第119話 炎と疾風、そして氷

 幾たびも光の如き速さで重なる金属音。その中心に居るのは、紗希とシルヴェスター。次元の違う剣士対決は二人の間で繰り広げられているのだ。


 最初は紗希と茉由の二人対シルヴェスターという構図だったのだが、戦いが白熱していく中で、茉由だけが付いていけずに脱落した。


 そこからは二人の剣士による常人には眼では捉えることすら出来ない、凄まじい斬撃の応酬が繰り広げられていた。


「“炎刃”!」


 炎を纏うシルヴェスターのサーベルから、無数の炎の刃が黒髪の美少女剣士へと放たれる。紗希は一つたりとて刃を通さぬ剣の結界を張り巡らせ、無数の炎の刃を一つ残さず切り裂く。


 紗希は敏捷強化を使わず、シルヴェスターを速度で圧倒しているが、決してシルヴェスターが遅いわけではない。現に茉由は付いていけずに脱落している。それほどまでに紗希の足が速いのだ。


 ――この少女の剣捌き、あの男に似ている!


 シルヴェスターは目の前の少女と剣を交わす中で、自分が知る限り最強の男と姿を重ねていた。


「君、どこでそんな剣技を身につけたんだい?」


「父親から習いましたけど、それが何か?」


 二人は剣を交える中で、言葉も交えていた。シルヴェスターは紗希との戦いを心の底から楽しんでいた。


 そんなシルヴェスターとは対照的に、紗希にはそんな余裕など皆無であった。それは、目の前の男との戦いに集中する以外のことが何も出来ないほどに。


「うぐっ!」


「僕の剣しか見えてないから、蹴りの一つも避けられないんだよ」


 紗希は鳩尾にシルヴェスターからの蹴りを受け、一直線に壁に突っ込んだ。紗希が叩きつけられたことで、壁には放射状のヒビが刻まれていた。


「紗希ちゃん!」


 親友が追い詰められていることに焦りの籠った声を投げかける茉由。だが、彼女にもよそ見をしている余裕はない。なぜなら、彼女の周囲もまたシルヴェスター配下の騎士にグルリと取り囲まれているからだ。


 そして、セーラやマリー、デレクにスコットもそれぞれ騎士を相手に奮戦しているところである。各々が援軍を欲しいとは思っても、援軍に行くなどという余裕は誰一人として所持していない厳しい状況であった。


「ハッ!」


 セーラが繰り出したのは糸魔法。これにより、数多の騎士の動きが絡めとられた。その隙に騎士たちの急所を狙ってセーラがレイピアでの突きを放つ。


 セーラのレイピア捌きは本物の騎士たちとは比べ物にならないほどに洗練されていた。もはや騎士が一対一でセーラに挑むという行為は自ら負けに行くのにも等しい状況である。


 ゆえに周囲を取り囲んでの波状攻撃を仕掛けたのだが、セーラには次々と攻撃をいなされ、糸魔法で動きを止められたところで一人一人確実に急所を突かれて戦闘不能に追い込まれていた。


 セーラを取り押さえんと一名の女騎士が斬りかかった。セーラは一撃で戦闘不能にしようとしたが、女騎士は他の騎士とは比べる必要もないほどの戦闘能力であった。


 周囲から「さすが副団長!」という声が聞こえたことから、その女騎士が第四王国騎士団の副隊長であることは容易に推測できた。そして、実力から見てもシルヴェスターから副団長を任されるだけのことはある。そう、セーラは感じ取った。


「でも、ワタクシが手こずるほどでは無いですねッ!」


 レイピアとレイピアとが交わること数十合。勝利の女神はセーラに微笑んだ。セーラのレイピアによって、的確に右肩と左大腿部を立て続けに貫かれたことで、副隊長と呼ばれた女騎士は地面に崩れ落ちた。


 副隊長が倒されたことで、他の騎士たちは恐怖から攻撃を躊躇した。その一瞬の判断の遅れを見て取ったセーラが糸魔法で十数名の騎士の足に糸魔法の糸を巻き付けた。セーラはそのことに気づいた騎士たちが剣で糸を断ち切るより早く、騎士たちをそれぞれ壁や天井へと叩きつけた。


 ガチャガチャと鎧の音を重ねながら、騎士たちは地面へと崩れ落ちた。もはや、勝敗は明らかだった。セーラが小隊一つを単独で戦闘不能に追いやったことで、他の王国騎士団員にも焦燥の色が浮かび上がった。


「“酸竜巻アシッドトルネイド”!」


「“氷槌アイスハンマー”!」


「“風霊砲”ッ!」


 セーラの方を見て動きを止めた騎士たち目がけて、酸の竜巻が吹き荒れ、氷の槌が頭上から叩きつけられ、風の砲撃が続けざまに強襲。


 騎士たちの身に纏う鎧は酸で溶け、中には武器まで溶けている者もいた。2,3人は氷の槌に押しつぶされて気絶し、数名は風の砲撃によって壁へと叩きつけられて気絶していた。


「“氷斬”ッ!」


 それと同時刻、茉由も残る騎士たちを冷気を纏った斬撃で戦闘不能に追いやった。騎士たちが崩れ落ちる音と共に土ぼこりが舞い上がった。


「“煉獄斬”ッ!」


 紅炎を纏う斬撃が紗希を襲う。直後、爆発と共に周囲に炎が飛び火する。土煙が晴れると、そこには地面にサーベルを叩きつけたシルヴェスターの姿があるのみであった。直後、背後から放たれた斬撃をシルヴェスターは間一髪のところで受け止めた。


 シルヴェスターは見えていた。“煉獄斬”を叩きつける直前に紗希が閃光のような速さで、駆け抜けていったことを。それが分かっていたこともあって、直感的に紗希の斬撃を防ぐことが出来たのだった。


 紗希の目には新たな闘志が宿っていた。その闘志の源は間違いなく、直哉の死であった。


 ――二度と負けるわけには行かない


 そんな気迫をヒシヒシと伝わってくる眼をしていた。そして、身に纏うオーラも今まで以上に張りつめたものであった。これによって、茉由やセーラたちは割って入るタイミングを逃したのだった。


「セーラさん」


「どうしたの?茉由ちゃん」


 茉由は小走りでセーラの元へと移動した。


「セーラさんはデレクさん、マリーさん、スコットさんを連れて先に進んでください」


「茉由ちゃん、それは……」


 茉由からの思いがけぬ提案にセーラは戸惑っている様子だった。


「セーラさん。ここは行った方が良いんじゃないかしら?」


 マリーは茉由の意見に賛成のようで、その意を示した。マリーと茉由はアイコンタクトで互いの言いたいことは何となく理解していた。


「でも、さすがに紗希ちゃんを置いていくのは……」


「セーラさん、私たちがここで出来ることは何もないです。だから、先に進んでバーナードさんたちと合流して手伝う方が良いんじゃないかと思うんです」


 茉由は悔しそうに拳を握った。加勢できるのなら、紗希に加勢したい。だが、茉由が加勢しても紗希の足手まといになるだけ。そのことを茉由は理解していた。


 加勢できないのは茉由だけではない。セーラもデレクも、マリーもスコットも。全員が紗希とシルヴェスターの戦いに関しては、事実として何もできることが無いのだ。


「……そうね。ここは私たちだけでも先に進んだ方が良さそうですね。それでは茉由、あなたは万が一に備えてここに残ってもらっていいですか?」


 セーラは決断した。けれども、紗希を一人で置いていくようなことだけは出来なかった。茉由はセーラからの頼みを快諾した。


「それではここはお願いしますね」


「はい!皆さんも気をつけて!」


 茉由とセーラたちはここで別れた。セーラたちが走り去ったのを見届けた後で、茉由は二人の戦いに巻き込まれないように物陰に隠れた。


「紗希ちゃん、あれでまだ本気じゃなかったなんて……」


 茉由はそう独り言をこぼした。事実、直前まで紗希は敏捷強化魔法を使っていなかった。つまり、魔法も使わずに純粋な剣技と身体能力だけで八英雄と呼ばれる人間人類トップクラスの戦闘力を誇る相手と渡り合っていたことになる。


「紗希ちゃんに比べて、私は……」


 茉由はこの戦いで、まざまざと紗希との格の違いを見せつけられた。それで、『自分も頑張ろう!』と奮起できれば良かったのだが、茉由はそうはいかなかった。


「私は紗希ちゃんと違って、剣の才能に恵まれたわけじゃないし……」


 ……吐露した。茉由は現在自分が所持している気持ちを、すべて。


「私は紗希ちゃんみたいに――」


 ――自分は紗希に憧れていたのか。


 茉由は自らの心の内に秘めていたものを吐露していくうちに、自分が抱いていた感情に辿り着いた。それは紗希への憧れであった。


 強い紗希、優しい紗希。紗希が自分に見せる数多くの一面に憧れていたのだ。


「……だけど、憧れているだけじゃ何一つ変わらない!だったら、私がするべきことは……!」


 茉由は新たな心意気で紗希とシルヴェスターの戦いを観た。今までであれば、付いていけないからと自分の限界を勝手に決めて諦めていた。しかし、今の茉由は食い入るように二人の戦いを眺めていた。


 心意気が変わるだけで見える世界が広がった。その高揚感に茉由は酔いそうになったが、何とか踏みとどまった。


「“炎刃”!」


 シルヴェスターから数多くの炎の刃が紗希へと放たれる。紗希はそれを目にも止まらぬ速さで回避した。これには茉由も驚いて、何も言葉が出なかった。


 その後も紗希とシルヴェスターのサーベルは激しく交わった。剣捌きは双方ともに一歩も引けを取らず、互角であった。


 戦いが始まってからというモノ、時間の流れが遅くなったように茉由は感じで居た。それもそのはずで、紗希とシルヴェスターの高速戦闘を見ていると、どうしても周囲の時間が遅く感じてしまうのである。


「キャッ!」


 疲れが出たのか、紗希が足元の石を踏んだことで体勢を崩してしまった。そこへ再び炎の刃が紗希へと飛来する。これには紗希もしまったと言わんばかりに表情を崩した。


 だが、炎の刃が紗希に届くことは無かった。


「氷……?」


 紗希が舞い散る氷の破片で、誰の仕業なのかは一瞬で気づくことが出来た。


「茉由ちゃん!」


 紗希はこちらへ歩いてくる親友の方へと目を輝かせながら振り向いた。茉由もニコリと笑みを浮かべていた。


「紗希ちゃん、加勢できなくてごめんね」


「ううん、そんなことは気にしてないよ。ボクの方こそ助けてくれてありがとう!」


 紗希と茉由はお互いの拳をコツンと合わせた。そこへ物静かな声が投げかけられる。


「さて、もう一度二人でかかって来るのかい?」


 シルヴェスターはサーベルを提げ、二人の双眸を見つめる。問いかけの答えは勿論、YESだ。紗希も茉由も共闘を決心し、二人の纏うオーラは今まで以上に力強いものを想起させた。再び、立ち上がる少女二人にシルヴェスターは頬を緩ませた。


「それじゃあ、始めようか!」


 先制したのはシルヴェスター。紗希と茉由の二人に一太刀ずつ見舞うモノの、それぞれギリギリのところで防がれてしまっていた。


「“氷斬”ッ!」


 茉由の全力の斬撃。剣速も威力もすべてが、今繰り出せる最高の技。


「それが君の本気かい?」


 しかし、茉由の全力はシルヴェスターに通用しなかった。だが、茉由の剣を受け止めるシルヴェスターは両手を使っていた。


 威力が大したことが無ければ、片手で充分といった具合で受け止められていただろう。つまり、一撃の威力に関しては自分は誇っていいんだ。


 そんな風に茉由はポジティブに解釈した。不安に感じて、ネガティブになるようなことは絶対に有り得なかった。なぜなら、今も隣には憧れの対象である彼女がいる。


「ハッ!」


 シルヴェスターの左から薙ぎ払いが放たれた。シルヴェスターは茉由の剣を突き放して、間合いの外へ跳んだことが命運を分けた。


 その後も紗希と茉由の息の合った連携コンビネーションはシルヴェスターを一歩一歩確実に追い詰めていっていた。


「“煉獄斬”!」


「“氷斬”ッ!」


 炎と氷の斬撃が交差する。最初は威力では互角であったが、最終的には氷が炎に押し切られる形となった。


 後方へ弾き飛ばされる茉由を追撃するシルヴェスターへ、そうはさせまいと紗希が斬り込んでくる。


 敏捷強化魔法を使用した状態の紗希の動きは剣の達人であるシルヴェスターも目では捉えきれない速度に到達していた。


 高速の一撃離脱ヒットアンドアウェイ戦法にシルヴェスターも手を焼いた。そして、二人の連携にも。


 紗希の姿勢を崩したと思えば、そのタイミングで茉由が割って入って来る。逆のパターンもまた然りである。


 だが、圧倒的な剣速で二人を凌駕するシルヴェスターは辛うじて、二人の連携攻撃を防ぎとめていた。


「フッ!」


 シルヴェスターに薙ぎ払われた茉由が地面を跳ねながら、シルヴェスターから離れていく。この瞬間はシルヴェスターは背筋を這うような感覚を覚えた。


「薪苗流剣術第二秘剣――光炎こうえん


 シルヴェスターは背後から迫りくる刺突を振り向きざま、サーベルで受け止めた。無論、この刺突を放ったのは紗希だ。だが、ただの刺突ではない。


「炎を纏っているだと!?」


 この突きは、その速度の速さゆえに炎を纏っていた。そんな速度で突っ込まれれば、かわせるはずがない。これが紗希の全身全霊での攻撃であった。


 目にも止まらぬ速さで二人は地面に着地、大地に亀裂が走り、衝撃波が周囲の地面を吹き飛ばす。茉由も巻き添えになって、壁へと叩きつけられる羽目になっていた。


「紗希ちゃん、これはやり過ぎ……」


 茉由がクレーターのようになっている地面を見ると、シルヴェスターはボロボロではあったが、ゆっくりと起き上がって来ていた。紗希も息を切らしながら、サーベルを構えていた。しかし、紗希の皮膚は光炎こうえんの反動で、所々火傷を負っていた。


「これ以上はマズい!」


 茉由が止めに入ろうと駆け寄る直前、対峙する二人の間に一本の矢が撃ち込まれる。双方、一度間合いを取って矢が飛んできた方を見た。


 そこに居たのは弓を構えるラウラであった。その後ろからはウィルフレッドたちが姿を現した。


「やあ、シルヴェスター」


「これはウィルフレッド殿。これは一体、どういうことですか?」


 シルヴェスターは警戒を解くこと無く、ウィルフレッドと向き合った。どことなく張りつめた空気が空間を満たした。


 ウィルフレッドはランベルトとレイモンドがしたためた書状をシルヴェスターに提出した。シルヴェスターは手紙を目を通す。


「そうか、分かったよ。そういうことなら、僕たち第四王国騎士団はこのゲイムの地下迷宮から撤退するよ」


「私が嘘の書状を読ませたとは思わないのか?」


「フッ、あの二人の字は紛れもない本物だからね。だから、ここは退かせてもらうよ」


 シルヴェスターはニコリと笑みを浮かべ、騎士たちに傷の手当てをした後で迷宮からの撤退指示を下したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る