第124話 恐らく持つべきものは友
「今のは……!」
雷に視界が塞がれた後、半透明の障壁も粒子となって消えていった。あまりに突然の出来事であったために直哉は理解に数秒の時を要した。
そこへ、直哉の正面からは槍を持ったジスランが突撃してくる。てっきり、今の攻撃でアンデッドは全滅したものと思っていた直哉。これには完全に不意を突かれた形となった。
「ハッ!」
だが、直哉に突きを見舞わんとジスランが槍を突き出そうとした時には槍の穂先は斬り落とされていた。
「紗希……!」
直哉の危機に割って入ったのは最愛の妹。紗希は直哉を振り返ると、ニッと笑みを笑みを作りながら、顎で通路の方を示した。
直哉が通路の方を見やると、そこにはサーベルを提げた洋介と杖を肩に担いでいる寛之の姿があった。その二人の奥から、茉由と夏海がひょこっと顔を覗かせた。
「……そうか、さっきの雷と障壁はあの二人の魔法か」
直哉はそう独り言ちて、九死に一生を得たといった安堵の表情を浮かべた。
――後はみんなに任せておけば大丈夫。
直哉は安心感からか、ガクリと膝を折った。本当に体力的にも限界だったのだ。
「兄さん、ここはボクたちに任せて」
「ああ、頼んだ」
そういう紗希の前では雷で黒焦げになりながらも、起き上がって来るアンデッドたちの姿があった。何ともしぶといモノである。
「守能先輩!兄さんをお願いします!」
「ああ、分かった!」
紗希がアンデッドの集団の中へと斬り込んでいくのと同時に通路から茉由と夏海、洋介の3人が駆けつけ、紗希と共にアンデッドと戦闘を始めた。その間に寛之は迷わず、直哉の元まで走り寄った。
「おい、直哉。肩を貸してやる、早くしろ」
「大丈夫だ、通路までなら走れる」
直哉はイシュトイアを鞘に収め、背に担いだ。二人は目を合わせ、タイミングを合わせて通路まで走った。
だが、先ほどの直哉の言葉は強がりであり、走り始めて数歩で直哉は足が絡まり転倒した。
「……あくしろよ」
「お前、そっちの属性持ちだったのか」
寛之の言葉に直哉はヘラヘラとしていた。結局、直哉は寛之の肩を借りて、通路まで撤退した。
「悪かったな、手間かけさせて」
「本当にな。僕を走らせるとは、良いご身分だ」
「いや、そういうお前が何様だよって感じなんだが」
直哉と寛之は軽口をたたき、笑った。直哉は何だか、懐かしさを感じさせるやり取りであった。
「直哉、よく戻ったな」
「あ、ウィルフレッドさん――」
直哉は言葉に詰まった。ウィルフレッドは目に涙をためていた。いや、泣きそうになっていたのはウィルフレッドだけではなかった。その後ろに続いてきていた冒険者ギルドのメンバー全員だ。
(俺のことでこんなにも泣いてくれる人がいたのか……)
直哉はそのことを実感した。日本ではどこにでもいるただの高校生である自分のために泣いてくれる人がいる。何て、幸せなことなのだろうか――と。
だが、今はそんな思いに浸っていられるほど悠長な時間はない。こうしている間にも紗希たちはアンデッドと交戦しているのだから。
「ウィルフレッドさん、
再会して早々、唐突なことを聞いて申し訳ないと思いつつ、直哉は尋ねた。これも今いるみんなを守るためであった。
「ああ、シャロンが持っているぞ」
ウィルフレッドの言葉を聞いて、シャロンが鞄から1本の小瓶を取り出して直哉へと手渡す。
「ありがとうございます、シャロンさん」
直哉は小瓶を受け取り、中に入った液体を一気に飲み干した。飲み干すと同時に少しだけであったが、魔力が回復した。さすがに全回復するほどの効果はなくとも、魔法を何回か放つ分には申し分ない程度の魔力であった。
「アンデッドども、さっきのお返しだ!」
直哉は付加術を発動した。ターゲットはアンデッド50体――ではなく、紗希たちの武器であった。直哉の今の魔力では、4人に光魔法を
これが魔力全快であったなら、アンデッド50体に直接光魔法を
そして、武器に光魔法が
「洋介、これは……」
「フッ。だって、あとはお前の妹一人で充分だろ」
直哉はなぜ紗希だけを置いて来たのか、洋介にそのわけを問おうとしたが、紗希の戦いぶりを見ればすべて納得であった。
紗希が敏捷強化魔法を使っての本気の白兵戦。もはや戦闘技術など持たぬアンデッドなど、雁首揃えて斬り伏せられるのみであった。その戦闘――いや、戦闘ですらない一方的な戦いはものの数秒で型がついた。
キンッ!と音を立てて、紗希がサーベルを納める。その周囲はドロドロに溶けたアンデッドの泉と化していた。紗希はその泉の中から直哉たちの元へと舞い戻って来た。
「紗希、お疲れ様」
「……」
紗希は直哉の声がけに何の反応を示すわけでもなく、直哉の隣を素通りしていった。今までにない扱いに直哉は心に浅くない傷を負ったのだった。
「紗希は俺が居ない間に兄離れしてしまったというのか……ッ!」
直哉は紗希の素振りにショックを受け、目に涙をためながらガクリとうなだれた。
「直哉、今から体に付いた傷を治すわ」
ラウラが直哉の前で片膝を付き、治癒魔法を使い始めたが、直哉の目はどこか遠くを見ているようだった。
「……俺は今、肉体の傷よりも心の傷を治して欲しいんだ――」
直哉がボソボソと言っている言葉は近くにいるラウラと寛之の二人にしか聞こえなかったが、二人とも苦笑いを浮かべていた。
「はい、傷の方はひとまずこれで大丈夫なはずよ」
「ありがとうございます……」
直哉は相変わらず、ラウラの治癒魔法の力に驚きつつも、テンションはイマイチ上がらなかった。
「紗希、怒ってるのか……?」
「……別に」
そっけない態度に直哉はポロポロと涙をこぼしていた。だが、ついに泣き始めた直哉を見て、紗希もさすがにやり過ぎたと思ったのか、直哉の頭を優しく撫でていた。
この光景は兄を慰める妹というよりも、泣きじゃくる弟を泣き止ませようとする姉の構図であった。
「兄さん、また無茶したんでしょ。あんなにケガして……」
「それは悪かった、謝るよ。紗希」
直哉は紗希に頭を下げて謝った。だが、それでも紗希の表情は変わらない。
「兄さん、ボク兄さんが大空洞で居なくなった時、ホントにどうしたらいいのか分からないくらいに不安だったんだからね。ホント、心配したんだから……っ!」
紗希は涙を流し、大空洞で直哉が“天空槍”を受けて心配したこと、不安、その他色々な感情を直哉に吐き出した。その華奢な体の内に溜まっていたものをすべて吐き出したタイミングで、直哉は紗希の頭を優しく抱えて胸元に抱き寄せた。
「ホント、悪かったな。紗希にも心配をかけたんだな。紗希だけじゃなく、この場にいる全員にも」
直哉は通路にいる人間全員の顔を順番に見やって、目を合わせた。
「ボクの目の黒いうちは兄さんに無茶なんてさせないんだから。……兄さんのバカ」
「……実際俺はバカだから返す言葉がないな」
紗希の言葉に対して、冗談っぽいことが言えるようになっている辺りは直哉も少しは余裕が出てきたのだろう。
直哉は紗希を離した後で、壁から立ち上がって迷惑や心配をかけたことを全員に頭を下げて詫びた。
「直哉、よく戻ったな」
ウィルフレッドから出た本心からの心に直哉はこれでもかというほどに温もりを感じた。
「ウィルフレッドさん、呉宮さんとディーン、エレナちゃんは……」
「ああ、3人ともテクシスの冒険者たちが見ていてくれている」
直哉はギンワンたちが付いていてくれるなら安心だ、とウィルフレッドの言葉に安心したように深く息を吐き出した。
「そうだ、直哉。お前が持っている剣はなんだ?妙な気配を感じるのだが……」
剣の気配を感じ取るとは、さすがは
「この剣こそが滅神剣イシュトイアなんですよ。ウィルフレッドさんたちが探していた」
その場の空気がピシッと一瞬で氷漬けになったような感覚。これを感じ取れない直哉ではない。
「……それは本当なのか?」
今度はウィルフレッドではなく、寛之が口を開いた。直哉の隣にいた彼は直哉の肩に片手を置きながら、もう片方の手でイシュトイアを指差した。
「ああ、本物だ。持ってみるか?」
「ああ」
――バチィッ!
寛之がイシュトイアの柄を握ろうとした途端に白い雷が寛之の手を弾き飛ばした。それも一度ではなく、二度も三度も四度も。
「なあ、直哉。その剣って持ち主以外は触れないとかじゃないよな?」
「ああ、ここへ来る途中でテクシスの冒険者ギルドの6人も触ってたしな。今のところ、弾かれたのはお前だけだ」
直哉の告げる真実がグサッ、と寛之の胸に深く突き刺さる。
「別に触れねぇんだったら触らなくて良いんじゃねぇの?」
洋介が寛之に慰めの言葉をかけようとすると、寛之は洋介をキッと睨め付けた。
「だったら、洋介も触れるのかやってみれば良いだろ」
「ああ、そうだな」
洋介がイシュトイアの柄を握るが、白い雷がほとばしるような事は無かった。
「直哉。この剣、俺が使ってるサーベルより軽いし、持ちやすいな!」
「軽い……かどうかは分からないが、持ちやすいのは確かだな」
洋介の使っているサーベルは
その後も、紗希、茉由、夏海の3人がイシュトイアを触ったが、何事も起こらなかった。
「どうして僕だけ……」
そう言って、寛之がショックを受ける中で、全員がゲイムの地下迷宮を脱出したのだった。
――――――――――
直哉たちが迷宮から撤退している頃。スカートリア王国王都の廃墟の前で、5人の男女がたむろしていた。
「こうして見ると、あの頃が随分と昔のように感じるでござるな」
男は虚しく吹いている風に腰に届くほど長い黒髪をなびかせていた。腰には日本刀を佩いている。男の眼前にあるのは廃屋。
その廃屋は何の建物だったのか――それは4か月前までの暗殺者ギルド。ここに居る男女5名は全員が暗殺者であり、その建物は家同然であった。
「まあ、ボロボロの廃屋になっちまったもんは仕方ねぇだろ」
そういう大男はズボンのポケットに手を突っ込みながら、近くの小さめの瓦礫を蹴り飛ばした。
「そうは言っても、見てて辛くなったりしないのか?俺たちはここに10年以上住んでたわけだしさぁ」
瓦礫を蹴り飛ばした男の隣にいる小柄な男は大きめのジェスチャーで大男に話しかけていた。
「私は二人の話、どっちも賛成。仕方ないって気持ちと寂しい気持ちが半分ずつって感じかな?」
男3人から数歩離れた場所にある瓦礫の上に腰かける女は槍を片手にニコニコとしている。
「アタシはどうでも良い派ね。だって、ただの建物なわけだし」
槍を持っている女の足元、石畳に片膝を立てて座っている女は大男の方をチラリと見やりながらそう言った。
「一つ聞きたいことが有るでござるが、いつから話が派閥に分かれてるでござるか?あ、ちなみにそれがしは見ていて辛くなる派でござる」
5人は楽しげに話をしているが、話は建物の事ばかりで、心が過去に囚われているかのように見えてしまう部分が多かった。
「どうやら、全員揃ったようだね」
軋むような音を立てながら、閉ざされていた扉が開く。中からはローブに身を包んだ男が杖を提げて姿を現した。男の髪は毛先が紫色で、それ以外は黒髪であった。
「マスター、もう中に入って良いでござるか?」
「ああ、そのために呼びに来たんじゃないか」
マスターに続くように5人は建物の中へと遠慮なく入っていった。建物の中は随分と荒れ果てていたが、戦いで流れた血は未だに床や壁にべっとりと付着していた。
6人は建物の中へ入り、奥の階段を降りて地下室へと入った。地下室は石造りであり、一面灰色である。そして、壁にかかっている無数の松明には薄暗く炎が灯っていた。何より目を引くのが、14基ある水槽のガラス片。それらが散乱したままとなっている。そう、この地下室こそが聖美と直哉が再会した場所である。
また、地下室の一番奥には転移の魔法陣が描かれており、灰色の輝きを発していた。
「改めて、歓迎しよう。我がギルドの強者たちよ」
暗殺者ギルドのマスターであるユメシュはギケイ、オルランド、テオ、ヴァネッサ、アレッシアの5人を両手を広げ、愉快そうに歓迎した。この場にいる6人はみな、暗殺者ギルドのマスターとメンバーとして、この建物で十数年の時を共にした者たちである。
「お前たちは全員、異世界からの来訪者たちと戦い、敗れた。そんなお前たちに私は再戦の機会を与えよう」
――再戦
この二文字に5人の心は躍った。4か月前に味わった敗北という屈辱を与えた人間たちに復讐できるのかと。
「今のお前たちの実力なら、十分に勝機はある」
ユメシュが言いきったことにより、ギケイたちはより一層やる気に満ち溢れていた。
「……やあ、ユメシュ。取り込み中悪いんだけど、今戻ったよ」
誰かと思い、全員が振り返ればクロヴィスであった。直哉との戦いで負傷し、やっとの思いで王都まで帰還したのだ。
「クロヴィス、お前はルフストフ教国に戻ったんじゃなかったのか?」
「フフッ、思いのほかに彼との戦いで受けた傷が深くてね。応急処置だけでもしてもらえないかな~って思ってさ」
ユメシュはクロヴィスの傷を見て、驚いた様子だった。それらすべてが光属性の魔法によってできた傷だったからだ。それを見て、クロヴィスが手当てをしに戻ってきた理由が良く分かった。
だが、ユメシュの頭の中で浮かんだ一番の問題は誰がこれほどまでにクロヴィスに深手を負わせたのかという部分である。
「クロヴィス、とりあえず傷は“影縫い”で塞いでおいた。だが、ルフストフ教国の“
「ああ、そこはちゃんと気をつけるよ」
クロヴィスは傷の治療を終えるなり、階段を上がって帰ろうとした。それをユメシュが呼び止めた。
「何だい?ユメシュ」
「その傷、誰にやられたんだ?」
ユメシュの言葉から数秒が空いて、クロヴィスは答えた。それは薪苗直哉だよ――と。
そのまま言葉を置き去りにしてクロヴィスは去っていった。だが、残された6人の中でユメシュとギケイだけはフッと楽し気な笑みを浮かべ、声を上げて不気味に笑っていた。
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