第117話 幼馴染コンビ

「“重力波グラヴィティ”!」


「“雷霊砲”!」


 上からの重力によって、ランベルトの動きが鈍ったところへ雷の砲撃が突き抜ける。雷の砲撃が突き抜けた後、残っていたのは分厚い氷の壁であった。


「チッ!中々ぶっ壊れねぇな……!」


「そうね……!」


 洋介と夏海の二人が苦戦しているのはランベルトの使う氷の障壁魔法。あの手この手で攻撃を仕掛けるも、あと少しというところで毎度のように氷の障壁によって阻まれるのだ。


 さすが、“氷壁の守護者”の異名を取るだけのことはある。そう、二人は認識をしていた。正直、追い込んでもあの氷に阻まれる限り、ランベルトの勝利は揺るがない。


 洋介と夏海が勝利するにはランベルトの魔法を突き抜けて、ランベルトに攻撃を通す必要があった。


 洋介の雷の精霊魔法の最高火力の技である“雷霊砲”をもってしても、貫通する気配は皆無。残された魔力にも底が見えてきている。


「夏海姉さん、重力魔法はあと何回使えるんだ?」


「そうね……あと3回ほどってところかしらね」


「そうか……俺はあと1回分くらいだな」


 夏海は淡々と話していたが、洋介の残り1回という驚愕の言葉に目を丸くして驚いた。


「ちょっと、あと1回だけなの!?」


「ああ、さっきので結構な魔力を使ったからな……」


 洋介の方は体はピンピンしているが、魔力は尽きかけている。夏海も体力はまだまだ残っているが、魔法は残り3回。


 対して、ランベルトの魔力の残りは不明。そして、目立った外傷や体力的に消耗している様子は微塵も無い。


「さあ、そろそろ止めを刺させてもらおうか」


 ランベルトは鋭い槍の穂先を陽の光でキラリと光らせた。これには洋介と夏海はゴクリと音を立てて唾を飲んだ。


 その頃、入り口付近では第三王国騎士団と冒険者たちの攻防戦が続いていた。


「ハッ!」


 シャロンの投擲した短剣から湧き上がるのはほむら。目の前を炎によって遮られた騎士たちが迂回しようと回り込んだ。


「フッ!」


 そこへ、ラウラが放った一本の矢が騎士の太ももに突き立つ。


「シャロン叔母さん、アシストありがとう」


「いいや、こうしないと弓は避けられるからね。本音を言えば、アンタは隠れて狙撃する方が良いんだけどねぇ」


 ラウラはシャロンの言葉に首を横に振る。それは自分だけコソコソ隠れて戦うなんてことは、彼女の冒険者としての意地プライド許さないからだ。


「ラウラ!次、行くよ!」


「ええ、分かっているわ」


 シャロンとラウラがそれぞれに武器を構える後ろでは寛之が懸命に障壁を維持していた。どうせ、誰も来ないのだから解除すればいいのに。


 そんなことを思うかもしれないが、その一瞬の甘えが仲間の命を危険にさらすことを寛之は知っている。


 いつ、どこから敵の攻撃が仕掛けられてくるかが分からない以上、解除することは出来なかった。


『敵が見えるところにだけ居るとは思わないようにしていれば、気が緩むことはない』


 そんなことを寛之は王都に向かう道中で、ウィルフレッドに言われていた。今の寛之がすべきことは仲間を信じ、障壁の維持に努めることであった。その一心で、寛之は障壁魔法を展開することに全力を注いだ。


 そして、寛之たちの目の前では、ローレンスとミゲル、ピーターがスリーマンセルで騎士たちと互角の戦いを繰り広げていた。そんな戦いを見て、それぞれが「もっと頑張らないと!」という気持ちになり、全員の強さが引き上げられていくようだった。


 洋介と夏海もそんな様子で懸命に戦う6人を見て、自分たちだけが戦いを投げ出すことは出来ないと自らを叱咤した。


「夏海姉さん、一度二人で攻撃を仕掛けよう。俺が合図したら、夏海姉さんは残っている全魔力でランベルトを押さえ込んでくれ」


「分かったわ。でも、あの氷の障壁を破れるのね?」


 夏海は洋介に確認をした。これに洋介はニコリと爽やかな笑みを浮かべた。


「破れるかじゃない、絶対に破る。……絶対だ!」


 夏海は洋介のやる気に満ちた表情にふと笑みがこぼれた。こういう時の洋介は絶対に決めてくれる。それは幼馴染としての直感であった。だが、そこにもう一つの感情が入り込んでいるとは夏海自身気づいていなかった。


「よし、行くぞ!」


「ええ!」


 一直線に向かってくる洋介と夏海にランベルトは単純だと鼻で笑いながらも全力で迎え撃った。洋介の純粋な力が籠った薙刀での斬撃を間一髪のところで防ぎ、夏海の鋭い突きをなめらかに回避した。


 ランベルトは洋介の力と夏海の細かな槍技、この二つが合わさると厄介だと肌身をもって感じていた。だが、個別に対処できれば問題ではないとも思っていた。


 ならば、分断を……と思うものの、そんな隙を一切与えないほどの巧みな連携攻撃であった。ランベルトは完全に防戦一方になっていた。


 洋介と夏海は二人とも、魔鉄ミスリルランクに昇格したばかりの冒険者である。対してランベルトの実力は冒険者の最高である白金プラチナランクに匹敵する。そんな圧倒的に格上である相手に防戦一方という状況に追い込む二人の連携はランベルトにとって、脅威であった。


 この二人は2か月前に行なわれた武術大会の本選1回戦で、ランベルトの息子のマルケルとシルヴェスターの娘であるイリナのタッグに惨めに敗北しているのである。


 あれから早2ヶ月、武術大会の時とは比べ物にならないレベルアップを遂げた二人は20年前の英雄を追い詰めるほどの強さに成長した。これは何者の予想を超える成長速度であった。


 ランベルトは洋介と夏海の攻撃をかわしながら、反撃の隙を窺っていた。そして、隙を自ら生み出すことに決めた。


「“氷壁アイスウォール”!」


 洋介と夏海の二人の間に氷の壁を構築し、強制的に分断した。そして、続けざまに洋介の周囲を取り囲むように障壁を展開した。これは二人と交戦しながら、見つけた唯一の隙。夏海の移動速度は比較的早いが、洋介の場合は遅かった。体が大きい分、敏捷性が鈍るからだ。


 ここに着目したランベルトは洋介を氷の壁で取り囲むことを考えたのだ。洋介の速さでは逃げ遅れると計算した上での行動であった。


「洋介!」


 夏海が心配と焦りを帯びた声を発するが、返答は無し。


「さて、一人ずつ片付けさせてもらおう」


 ランベルトは動揺する夏海に先制して槍での突きを見舞った。夏海は槍の柄でランベルトの槍の穂先を受け止めたために無傷であった。


 夏海は洋介を信じ、ランベルトの槍を一つ一つ捌いていった。その繊細さと槍捌きにはランベルトも舌を巻いたが、無論本気では無かったために突きの速度を速めた。


「――ッ!」


 これにより、立て続けに夏海は右足と左腕を槍で貫かれた。その痛みが体中を駆け回る。流れる血が視界に入る度に傷口が痛む。


 そんなことで流れ落ちそうになる涙を夏海はグッと堪え、目の前の敵を迎撃することへ全神経を集中させた。夏海の槍捌きはさらに速く、精度を増していくのにはランベルトも目を見張るものがあった。


 ランベルトが氷の壁を背にし、夏海の視界に氷の壁が入った時だった。洋介の薙刀が空中で回転している様を見て、夏海は使い時を悟った。


「“重力波グラヴィティ”!」


「だから、それは効かないと……」


 ランベルトは夏海に重力波は今まで効果を成さなかったことを教えようとしたが、今までとは違った。威力も方向といった何もかもが。


 ランベルトは自らが作り出した氷の壁へと勢いよく吸い寄せられた。ランベルトが叩きつけられたことで、氷の壁には放射状にヒビが走った。


「洋介ッ!」


 ――夏海はその名を叫んだ。この世で一番頼りにしている男の名を。


「ナイス、夏海姉さん!」


 ランベルトが押さえつけられている氷の壁の向こう側から、雷を纏った拳が突き抜けた。その雷は氷の壁を一点集中で破壊し、ランベルトの鎧も打ち砕いた。


「ぐぉぉぉぉッ!?」


 その拳は届いた。ランベルトの皮膚を焦がし、体内に雷が流れ込む。ランベルトは力尽き、膝を折った。


「これは寛之の分だッ!」


 崩れ落ちるランベルトに更なる一撃が見舞われる。“雷霊拳”とは反対の拳で打ち出されたもので、雷を纏わぬ拳はランベルトの顎へと吸い寄せられるように命中した。


『洋介ッ!僕の分もそいつをぶっ飛ばしてくれ!』


 今回の洋介の拳は“氷雷槍”を受け止めた寛之の分だった。


「馬鹿な……!一体、お前のどこに俺の障壁を打ち破るだけの力が……!」


「そりゃあ、これだ」


 洋介は二の腕をポンと手で押さえた。要するに障壁を打ち破ったのは純粋な力だということを洋介は言っているのだ。


「だが、お前の雷は俺の氷を破るどころかヒビすら入れられなかっただろ……」


「そりゃあ、俺の魔力だけじゃ破れるわけないだろ」


 洋介が今までに氷の壁にぶつけていたのは“雷霊砲”という雷属性の魔力だけの攻撃。だが、洋介の強さの神髄は純粋な力を最大限に活かせる物理攻撃だ。


 ――雷だけで貫けないなら、それに自分の力も併せてぶつければ良い。


 洋介の言いたいことはシンプルだった。これにはランベルトも失笑していた。


「つまり、俺は純粋な力の前に敗れたということか。こういう力技で勝利を掴むのはレイモンドに似ているな」


 ランベルトは目を閉じ、戦友レイモンドの姿を思い浮かべた。


「それにしても、重力魔法とタイミングが合い過ぎていたが……分断された中でどうやってタイミングを合わせた?」


 夏海はランベルトが氷の壁に背を向けた瞬間に宙を舞った薙刀を見て、全魔力で重力魔法を発動させたことを語った。


「それのどこが合図だよ……」


 一部始終を聞いたランベルトは理解できないと呆れた様子であった。だが、夏海はフッと笑みをこぼしていた。


「何となく、これが合図なんだろうな~と思っただけよ」


 ランベルトは洋介と夏海の息の合った動きに翻弄されて敗北したのだと理解した。そして、ランベルトは心の中で『俺も、そんな息の合った攻撃できる相棒が欲しい!』などと思ったことは二人は知る由も無かった。


「それにしても、お前たち二人は結婚でもしているのか?熟年の夫婦のようなオーラを感じるんだが……」


 ランベルトの唐突な言葉に二人とも耳まで赤く染め上げ、洋介は頬を指で掻き、夏海は何も言わずに俯いた。


「何だ、お前たち結婚とかしてなかったのか。だったら、した方が良いと思うぞ。俺も40年以上生きてきたが、お前たち以上に息の合った動きの出来るヤツは見たことが無い」


 その後、洋介と夏海はランベルトに事あるごとに二人の仲を茶化され続けた。


 もちろん、その途中で騎士団と冒険者たちの戦いには停戦命令が下されたが。

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