第143話 涙と連携
黒い鎧を纏う男の周囲を包むのは小規模の爆発。その程度の攻撃では鎧男に大したダメージなど入っていない。
それでも、サーベルを片手に男は爆裂魔法を放ちながら戦いを繰り広げる。
「どうかしましたか?その程度では私に殺されるだけですよ」
鎧姿の男、バートラムの
バーナードはこれを剣で受けるも、その薙ぎ払いの威力に耐え切れずに弾き飛ばされた。トドメを刺そうと接近するバートラムだったが、3本同時に投擲されたナイフに邪魔をされる。これらすべて
――ガキィン!
ナイフの次は大戦斧。振り下ろしたのはロベルトである。さしものバートラムも真っ向からの力勝負にはロベルトに一歩及ばなかった。しかし、攻撃の速度ではロベルトを遥かに凌ぐため、軽やかな乱舞によりロベルトを押し戻していく。
その様子にシャロンとバーナードはそれぞれ、ナイフと爆裂魔法でバートラムを攻撃する。その隙にロベルトを一度、退かせた。
まさに一進一退の攻防が続き、戦闘そのものに決着がつく気配は無かった。
ロベルトが疲労のよるものなのか、息切れも激しかった。元より、ロベルトは老齢である。そう言った諸々の事情が長期戦に悪影響を及ぼしていることはシャロンとバーナードには理解できていた。
だが、ここでロベルトが抜ければ戦線は崩壊してしまう。どうしたものかとバーナードは思考した。
「バーナード!何をぼさっとしとるんじゃ!」
ロベルトの声にハッと我に返ると、バートラムが一直線にバーナードの方へと突っ込んできている。今から逃げようにも、すでに
「しまった……!」
バーナードが冷や汗と共にそんな言葉が口から洩れていた。俺は死ぬのかと心の内で思った時、風の斬撃がバーナードを左方向へと吹き飛ばした。
その風は“旋風斬”であり、放ったのはシルビアである。間に合わないと悟ったシルビアはとっさに魔法でバーナードを攻撃して
「悪いな、シルビア!助かった!」
バーナードは特大の魔法を練り上げ、バートラムへと投下した。
「“
突きあがる劫火と肌を焼き焦がすかの如き熱風。それが炸裂地点から十数メートル離れた場所にいるロベルトとシャロン、シルビアの元まで轟音と共に押し寄せる。その直後、炎のカケラが周囲を待っていた。これこそ、バーナードの全魔力を投じての爆裂魔法。
「頼むから、これで倒れてくれ……!」
バーナードは神に祈るような心持ちで、炎柱の中にいる人物の行方を見守った。
「ほう、これは中々……!」
「化け物か……!?」
立っていたのは黒い鎧が弾け飛び、全身の皮膚がただれているバートラムの姿。しかし、その皮膚も悪魔の治癒能力によって再生しつつあった。
全魔力を投じても倒すことの敵わない敵。それに対して、バーナードが抱いたのは真の意味での絶望であった。
「しっかりするんじゃ、バーナード」
ロベルトは疲弊しきった老体に鞭打って、大戦斧を引っ提げてバーナードの前に立ちはだかった。その間にもシャロンから魔法が
――まだ戦いは終わってない。
そう、感じた途端にバーナードの闘志の炎は再び燃え盛った。
しかし、戦いは思わぬ幕引きを迎えることとなった。
「ほう、あなたは……!」
バートラムも驚き、その場にいたバーナードたちも驚きのあまり目が点になる大物がそこには居た。
「「「「魔法の破壊者、ジェラルド!!!!」」」」
バーナード、ロベルト、シャロン、シルビアの4人は声を合わせて男の名前を呼んだ。そう、そこに立っていたのは直哉と紗希の父ジェラルドであった。
「これ以上はさすがに分が悪い。ここは一度、日を改めるとしましょう」
瞬時に判断を下し、バートラムは影の中へと潜って姿を消した。しかし、その判断を咎めるものなど誰一人としていない。
絶対に敵わないと分かっている相手から逃げること、それ自体何ら恥じることではない。
思わぬ形でバートラムを退けられたことに、宿屋の前で戦っていた4人は歓喜した。だが、異様な雰囲気を纏っているのはジェラルドが両腕に抱く漆黒のマントにくるまれているモノだ。
「ジェラルド、そのマントは何をくるんでおるんじゃ?」
ロベルトがそれとなく尋ねるも、ジェラルドは何も言わずに宿屋の裏口の脇でマントを広げた。マントにくるまれているモノ……いや、人物を見て4人とも背筋が凍り付いた。
それは瞼を閉じたまま、静かに眠っているウィルフレッドであった。右に折れ曲がっていた首はジェラルドが丁寧に元に戻した。でなくば、誰もウィルフレッドの遺体を見ることができない。
「ウィルのおやじは寝てるだけ……だよな?」
バーナードは確認するようにジェラルドの方を向く。しかし、ジェラルドは物言わず、バーナードと目を合わせようとすらしなかった。
「俺が見つけた時にはもう手遅れだった」
ジェラルドはポツリ、ポツリと見つけた時の状況からして悪魔3体と交戦したであろうということや、自分が追撃していた男によって殺された可能性が高いことなどのすべてを語った。
「要するに、アンタが追っていた男をすぐに捕まえられなかったせいでウィルのおやじは死んだってことか……ッ!」
バーナードは感情を露わにして、ジェラルドへと掴みかかる。それをロベルトが強制的に引きはがした。バーナード自身、ジェラルドを責めるような言い方であるが、頭の中ではジェラルドが狙ってやったことではないことくらい、分かっている。しかし、感情という暴れ馬を理性という手綱で制御することが難しいだけなのだ。
その後、沈黙が続いた。誰もがウィルフレッドの死に感情の整理をつけるのに必死であった。
ジェラルドが宿屋に来てから10分ほどが経った頃、ミレーヌとラウラ、デレクにマリー。ディーン、エレナ、ピーターといったルイザと戦ったメンツが宿屋へと帰還した。
疲労困憊の状態の7人を待ち受けていたのはマスターであるウィルフレッドの死の一報。
「お父さん……ッ!」
その報せは娘のミレーヌには特に辛い内容であった。実の父親が死んだのである。ショックを受けない方が無理だった。
ミレーヌが泣き崩れたことで、全員がつられるように涙を流した。宿屋の裏口の石畳は涙に濡れ、月の光を悲しく照らし返していた。
◇
「“八竜斬”!」
男の透き通るような声と共に謁見の間の大穴から叩き込まれるのは八色の輝きを放つ斬撃。それは寸前でユメシュが障壁を展開したことでダメージは最小限に抑えられてしまっていた。
ユメシュは目と鼻の先にいる斬撃を放った銀髪の男を睨みつけた。男はフッと笑みをこぼし、直哉の近くまで飛び退いた。
「く、クラレンス殿下……!」
「武術大会の決勝以来か。薪苗直哉」
直哉が見上げる先には銀髪を夜風に揺らすクラレンスであった。相変わらずの貴公子っぷりに直哉は少しだけホッとした。
クラレンスが飛び込んできた大穴。それはユメシュたちが玉座の間へ侵入する際に破壊した場所であった。そこに大穴が開けられていることは、王城に来る道中で見たために知っていたのだ。
また、クラレンスが飛び退く際にツタが見えたことから、直哉はイリナの植物魔法を使ってここまで上がって来たのだと推測した。そんな推測を立てた後で、直哉はちょっとした疑問をぶつける。
「殿下はどうしてここに……?」
「ちょうど、父上に報告することがあったから戻ってきただけさ」
クラレンスは無様に倒れている父親を見やった。無事とは言い難いが、生きていたことそのものにクラレンスは安心したような笑みを浮かべていた。
「薪苗直哉、君に一つ頼みたいことがある」
「……頼みたいこと?」
直哉は首を傾げ、頭にクエスチョンマークでも浮かんでいそうな表情を浮かべる。クラレンスはそれに対して、ユメシュへと剣先を向けた。
「王城へ侵入した不届き者を共に成敗してくれないか、という頼みだ」
「イヤですよ、殿下との共闘なんて」
予想に反する直哉の返答にクラレンスは戸惑った。
「武術大会決勝での事は私が謝って、君も水に流すと……」
「確かに、俺への攻撃の件は許しました。でも、妹への攻撃を許した覚えはありませんが」
クラレンスは“炎竜斬”で紗希を傷つけたことを思い返した。乙女の肌に火傷を負わせたのは恨まれて当然かと思い直した。
「そのことはすまなかった」
「それは俺じゃなくて、後で紗希に直接謝ってくれれば」
「ああ、そういうことなら全然大丈夫だ」
クラレンスの返答に直哉は了解し、共闘の件も併せて了承した。
直哉とクラレンスが共闘すべく、ユメシュと対峙した時。ライオネルたち親衛隊と聖美たちが紗希を担いで謁見の間へと入って来た。
直哉はチラッと入口の方へと視線を送ると、聖美が目に涙をためながら、紗希やみんなが無事であることを身振り手振りで語っていた。
「フッ、雑魚が一匹増えたくらいで勝てるとは思わないことだ」
ユメシュは杖に魔力を籠めながら、直哉とクラレンスを玉座に腰かけながら、睥睨していた。
「そうだ、君に一つ言い忘れていたことがあった」
「殿下、それは一体……」
「君の妹の唇を奪ってしまった。緊急事態だったとはいえ、悪いことをしたと思っている」
クラレンスはそれだけ言って、ユメシュへと駆けていった。直哉は動きを硬直させ、拳を震わせた。紗希が眠っているところを見れば、寝ている間に唇を奪ったであろうことは容易に分かる。
直哉は腹の奥底からふつふつと湧き上がってくるものを感じたが、それを押さえるつもりなど毛頭なかった。『おい、何やってくれとんのじゃワレェ!』くらいの勢いでクラレンスへと斬撃を見舞う。
「な、なぜ私を攻撃する!敵はあっちだ!」
直哉から振り下ろされたイシュトイアの刀身をクラレンスは手にしたバスタードソードを横にして受け止めた。
「
あんなの呼ばわりされたユメシュはあんなのと呼ばれたことに戸惑いつつも、同士討ちを高みの見物することに決めたらしく、玉座に座り直した。
ユメシュが呑気に休息している頃、直哉とクラレンスの間では武術大会の時とは比べ物にならない剣撃の応酬が繰り広げられていた。
その光景に親衛隊の5人も、聖美たちも空いた口が塞がらなかった。何せ、共闘するはずの二人が敵の前で斬り合っているのである。もう、どうすれば良いのやらという感じであった。
「だから、君の妹が猛毒で命の危機が迫ってたんだ」
「だからって、唇を奪って良い事にはならないだろッ!」
直哉の激昂っぷりは凄まじく、戦いそっちのけで斬りかかって来た。クラレンスは直哉を説き伏せるのは無理と判断し、上手い具合に直哉を誘導して形だけでも共闘に持ち込むことを決めた。
クラレンスは全速力でユメシュの元まで走り、玉座へと続く階段を駆け上る。
「“
ユメシュはそんなクラレンスへ向けて、槍状の真っ黒な岩を生み出し、投擲した。クラレンスは攻撃してくることなど、動きで読み切っていたために左へ跳んで回避した。
だが、そのすぐ後ろに居た直哉はユメシュのことなどアウトオブ眼中だったために“
「直哉君!」
聖美はそんな直哉を見ていられないといった風に言葉をかけた。だが、距離が離れすぎていたこともあってか、聞こえている気配は無かった。
聖美は矢を番え、直哉の進路上に撃ち込んだ。直哉は聖美の矢を見て、ハッと我に返った。直哉は振り返って、グッ!と親指を立てた後で改めてユメシュの方へと突貫していった。
聖美たちもその様子にホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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