを装備するように勧めていた。茉由ちゃんは武淵先輩の隣でコクコクと首を縦に振っていた。


 だが、洋介は武淵先輩や茉由ちゃんに遠慮してか、頑なに自分は性能の低い方のセベリルにすると言い張っていた。


 この問題に関してはやや口論になりながらも決着が着き、洋介が魔鎧セクメラギを、武淵先輩と茉由ちゃんが魔鎧セベリルを装備することに。


 洋介といっては渋々装備している感じで、明らかに武淵先輩に押し切られた感じだった。


「フィリスさん、これは持ち帰ってください」


 俺は一つ残った魔鎧セベリルをフィリスさんに手渡した。


「本当にいいのか?直哉も紗希も、聖美も付ければより一層強くなれるだろう?」


「そうですけど、俺たちは身軽な方が良いので」


 引き渡してなお、フィリスさんは食い下がって来たが、俺たち3人は頑なに受け取りを拒否した。


「まあ、お前たちがそこまで言うのなら、我々が王城まで持ち帰ろう」


 フィリスさんが折れてくれたことに俺たちは安心した。フィリスさんたち王国軍は古代兵器アーティファクトの話が終わるやいなや港町アムルノスを発った。


「よし、俺たちも伯爵邸に戻るか」


 俺たちもいつローカラトの町に戻るのかをセーラさんに尋ねるべく、新装備と共に夕陽を背にして伯爵邸へと向かった。


「あら、おかえりなさい」


 優しい笑顔と共に迎えてくれたセーラさんに「ただいま」と俺たちは声を揃えて帰った時の挨拶をした。そのままローカラトへ戻る時期についての話をしたが、明後日の朝に出発するとのことだった。


 そんなわけで、明日は6人で港町アムルノスの観光に行こうという話になり、案内は洋介と武淵先輩がしてくれるらしい。


 また、紗希と茉由ちゃんが「マリエルさんも一緒がいい」と言い出した。俺たちも反対するどころか、むしろ一緒に回りたいくらいだったので二人からの申し出をオッケーした。


 明日の港町観光に胸を膨らませながら、俺たちは男女で時間を分けて大浴場で汗を流した。その後、夕食を摂り、それぞれの部屋へと戻った。


「直哉君。明日の観光、楽しみだね」


「ああ。まあ、何をするか全然決めてないけど」


「それなら紗希ちゃんたちと話して決めてるよ」


 俺は無防備な姿でベッドの上をゴロゴロと転がっている呉宮さんの方を振り返った。無防備なのは信頼の証と捉えれば嬉しいのだが、これを他の誰かに見られるのは嫌だと思ってしまう。そんな俺は独占欲が強いのだろうか?


「直哉君、海辺で遊んだりする?真冬だから、泳いだりはできないけど」


「そういえば、そんなことを紗希も言ってたな。『泳げないのは辛い!何で夏に来なかったの!』……って」


 俺が紗希のマネ?をしつつ、言われたことをそのまま口にすると、呉宮さんはクスッと笑っていた。爆笑までとはいかなくても、フフフッと笑いを引き出せたのは何だか心温まるものがあった。


「確かに、夏だったら直哉君と一緒に泳げたのにね」


 一緒に泳げたのに……か。泳ぐって事は水着に着替えているわけで、呉宮さんの水着か……。


「ゴッホッゴホッ!」


「ちょっ、直哉君!大丈夫……?」


 あれだけベッドの上でリラックスしていた呉宮さんが俺の方に駆け寄ってくれた。片膝をついて純粋な瞳で見られると、呉宮さんの水着姿を想像してむせたなんて口が裂けても言えなかった。


 一つ、付け足すことがあるならば。今の呉宮さんの体勢では服の襟が緩いため、微妙に膨らんだ二つの丘の谷間が見えてしまうのだ。呉宮さんは狙っているわけでは無い事は頭では理解できているが、こういうハプニングは勘弁してほしい。心臓に悪い。


「呉宮さん。俺、もう寝るよ」


「もう咳とかは大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」


「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ。直哉君」


 呉宮さんは笑顔で手を振りながら、自分のベッドへ戻っていった。俺はベッドで横になったが、直前に見た谷間がフラッシュバックしてしまい、寝付けなかった。そうしている内に呉宮さんのベッドの方から幸せそうな寝息が聞こえてきた。


 そっちの方に意識を向けている内に自然と眠りにつけたのだった。

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