第155話 アーティファクト

「あれ、直哉君?もう起きてたんだね」


「ああ、今日は早く目が覚めたんだ」


 ……嘘である。紗希のことが心配で一睡も出来なかった。そんなこと、呉宮さんに言えば、要らぬ心配をかけることになってしまう。俺は早起きをしたということで、誤魔化すことにした。


「ちょっと、お風呂入って来る」


「あ、うん。分かった」


 着替えとタオルを片手に、俺は部屋を出て大浴場を目指した。もうじき、朝日も昇る。あの大浴場からの朝日は絶景だ。それを見て、気分を上げよう。


 それと、汗をかいたから流したいというのも理由として含まれている。


 ガラガラッと大浴場のドアを開けると、いつもの広い大浴場があった。まだ濡れていない大浴場を進み、シャワーを浴びて汗を流す。それからプールのように広い浴槽へと浸かる。


「ふぅ~、やっぱり朝風呂は良いな!」


 気を紛らわそうと大きめの声で独り言をつぶやいてみる。しかし、その声が大浴場に響くばかりで、俺の心には響かなかった。


 ヴェルダ海から昇ってくる朝日を見ても、結局心のモヤモヤは晴れることが無かった。その前に、襲ってきた睡魔にやられてしまった。風呂で襲ってくる睡魔は強力で、抗うことは叶わないものだ。


 一体、どれくらい眠ったのか。体感的には1時間くらい経っていそうな気がしたが、のぼせていないので大した時間は経っていないと見た。恐らく、うたた寝をしてしまったといったところか。


 俺は浴槽から上がり、体を拭いて着替え、別館3階の部屋へと戻った。


「ただいま」


「おかえり、直哉君。早かったね?」


「そうかな?何分経ったのかがそもそも分からないんだけど……」


 俺は部屋の時計を確認する。部屋を出てから、30分ほど。ならば、実際に湯船に浸かっていたのは20分ほどか。


「お風呂、気持ち良かった?」


「もちろん。今なら朝日も観れるし、呉宮さんも入って来たら?」


 俺の一言に呉宮さんは考えるような素振りを見せたが、入ることを決めて大浴場へと向かっていった。


 俺はそんな呉宮さんを笑顔で見送った後、イシュトイアの部屋へと急いだ。


「なんや?こんな朝の早うから……」


「悪いな、ちょっと話がある」


 激しく部屋をノックすると、眠そうに目をこすりながら、イシュトイアがドアの向こうから顔を覗かせた。真っ白なセミロングの髪は所々に寝癖が付いており、いかにも寝起きという感じであった。


 入室の許可を貰って室内に入るが、室内はサッパリとしていた。イシュトイアと一緒に泊まっているのが、紗希と言うこともあって本当に物が少ない。


「それで、話って言うのはなんや?」


「ああ、海賊団のことだ」


 俺は何度も本館と別館を往復する中で、負傷者が全員海賊団ケイレスによって、手傷を負わされたという情報を盗み聞きして得ていたのだ。


「はぁ、盗み聞きとかよくやるわ……。それで、ナオヤは何をするつもりなんや?」


「クレイアース湖に行く」


 海賊団ケイレスは町の運河を抜けて、クレイアース湖に一番近い位置に船を停泊させているのだ。だから、俺はそこに行こうと決めたのだ。


「ちょ、それはいくら何でも危なすぎるんとちゃうか!?」


「紗希を傷つけて、運河に放ったのは海賊団ケイレスの連中だ。それが親玉の決定だったらしいことは茉由ちゃんから聞いた」


 だから、海賊団ケイレスに殴り込みをかけて、紗希に関する情報を得る。そのために、イシュトイアにも付いてきてもらいたいのだ。


「オナシャス!」


 俺は最終奥義である土下座を繰り出して、頼み込んだ。俺が見苦しいほどに頭を何度も下げたからか、イシュトイアも嫌そうではあったが、協力してくれると言ってくれた。


 その後すぐに、俺たちは伯爵邸を出た。出たと言っても、堂々と真正面からである。イシュトイアと散歩に行ってくるとセーラさんには説明しておいた。


 散歩だと言った手前、防具の類を付けて行くことは出来なかった。本当にイシュトイアだけを伴っての殴り込みである。茉由ちゃんを戦闘不能に追い込むほどの手練れがいる場所に乗り込む装備ではない。


「ナオヤ、さすがに防具ナシはマズいんとちゃうか?」


「大丈夫……とは言えないが、何とかするしかない。それに、いつもより身軽だから攻撃くらい楽勝でかわせるだろ」


 イシュトイアはため息をこぼした。そういう油断が命取りになるのだと散々説教された。俺もそれは良く分かっている。さっきの言葉はただの強がりだ。


 道中、くだらない話をしながらも足を進めた。周りの風景も港町から湖畔へと移っていった。


「……ここか」


 視線の先に停泊している3隻の船が見えた。イシュトイアにはここで剣の姿に戻ってもらい、そのまま船へ近づこうと一歩を踏み出した……その時。


「直哉!」


「直哉君!」


 この場に付いてきて欲しくない人物たちがぞろぞろと俺の後ろからやって来た。先頭を進んでくる馬にはセーラさんが乗っている。その後ろに掴まっていたのか、呉宮さんも姿を現した。セーラさんが引き連れているのは伯爵家の私兵だ。数的には数百名ほど。


「直哉君、どうして私を置いていったの……?」


 駆け寄ってきた呉宮さんの言葉が俺の心に突き刺さる。もちろん、呉宮さんを傷つけたくなかったことが一番の理由だ。何せ、近接戦が得意な茉由ちゃんでも勝てなかった相手に呉宮さんが勝てるとはとても思えなかった。夜間の戦闘であれば、吸血鬼の力を使える呉宮さんなら問題なく戦えるだろう。


 だが、今は朝。陽が昇っていては呉宮さんは吸血鬼の力を使うことが出来ない。そんな状態の呉宮さんに俺は傷ついて欲しくない。だから、置いていったのに。


 俺は心で思ったことをすべて呉宮さんに話した。


 ――バシッ!


 頬から感じた痛み。それは呉宮さんの心の痛みだったのかもしれない。


「直哉君はいつもそう!一度でいいから、置いて行かれる側の身にもなって、考えてよ……ッ!」


 胸元に飛び込んできた呉宮さんの潤んだ声。俺は彼女を泣かせた。誰にも傷つけさせないでいたつもりが、俺自身の手で傷付けてしまっていた。その事実が俺の心を突き刺し、痛めた。


「ゴメン、呉宮さん。もう置いていくような事はしない」


「……ホント?」


「本当だ。俺は呉宮さんの涙は見たくないから」


 指で呉宮さんの涙を拭った後で、謝罪の意味を込めてギュッと抱きしめた。数秒ほど抱きしめた後で、俺は停泊した海賊団ケイレスの船を眺めた。


 船からは少しずつ、人が降りてくるのが見えた。恐らく、セーラさん率いる伯爵家の私兵が見えたことで、戦闘態勢に入ったモノと見た。


 船から降りてきた数は向こう側も数百程度。数の上では互角といったところか。


 双方が隊列を組み、向かい合ったタイミングで海賊団ケイレスの方からは男3人が前へ進み出てきた。俺と呉宮さんもセーラさんに付いて、前に出た。


 3人いる内の真ん中の男は腰に剣を佩き、いかにも仕事が出来そうなキリッとした表情の持ち主。腰に届くほどに長いココアブラウンの髪がトレードマークである。


 そして、伯爵家サイドから見て一番右の男。その男は手に身長と同程度の長さの棍棒を抱えた刈り上げたミッドナイトブルーの髪を持つ男。寡黙そうな人で、口を横一文字に結んだまま開かない。


 ラスト、一番左の男。その男は日焼けで肌を焦がしたスキンヘッドの大男で、大槌を肩に担いでいる。男は獰猛な笑みを浮かべ、非常に好戦的な様子を示していた。


 そんな3人の男と俺たち3人は対峙した。


「君がこの兵を率いているってことで構わないんだよね?」


「はい、ワタクシが伯爵家の兵を率いて参りました」


 真ん中の男とセーラさんは堂々とした態度で話をしていた。


「ここに来たのは我々と一戦交えるつもりで?」


「ええ、最悪の場合はそのつもりでした」


 セーラさんの言葉に男は頭に疑問符を浮かべたような表情をしていたが、恐らく引っ掛かったのは『最悪の場合は』というところではないか。


「ここに居る人たちは俺が勝手に飛び出して行ったのを心配して追いかけてきてくれただけです」


 これ以上、セーラさんに甘えるわけにはいかない。俺は前へと進み出て、話し手を代わった。


「それじゃあ、君がどうしてここに来たのかを聞いても良いかな?」


「……俺がここに来たのは、運河に落ちた妹を捜しに来た。俺の妹を運河に落とした張本人なら、何か情報を持ってるだろうと思ったんだ」


 俺の言葉から少々間が開いて、真ん中の男は「知らない」と答えた。恐らく、それが本音なのだろう。だが、右の男は押し黙るような素振りを見せた。


 俺はこの時、確信した。この男たちは紗希の情報を知っていると。


 そのことについて、俺が話をしようとした、まさにその時。一本の矢が海賊団へと撃ち込まれた。


 矢が撃ち込まれた方を見れば、そこにはスカートリア王国の軍旗が掲げられていた。


「海賊団ケイレス!貴様らを只今より殲滅する!今すぐに武器を捨てれば、命だけは取らないが、どうする!」


 先頭で馬にまたがっているウィスタリア色の髪の騎士の相手を射抜くような声を発した様だった。俺と呉宮さんには聞き覚えのある声であった。


「「……フィリスさん!?」」


 俺と呉宮さんが声を揃えて言うと、海賊団ケイレスの人たちが慌て始めた。


「チッ、こいつらオレ様たちを王国軍の前に引き出すために謀ったに違いねぇ!先にこいつらをぶっ殺せ!」


 左の男の指示で左半分の海賊たちが一斉にセーラさん率いる伯爵家の私兵たちへと攻撃を開始した。一方、まさか戦闘行為になるとは思っていなかった私兵たちの何名かは瞬く間に斬り殺されてしまった。


 それを見たセーラさんがやむなしと判断したことで、戦端が開かれた。


「おい、グウィリム!早まるな!」


 真ん中の男が制止するように指示を出すが、もう止まらない。そして、右の男の方も迫りくる王国軍の騎兵を迎撃するべくクロスボウを構えて一斉射撃をさせていた。


 戦争は止まらない。その事を悟った真ん中の男は俺と対峙した。


「キャッ!」


 その隣で、飛来した槌の先端部が呉宮さんの近くに着弾し、呉宮さんを数メートル後方へと吹き飛ばした。吹き飛ばされた呉宮さんは尻もちをついていた。また、呉宮さんの周囲に居た兵士たちもまとめて吹き飛ばされていた。


 着弾した場所など、クレーターが形成されており、その破壊力を物語っていた。正直、近くに着弾しただけでこれほどの破壊力を誇る攻撃、直撃すれば即死だろうことは容易に推測できた。


 そんな中で、俺は真ん中の男から斬撃が見舞われた。とっさにイシュトイアで受け止めたから良かったものの、受け止めていなければ今の一撃で斬り伏せられていた。


 俺は振り下ろされた剣をやっとの思いで、軌道を逸らして距離を取った。この時に思ったのが、凄まじい膂力だという事だ。本当に人間離れしていて、力勝負なら洋介でも勝てないかもしれないと思ったくらいである。しかも、動きも早く、目で捉えきれるギリギリのところである。


 パッと見、どこにそれだけの力が眠っているのかという体格の男である。これが筋肉モリモリマッチョマンであれば、納得がいくかもしれないが。


 そんな桁違いのパワーで振り下ろされる剣を右へ左へ受け流しながら持ち応えるが、斬り殺されるのは時間の問題。頼みのセーラさんは糸魔法を駆使して、大槌を担いでいる男と戦っており、フィリスさんも棍を得物として扱っている男相手に苦戦を強いられているようであった。


 ――ナオヤ、男3人が纏っている鎧なんやけど、古代兵器アーティファクトやで。もちろん、3人が持ってる剣とか棍とか、大槌もそうや。


 俺はイシュトイアの言葉に頷いた。古代兵器であるなら、地面にクレーターを生み出すくらいの破壊力があってもおかしくはない。ましてや、防具まで古代の産物だというなら、何か秘められた力でもあるのかもしれない。


 そんなことを思い、警戒しながら男と必死に斬り結んだ。しかし、真正面から打ち合ったところで、力で押し負けるだけであった。


「ぐっ!」


 吹き飛ばされた俺は仰向けに倒れ込んだ。その時にイシュトイアから手が離れてしまった。回収する暇もなく、男が迫って来るのが恐怖であった。迫りくる死に急かされるような気持ちで俺が武器を取ろうとした刹那、凶刃が振り下ろされた。


 その刃が俺の首を切断するかに見えた時、どこからともなく射られた一本の矢。それを相手の男が剣で斬り払った一瞬の隙を突いて、イシュトイアを手にして男と対峙した。


 俺はその時に呉宮さんが弓を構えているのを見て、安心感に包まれた。まだまだ戦いは続くが、再び気を引き締めて目の前の強敵と相対した。

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