第142話 ハンパ者
敵を倒し、力尽きたように崩れ落ちる姉妹。
「呉宮さん、茉由ちゃん。とりあえず、手当てを……」
直哉はそんな呉宮姉妹の元へと駆け寄ろうとしたが、直哉の前に投擲された刀が突き立った。
「直哉……それがしとの勝負はまだ決着してないでござるよ……ッ!」
ギケイは4階へと続く階段の前でよろけながら、直哉の方へと指差していた。直哉もイシュトイアを片手にギケイの方へと向き直った。
「……分かった。じゃあ、決着つけるか」
直哉は聖美と茉由、フィリスの3人に治癒魔法を
しかし、ギケイの背後の階段から黒い炎が溢れ出し、瞬く間にギケイを呑み込んだ。
「呉宮さん!茉由ちゃん!」
直哉は炎を見るのと反射的に、黒い炎から聖美と茉由を遠ざけようと二人の元へと駆けつけて、二人を庇うべく左右の腕で抱き寄せた。その3人から少し離れた場所ではフィリスが気絶したままとなっている。
黒い炎はギケイだけでなく、ラルフとダフネをも呑み込んだかに見えたが、直前で二人は影の中に姿を消して、その場を脱していた。
そして、黒い炎は直哉たちを呑み込む前に消えてなくなった。
「直哉君、あの人って……!」
聖美の声で、直哉はゆっくりと目を開けて階段の方へと振り返った。そこに居たのは魔王軍総司令ユメシュであった。
「この辺りから衝撃を感じてきてみれば、やはり貴様だったか。竜の仔よ」
ユメシュは不敵な笑みを浮かべながら、直哉たちの方を見ていた。
「ユメシュ!お前、ギケイはどうした!」
直哉の脳内で黒い炎に呑まれていったギケイの姿が再生される。ラルフとダフネは影の中に消えたのは知っているが、ギケイがそんな風に逃れたのを見ていない。
「ああ、ギケイならもういい。もったいない事をしたが、やはり人間ではあの程度の力しか出せんということだ」
まるで実験動物が死んだかのようなユメシュの口ぶりに直哉は怒りがふつふつと湧いてきた。だが、聖美が直哉の袖をくいっと引いたことで、怒りの炎は鎮火した。
「竜の仔、薪苗直哉!今日は貴様に用は無い。ここでおとなしく引き下がれば、命だけは助けてやる。ただし、ここから先に来た場合は今日が貴様の命日になるぞ」
そんな物騒なことを口にした後、ユメシュも影の中へと吸い込まれるように消えていった。
「先輩。私とお姉ちゃんのことは良いので、先に進んでください……!」
茉由は血がにじんでいる傷口を押さえながら、苦しそうに直哉を見上げていた。不安そうな眼差しで隣の聖美の方を見ると、聖美は優しい眼差しと笑みを向けながら、静かに頷いていた。
直哉は二人を置いて先に進むのか、二人とこの場に留まるのか。この二択に心が揺らいだ。
「直哉君、茉由とフィリスさんは私が見てるから」
不安がらないで、ということを聖美が言おうとしているのは直哉にも分かっていた。ゆえに、直哉はここで覚悟を決めた。姉妹の言葉を信じると共に、フィリスがギケイとの戦いの中で言っていた『陛下を助ける』のを代わりに叶えるのもアリかと思ったのだ。
「分かった。それじゃあ、すぐに戻って来るから」
直哉はイシュトイアと共に4階への階段を駆け上がっていった。その後姿を聖美と茉由は静かに見送った。
聖美は茉由に肩を貸しながら、フィリスの元まで歩み寄った。
「お姉ちゃん、フィリスさんどうしようか?」
「そうだね……。私も茉由に肩を貸すだけで手いっぱいだし……」
「茉由ちゃん!」
二人があーだこーだ言っているところに杖を持った一人が姿を現した。茉由はその男の姿を見て、瞳を潤ませたのだった。
◇
「イシュトイア、開けるぞ」
――ああ、いつでもええで!
直哉はイシュトイアからの準備オッケーの声を聞くや否や、扉を開けて玉座の間へと踏み込んだ。
踏み込んで真っ先に視界に入って来たのは玉座手前の階段で倒れる国王クリストフの姿。次に、玉座の間の壁に叩きつけられて血を流している4人の騎士団長の姿であった。
「薪苗直哉……?なぜ、君がこんなところに……!早く、ここから逃げるんだ!」
ユメシュの攻撃を受けて、弱ったようにピクピクと体を震わせるクリストフ。だが、直哉は逃げ出すためにここに来たわけではない。
「俺はそこの玉座に座ってるいけ好かない魔王軍総司令様をぶっ飛ばしに来ただけですよ。ぶっ飛ばしたら、すぐに帰るのでご安心を」
直哉は笑うのを堪えながら、国王に向けて敬礼した。顔を上げてからは、ユメシュを見上げた。何とも、偉そうに足を組んで座っている様からは憤りしか覚えなかった。
「薪苗直哉、貴様はこの私に勝つつもりでいるのか?」
ユメシュは心底不愉快そうに直哉を見下ろしている。これを直哉も負けじと睨み返す。
「ユメシュ、お前は汚物でもない
直哉はビシッと指を指して、ユメシュが先ほどの行いに対して非難の言葉を浴びせた。しかし、当の本人は涼しげな顔をしている。
「フッ、もういい。第一、お前如き矮小な人間など私が相手をするまでもない」
ユメシュの言葉の意味を、直哉が理解した刹那。真っ黒な影を纏った拳と
拳は直哉の右の頬を打ち、
「なっ!」
「そんな……っ!」
ラルフもダフネも驚きに顔を歪めた。直哉としては二人がまだ戦えることそのものに驚いたところだった。
それはさておき、ラルフの拳もダフネの
それがたとえ、聖美が苦戦した拳や茉由が手傷を負わされた斬撃であろうと……だ。
直哉はダフネの鳩尾を蹴り飛ばし、後ろへ跳んだところでラルフの腕を掴み、ダフネへと叩きつけた。二人は重なって謁見の間の壁へと突っ込んでいった。
「チッ」
「ユメシュ、そろそろ自分で戦ったらどうなんだ?」
直哉は挑戦的な眼差しでユメシュを見る。部下が壁へと叩きつけられてなお、ユメシュは何事も無かったかのような余裕な態度であった。
「そうか、分かったぞ。俺に負けるのが怖くなったのか!なるほどな、それで部下をけしかけてやったわけか。お前、とんだ腰抜けだな!」
直哉は煽った。日本の病室で話した時も、ユメシュは挑発と言った類で冷静さを欠いていた。それを逆手に取って、直哉は挑発めいた言動を取った。
「……ラルフ、ダフネ。お前たちはすぐに魔王城へ帰還しろ……ッ!」
「ですが……」
意見を言おうとしたラルフだったが、キッとユメシュから睨まれたことで、ダフネと共に影の中へと姿を消した。直哉はその様子を見て、心の中でニヤリと笑みを浮かべていた。
「薪苗直哉、後悔するぞ。
「それを言えば、お前も
直哉はユメシュの言動にツッコミを入れながらも、遠慮なくイシュトイアでの斬撃を叩き込む。ユメシュは直哉の動きの速さに驚きつつも、間一髪長杖で斬撃を受け止めていた。
そこからも攻撃を繋いで、ユメシュへと猛攻を加える。ユメシュも攻撃を受けては弾くことを繰り返すのみであった。その光景を見た国王クリストフは呆然とその光景を眺めるしかなかった。
(以前、暗殺者ギルドで戦った時の倍近いパワーとスピード。それに加えて、以前よりも洗練された剣捌き……この強さは我ら八眷属に迫るほどの戦闘能力だ……!)
ユメシュ自身、戦闘能力では他の八眷属と比べれば戦闘能力は9割程度である。つまり、戦闘能力だけを見れば、ユメシュは八眷属で最弱。それでも八眷属の長であれるのは狡猾さと総司令としての統率力の高さである。そう言った面を考慮されて、魔王ヒュベルトゥスから魔王軍の指揮を委ねられたのだ。
それはさておき、そんな八眷属の9割程度の戦闘力のユメシュと互角に直哉が戦うことが出来ている。つまり、八眷属の9割程度の力を有しているという事に他ならない。
……その強さは魔王軍の脅威と判断されるには充分であった。
「薪苗直哉、気が変わった。貴様はここで始末してやるぞ!」
今まで受け身だったユメシュが一転、攻勢に出た。杖術を用いての戦闘に直哉は苦戦を強いられる。直哉的には余り慣れない戦闘スタイルである。しかし、ここで負けるわけにはいかないと踏ん張る。
「“雷魔斬”ッ!」
「その技は……!」
直哉は記憶にあったギケイの雷属性の魔法剣の雷をイシュトイアに
「"暗黒の息吹”!」
ユメシュの杖先から放たれたのは真っ黒な風。それは直哉を包み込み、風の力をもって直哉を強制的に後退させていく。その間にユメシュは次の魔法の発動準備を次々に整えていく。
「"暗黒の息吹”をイシュトイアに
直哉は雷属性の魔法剣を解除し、新たに視界を遮る黒い風をイシュトイアに纏わせた。それが完了した直後、
「“
今度は真っ黒な
「"
接近してくる直哉に向けて、ユメシュからいくつもの黒い雷が落とされる。しかし、いずれの雷も直哉の身を焦がすことは無かった。
「ハッ!」
再び放たれる斬撃。左からの斬り上げに続き、右薙ぎ、刺突といった具合に連撃が行なわれる。余りの猛攻にユメシュもたじろぐ。
ここぞとばかりに直哉は攻撃を畳み掛けるが、ユメシュもしぶとく防御に防御を重ねていた。双方の一撃は人間離れしており、一撃がぶつかる度に玉座の間の床にヒビが生じ、王宮自体にダメージが加わっていっていた。
「中々、しぶといな……!」
直哉はユメシュの堅牢さに愚痴をこぼしながらも、休むことなく斬撃を見舞っていく。しかし、戦い始めてから動き続けていることもあり、そろそろ限界を迎えようとしていた。
「これでトドメだ!“
ユメシュの周囲に黒い水流が生み出され、瞬く間に直哉を呑み込んだ。これはレイモンドとシルヴェスター、ランベルトの3人への決定打となった闇属性と水属性の魔力融合による魔法。すなわち、通常の魔法の4倍もの威力を秘めていることになる。
――そんな高火力の魔法を受けて、直哉は無事なのか。
国王クリストフは諦めたような表情をし、口惜し気にしていたが、その感情は裏切られる形となった。
「“
「何ッ!?」
黒い水流の中から飛び出してきた直哉から、黒い水流を纏った斬撃がユメシュへと放たれる。自らの魔法をそのまま叩き返すような攻撃に、ユメシュもたじろぐばかりであった。
戦いの大勢は直哉有利に進んでいっていた。そこからの近接戦も直哉が優位に立つといった状況であった。
しかし、長杖とイシュトイアが激しく火花を散らしながら競り合った時。ユメシュは今までで一番の力を籠めて、直哉を押し返した。直哉もそこまでの力がユメシュにあるとは、思わなかったために胴がガラ空きになるような姿勢で後方へとよろけた。
「"
ユメシュはニヤリと笑みを浮かべながら、唱えた魔法。これにより、直哉は強制的に地面へと叩きつけられる。どす黒い魔力による上からの凄まじい圧力に、うつ伏せに倒れた直哉も押しつぶされそうになる。
物理的に叩き潰されそうになる中、直哉はいかにしてこの形成をひっくり返すかを考え続けた。残り少ない魔力。温存するか、使い切るか。どちらにするかなど、すぐに決まるモノではない。そして、何も決断することが出来なかった。
何せ、骨という骨が軋む。その痛みは直哉の思考を蝕んだ。激痛は考え事に対しての猛毒であった。
「フハハハハハ……!そのまま押しつぶされるがいい!薪苗直哉ッ!」
ユメシュは声高らかに勝利を確信したと言わんばかりの言葉を発した。その笑い声は骨を軋ませるほどの重圧がかかっている直哉からすれば耳障りで、不愉快なモノであった。
「ぐっ……!」
立ち上がろうとする直哉の腕がガクリと折れ、足が地面につく。直哉の肉体はすでに悲鳴を上げていたが、直哉はそんな悲鳴に構うことなく何度も立ち上がろうと重力に挑んだ。
だが、ユメシュの"
「さあ、
ユメシュがありったけの魔力を注ぎ込み、直哉にトドメを刺す。
「“八竜斬”!」
――タイミング良く登場した場外からの乱入者によって、ユメシュは直哉にトドメを刺すことは叶わなかったのだった。
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