第161話 湖畔の戦い

「フッ!」


 俺はベルナルドが空を落下している間に無茶苦茶に斬撃を繰り出した。とにかく、空中にいる間に少しでもダメージを入れたかったからだ。それに、規則性のカケラもない素人の斬撃の方が剣の達人は防ぎにくかったりするものだ。


「“水渦ウォーターボルテックス”!」


「うぼっ!」


 水面からの距離3メートル。ベルナルドは魔力で制御した大量の湖の水を容赦なく叩きつけてきた。俺は溺れ死ぬような思いをしながら大量に水を飲んだ。刹那、渦の中を移動してきたベルナルドからの斬撃で俺は湖岸の森へと弾き飛ばされた。


 砲弾のように俺は地面へと仰向けに叩きつけられ、血があふれ出た。どうも、海賊団ケイレスとの戦いで貰った傷が開いたらしかった。正直、このまま安静に眠っておきたいところではあるが、そうもいかない。湖岸へと華麗に着地したベルナルドはコツコツと靴音を響かせながらこちらへと向かってくる。


 俺は軋む体に鞭打って、起き上がった。でなければ、次の一撃で確実にあの世行きだ。


「思っていた以上に強いですね。見くびっていたことを謝罪させてもらいますよ」


 ベルナルドは行儀よく45度に体を折って、頭を下げてきた。その間にイシュトイアを構えて迎撃準備を整えた。


「さて、ここまで粘って貰って恐縮ですが、そろそろ片付けさせていただきますよ」


 ゴクリ、と音を立てて喉元を唾液の塊が過ぎていく。


「それと。あなたを始末した後は、逃げたお仲間を始末します。まだ、岸にいるようですから」


 俺はベルナルドが見た方向をチラリと見た。そこにはフィリスさんやセーラさんと話をするみんなの姿があった。


 今ここで、俺が倒されればあの場にいる全員が殺戮されてしまう。俺は命を懸けてでもベルナルドを食い止めようと覚悟を決めた。


 俺が覚悟を固めたのを察したのか、ベルナルドの方も全力で迎撃しようという気迫が窺えた。


 しかし、そのタイミングでベルナルドの背後にオールバックにした乳白色の髪をもつ男が姿を現した。


「ベルナルド、例のモノは?」


 男が言葉を受け取った時、ベルナルドは左手に持っていた大海の宝玉を手渡した。男はそれを受け取り、微笑していた。


「確かに受け取った。一緒に魔王城へ戻るか?」


「いいえ、マルティン君は先に戻っていてください。私は彼を始末してから戻ることにします」


「了解」


 ベルナルドの言葉を聞いたマルティンは一言を返し、姿を消そうとした。


「待ってくれ!」


 俺は気がつけば、消えようとしている男を呼び止めた。今までベルナルドと戦うばかりで見落としていたことを思い出したのだ。


「寛之は今、何をしてるんだ?」


 俺からの問いにベルナルドは顎に手を当て、微笑んでいた。対して、質問を投げたマルティンは案外すんなりと答えてくれた。


「ヤツはユメシュ様直属の配下として活動している。じきにお前たちとも相まみえることになるだろうがな」


 その言葉を残し、マルティンは光の粒となって消えた。一体、どういう原理で消えたのかは分からないが、これも魔法なのだろう。


「さて、薪苗直哉。そろそろ決着を付けさせて頂きましょうか」


 ベルナルドはヒュンッ、と剣を振り、改めて剣を構えた。その構えに隙は無く、俺ではあの構えを崩すことはまず不可能だろう。ならば、ベルナルドが攻撃を仕掛けてきた一瞬の隙を突くしかない。


「行きますよ!」


 ベルナルドが地面を蹴ったかに見えた次の瞬間には、俺の目の前には殺意を帯びた刃があった。とっさに飛び退いたことで、胸部に浅く傷を負っただけで済んだ。


 その後も紙一重の差で斬撃を受け流したり、回避したりして凌いでいたが、正直限界だった。


 俺は屈んだり、首を傾げたりと様々な動きをしながら防戦一方の状態になっていた。周囲をグルグルと廻りながら、ひたすらに反撃の機会を窺っているが、全く隙が見当たらない。


 紗希であれば、上手く隙を見つけて反撃するのだろうが、俺にはそんな剣の才能は持ち合わせてなど居ない。


 ないものねだりをしたところで状況は何も変わらない。今ある者で逆転する方法は――


 ベルナルドがトドメを刺そうというのか、魔法陣を構築するのが見えた。俺はそこで一撃の威力に賭けることにした。


「“水破斬ウォータースライサー”!」


「“聖砂爆炎斬”ッ!」


 ベルナルドが放った水を圧縮した刃と光魔法と砂魔法、火魔法の3つを魔力融合させた斬撃が真正面から激突する。


 この世界で編み出した序盤の俺の最大の技がどこまで通用するかは分からないが、試してみる価値は十分にある!


 二つの技が真正面から激突。威力の上では魔力融合させているこちらが有利になる。だが、結果は俺の予想を上回ることになった。


 水の刃は“聖砂爆炎斬”を真っ二つに両断して止まることなく突き抜けてきた。俺はとっさにイシュトイアで斬り払ったが、タイミング的にはギリギリであったために恐ろしかった。


 そして、俺の放った“聖砂爆炎斬”は真っ二つにされたものの、ベルナルドに命中し、光と砂の混じった鮮やかな炎に包まれた。しかし、周囲に展開された水の渦で絡めとられ、鎮火させられてしまった。


「イイ線までいっていましたが、あともう一息。惜しかったですね」


 言い方的にかなりイラっとする感じであったが、何も言わずに黙っていた。そもそも、あの一撃を吹き飛ばすとは規格外にも程がある。


 しかし、俺は気づいたことが一つだけあった。吹き飛ばす直前に受けたことが原因であろう火傷を。さすがに“聖砂爆炎斬”の直撃を受ければ、ベルナルドとて無傷では済まなかったという事だ。しかも、あれほどの火傷であれば先ほどのような剣捌きは不可能だろう。


 ――今ならごり押しすれば勝てるかもしれない!


 そう考えて一太刀見舞ってやろうとしたタイミングで、複数の足音が聞こえた。足音のペース的に走って来ているのがすぐに分かった。


 ベルナルドは今が潮時と判断したのか、撤退を選択した。ベルナルドが水中へ背中から飛び込もうとしたタイミングで、雷の砲撃がベルナルドを包み込んだ。あの砲撃は間違いない。洋介の“雷霊砲”だ。


 バシャン!と水に大きなものが落ちたような音が耳に入って来た。そのことと“雷霊砲”が消えた後にベルナルドの姿が見当たらなかったことから、水中に逃げられたことを悟った。


 今回の戦いで魔王軍の八眷属の一人であるベルナルドを仕留めそこなった上に、大海の宝玉まで奪われてしまった。これは大失態であったが、マルティンから寛之がユメシュの配下として活動していることを聞き出せたことや、全員が今この場で生きているだけでも奇跡だと感じた。


 俺はそんなことを思いながら、こちらへ駆け寄って来る呉宮さんの顔を見て、体中から疲れがドッとあふれ出るような感覚に包まれた。そんな疲労感に導かれるまま、俺は意識を暗転させたのだった。


 ◇


 ――ここは魔王城円卓の間。ベルナルド帰還後、ユメシュの指示によって魔王城に居る魔王軍の幹部に招集がかかったのだ。


 円卓を囲む4つの座席。そこにはユメシュとレティーシャ、ゲオルグ、ヴィゴール、ベルナルドの5人の眷属。そして、それぞれの部下たちであった。


 ユメシュの背後にはクロヴィスを筆頭とする七魔将と寛之、レティーシャの背後にはマルティン。ゲオルグの背後には魔人3体、ヴィゴールの背後にはウラジミールとカトリオナの二人といった具合だ。


「マルティンの報告にもあったように、我ら魔王軍はベルナルドの活躍で大海の宝玉を手中に収めることが出来た。そして、ここからが本題だ」


 全員がユメシュの一挙手一投足に注目の視線を浴びせた。ユメシュは全員の様子を流し見てから話を再開した。


「残る宝玉は大地の宝玉のみ。これの在り処はホルアデス火山だということは判明している。ついては、これの奪取を誰に任せるかだが……」


 ユメシュは真紅髪の男と唐茶色の髪の男の二人を人差し指と中指で指し示した。


「ゲオルグ、ヴィゴールのどちらかに頼みたい」


「だったら、俺が行ってやるよ。ヴィゴールは傷が完治したわけじゃねぇからな」


「ヴィゴール、それで構わないか?」


「……構ワナイ」


 ヴィゴールは静かに首を縦に振り、ゲオルグの意見に反対しなかった。だが、彼の部下であるウラジミールとカトリオナは出撃の機会を逃したことに不満げな様子であった。


「それでは頼んだぞ。ゲオルグ」


「ああ、任せておけって」


 鬱陶し気な口ぶりでゲオルグは席を立ち、手をひらひらと振りながら円卓の間を退出していった。そんな彼の後を部下3人も追っていった。


「ユメシュ総司令、本当にゲオルグに任せて大丈夫でありんすか?」


 ゲオルグの態度や言動を見て、不安げにしているレティーシャだったが、問われたユメシュ本人は静かに首を縦に振るのみであった。


「ゲオルグは素行は悪いが、セベマの町を陥落させているし、魔族領の防衛もしっかりやってくれている。本当に直近の任務は誰よりも堅実にこなしてくれている」


「言われてみれば、確かにそうでありんすが……」


 ユメシュの言葉に理解を示してはいるものの、どうも心の底から納得は出来ていないようであった。


「さて、残っている者で話を進めていくが、ベルナルドには今すぐサハギン1万を率いて、西の大陸でヴィシュヴェ帝国と交戦中のディアナへの援軍として向かってもらいたい」


 現在、ヴィシュヴェ帝国と風の八眷属の一人であるディアナは数か月に渡り交戦中である。しかし、戦況は良くなるばかりか帝国の圧倒的な兵数にディアナの軍は削りに削られており、旗色が悪い。


 当初の一点集中で帝国の首都を陥落させるという作戦は予想以上に防備を迅速に固めた帝国軍に阻まれ、その挙げ句包囲される羽目になっている。


「ディアナに預けた軍は半数が討ち取られ、残る兵も負傷者ばかりでとても戦える状態ではないらしいのだ」


「なるほど。それでは私は彼女の尻拭いに向かえ……ということですか」


 あまり乗り気ではなさそうなベルナルドにユメシュは何も言わなかった。誰だって、尻拭いは嫌な仕事であるのを分かっているからだ。


「とりあえず、地図を見て欲しい」


 そう言って、円卓上に広げられた西の大陸の地図をベルナルド、レティーシャ、ヴィゴールの3人は覗き込んだ。


「帝国の首都は西の大陸の西の内陸部に位置している。が、その横を流れる川は南へ流れ、海へと繋がっている」


「フッ、それでは私に援軍を命じたのは、その河川を遡って帝都を攻略せよ、ということでしたか」


 ベルナルドは爽やかな笑みをこぼしながら、剣を鳴らしていた。やる気になった様子にユメシュは口端を吊り上げる。


「さすが、ベルナルドは理解が早くて助かる。ディアナには悪いが、囮になっていてもらう」


「それでは、サハギンの泳ぎであれば帝都までは2週間ほどで到着できます。なので、それまでは持ち応えるようにディアナへ伝令をお願いします」


 自信ありげなベルナルドの言葉にユメシュは満足げに頷き、レティーシャへアイコンタクトを取った。


 レティーシャは背後にいるマルティンにディアナへの伝令役を命じ、すぐに出発させた。とはいえ、マルティンは光と同等の速度で動くために実質瞬間移動と同じ速さである。伝令役としてこれほどの適任は居ない。


 マルティンがディアナの元へと発った後、ベルナルドも円卓の間を退出して出撃準備を整えるべく動き出したのだった。


「ユメシュ殿。ワタシハ一体何ヲスレバ良イノデスカ?」


「ああ、ヴィゴールには魔族領の防衛を任せたい」


 これは、手堅い戦いが得意なヴィゴールにどうしても魔族領の防衛を任せたいという考えからであった。それを分かってのことか、ヴィゴールは配下のウラジミールとカトリオナの二人を連れて円卓の間を出ていった。


「さて、クロヴィス。ようやく出番だ」


「ああ、分かってるって。“破邪の結界バリアダデファレッツオン”を解いて、ルフストフ教国を陥落させるんだろ?というか、僕に今日まで魔王城で待機しておけって言ってたけど、それは何で?」


「フッ、王都から魔王城まで徒歩でどれくらいかかると思っている。それをレティーシャと共に飛んで帰って来たんだ。そんなに早く戻ったら、怪しいだろう」


 ユメシュのごもっともな意見にクロヴィスはただただ頷くばかりであった。ちなみに王都からローカラトの町までですら徒歩で17日。そこから魔族領までであれば徒歩で一か月はかかる。


 クロヴィスが行きで使ったルートは魔族領との境界スレスレであった。そこであれば、人の眼にも止まらず船を停泊させられるからだ。帰りはそこから戻る。


「今回はクロヴィスを総大将として、残る6人の七魔将全員と寛之を副将に添える。そして、人型悪魔ホムンクルス1万4千体、ゴーレム八百体を率いていけ」


 ユメシュの言う人型悪魔ホムンクルスは量産型であり、目立った性能は無い。せいぜい、人間と武器で真正面から打ち合える程度である。


 それに比べ、クロヴィス以外の七魔将であるバートラム、イライアス、ルイザ、カミラ、ラルフ、ダフネも同じ人型悪魔ホムンクルスでありながら、他とは一線を画す戦闘能力を秘めている。


 そして、ゴーレムは大きさ的には10メートルほどの高さがある金属製の巨人で、9割ほどのゴーレムは魔鉄ミスリル製、残る1割はアダマンタイト製となっている。その金属の拳を真正面から受ければ、その圧倒的重量から放たれる一撃で並みの人間など叩き潰されてしまう。


 今回ユメシュがクロヴィスに付けた兵士はユメシュがここ数ヶ月でこしらえた戦力であり、現在も魔王城の地下で絶え間なく製造され続けている。


 それだけの圧倒的な物量を誇る戦力をもって、魔王軍のルフストフ教国陥落作戦は幕を開けた。

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