第8章 王都動乱編

第126話 謁見

 酒場で飲み明かした翌日、俺たち来訪者組7人とウィルフレッドさんの8人にスカートリア王国国王から招集がかかった。また、招集状には滅神剣イシュトイアを忘れずに持ってくるようにとも書かれていた。


 そのため、俺たちは王城の中を歩いて謁見の間に向かっているのだが、城内の煌びやかさには目を奪われるばかりだった。


「見ろ、冒険者共が我らが王城を土足で歩いておるぞ」


「神聖なる城に下民共が足を踏み入れるなど……」


 すれ違う貴族は俺たちにわざと聞こえるように言っているのだろうか。ヒソヒソと陰口を言われる分にはまだマシなのだが、本人たちに聞こえるように言う辺りが悪質である。


 しかも、俺たちは来訪者であっても一介の冒険者たちだ。言い返せば、余計に不利な状況になってしまう。『堪えろ』と心の中で念じていると、先頭を行くウィルフレッドさんが声を上げて笑い始めた。


「ウィルフレッドさん?どうかしたんですか?」


「お前たち、帰るぞ」


 紗希が何事かと聞いてすぐに、ウィルフレッドさんは踵を返した。その行動の意味が分からずに俺たちはキョトンとしてしまった。


「どうやらここは王城ではなく、国営の豚牧場のようだ」


 ウィルフレッドさんがニヤリと口端を引きつらせた笑みを浮かべていたが、俺は言葉を聞いてすぐに意味が理解できたために笑いを堪えきれなかった。


 真面目に聞けば豚牧場なわけがないのだが、ウィルフレッドさんは貴族の事を皮肉って言っているのだ。俺たちの悪口を言っている貴族はみな、豚のように肥えているから豚に例えていたのだ。


 それが見渡す限り大勢いるから豚牧場。意味が分かれば笑いを堪えきれたものではない。


「これは何事だ!」


 弓を離れた矢が的を射抜くような鋭い声が俺たちのいる広間を突き抜けた。その声の主は、鎧姿の麗人であった。


「フィリスだ……」


「ここは離れた方が良さそうだ」


 貴族たちは声を震わせながら、そそくさと退散していった。


 声を発した麗人はウェービーロングにしたウィスタリア色の髪を揺らしながら、鋭い目つきと共に早足でこちらへと進んできた。


「マスター・ウィルフレッド、先ほどの発言は冒険者を束ねる立場にある者としてあるまじき発言だ。それを心得ておられるのか?」


「それもそうだな。以後、気をつけるとしよう」


 その女性からの人を刺すような鋭い言葉と切れ長のマゼンタ色の瞳。これには屁理屈を言ってばかりのウィルフレッドさんが素直に謝罪するほどであり、俺たちも怒られていないのに叱りつけられているような感覚に陥ってしまった。この女性の言う言事には、有無を言わせない迫力があった。貴族たちがそそくさと逃げていった理由も分かる気がする。


「さて、謝罪も済んだ……が、来客である我々を不愉快にさせたのだ。こちらも、王宮の方々に謝って頂かないと腹の虫が治まらないというモノ。これはどうするつもりかな?」


 ウィルフレッドさんがわざとかどうかは分からないが、ゲスびた笑みを浮かべながらその麗人へと向き直った。


「それはすまなかった。後で、彼らの方からも謝罪させよう。それで構わないか?」


「あ、ああ。それで問題ない」


 麗人相手にウィルフレッドさんは終始やりにくそうであった。何というか、麗人はウィルフレッドさんを叱る時のミレーヌさんに似ているような気がする。だからこそ、タジタジになっているものと俺は見た。


「……まだ、君の名前を伺っていなかった。君の名前を教えてもらって、構わないだろうか?」


「ああ、これは名乗りもせずに申し訳ないことをしたな。私はフィリス、フィリス・オルガドだ」


 ……『オルガド』という苗字、どこかで聞いたことがあるような……?


 俺はその苗字をどこで聞いたのか、思い出そうとしたが全く思い浮かばなかった。


「フィリス殿、我々は国王の召喚に応じて、謁見の間を目指している。案内を頼めるかな?」


「はい、国王陛下からも『あなた方を案内をするように』と命じられているので、ご安心を」


 フィリスさんは鎧がカチャカチャと擦れる音を響かせながら、俺たちを国王のいる謁見の間まで案内してくれた。だが、俺の頭の中は『オルガド』という苗字のことでいっぱいいっぱいであった。


「よく来たな、ローカラト冒険者ギルドマスター・ウィルフレッド」


「ハッ、この度は王城へのお招き、恐悦至極に存じます」


 国王であるクリストフさんは確か、ウィルフレッドさんの姉であるアンナさんの夫にあたる人だ。つまりはウィルフレッドさんは国王から見て義理の弟になるわけか。


 こうして見ると、ウィルフレッドさんはスゴイなと実感した。だが、その事を知っているのは壇上の玉座に腰かけるクリストフさんと、その階下にいるレイモンドさん、フェリシアさん、ランベルトさん、シルヴェスターさんの5人だけだという。


「フィリス、そなたは下がって構わないぞ」


「ハッ、それではこれにて失礼いたします」


 フィリスさんは謁見の間を出る直前に礼儀正しく一礼をしてから、音を立てないように慎重に扉を閉めていった。


「さて、ここからは俺も堅苦しいことは言わない。だから、オリヴァーも気楽に話してくれ」


「ああ、そうさせてもらおう」


 辺りを見渡してみれば、謁見の間に居るのはウィルフレッドさんの正体を知っている人たちだけであった。この状況を作るためにフィリスさんにも謁見の間を退出させたのか。


「さて、オリヴァー殿。滅神剣イシュトイアは?」


「滅神剣イシュトイアなら、ここにある。それと、オリヴァー殿と呼ぶのはやめてくれないか?」


「フッ、それもそうだな。では、マスター・ウィルフレッド。滅神剣イシュトイアをこちらへ」


 ウィルフレッドさんから目配せされて、俺は滅神剣イシュトイアを抱えて国王の前へと進み出た。


 イシュトイアはフェリシアさんが預かって、国王の元へと渡る――はずだった。


 ――バチィッ!


 そんな音を立てて、国王の手はイシュトイアから弾かれた。それと同時にイシュトイアの黒い刀身からパールホワイトの輝きが解き放たれた。


 そして、現れたのは少女姿のイシュトイアであった。


「ウチは気安く触られるのを許可した覚えはないで!」


 イシュトイアは腕を組みながら、謁見の間を流し見た。それから浮かべたのは嘲笑であった。これには階下の3人も剣の柄へと手をかけた。


「ウチはアンタらみたいなおっさんには触られたくないんや。ウチを触ってええんわ、イケメンとべっぴんさんだけや」


 なるほど、道理で寛之が弾かれたわけだ。あいつは少なからず、イケメンではない。いや、それを言えば俺も弾かれるのでは……?あれ?自分で言ってて悲しい気持ちになって来たぞ。


「あ、直哉は大丈夫や。惚れた女の子を守ろうとする心意気がイケメンやからな!」


 イシュトイアはグッと親指を立てて、こちらを振り向いたが、改めて第三者から言われると恥ずかしい。


「くそ、僕は顔も心意気もイケメンじゃないというのか……!」


 俺の隣では寛之がショックを受けていた。確かに顔か心意気のどちらかがイケメンであれば触れられるというのならば、触れられない人間はどちらもイケメンではないと暗に言われているようなモノだ。ドンマイ、元気出せよ。寛之。


「つまり、俺とレイモンド、ランベルトとシルヴェスターの40を過ぎたおっさんは触れないということか」


「せやな」


 イシュトイアが深く何度も首を縦に振っている中で、国王のクリストフさんと階下の3人は眉をピクピクと痙攣させていた。


「一つ質問があるのだけれど……」


「なんや?」


 そう言ったのはフェリシアさんだ。


「私は触っても弾かれなかったけど、私はべっぴんさんということで良いのかしら?」


「せやな、とても経産婦には見えへんからな。何なら、17才や言われても信じてまうわ」


「そう?なら、良いのだけど」


 イシュトイアの巧みな言い回しにフェリシアさんは機嫌が良さそうに髪を手でなびかせていた。


 これは明らかにイシュトイアなりのごますりだ。ゴマをすって何をしようというのかまで分からないが、ロクでもないことだけは分かる。というか、今の誉め言葉に乗ってしまう辺りはフェリシアさんもチョロすぎやしないだろうか。


「そうだ、ウィルフレッド。ジェラルドの子たちは居るのか?」


「ああ、ここに居るぞ」


 俺と紗希はジェラルドの子がどうこうの話になった時は前に出るように、とウィルフレッドさんから事前に伝えられていた。なので、戸惑うことなくスッと前へ進み出て、一礼をした。


「そうか、お前たちがジェラルドの子たちか。名を聞かせてもらおうか」


「俺は薪苗直哉と言います」


「ボク……いえ、私が直哉の妹の薪苗紗希です」


 紗希はいつものクセで一人称がボクになっていたが、すぐさま訂正していたが、本人は恥ずかし気に顔を真っ赤にしていた。


「薪苗直哉に薪苗紗希。よし、二人の名前は覚えたぞ」


 クリストフさんは俺たちに温かい笑みを向けた。でも、俺たちは緊張しているために上手く笑みを作れなかった。


「そうだ、クリストフ。一つ聞きたいことがある」


「聞きたいこと?それは何だ?」


 俺たちの話が終わると、間髪入れずにウィルフレッドさんが口を開いた。


「先ほど謁見の間を退出したフィリスという人物、中々の強者のようだが何者だ?」


「ああ、フィリスか。彼女は――」


 その後のクリストフさんの話の中で、俺が疑問に思っていた『オルガド』という苗字の謎が解けた。


 フィリスさんは8年前に暗殺者ギルドを調査し、暗殺者によって殺害されたクレマン・オルガドの妹とのことだった。


 クレマン・オルガドと言えば、セーラさんの婚約者だった人であり、エミリーちゃんとオリビアちゃんの父親でもある。


 フィリスさんはセーラさんから見れば、婚約者のとはいえ、妹。エミリーちゃんとオリビアちゃんにとっては、叔母にも当たると言うことである。思い返してみれば、フィリスさんのマゼンタ色の瞳はエミリーちゃんと同じ。つまり、エミリーちゃんの瞳はクレマンさんからの遺伝と言うこと。


 何にせよ、疑問が一気に解けたのは何よりだった。胸のモヤモヤがスッキリするのは実に気持ちがいい。


「そして、フィリスは現在の王国軍総司令だ。彼女は剣だけの勝負なら、クラレンスとは決着がつかなかった」


 俺たちはその話を聞いて、驚いた。クラレンス殿下の剣の腕前は武術大会決勝の時点で紗希を上回るほどのモノだった。それと同じくらいの剣の腕前だと聞けば驚かない方が無理だった。


 そこから出た話ではフィリスさんはクラレンス殿下の親衛隊が総がかりでも倒せなかったというモノだった。フィリスさんとゲイムの地下迷宮で戦うようなことにならずに済んだのは幸いだったと心の底から思った。まあ、紗希は一度戦ってみたいとボソッと本音をこぼしていたが。


 また、貴族であるフィリスさんが平民にしかなることが出来ない王国軍総司令を務めているのか。それは、フィリスさんの母親が平民の出であったからなのだという。


「クリストフ、ゲイムの地下迷宮の件。私に許可を出した後で騎士団にも地下迷宮へ向かわせたようだったが、何か覚えていたりするか?」


「いや、それがその間の記憶だけが全く思い出せないんだ。先日、レイモンドたちからの報告を受けて俺自身が一番驚いたくらいだ」


 ウィルフレッドさんはクリストフさんの話を聞いて、顎に手を当てて何かを考えるような素振りがあった。


「そうか、何にせよ。何者かの関与があったと見るのが一番良いだろうな」


「ああ、こっちでも調査中だ。何か進展があれば連絡するさ」


「頼んだ、クリストフ」


 クリストフさんとウィルフレッドさんの話はそこで終わった様だった。


「よし、とりあえず今日はこんなところだ。俺自身、来訪者たちがどんな人物なのかを確かめたかったのと迷宮での件のことを自分の口でウィルフレッドに話したかっただけなんだ。わざわざ、時間を取らせて済まなかったな」


 こうして、スカートリア王国国王クリストフ陛下との謁見は終わった。クリストフさんは何というか、気さくな雰囲気の中に国王としての威厳が混じったような感じの人だった。

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