第144話 思わぬ決着
直哉の持つイシュトイアとクラレンスが持つバスタードソードから代わる代わる浴びせられる斬撃に終始ユメシュは押され気味であった。
「“
ユメシュの杖先から放たれる特大の火球を二人は左右へ散開して、回避する。その後、接近し、ユメシュへとそれぞれの攻撃をぶつけていく。
そんな二人から畳みかけるように猛攻を仕掛けられたユメシュは奥の手を使用することを決めた。
「“
杖を地面に突き立てたユメシュの両手の間に形成されたのは暗黒の球体。それはフェリシアの“
「鬱陶しい人間どもめ……!まとめて、我が闇へ消えるがいい!」
直哉とクラレンスは何か打開策はないかと必死に頭を捻るが、妙案は浮かばない。魔法の発動を遮るように攻撃をするという案は二人とも浮かびはしたが、攻撃のために接近することは“
一体、どうすればユメシュの裏をかき、ユメシュを倒すことが出来るのか。
二人は思いついては却下する、という事を脳内で何度も繰り返した。しかし、いつまでたっても打開策が天から舞い降りるようなことは無かった。
「直哉君!伏せて!」
直哉は自らの耳に吸い寄せられるように響いてきた声に反射的に従った。直後、聖美から放たれたのは黒い印がつけられた矢。直哉が聖美に誕生日プレゼントとして渡したモノだ。
その矢はユメシュの頭部へ一直線に進んでいく。だが、その場にいる全員の予想通り、“
そして、その矢は“
鏃が“
「なっ……!」
「よし!」
“
ユメシュの胸元に一文字の傷が刻まれ、青い血が噴き出る。
「薪苗直哉!」
クラレンスの人を弾き飛ばすような声と背後から感じる膨大な魔力に直哉は笑みを浮かべながら、ユメシュの前から刹那的に退いた。
「くらえっ、“八竜斬”ッ!」
八つの輝きを放つ剣を提げ、肉薄してくるクラレンス。そんな彼が横薙ぎに放つ一撃をユメシュは跳躍することで上へと逃れた。
「フッ、そんな止まって見えるような剣で私が斬れると思って――ッ」
下を見たユメシュは驚愕する。クラレンスの剣からの輝きは消えていた。その直前、何かが彼の剣と接触したのがチラリと見えていたが、それが何かまでは分からなかった。
刹那、ゾクリと背筋に悪寒が走った。恐る恐る背後へ目を向ければ、八つの輝きを放つ剣を大上段に構える直哉の姿があった。
「バカな、一体何が……!?」
直哉は答える義理は無いと言わんばかりに八つの輝きを纏う剣をユメシュの背に叩きつけた。その桁違いの破壊力にユメシュは苦悶の表情を浮かべながら、落下していく。
しかし、その先で待ち受けていたのは――
「“八竜斬”」
一閃。静かなトーンと共に放たれたのは同じく、八つの輝きを放つ剣であった。直哉が“八竜斬”を
ユメシュが跳躍して逃れた時、クラレンスのバスタードソードは直哉の持つイシュトイアと重なった。
その一瞬で、直哉は付加術で“八竜斬”をイシュトイアに
「薪苗直哉、もう一撃だ」
「了解!」
二人は再び、剣を媒介にして技の受け渡しを行なった。ユメシュは逃れようにも残り少ない魔力、もはや為す術が無かった。
「「“八竜斬”ッッ!!」」
直哉とクラレンスからの斬撃が縦横で交わり、十字を切った。二人は勢いそのままに、ユメシュの横を駆け抜ける。謁見の間にはユメシュの絶叫が木霊する。
「これでトドメだ!」
クラレンスが刺突を繰り出した時、半透明の壁がバスタードソードを遮った。これにはユメシュもクラレンスも何事か理解が追い付かないようだった。
「寛之……お前、何やって――」
直哉が寛之に歩み寄ろうとした刹那、背後から刃物のようなモノで貫かれた。直哉が体力的に限界を迎え、すでに竜の力を解除していたこともあり、あっさりと刃は直哉の腹部を貫いた。
直哉は自らを貫いた存在が何なのかを理解することすら出来なかった。直後、ユメシュに杖で薙ぎ払われるクラレンスの姿が見えた。直哉はそれを境に意識を失った。
◇
「ここは……ッ!」
直哉は勢いよく飛び起きる。だが、急に動いたこともあってか、腹部の傷が痛んだ。
「あ、直哉君。起きたんだね……ッ!」
直哉の前に居たのは涙の後がくっきりと残っている聖美であった。見渡してみれば、どこかの部屋の一室の様だった。左にある窓からはカーテン越しに朝日が漏れていた。
「呉宮さん、ここは……?」
「ここは王城の1階の薬室の向かいにある部屋だよ。直哉君の傷が完治するまで、この部屋を貸してくれるって殿下が」
クラレンスの配慮により部屋を借りられたのなら、後で礼を言わなければ……と直哉は心の中で考えていた。
「そうだ、呉宮さん。俺が意識を失ってる間に何かあったの?」
聖美に涙の後がくっきりと残っているのを見て、直哉は胸のざわつきが収まらなかった。寛之がユメシュを庇うように障壁を展開した光景がイヤと言うほど目に焼き付いている。
そのざわめきを確かめるように聖美へと話を振る直哉。そして、そのざわめきは事実であることを再認識する。曰く、寛之はユメシュと共に姿を消した……と。
「あと、守能君のことで茉由が……」
直哉は聖美の悲しそうな表情でおおよその事を察した。突然、彼氏である寛之が敵を庇うような行動を取ったり、一緒に姿を消したりしたのだ。茉由の真っ直ぐな性格からすれば、塞ぎ込んでしまったのだろうと直哉は推測した。
「それにしても、だ。寛之のヤツ、本当に俺たちを裏切ったのか……?」
直哉は心の隅にある疑惑を思うまま口にする。それを聞いて、聖美も顎に手を当てて考えているような仕草を取っていた。
「もしかして、国王陛下が知らぬ間に王国騎士団を動かしたのと同じ原理だったりしないかな?」
「……ということは、一連の事件の犯人はユメシュの可能性が高くなるな」
そう考えれば腑に落ちる部分は多いが、確証はないために断言はできない状況であった。
「「う~ん……」」
直哉と聖美は同時に唸り声を上げた。唸り声がハモるという事態に二人は顔を見合わせて笑っていた。
――コンコン
そんな時、部屋のドアをノックする音が部屋に響いた。
「あ、直哉君はケガのこともあるから、安静にしてて」
傷の事も忘れて反射的に動こうとしている直哉を聖美は優しく制した。聖美はその後で小走りでドアの方へと向かっていった。
「あ、弥城君。それに武淵先輩も」
「ああ、少し話がある。お邪魔させてもらうぜ」
「聖美ちゃん。ちょっと、お邪魔するわね」
複雑な面持ちで部屋を訪ねてきた洋介と夏海に流されるまま、聖美は二人を部屋に入れ、直哉の周囲に集まった。
「洋介、武淵先輩。話って言うのは?」
俯いたまま話し出そうとしない二人に、直哉の方から話を振る。すると、二人は顔を見合わせて何かを決めたように話し出した。
「……実は、ウィルフレッドさんが亡くなったんだよ」
直哉と聖美は信じられないといった風な表情を浮かべ、確認するように夏海の顔を見やった。夏海は静かに首を縦に振るだけだった。
「ウィルフレッドさん以外にも、ローレンスさんにミゲルさん、スコットさん。そして、テクシスの冒険者のムラクモさんも王都での戦いで命を落としたそうよ」
洋介と夏海はローレンスとミゲルの二人とはローカラトの冒険者ギルドを一つにする時の戦い以降、話す機会も多かった二人だったために悲しみは深かった。
そのことは直哉も聖美も分かっていたために何も言わなかった。そして、ムラクモとは王都に来るまでの間、同じ釜の飯を食った仲間だ。それを思い、直哉は胸が苦しくなった。
「紗希ちゃんと茉由にそのことは……」
「まだ言ってねぇよ」
「ええ、茉由ちゃんは塞ぎ込んじゃってるし、紗希ちゃんも茉由ちゃんに付きっきりだから」
二人が今は伝えるつもりは無いという事を語ったことで、聖美はホッと胸を撫で下ろした。
「洋介、ウィルフレッドさんたちの葬儀はいつするんだ?」
「今夜らしい。早めに葬儀を済ませないと、遺体が腐るんだってよ」
直哉は葬儀に出たいという旨を話したが、傷の事もあるから今日は安静にしているように言われるだけだった。
「直哉君。私が直哉君の代わりに葬儀に出るよ。その代わり、直哉君は安静にしててくれる?直哉君が元気になってから、お墓参りに行こうよ」
聖美は目に涙をためながら、直哉の両肩に手を置いて諭すように言葉をかけた。直哉も聖美の言葉で、安静にしていることを決めたようであった。
◇
王都の暗殺者ギルド跡の地下。その地下室にある魔王城へと続く空間転移の魔法陣。その前で王城から危機一髪逃れたユメシュと全身真っ白な人型の男。そして、直哉たちの元を去った寛之の姿があった。
「守能寛之、貴様には感謝しよう。貴様の魔法が無ければ、今ごろ私は死んでいただろうからな」
ユメシュは不気味な笑みをこぼしながら、寛之へと感謝の言葉を述べた。
「なに、そこの男に頼まれてやっただけの事だ。報酬だけ貰えれば僕はそれでいい」
寛之は杖を左右の手の間を行き来させながら、言葉を発した。
「フッ、貴様の差し金だったのか。マルティン」
名前を呼ばれた全身真っ白な人型の男。マルティンは通常の魔人の姿へと戻った。その姿は乳白色の髪をオールバックで、腰には短剣を装備していた。その短剣こそ、直哉を背後から貫いた凶器である。
「我が姉、レティーシャより総司令をお助けするようにとのことでしたので」
マルティンは姉の頼みで王城までたどり着いたのち、姿を見えなくして寛之に近づき、ユメシュを万が一の時は助けるように依頼したのだ。
「そうか。ならば、守能寛之。お前が望む報酬はなんだ?」
ユメシュは寛之の方へと向き直り、報酬の話に入った。寛之も報酬の事となれば、真剣な表情をしていた。
「僕が望む報酬は力だ。お前に協力すれば、力を与えてもらえると聞いたんだが」
寛之は顎でマルティンを指した後で、ユメシュと視線を交わした。
「分かった。力なら私が与えてやろう。だが、なにゆえ力を欲するのだ?力を与える前に、それだけは聞いておこう」
ユメシュも真剣な眼差しで寛之を見た。マルティンもその理由は知りたいと興味ありげな表情で寛之の方へと向いた。
「僕は力が欲しかった理由は――」
寛之は守る力しかない。洋介や紗希、茉由に夏海といったみんなには近接戦では遠く及ばないが、聖美や直哉には近接戦闘くらいなら勝てる。だが、聖美には吸血鬼の力、直哉には竜の力がある。
それなのに、自分には杖術や格闘術、障壁魔法の3つしかない。攻撃手段がなさ過ぎる。
「僕はみんなが羨ましかった。僕以外のみんなは敵を倒せる力があるのに、僕だけが敵を撃ち滅ぼす力がない。だから、力が欲しいんだ。僕は直哉を超えたい!」
これは紛れもない寛之の心の叫びであった。寛之は力を持っている直哉たちのことが羨ましかったのだ。そして、願った。自分にもそんな力があれば、と。
マルティンは強さを求める寛之の本心からの言葉に称賛の拍手を送った。ユメシュもそれは同様であった。
「良いだろう、守能寛之。貴様が望む以上の力を与えよう。だが、それには一つ条件がある」
――その力で薪苗直哉を始末しろ。
ユメシュの言葉はまさしく悪魔の囁き。直哉を超えたいと言っている寛之に力を与えることで、言葉通り直哉を超えさせようというのである。ユメシュからすれば、寛之と直哉たち来訪者たちが互いにつぶし合ってくれる方が好都合であった。
「分かった。僕が直哉を始末する」
こうして、ユメシュと寛之の間で悪魔の契約が結ばれた瞬間だった。
「ユメシュ様……」
そして、地下室の入口に立つ一人の男。腰まで届く長い黒髪を持つ男。手には刃こぼれした刀を提げていた。
「……ギケイか。貴様、何の用で戻ってきた?」
「拙者はまだ、ユメシュ様と共に戦えるでござる。だから……」
――連れて行って欲しい。
そう頼もうとしたギケイの胸部を背後から貫いたのは槍。それも影から撃ちだされた黒い槍。寛之は信じられないといった風に目を見開いていた。
「その程度の攻撃も回避できないなど、足手まといも甚だしい」
槍が消えると同時に、地面へうつ伏せに倒れ込むギケイ。
「薪苗直哉……拙者はまだ……」
それがギケイ最後の言葉であった。言葉も志も半ばでその命は灰と化して、床に落ちた。
「マルティン、寛之。行くぞ」
先頭を切って空間転移の魔法陣へ足を踏み入れるユメシュ。それに続くようにマルティンも。寛之だけは灰と化した男に一礼をした後、ゆっくりと魔法陣を踏んだのだった。
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