第158話 完璧は無い
「貴様、セルジとグウィリムを戦闘不能に追いやるとはな」
「予想外だったか?」
直哉の言葉にロレンツォは静かに首を縦に振る。それはそうだ。こんな体中から血を吐き出している死にかけの男が大した傷も負わず、体力も万全の男二人を倒したのだから。
だが、さすがに強敵二人を立て続けに撃破したことで残り少ない体力も尽きようとしている。
クルクルクルッとロレンツォは指先で魔棍セドウスを回転させ始める。回転させていくにつれ回転速度を増していき、魔棍セドウスはビュンビュン風を切るほどの速度に達した。
「行くぞ。俺は他の二人とは違って、最初から全力で貴様を叩きのめす」
「行くぞって言ったんだから、サッサとかかって来てくれ。俺も残りすべての力を振り絞る準備は出来ている」
腹立たしい直哉の言葉にロレンツォは笑みをこぼす。先ほどのグウィリムとのやり取りの時と同じ、挑発目的の言葉だと見抜いているからだ。ロレンツォはそんな手に易々と引っ掛かる男ではなかった。
――ナオヤ、気ぃ抜いたらお終いやで。
直哉は「分かってる」とだけ返し、ロレンツォを迎え撃った。魔法を使えば、魔棍セドウスではじき返される。そのくせ、接近すれば格闘術と棍棒を合わせた武術でボコボコにされる。
そんな情報だけ見れば、無敵にも思える男と力尽きそうになりながらも交戦する。魔棍セドウスとイシュトイアは何十合と打ち合い、火花を散らした。しかし、それでも決着が着く気配は見えない。
絶え間なく放たれる拳打と棍棒での連撃。直哉は完全に防戦一方となり、後ろへ下がるばかりであった。
「どうした!もう反撃する余力も無いのか?」
ロレンツォからの回し蹴りが直哉の頬を穿つ。鈍い音を立てて命中した一撃で、直哉は地面にうつ伏せで叩き伏せられる。そこへ振り下ろされる魔棍セドウスを横薙ぎの一閃が弾く。
「チッ!」
舌打ちしながらも、体勢を立て直して連撃を紡ぐロレンツォ。その戦況把握からの対処法を見出し、動き出すまでの動作のすべてが洗練されており、早かった。
その洗練された動きには全快であっても、追い付けないと直哉は悟っていた。しかし、今は力が全快することはあり得ない。ならば、今持てる力のすべてで打破するしかないではないか。
直哉は死ぬ気で普段使わない頭をフル回転させた。そうして導き出された結論。それは一つ。
「竜の力以外の方法で、使えるモノは全部使う!」
単純明快。そんな答えしか出なかったが、うじうじ悩んでいられるほど直哉にも体力的な余裕はない。
「ハァッ!」
直哉へと放たれたのは首筋目がけての右足での上段回し蹴り。それを直哉は骨にヒビの入っている左腕で真正面から受け止めた。そんな暴挙にロレンツォは驚愕した。正気の沙汰ではない、と。
そんな驚きに包まれている間に、直哉の左足がロレンツォの股間を蹴り上げる。余りの激痛にロレンツォに隙が生じた。ロレンツォの体勢が股間部を庇うように前のめりになったところへ、直哉は右足で足元の砂を舞い上げた。
「ぐあっ、ぷっ!ぺっ!何をする、貴様ァ!」
「何って、死にぞこないの悪あがきですがなに……かっ?」
文句を言うために口を開けたロレンツォ。そこへ直哉は手づかみで砂を放り込む。口に入った砂を吐き出そうと焦るロレンツォに直哉はトドメの一撃を全魔力を込めて放つ。
「“
別に風を纏う剣姫でもなければ、魔物の国を作ったスライムをイメージしたわけではない。だが、風魔法を足に纏わりつかせたのを見て、パッとその名が浮かんだだけ。
渦巻く風を纏う蹴りを炸裂させる。大気を纏ったかと思うほどの強大な風が弾け、鎧を砕かれボロボロになったロレンツォが宙を舞い、地面へと落下する。
――ナオヤ、勝負あったな。
「いや、それは戦いで言っちゃダメなセリフだ。そんなことを言ってると、敵が――」
「貴様ァ、これくらいで俺を倒したつもりで……」
顔面に飛び蹴りが打ち込まれる。直哉は言葉を最後まで話すのではなく、行動をもってその意味を示した。
――ナオヤ、お前容赦ないな。
「ホントに容赦が無かったら、心臓をぶち抜いてるだろ。その点、殺さない辺りは俺は優しい」
うんうんと頷きながら、直哉はロレンツォを見やる。整った顔立ちをしていたが、靴の型が入っているうえに鼻血を垂れ流しているため、まるで別人であった。
「フッ、このイケメンが。ざまぁみろ」
――お前、イケメンに親でも殺されたんか?
イシュトイアのツッコミが入る中、直哉はヒビの入った足で、スキップしながら聖美の元へと向かっていく。だが、直哉が聖美の元に辿り着く頃には作戦通り、フィリス率いる王国兵が海賊たちを制圧、捕縛していた。
セーラ率いる伯爵家の私兵たちも船へと乗船していく。船の甲板にはクロスボウで武装した海賊も居た。
が、糸魔法で一足先に甲板まで登って来たセーラによって一人残らず戦闘不能にされていたために、誰一人ケガをすることなく、セーラたちは海賊船に乗り込むことが出来ていた。
一隻目はそんな調子で壊滅し、二隻目も同じような手段で陥落した。残る3隻目をフィリスが攻略にかかるが、激しい抵抗に遭い、屍が積み上げられるばかりであった。
フィリスはそんな海賊団の抵抗を物ともせず、ただ一人甲板へと上り詰めていた。甲板でもフィリスに斬りかかる者は多かったが、瞬く間に斬り伏せられていた。
「動かないで!」
一際目立つ両刃剣の剣先をフィリスへと向ける、カーリーヘアの女性。彼女のバーミリオン色の髪は甲板に吹く風を受けて、激しくなびいていた。
「貴様、一体何者だ!?」
「アタシはリディヤ!この名前だけで分かったことがあるんじゃないかしら?」
射抜くような声で放たれたフィリスの声に、リディヤはニヤリと口端を吊り上げる。フィリスが名前を聞いただけで分かっていた。彼女こそが、先代の王国軍総司令を葬った海賊団ケイレスの首領であることを。
そんなリディヤが見るように顎先で指し示す場所。そこには――
「紗希ッ!」
海賊船の下から聞こえた声は直哉のモノであった。フィリスが言う前に名前が叫ばれたが、リディヤは笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「王国軍総司令フィリス。あなたが今、そこを一歩でも動けばアタシの部下があの少女の喉を掻き切る!」
フィリスはその言葉により、金縛りにでもあったかのように身動きが止まった。いや、止めたといった方が正しい。
直哉の妹の紗希の身に何かあれば、直哉がどれほど怒りの炎をたぎらせるか。たちまち、辺り一帯を竜の力を解放して滅茶苦茶にしてしまうだろう。
それだけは避けねばならないと、フィリスは固く自らを戒めて動かなかった。
リディヤはその隙にフィリスの首を取ろうと迫ったが、フィリスが首を落とされることは無かった。
――ガキィン!
甲高い金属音を響かせながら、紗希の首の近くに当てられていたサーベルが空高く舞った。そんな男の真横には一本の矢が突き立っていた。
精密な狙撃をやってのけたのは聖美。直後、糸魔法で紗希のいる場所まで移動してきたセーラによって、男は大腿部をレイピアで貫かれる。補佐として隣にいた男はセーラの蹴りを鳩尾に受けて気絶した。
レイピアで縄を切って紗希を助け出したセーラは華麗に甲板から退場していく。そんな光景に目を奪われているリディヤに一太刀が見舞われた。
「フィリス!」
「リディヤ、貴様は何としてもここで捕らえさせてもらうぞ!」
フィリスは言葉と共に剣舞を紡ぎ、リディヤへと浴びせかける。リディヤも剣には剣を持って報いていた。両者の凄絶な剣戟の応酬は周囲にいる人間であれば吸い寄せられるように見入ってしまうほどのモノであった。
純粋な剣技においてはフィリスが遥かに上であった。しかし、身体能力面においては魔鎧セベリルを纏うリディヤの方が優位であった。身に迫るフィリスの剣をリディヤは向上している身体能力で対応してのける。反対にリディヤの反撃の斬撃をフィリスは圧倒的な剣捌きで見事に対処していた。
リディヤとフィリスの戦いは終わりが見えない状態に突入しており、かといって周りの人間に止める術を持たない状態になっていた。
何十度目かのつばぜり合いで、互いが間合いを取ったその時。船の甲板に姿を現した男が居た。
「海賊団ケイレスの首領、リディヤ!そこを動くな!」
そんな声が聞こえてきた方を見れば、ロレンツォの首筋にイシュトイアを突き付けている直哉の姿があった。
「なっ、ロレンツォ!?」
「おっと、こいつは人質だ。動くと――」
ぐっと剣の刃をロレンツォの首元に近づける。このままでは本当にロレンツォが殺されてしまう。
そう悟ったリディヤは動きを止め、直哉の方へと向き直った。フィリスは直哉の元へと戻った。もちろん、リディヤをチラ見しながらである。
「直哉、これは一体……」
「まあまあ、フィリスさんはここで様子を見ていてください。俺もどうなるか、分からないので」
フィリスは驚いた。直哉は先ほどのセルジとグウィリム、ロレンツォの3人との戦いで負った傷を手当てせずにやって来たのだ。とはいえ、治癒魔法は
だが、損傷している箇所が多すぎる上に傷も深い。そのため、とてもではないがリディヤと剣を交えられるほどの余力はもう無かった。
だからこその人質作戦だとフィリスは看破した。事実、その通りである。
「あなた、本気でロレンツォを殺す気なの?」
「もちろん。何だったら、もう二人もやってしまいましょうか?」
そんな言葉を意地悪く直哉はリディヤへと投げかける。リディヤもそれには戸惑っていた。イマイチ、直哉が本気なのか冗談なのかが掴み切れないのだ。
もし、直哉の言っていることが冗談であるなら、手にしている水聖剣ガレティアで直哉を貫くことは可能。だが、本気だった場合は直哉の言う通りにせざるを得ない。
「それで、一体何が望みなの?」
「俺の望みは3つ。1つ目は今、手に持っている剣をそっと床に置くこと。2つ目はフィリス王国軍総司令に対して、投降すること。ラスト、3つ目は3隻の船に積まれている金銀財宝を俺に差し出すこと」
1つ目、2つ目の要望をうんうんと頷いていたリディヤ。3つ目も首を縦に振りかけたところで、ハッとした。首をぶんぶんと横に振った後で、直哉に詰問する。
「ちょっと!1つ目と2つ目は構わないけど、3つ目のは何なのよ!」
「いや、3つ目は今回の戦いでの負傷者の治療費に回そうかと。お宝があるのは把握済みだから、それを売り払ってお金に換えれば相当なコレになるから」
コレのところで親指と人差し指の先端をくっつけてお金を意味する形を作り上げる。リディヤはどうするか、迷いに迷っていた。そんな中で刃を突き付けられたロレンツォの首筋から赤い血がこぼれていく。徐々に徐々に傷を深くしていくことで、リディヤに圧力をかけていく。
「分かったわ!全部飲むから、ロレンツォたちを解放してちょうだい!」
折れた。リディヤが折れたことに、直哉もフィリスもホッと胸をなでおろした。リディヤはその場でフィリスに捕らえられ、ロレンツォも無事に王国軍によって身柄を拘束された。
「直哉、人質作戦は卑怯ではあったが、よくやってくれた。感謝する」
「まあ、あれ以外にいい方法が思いつかなかったので……」
直哉は頭を掻きながら、笑みを浮かべた。その笑みから疲労感がにじみ出ていることは誰の眼からも分かることであった。フィリスもそれ以上は何も言わず、直哉の身柄を聖美へと譲り渡した。
「……おかえり、直哉君」
胸元に抱き寄せられた直哉に聖美から言葉がかけられる。
「えっと、ただいま?ここって家じゃないけど……」
直哉はこの時、直観的に理解した。『おかえり』は帰ってくるべき場所に帰ってくるべき人物が帰ってきた時に発する言葉。それを言ったこと、それすなわち。
「私のいる場所が直哉君の帰ってくるべき場所だよ」
耳元で囁かれる言葉に直哉は心が温まるような気持ちになった。ただ、その言葉をかけた張本人は自分が何を言ったのか、それを頭の中で反芻するたびに顔を赤く染め上げていったのだった。
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