第159話 湖底神殿へ

 海賊団ケイレスとの戦いから3日が過ぎた。余りにもムダに時間を過ごしてしまったことに焦りを覚えつつ、俺たちは傷の回復に務めた。


 セーラさんからは安静にしているように言われており、俺は実際に丸三日ベッドの上である。日本に居た頃でも、病院以外でここまでベッドの上で居たことはない。


「ふぅ……」


 俺は部屋の天井を眺めながら肺の中の空気を静かに吐き出す。


「守能君、今どこで何してるんだろうね……」


 隣のベッドで横になっている呉宮さんが俺に対して話しかけてくれる。


「まあ、ユメシュに付いて行ったんだとすれば、魔王城とかかもしれないな」


 俺は思い付きで言ったことだったが、あり得ないことではないと思っている。少なからず、魔族領には入っていることだろう。


「茉由もだいぶ元気にはなったけど、たまに寂しそうな表情とかしてるから……」


 呉宮さんは茉由ちゃんのことを想っている。そういう妹想いなところが呉宮さんらしいところだと俺は思う。でも、茉由ちゃんみたいな真面目な彼女を置いてどこかに行くとは、寛之も正気の沙汰じゃないと思う。


「ダメだ、暗い話はここで終わり!次に寛之に会ったら、連れ戻せば良いだけなんだからさ」


「うん、そう……だね!」


 俺は呉宮さんを励ましたが、その場しのぎであることは間違いない。とにもかくにも寛之の居場所が分からないというのは厳しい。


 ――コンコン


 ドアをノックする音が聞こえてくる。俺と呉宮さんはドアをノックした主に入室するように言った。


「二人とも、傷の方は良くなったようですね」


 フフフッと上品に笑いながら、やって来たのはセーラさんだった。セーラさんは毎日、俺たちの様子を見にやって来てくれる。どうも、海賊団ケイレスとの戦闘に巻き込んでしまったことで申し訳なく思っているらしかった。


 でも、戦いに巻き込まれたといっても、海賊団ケイレスがやって来ることをセーラさん自身知らなかったわけだし、決してセーラさんが悪いとは言えない。それに俺たちに関しては、勝手に首を突っ込んだだけだ。気にされる方が心苦しいというモノである。


 それをセーラさんに説明しても、軽く流されるだけであった。


「二人とも、もう体は動かせますか?」


「はい、私は大丈夫です。これくらいだったら、弓も使えます」


「俺も剣を振り回しても大丈夫そうです」


 呉宮さんも俺も腕をぶんぶんと回して見せた。いわゆる、大丈夫ですよアピールである。これでセーラさんも安心したような笑みを浮かべていた。


「皆さんが本館の食堂で待っています。二人も良かったらいらしてください」


 セーラさんはそう言って立ち上がり、部屋の外へと出て行った。俺と呉宮さんはどうするか迷ったが、久々にみんなの声が聞きたいからということで意見が一致し、食堂へと向かった。


 食堂に着いてみれば、洋介たちが椅子に腰かけて伯爵たちと楽しそうに話していた。


「おう、直哉!来たか!」


「洋介、久々だな」


 俺は洋介に話しかけ、隣の席に自然な感じで座った。呉宮さんは俺の向かい、武淵先輩の隣に腰かけていた。


 俺と呉宮さんが来て数分くらい経っただろうか。伯爵が席を立ち、食堂を去っていった。セーラさんに聞いてみれば、書類仕事があるため、執務室に向かったとのことだった。


「さて、皆さん。遅くなってしまいましたが、朝食にしましょう」


 そんなセーラさんの言葉と共に使用人の人たちが食事をワゴンに載せて運んできてくれた。ヴェルダ海が近いこともあり、今日のメニューは海で採れた魚をふんだんに使ったメニューとなっていた。


 俺たちは温かい食事に舌鼓を打った。マヌエーレさんの店でも食べさせて貰ったが、ヴェルダ海の魚料理は何度食べても美味しい。


 食事をしながらであるが、セーラさんの俺たちに対しての謝罪があった。でも、俺たちは何度も気にしないで欲しい旨を伝え続けた。


「そうです、直哉。エミリーが剣術の稽古を楽しみにしてました。また、稽古を付けてあげてくださいね」


「そりゃあ、もちろん」


 俺が海賊団ケイレスと戦ったことで、部屋で3日間も安静にしていた。だから、その間のエミリーちゃんの剣術の稽古はお休みだったわけだ。それによって、エミリーちゃんは暇を持て余して屋敷の庭を駆けまわったり、自分で木刀を振ったりしていたらしい。対して、オリビアちゃんの方は部屋で黙々と読書をしているとのことだった。


 相変わらずの二人の様子を聞いて俺は安心した。また、時間が出来れば遊んでやりたいところだ。だが、今日はこの後、俺たちには予定がある。


「それじゃあ、セーラさん。俺たちは行ってきます」


「ええ、気を付けて行ってきてください……と、言いたいところですが、ワタクシも同行します」


 セーラさんの唐突な提案に俺たちは驚いて、食堂を出ようとしていた足を止めた。


「セーラさん、付いてくるというのは……!」


「付いていくと言っても、クレイアース湖の畔までです。そこまでは皆さんにご一緒させていただきます」


 その言葉に俺たちは胸を撫でおろした。てっきり、湖底神殿まで付いてくるのかと思っていたので、ビックリしてしまった。


 玄関まで出ると、馬車の方はセーラさんが用意してくれていた。俺たちは2台ある馬車に分かれて乗り、クレイアース湖へと向かった。


 俺は呉宮さんとセーラさん、イシュトイアの3人と一緒に乗った。とはいえ、イシュトイアは剣の姿で鞘に収まったままなのだが。


「セーラさん、クレイアース湖までは何をしに行くんですか?」


「フィリスに会いに行くのです。このような時しか、腰を落ち着けて話が出来ないですから」


 セーラさんは呉宮さんの問いににこやかに答えていた。


 確かにフィリスさんは王国軍総司令で、普段は王都で多忙の身。セーラさんもエミリーちゃんとオリビアちゃんの面倒を見ながら、ローカラトの町で何でも屋の仕事をしている。


 お互いに中々会って話をするような機会が無いというのも納得できる。フィリスさんはセーラさんから見れば、婚約者の妹。セーラさんはクレマンさんと結婚はしてはいないものの、結婚していればセーラさんとフィリスさんは義理の姉妹という事になる。


 それに、エミリーちゃんとオリビアちゃんから見れば、フィリスさんは血筋的には叔母に当たる人物でもあるのだ。そんな二人が何を話すのか、気になるところではあるが、余り詮索しない方が良さそうだ。


 馬車に揺られること10分ばかり。3日前に海賊団ケイレスと戦った湖の畔までやって来た。ここにフィリスさんが王国軍の陣営を築き、捕らえた海賊たちもここのテント内に分かれて収容されているとのことだ。


「それではワタクシはこれで」


 陣営から100メートルほど離れた場所で降ろして貰った俺たちは、セーラさんを見送った後でゆったりと水面を眺めていた。風でわずかに揺れる様子を見ていると、心が静まるような気分になる。


 まったりとした気分にずっと浸っていたいところではあるが、俺たちは湖底神殿で大会の宝玉を手に入れるという大仕事があるのだ。


 俺たちの装備はアダマンタイト製の物ばかりである。ミスリルとアダマンタイトとオリハルコン。この三種類の金属は水に濡れたりしても、錆びることがない。そのために水中での魔物討伐は魔鉄ランク以上の冒険者に委ねられることが多い。


 そんなわけで、俺たちが所持している武器は錆びないために武器を片手に飛び込んでも大丈夫という事である。ただ、水中で鎧を付けるのは『着衣水泳ってレベルじゃねぇ!』という事で予め外してきている。


 ゆえに、俺たちは武器だけを所持している。俺はイシュトイア、紗希はサーベル、呉宮さんは短剣二本、茉由ちゃんは片手剣、洋介はサーベル、武淵先輩は伸縮式の槍。そんな具合に武器を携帯している。ただ、紗希の持っていたサーベルはリディヤとの戦いで粉々に砕けてしまったため、伯爵家から拝借した借り物である。


 そうして、俺たちは戦闘準備を整えながら、湖へと足を踏み入れた。


「よし、行こう!」


 俺たちは本当に大丈夫かと戸惑いながらも、全員がクレイアース湖へと潜る。潜った湖の中は昼前の陽の光が斜めに差し込まれている。


 湖の水は透き通っていてキレイだった。そんな湖を見渡せば、魚の群れが泳いでいるのを見れたりできた。正直、このままずっとキレイな湖に潜りながら魚をずっと眺めていたい気分だったが、そんな悠長なことは言っていられない。


 武淵先輩へとアイコンタクトを送り、重力魔法を使ってもらう。これなら、潜水したり浮上したりするのが楽だ。とはいえ、武淵先輩に負担をかけることになってしまっているので、心苦しいところではあるが。


 武淵先輩によって、下方向へとかけられた重力で俺たちはあっさり湖底へと到着した。


 紗希が指さす方を見れば、湖の中心部に建物の陰があった。どうやら、湖底神殿というのはあそこで間違いないらしい。武淵先輩に今度は湖底神殿の方へと水平方向に重力操作をしてもらい、俺たちは水泳選手よりも速い速度で湖底を進み、神殿前に着いた。


 神殿に入るまで、武淵先輩にお世話になりっぱなしであったが、当の本人には疲労の色は見られなかった。


 俺たちは神殿前の何十段もの階段の上を泳ぎながら上がっていく。すると、神殿の入口には煌びやかな装飾が施された門がそびえ立っていた。


 用心しながらも、その扉を6人で力いっぱい押すと、重々しい音を響かせながら巨大な扉が開いた。


 紗希を先頭にして、茉由ちゃん、俺、呉宮さん、武淵先輩、洋介の順で遺跡の奥へと泳いで進んだ。


 水中だから会話が出来ないため、黙々と足を動かして神殿内部を進んでいく。ただ、余りにも何事も起こらないため、訝しく思えてならなかった。


 訝しく思いながらも、引き返すようなことも出来ず、ただひたすらに奥へ。そんな風に進み続けて、一体どれくらいの時間が経過しただろうか。同じような風景を黙々と通っていると本当に時間間隔が無くなっていくのが分かる。


 そんな時、突然果てしなく広いドーム状の空間へと辿り着いた。辺りを見渡してみれば、俺たちが入って来た場所以外に道はない。あと、上に水面が揺れているのが分かる。恐らく、上に浮上すれば空気が吸えるのかもしれない。


 ……となれば、ここが最奥?


 ――ガシャン!


 そんな音が聞こえてきたため、後ろを振り返ってみれば俺たちが辿って来た通路を塞ぐように鉄格子が落ちてきた。最後尾に居た洋介が力任せに殴っても、ひしゃげることも無い。そのうえ、アダマンタイト製のサーベルでも斬ることが出来ない有様であった。


 ――まんまと罠に誘い込まれたか。


 それは直感的に理解できたが、理解するのが遅すぎた。どうやって、脱出するのかと思考を巡らせているとトントンと右肩を誰かに叩かれた。


 誰かと思って、右を見れば呉宮さんだった。彼女が指さす方を見れば、台座があった。その中央に置かれている球体。


 『あれが大海の宝玉だ』と全員で視線をかわし合ってから、二列になって台座を目指して進んだ。二列と言っても、先ほどの一列を二列に組み替えただけだ。


 ――ピシッ


 何かが割れるような音が微かに聞こえた直後、台座に一番近い紗希と茉由ちゃんの二人の真下から赤茶色の触手が打ち出された。紗希は反射的にサーベルで触手を両断したが、茉由はそうはいかず、絡めとられてしまった。が、すかさず紗希が返す刀で茉由に巻き付いた触手を横一文字に切り裂いた。


 ――ナオヤ、こいつはテンタクルスや!


 イシュトイアの声が脳内に響く。テンタクルスと言えば、イカ型の魔物が真っ先に頭に浮かんだ。ということは、この地面の下に本体のイカが隠れてるという事か。


 ――違う!そうやない!テンタクルスは触手が10本集まってできた集合体みたいな魔物なんや!集合部分を潰しても、そこに心臓は無いから意味ないで!


 俺はイシュトイアの注意に驚いた。話しの続きを聞いてみれば、それぞれの触手のどこかに心臓があるらしかった。ただ、心臓の位置が個体によって違うんだそうだ。


 正直、面倒だと思ったが、俺は合図を送って、一度テンタクルスから距離を取った。イシュトイアの情報によればテンタクルスの触手の長さから考えて、台座から10メートルくらい離れれば大丈夫だそうだ。


 大海の宝玉を手に入れるためにはテンタクルスの触手をかいくぐって行く必要があった。とはいえ、安全のためにも倒していく方が良いだろう。俺はテンタクルスを倒そうとジェスチャーで伝え、戦闘準備を整えた。


 テンタクルス討伐に向けて、動き出そうとしたタイミングで事件が起こった。入口の正反対の壁が押し開かれ、巨大な蛇型の魔物が姿を現した。


 ――レイクサーペント


 その名がイシュトイアからもたらされた。その群青色の鱗を持つ蛇型の魔物、レイクサーペントはテンタクルスを迂回して、迷わず俺たちへと襲い掛かって来たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る