第156話 古代の鎧

「きゃあっ!」


「呉宮さん!」


 伸びる刃が呉宮さんの脇腹を斬りつけていく。まさか、刀身が伸びる剣がこの世界に実在するとは思っていなかったため、俺はただただその光景に驚くしかなかった。


 俺は驚きで体の動きが刹那的に停止してしまったが、次の瞬間に呉宮さんの元へと駆けだしていた。


「行かせないよ」


 俺の進路を先回りしていた男は、俺に対して袈裟斬りを放った。俺はこれを間一髪のところで受け止めたが、相変わらずの膂力に弾き飛ばされる。


 今回は尻もちをつくという無様な恰好はせず、後ろに跳び退いたことで勢いを殺すことができたため、バランスを崩すことなく着地することに成功した。しかし、安心するのはまだ早かった。


 俺の元には続けざまに斬撃が見舞われ、呉宮さんの元へ行くどころの話では無くなってしまった。


 相手の男は徹底的に俺を呉宮さんの元へ行かせないように進路をふさぐ形を取って立ち回っている。


 ――ナオヤ、釣られたらアカンで!


 俺は心の中で、『分かってる』とだけ返して目の前の戦いに集中すべく神経を研ぎ澄ませた。


 恐らく、呉宮さんは俺の動きを読みやすくするためにエサにされたのだろう。それには『俺は必ず、呉宮さんを助けに行く』と踏んだうえで、謀ったようだ。こうすれば、ただひたすらに俺は呉宮さんの元へ辿り着こうと動く。そうなってくれた方が相手としては立ち回りやすい……ということだ。


 ゆえに、イシュトイアは釣られてはいけないと言ったのだ。


 そんなことは瞬間的に頭では理解できている。だが、体が言うことを聞かない。それはまるで、脳が俺の理解した内容を無視しているかのように。


 もう一人の自分が体の主導権を握っているような感覚と共に俺は目の前の剣士と戦う羽目になってしまった。


(イシュトイア!何か古代兵器に関して知っていることとかはないのか!?)


 俺は助けを求めるように打開策となり得る情報を相棒イシュトイアへと求めた。


 ――あの3人が纏っている鎧は魔鎧セベリルや。


(それはどんな効果なんだ?)


 ――持ち主の身体能力を1.3倍~1.5倍に高める効果があるんや。確か、鎧に身体強化魔法が付与エンチャントされとったんとちゃうか?


 俺はイシュトイアのその言葉を聞いて、打開策を思いついた。狙いは3人が纏っている鎧。そこに狙いを定める。


「魔鎧セベリルに魔法破壊魔法を付加エンチャント!」


 俺は戦いの中で初めて魔術を使った。これには、相手の男も驚いたようだった。俺が魔法を今まで使わなかったのを見て、てっきり魔法が使えないモノだと読んでいたからであろう。


 直後、付加術が作動する感触があり、それでもって男の剣を受け止めた。すると、前とは比べ物にならないほどに力が落ちていた。これくらいの力であれば俺といい勝負だ。


 俺は勝機を掴んだと確信した。勢いそのままに俺は目の前の男へと斬撃を浴びせる。


「セルジ!一体、何が起こっている!?」


 一転し、フィリスさんに攻勢に出られた棍棒を扱う大男は動揺を帯びた声で俺と戦う男――セルジへと声を投げつける。


「悪いな、ロレンツォ!オレにもこの男が何かしたらしいことしか分からない!」


 セルジという人は棍棒を自在に操るロレンツォという男へと返答した。どうやら返答内容を聞くに付加術を知らないらしい。魔術に詳しくない辺り、魔法や魔術といった類には疎いのかもしれない。いや、それが演技という可能性も含めて対応するべきか。


 ぶんぶん、と首を横に振り、余計なことを考えるのを強制的に停止させる。いかに弱体化させたとはいえ、セルジという人の剣捌きはかなりのモノだ。油断は禁物。とはいえ、紗希ほどの剣閃のキレはないのはありがたい。


 イシュトイアとセルジの持つ剣が凄まじい耳障りな金属音を響かせながら、数えきれないほど交わった時。


 ――ナオヤ、思い出したわ!


 そんなイシュトイアの声が聞こえた。


(イシュトイア、何を思い出したんだ?大したことじゃなかったら、さすがに怒るぞ)


 そんなことを頭の中で言っているそばから、俺の頬をセルジの剣が掠めていく。


 ――セルジってヤツが使ってる剣、あれは魔剣ユスティラトや!


(魔剣……ユスティラト?どんな効果の剣なんだ?また魔法が付与エンチャントされてる感じか?)


 また魔法が付与エンチャントされているのなら、親父の魔法破壊魔法を付加エンチャントして効果をはぎ取るだけだ。俺はイシュトイアの返答を待っている間、必死にセルジの魔剣ユスティラトと何合も打ち合った。


 ――魔剣ユスティラトは剣が鞭のようにしなる効果や。それは別に魔法とかやないで!


 俺はそれを聞いて、少々どころかかなり焦った。魔法では無いのなら、解除することは出来ない。魔鎧セベリルの時とは違って、純粋にセルジの攻撃を見切って対処するしかないということになる。


 言葉で表せば、至極簡単に聞こえるが、実際問題、敵の攻撃を見切って対処するなど並みの芸当ではない。


「どうかした?随分と剣が迷っているみたいだけど」


「ああ、どうやって魔剣ユスティラトを攻略するかを考えてたからな」


「へぇ。それで、攻略法は見つかった?」


 セルジは俺に対して微笑みかけてくる。だが、それは俺からすれば苛立ちを呷るだけであった。いかにも余裕そうな貴公子ぶった表情は必死な時に見れば見るほど、負の感情を増幅させてくる。


 そんな負の感情があることを理解した上で、俺はただひたすらに対処法を練り上げ続けた。だが、そんなことを考えている間にも俺は腕や足を中心に切り傷が増えていく。


「……ッ、少し体勢を立て直そう!後退だ!」


 セルジは俺を弾き飛ばした後、迅速な撤退行動へと移行していった。辺りを見渡せば、陣形が崩れている。それを見てのセルジの判断であろう。俺を戦いながら、戦況まで観察していたのかと思うと、何とも言えない悔しさがふつふつと湧いてきた。


 結局、海賊団ケイレスは船の前まで撤退し、そこで陣形を組みなおしていた。そして、海賊団ケイレスが陣形を組みなおしている間、セーラさん率いる伯爵家の私兵は負傷者を後退させたりしており、追撃をかけるようなことは出来ていなかった。それはフィリスさん率いる王国軍も同様であった。


「直哉君、大丈夫?」


「俺は大丈夫。それより、呉宮さんこそ大丈夫?負傷してるし」


「それは直哉君も同じだよ」


 俺は心配したのに呉宮さんにはクスッと笑われてしまった。まあ、確かにお互いケガをしてるのは事実なわけで。


「呉宮さんと俺に治癒魔法を付加エンチャント


 呉宮さんの脇腹の傷と自分の手足の傷に対して治癒魔法を付加エンチャントさせた。ラウラさんの治癒魔法みたいにすぐに骨折とかが治るほどの回復力を発揮するわけではないが、この程度の傷なら二、三十分あれば傷は塞がるだろう。


 ……このまま無傷であれば、の話だが。


 俺は陣形を整えて、俺たちの攻撃を待ち構えている海賊団ケイレスの方を見た。体勢的には「さあ来い!」と言わんばかりの覇気があった。


「セーラさん、フィリスさん」


 集結した二つの軍の統率者に俺は話を振った。フィリスさんとは王城での戦い以来であり、先ほど呉宮さんと挨拶は済ませた。その時に、海賊団と俺たちが話をしているタイミングで矢を撃ち込んできたことへの文句は述べた。しかし、フィリスさんは悪びれた様子は無かったので、それ以上言及するような事はしなかった。


 とまあ、それはさておき。俺は二人に考えた策を話した。


「それなら、お互いの軍の長所を活かせていますし、ワタクシは良いと思います」


「ああ、私もこれには賛成だ。それにその意見に代わる策も思い浮かばないからな」


 とりあえず、二人には納得してもらえたのはホッとした。とりあえず、そこまで大した作戦ではないが、このまま何の考えなしにツッコんでも混乱を招くだけだから、作戦をすり合わせておいた方が良いだろう。


「直哉君、本当にやるの?」


 俺が一人で、海賊団ケイレスの元へ向かおうとすると、呉宮さんに不安げな眼差しで見つめられた。こんな可愛い彼女に心配させるのは心苦しいところではあるが、俺が引き受ければ戦いを有利に進めやすくなる。


「大丈夫、敵指揮官3人の纏っている鎧の効果は破壊したからさ。今の俺の実力ならいい勝負ができる」


 呉宮さんに心配しないで欲しいと伝えた。まあ、もし仮に俺が呉宮さんの立場であれば、こんな説明で納得することはないが。


 とにかく、俺は無事で戻ってくることは約束した。あと、無茶をしないことを呉宮さんから耳にタコができるほど言われてしまった。


「それじゃあ、また後で」


 俺はイシュトイアを引っ提げて、一人、海賊団ケイレスの前へと進み出た。


「俺は薪苗直哉。ローカラトの冒険者で、ランクはシルバーだ」


 シルバーランクの冒険者だと言った途端に、海賊団ケイレスの団員たちがざわめきだした。そこまで言った時、大将3人が前に出てきた。名前は確か、セルジとグウィリム、ロレンツォだったか。


「それで、何のために一人でここまでやって来たのかな?ただ、名乗りたいから来たわけじゃないでしょ?」


「俺はそこのお三方に勝負を挑みに来た」


 俺は目的を告げた。『勝負』という言葉に3人とも食いついたような表情をしていた。


「俺はお三方と同時に戦いたい。もちろん、賭け事とかじゃなくて……これで」


 俺はイシュトイアを構え、3人と向き合った。要するに、俺は3人まとめて相手をすると言ったのだ。それを聞いて、グウィリムは憤怒の表情を浮かべていた。それに比べ、セルジはフッと笑みをこぼしているし、ロレンツォはムッとした表情をしているだけである。


 この二人に比べて、グウィリムは短気だと俺は見た。何より、3人まとめて相手をするという言葉を聞いて、ナメられていると受け取らない方が無理ってものだ。逆の立場なら、俺も怒りを覚えるに違いない。


「おい、クソガキ。あまり調子に乗ったこと抜かすな。オレ様たち3人を同時に相手するだと?貴様のようなクソガキなんぞ、オレ様一人で捻り殺してくれるわ!」


「止めろ、グウィリム。みっともないぞ」


 グウィリムが俺に対して大槌を掲げたタイミングで、ロレンツォがそれを制止した。


「それで、今言ったことは本気なのかな?」


「ああ、本気だ。俺が一人で3人まとめて倒す!」


 俺はビシッとセルジの方へと指を指した。これで挑発も十分だろう。グウィリムほど激昂してくれなくていいが、勝負に乗ってくれればそれでいい。


「分かった。それじゃあ、君の言う通りオレたち3人が同時に君と戦うよ」


「おい!セルジ!」


「ただし、戦いで誰が命を落としても文句はナシということで」


 グウィリムをなだめながら放たれたセルジの言葉は背筋がゾッとするモノであった。誰が命を落としても文句はナシ。俺に殺される覚悟をしておけという事であり、最悪俺が3人を殺しても誰も文句を言わないという事でもある。


 ただ、俺は『竜の力を使わないこと』と、『3人を誰も殺さずに無力化すること』の2つを自らに縛りを課した。


 俺は人殺しだけはやりたくない。魔物とかなら、躊躇なく殺せてしまうだろうが、人間は別だ。竜の力など使えば、生身の人間では確実に死ぬ。そりゃあ、武術大会の時くらいの竜の力であれば人間相手に使ってもギリギリセーフだった。しかし、あの時よりも強くなった今の力ではまず間違いなく殺してしまう。そんな強力な力を断固として使うわけにはいかなかった。


「それじゃあ、始めようか」


 ――ニコリと笑うセルジから斬撃が見舞われたのは、一回瞬きした後くらいのタイミングだった。

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