第157話 怪力無双?の一撃
「ハッ!」
魔剣ユスティラトは太陽の光を反射しながら、セルジの膂力と合わさって高威力を生み出す。それを死ぬ気で受け止めた直哉。
一対一の勝負であれば、この状態を維持するだけでも十分に戦いとして機能する。しかし、今回の戦いはそんな騎士道精神あふれるモノではない。
「くたばれぃッ!」
「フンッ!」
左からの大槌のフルスイング。右からは棍での鋭い突き。それぞれが直哉のわき腹を叩き潰し、肋骨をへし折る。
「グハッ!」
グウィリムとロレンツォから受けた攻撃で数メートル後方へと吹き飛ばされる直哉。吹き飛ばされた速度を緩めようと、直哉が痛みに抗いながら地面に足を付けた刹那。彼の腹部を伸ばされた刃が貫通した。
貫通した刃がしなり、直哉を遥か上空へと放り投げる。上空へと浮き上がった直哉に今度は真上から大槌が叩きつけられる。わき腹が悲鳴を上げるのにも構わず、直哉はイシュトイアを寝かせて、その一撃を真正面から受け止めた。
さすがに衝撃までは緩和できず地面へと叩きつけられる。その衝撃波が周囲の土を舞い上げ、戦いの行方が聖美たちからは見えなくなってしまった。直後、何かが固いモノで立て続けに打撃が撃ち込まれる音が聞こえた直後、土煙の中から全身血まみれの直哉が吐き出されてきた。
土煙が晴れた場所に立っていたのはロレンツォ。棍棒と蹴りと拳打による怒涛の連撃を叩き込んだであろうことは誰にでも容易く想像することが出来た。特に実際に戦ったフィリスは体感しているため、理解が早かった。
そんな直哉は聖美の足下にまで吹き飛ばされ、その姿はまるで死体の様であった。不細工にへしゃげた左のわき腹、筒状にへこんでいる右わき腹。確実に肺に折れた骨が刺さっているのは間違いない。
さらに、貫かれた腹部からの出血は止まらず、聖美の靴が血の池に沈む。傷はそれだけではなく、顔面から腕、足に至るまで打撃を受けて内出血を起こしていた。
ほんの一瞬の出来事。瞬殺というに相応しい状況に直哉は陥っていた。確かに一人一人相手をすれば互角に渡り合えたかもしれない。だが、今の直哉がしたことは自分と同じくらいの実力を持つ者を3人同時に相手したという事。
相手が格下ならいざ知らず、これは明らかに無茶であった。
聖美は青ざめた表情でしゃがみ込み、直哉の腹部の傷を見た。貫かれた腹部からは地面が見えてしまっている。
「セーラさん!早く
聖美が傍らにいるセーラへと直哉の傷を治療するために
「大丈夫……。これくらいの傷なら、大丈夫だから……」
直哉の言葉は聖美に言っているというよりは、自分に言い聞かせているようであった。
「セーラさん、フィリスさんは作戦通りにお願いします」
セーラは不安げな表情と共に頷き、フィリスは何も言うまいと目を閉じて頷いていた。よろよろとおぼつかない足取りでセルジたちの方へと向かっていく直哉。そんな死にかけの彼を聖美は止めようとしたが、なぜだか止めてはいけないような気がしてしまった。
「……直哉君のバカ」
ギュッと握りしめた拳を胸に当てながら発せられた言葉は直哉の耳元に届き、直哉はフッと笑みをこぼした。
――ナオヤ、グウィリムが持っている大槌。あれが魔槌アシュタラン。あの槌の部分が柄と鎖で繋がっとって、魔力を流すことで離れた相手に叩きつけることができるんや。
「……オッケー。それで、もう一つは?」
――ロレンツォが持っとるのは、魔棍セドウスやな。あれは触れた魔法を弾き返すことができるんや。
「……それなら、魔術を使う時は注意した方が良いな。情報提供ありがとう、イシュトイア」
直哉は感謝の言葉と共に、再び前を向いてセルジたちの前へと立った。
「……驚いた。まだ立てるとはね」
セルジは驚いたような表情と共に直哉を迎えた。隣にいるロレンツォは警戒した様子で改めて棍棒を構え、グウィリムは死にぞこないだと鼻で笑った。
「そんな『ク○ラが立った!』みたいな感じの事を言われてもな……」
直哉は冗談めかしながら、話しているが世界が異なるためにそのネタは通じなかった。まあ、考えてみれば当然である。
「さて、第二ラウンドだ!」
先ほどは直哉が受けてばかりだったが、今回は直哉の方から果敢に攻めかかっていた。そんな直哉の斬り上げは、セルジに易々と受け止められてしまっていた。
「喰らえぃ!」
間髪入れず、中距離攻撃として放たれた魔槌アシュタランの先端部。これを直哉は後ろへ跳び退くことで回避した。後ろに跳んで着地したタイミングで、またしてもロレンツォの近接攻撃が打ち込まれた。
先ほど打撃を受けたおかげでロレンツォの攻撃の手癖は感覚として掴めていたので、それを実証するという形で直哉はせっせと回避に勤しんだ。
魔棍セドウスでの攻撃はイシュトイアでガードし、それに連携する拳打と蹴りは体の動きから狙いを推測し、当たってもダメージが最小限になるように立ち回った。
これにより、大ダメージを受けることなく攻撃を凌ぎ切り、ロレンツォを魔棍セドウスごと力いっぱい弾き飛ばした。
俺TUEEE!とまではいかなくても、そこそこ3対1で渡り合っていることに直哉は悦に浸っていた。とはいえ、悦に浸っていられるほど余裕をかませるわけではないのだが。
ロレンツォを退けた直後、セルジの持つ魔剣ユスティラトの刀身が伸び、こちらへと迫ってくる。直哉は間一髪体を捻って、突攻撃をかわした。
「ふん!」
「うおっ!」
魔剣ユスティラトの方に注意を向け過ぎたことで、グウィリムの得物である魔槌アシュタランの方の警戒を怠っていた。その場で伏せたことで、豪快な薙ぎ払い攻撃をかわすことが出来た。ただ、その時に魔槌アシュタランが抉っていった空気が凄まじく、頭部を吹き飛ばされたかと感じてしまうほど。
直哉は首が繋がっていることを手で触って確かめながら、伏せた体勢からイシュトイアでの突きを繰り出した。これにはグウィリムも慌てて魔槌アシュタランの柄で切っ先を受け止めていた。
次の瞬間にはイシュトイアは豪快に薙ぎ払われ、直哉の伏せの体勢が崩れた。体勢が崩れて地面を転がる直哉に大上段からの一撃が容赦なく振り下ろされる。
魔槌アシュタランと衝突した地面を文字通り粉々に打ち砕き、大量の土煙でグウィリムの姿は覆い隠された。
直哉がその影に目を凝らすと浮かび上がったのはスリムな長身の影。筋肉質で縦も横も幅のあるグウィリムのモノではない。
――来るッ!
直哉の直感が警鐘を鳴らし、反射的に防御の準備を整える。それと同時に打ち込まれるのは魔棍セドウス。土煙の中から姿を現した棍棒での突きはロレンツォから放たれたモノである。
そんな一撃を直哉はイシュトイアを寝かせて、刃の部分で受け止めていた。土煙が晴れ、表情が見えたロレンツォはニヤリと笑みを浮かべていた。それが一体、何を意味するのか。直哉には理解が追い付かなかった。
直後、視界の左端に何かが映った。チラリとその方を見やれば、それはロレンツォを迂回するように伸びた剣であった。
ハッとした直哉は回避しなくては殺されると判断し、その場を離脱しようと魔棍を薙ぎ払う。しかし、薙ぎ払われた直後、魔棍は直哉の足を払った。これで足がわずかながら、地面から離れた。空気を蹴るなどという芸当が出来れば、直哉も回避行動が取れた。
だが、そんなものはもう間に合わない。迫りくる刃は心臓を貫かんとしている。直哉は衝動的にイシュトイアで先端を弾いて、軌道をわずかながら貫かれる位置を左上に。
これで、心臓を貫かれて死亡するという最悪の事態は回避された。それでも、左肩を貫いた。貫いた手ごたえを感じ、戻っていく刃が傷口を切り開いていく激痛。それに耐えながら、直哉は地面に両の足を付けた。
直後、振り下ろされた魔槌が直哉を強襲する。凄まじい重撃を真正面からイシュトイアで受け止めた直哉の膝は沈み、地面に衝撃が突き抜けて亀裂が走った。
「フハハ、どうだ?オレ様の怪力無双の一撃は!『グウィリム様!どうか、ひ弱な身で調子に乗ったような口を利いた私めをお許しください!』と泣いて懇願すれば、今なら助けてやっても構わんぞ?」
グウィリムは勝ち誇ったように笑みを浮かべながら、四肢を震わせながら魔槌を受け止める直哉を見下ろしていた。そんなゲスびたことを言うグウィリムを蔑むようにロレンツォンの瞳はその光景を捉えていた。
そんなロレンツォの隣に魔剣ユスティラトを通常の剣の状態に戻したセルジも到着した。
「もう、グウィリムの勝ちかな。これは」
「さあ?そいつは、最後まで見てみないことには分からないな」
グウィリムが勝つと踏み、武装も解除しかけているセルジ。対して、ロレンツォは警戒を解くことなく、戦いの行く末を見守っていた。
「グ……グウィリム様ぁ!どうか……ひ弱な身で、調子に乗ったような口を利いた私めを……お許しください……ッ!」
地面に水滴をこぼしながら、涙声が魔槌の下から聞こえてくる。これにはグウィリムも頬も叩きつけている力も緩んだ。
「フハハハハハッ!良いだろう、許してやろう!大海原よりも広い寛大な心を持つ、このオレ様を崇め――」
一閃。力を緩めた一瞬、何かがグウィリムの脇を掠めていった。何かが漏れ出る感覚と共にわき腹を見る。すると、わき腹に刻まれた一文字の傷から止まることなく赤い液体がぼたぼたと零れ落ちていた。
その光景にグウィリムだけでなく、セルジとロレンツォの二人も驚きに目を見開いていた。
「き、貴様ッ!貴様を寛大な心で許したオレ様を剣で斬るとは……ッ」
「お前、バカだろ。お前の言う通りにしたあら、力緩めてくれるかな~って思っていっただけだぞ。嘘だろ、あれ本気にしたとか」
直哉はグウィリムの愚行を鼻で笑うような態度を取った。内心、表情に出ているものとは比にならないほどに大笑いしていた。
「あと、怪力無双の一撃とかほら吹いてたが、体を二ヵ所も剣で貫通されて、わき腹の骨の半分以上をへし折られて、腕とか足の骨にヒビの入った死にぞこない一人叩き潰せない一撃が怪力無双の一撃ぃ?プッ、面白い
わざと煽るようなムカつく口調で直哉はグウィリムを挑発する。直哉の言葉の一言が一人称がオレ様というプライドの高いグウィリムの心を容赦なく傷つけていく。
「貴様ァッ!もう我慢ならん!今度こそ、叩き潰してくれるわ!」
残された力のすべてを活かして、全力の踏み込みを行なうグウィリム。砲弾のごとく迫りくる大男に対して、直哉は真剣な表情でイシュトイアを逆手に持ち、腰を低く落として待ち構えた。
「ぬおりゃあああッ!」
「ア〇ンストラッシュ!」
直哉は遠慮なく、先ほどのわき腹の傷に重ねるように光魔法を纏わせた一撃を見舞った。……輝いている色的に、本家本元に近いからというだけの理由で。
そんな直哉的には冗談めかした一撃だが、十分に効果はあった。先ほどよりも深く切り裂いたことで、グウィリムからは血が噴水のように噴き出している。そのまま、地響きと共に地面へと崩れ落ちた。
「ふぅ、まずは一人」
直哉がセルジたちの方へと向き直ると、ロレンツォがこちらへと魔棍セドウスを引っ提げて駆け寄ってくる姿が見えた。しかし、それを追い越すように伸ばされた魔剣ユスティラトの刃。
直哉はそれに向けて、一直線に疾駆した。刃がまたしても直哉の肉体を貫くかに見えた時、直哉は左へ動こうと足を動かした。
それを受けて、セルジは刃をその方向へとしならせた。直哉はそれを見越していたかのように、右へと体を動かした。
子供だましのような分かりやすいフェイントに引っ掛かったセルジ。普段の彼であれば、冷静に思考すれば気づいていただろう。しかし、今のセルジには焦りという感情に支配されていた。それが明暗を分けた。
「“聖砂爆炎斬”ッ!」
直哉が放ったのは3つの魔力が混じった斬撃。グウィリムを斬った際に纏わせていた光魔法に火魔法と砂魔法を追加で
光り輝く炎と砂の粒子を纏った刃を魔剣ユスティラトで真正面から受け止めるセルジであったが、斬撃そのものを防ぐことは出来ても、魔力の奔流は防げなかった。
たちまち、“聖砂爆炎斬”に呑み込まれ、大爆発を引き起こした。セルジの身に纏っていた古代の鎧、魔鎧セベリルは粉々の破片と化していた。
白目をむいた状態でセルジはうつ伏せに地面へ倒れこんだ。自らの足下に倒れるセルジを見下ろしながら、残る一人の頭目・ロレンツォと対峙した。
――今ここに、3頭目と直哉の最終ラウンドが始まろうとしていた。
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