第118話 和解と惨劇
「みんな、ここに居たのか」
ウィルフレッドは片手を挙げながら、入り口付近に屯する冒険者たちと王国騎士団の方へと近づいていった。ロベルトもその後ろに恐る恐ると続いていっている。
「マスター!」
冒険者たちはウィルフレッドの声が聞こえるやいなや一斉にその方へと振り返る。
「マスター、追ってきていた騎士たちは――」
「ああ、レイモンドは私が倒して来たぞ。残りはロベルトが片付けたらしい」
ドヤ顔しながらのウィルフレッドの言葉に、冒険者たちは苦笑いを浮かべていた。そんな彼らの奥からランベルトが進み出る。
「ウィルフレッド、お前たちがこの地下迷宮にやって来た理由は彼らから聞いた」
ランベルトは後ろにいる洋介たちを指差しながら、話を進めた。
ウィルフレッドは国王から届いた地下迷宮への立ち入り許可の書状をランベルトに見せた。ランベルトは書状に一通り目を通した後で、一つ大きく頷いた。
「これは確かに国王陛下直筆の書状だ……。日付的には、俺たち王国騎士団が地下迷宮へ向かう命令を受けた3週間前だな」
「……ということは、その3週間の間に陛下の決断を変えさせる何かがあったということか」
「そういうことになるな」
ウィルフレッドとランベルトの意見は合致した。そして、この瞬間に王国騎士団とウィルフレッドたちの間で戦う理由が失われたのであった。
「ランベルト、こんなところで何してやがる……!」
ランベルトとウィルフレッドが慌てて背後を顧みると、大剣を引きずりながらこちらにゆっくりと歩いてくるレイモンドの姿があった。
「レイモンド、我々は今すぐに王宮へ帰還しなければならなくなった」
「ああん?何、寝言をほざいてやがる。敵なら目の前にいるだろうが」
レイモンドは頑なにウィルフレッドたち冒険者と戦おうという気迫があったが、それをランベルトたちが阻んだ。
その後のランベルトの懸命な訴えにレイモンドは改めて冷静に考え、ランベルトの案も一理ある、とようやく考えを改めたのだった。
「レイモンドが話を理解できるヤツで助かった」
「フン、それならそうとウィルフレッドも最初から言ってくれりゃあ戦わずに済んだのにな」
レイモンドの言葉に、普段はボケる役回りのウィルフレッドも『話を聞かなかったのはお前だろ!』と心の中で猛烈なツッコミを入れた。
何はともあれ、地上での冒険者たちと王国騎士団とのいざこざも一件落着したのであった。そして、迷宮内の王国騎士団も全部隊撤退を伝えることだった。
「俺とランベルトはシルヴェスターとフェリシアを連れ戻した後で、そのまま王都に帰還する。滅神剣イシュトイアの事はウィルフレッドに任せる」
「ああ、分かった。それとだな、撤退命令はどうやって伝えれば良い?」
ウィルフレッドの問いにランベルトとレイモンドがしたためた書状が突き出された。
「ウィルフレッド、これを渡してくれ。あいつらだったら俺たちの字なら、すぐに分かるから」
ウィルフレッドは礼を言って、二人からの書状を受け取った。その後、レイモンドとランベルトはそれぞれの持ち場に戻り、再び侵入者が入って来ないように見張ることになった。
「よし、私たちは迷宮に突入するぞ」
「「「おう!」」」
ウィルフレッドの掛け声に洋介とローレンス、ミゲルの3人がこれでもかというほどの声量で返事をした。
――こうして、ウィルフレッドたち10名は地下迷宮へと足を踏み入れたのだった。
――――――――――
石壁が静かに佇んでいる空間。奥には紫紺の色をした扉がそびえ立っていた。
そして、空間には100名近い人間の集団がいた。先頭に立つ茶髪を七三分けにした男の鎧の色は金色であり、その集団の中でも一際存在感を放っていた。
そんな集団が対峙するのは、一人の男。
「私はラビリントバトラー。この扉を守護する者である。貴様らは何者だ?」
――ラビリントバトラー。それはイシュトイアが言っていた封印の間を守護する存在のことである。つまり、この空間こそが封印の間の手前の部屋であり、ゲイムの地下迷宮の最深部であることの何よりの証明であった。
「私はルフストフ教国の聖堂騎士団長、ジスランだ。ここには教皇の命を受けてやって来た」
「……誰であっても、通すことはならん。今すぐ去れば、危害を加えることはしないでおく」
ジスランは槍の穂先を真上へ掲げ、敵意が無いことを示した。だが、ラビリントバトラーの返答は依然としてNoであった。敵の有無ではなく、そもそもの立ち入りを許さないというスタンスなのだ。
「……ならば、去ることはしない。我々はここで、教皇の命を遂行する」
ジスランが口を閉じた刹那、ラビリントバトラーの口からは吹雪が吐き出された。ジスランは配下の騎士たちに回避の命令を出して、即座に飛び退いた。だが、配下の聖堂騎士たちは逃げ遅れた者が多くおり、数名が氷漬けとなった。
「ジスラン隊長。あいつは僕と隊長以外では太刀打ちできないでしょ、これ」
スチールグレイの髪を揺らしながらジスランの隣に立ったのは、白銀の鎧を纏った騎士。片手には
「そうだな、他の者には回避を優先させるか」
ジスランは即座に自分と剣士の男以外は回避に専念するように指示を飛ばした。これに聖堂騎士たちは文句ひとつ言わず、素直に従った。そして、ジスランと剣士の男は二手に別れてラビリントバトラーと交戦した。
ラビリントバトラーは武器を持たず、素手であったが、持ち前の高い身体能力をもってジスランと剣士の男の攻撃を軽々とかわしていた。
「クロヴィス!」
「ハッ!」
ジスランの掛け声に合わせて、剣士の男――クロヴィスの剣捌きが花開く。クロヴィスもジスランの実力は人間の中でもトップクラスの実力である。さすがに八英雄には届かないだろうが、その下には付けられるほどの実力であった。
そんな本気を出した最高の戦士二人によるツーマンセルに、ラビリントバトラーは歯が立たず、ついにジスランの槍に心臓を貫かれ、クロヴィスの剣で首を刎ねられたのだった。
「ラビリントバトラー。少しは強かったけど、僕とジスランには及ばないかったね」
クロヴィスはフッと鼻で笑うようにラビリントバトラーの死骸を見下ろしていたが、ラビリントバトラーとて迷宮の番人。並みの侵入者であれば、初手の吹雪で凍らされるのがオチであるのだが、この二人の強さは他の人間とは一線を画す強さであった。
「総員、奥へ進むぞ!」
ジスランの集合の一声で扉の奥へと進んだ聖堂騎士団一行。だが、扉の向こうに広がる空間の中央に設置された白塗りの祭壇に目を奪われた。
その手前の石板には“滅神剣イシュトイアをここに封じる”と刻まれていたが、その剣の姿は一向に見当たらなかった。
ジスランとクロヴィスは二人で目を合わせた後で、祭壇の階段を駆け上がった。だが、やはり剣は無かった。
「なぜ剣がないんだ?なあ、クロヴィス。お前はどう――」
ジスランがクロヴィスの方を振り向いた瞬間、彼の心臓は剣で貫かれた。ジスランの心臓を穿った剣は無論、滅神剣イシュトイアではない。
「クロヴィス、一体何を……!」
「君はもう眠ると良いよ。おやすみ、ジスラン」
クロヴィスが剣を引き抜くと、ジスランは祭壇の床へとドサリと崩れ落ちた。彼の纏う金色の鎧は悲しい光を反射させていた。そんな彼からは赤い液体が泉のように湧きでていた。
「クロヴィス様!何をなさるのですか――」
突然のことに、一人の聖堂騎士がクロヴィスに説明を求めるも、最後まで言葉を紡ぐことなく首が床に転がった。それに動揺する残りの聖堂騎士たちも一人、また一人と首を刎ねられ、胴を上下真っ二つに両断されたりと惨劇に見舞われた。
こうして、祭壇の間でクロヴィス以外の聖堂騎士100名が絶命した。クロヴィスは剣を伝う血をヒュンと風を斬って払った後で、腰元に付けていた袋から一つの宝玉を取り出した。
「ユメシュ、聞こえてる?」
『ああ、聞こえている』
クロヴィスの声に宝玉の向こうから答えたのは、ユメシュであった。祭壇の間に二人の男の声がやけに響く。
『首尾はどうだ?クロヴィス』
「予定通り、ルフストフ教国の聖堂騎士団長ジスランは始末したよ。ただ、滅神剣イシュトイアは影も形も無かったのは残念だけど」
クロヴィスはため息混じりにお手上げだと言わんばかりのジェスチャーをしていた。
「まあ、クロヴィス。君が潜り込んでくれたおかげで教国攻略は成功しそうだ」
クロヴィスたち聖堂騎士団は『滅神剣イシュトイアを回収せよ』という教皇からの指示によって、魔王軍の包囲網を破り、このゲイムの地下迷宮までやって来たのだ。
この聖堂騎士団の任務に当たってクロヴィスは魔王軍総司令であるユメシュから別の任務を言い渡されていた。それが、聖堂騎士団長であるジスランの殺害であった。
クロヴィスはユメシュからの任務は果たしている。これからクロヴィスが行なわなければならないことは、ルフストフ教国に帰還し、ゲイムの地下迷宮においてのジスランの死を国中に広めることだった。
教国の双璧であるジスランの死は国家の大損害である。その騒動に付け込んで教皇を暗殺することが出来れば、現在魔王軍が手こずっている“
何せ、“
「ユメシュ、僕は帰還して教皇を殺すよ。“
『フフフ、分かっているとも。魔王様には良い報告が出来るよ。もうすぐで“
ユメシュの表情は宝玉からはうかがい知ることは出来ないが、嬉しそうなのは声から十分に伝わってくる。
「それじゃあ、僕は行くよ。ユメシュ、そっちのことは任せたよ」
クロヴィスはそれだけを言い残して、宝玉を腰から提げている袋に直した。
「さて、僕も国に帰らないと。ユメシュが無用な気を利かせて、スカートリア王国騎士団を
ユメシュの狙いは聖堂騎士団と王国騎士団を鉢合わせさせて、互いに殺し合いをさせるつもりだったのはクロヴィスも理解していた。そして、その争いの隙にジスランを暗殺することも含めてユメシュなりの気遣いだった。
「別にジスランくらい、僕一人でも殺せるのにね」
クロヴィスはジスランの遺体から、形見になりそうなものをまさぐった。
「……ま、これでいいかな」
クロヴィスが手にしている物。それはルフストフ教国で、代々の聖堂騎士団長にのみはめることを許された聖なる指輪。指輪にはジスランの名が彫られているため、死亡の証拠には使えそうな代物だった。
指輪をポケットに突っ込み、祭壇の入口を振り返ると3人の少年少女が立っていた。その3人は迷宮の奥へと進んでいた聖美、ディーン、エレナであった。
「おや、君たち。こんなところに何の用かな?」
クロヴィスは素知らぬふりで、3人の元へと歩みを進めていく。それに対して、聖美は弓を、ディーンは剣、エレナは杖といったように得物をそれぞれ構えることで、返答した。
「あなたこそ、こ、こんなところで何をしていたんですか?」
クロヴィスに問いかける聖美の声は恐怖ゆえか、かすかに震えていた。おれを聞いたクロヴィスは聖美たちから10mほど離れた位置で立ち止まった。
「僕はここで仕事をしていただけだよ。それがたった今終わったところだから、今から家に帰ろうとしていたところだよ」
クロヴィスはニコリと笑みを浮かべたが、その不気味な笑みに3人は何やら背筋がゾクリとした。
「僕の邪魔をしないというなら、見逃してあげるけど……どうする?」
「私は逃げないよ!」
「私も逃げないから!」
「俺も逃げないッスよ!」
クロヴィスからの見逃してやるという甘い言葉に3人は口をそろえて『NO』と返答した。
「……そっか。じゃあ、死んでくれる?」
――クロヴィスから放たれたのは低いトーンの声。そして、底知れぬ殺気であった。
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