第115話 地下迷宮の最奥

「次は……こっちだな」


 地図を片手にバーナードが道を示す。先頭を切って進んで行くバーナードを信じてミレーヌ、シルビア、聖美、ディーン、エレナの5人は迷宮の奥へと一歩一歩を踏みしめて、慎重に歩いて行く。もちろん、慎重なのは道中に存在する数々の罠を回避するためである。


「ねえ、バーナード?誰かの話し声、聞こえない?」


 真っ暗な通路で呟かれたミレーヌの言葉を聞いて、聖美とエレナは幽霊とかなのではないかと震えあがった。


「確かに聞こえてくるな。あの奥からじゃないか?」


 ミレーヌの問いかけにバーナードが耳を澄まして音を聞いた結果を告げる。


「だったら、先行して私が見てこよう」


 シルビアが一人、挙手したためにバーナードも先行することを許可した。シルビアが早足で進んで行く5mほど後をバーナードたちも進んで行く。


 5分ほど歩いて行くと、壁際に背を張り付けて立ち止まっているシルビアの姿があった。どうしたのかとバーナードが声をかけようとすると、シルビアが人差し指を口に当ててこちらを振り向いた。


 これによって、後続のバーナードたちも左右の壁に背を張り付けて様子を窺った。


 広がるのは2階層の広間。現在バーナードたちが居るのは、2階の外周部分。1回へと続く階段が数メートル左に行ったところにあるのだが、1回には降りられない理由があった。


「あれは第二王国騎士団か……!」


 眼下に広がる1階で駐屯している騎士たちの鎧の胸元には黄色の紋章が刻まれていた。そして、その中心にいる杖を片手に立っている金髪の女性からは今までに遭遇した英雄たちと同等の存在感が放たれていた。


 このことから、その女性こそが第二王国騎士団長フェリシアであると予想した。


 道のり的には下に降りなければ、最奥にある滅神剣イシュトイアの眠る場所へは辿り着けない。


「突破するしかない……のか?」


 バーナードは騎士団とのこれ以上の戦闘を避けて進む方法を考えたが、1階に降りる以外に道がないため、結論は変わらなかった。


「バーナードさん、私に任せてもらっても良いですか?」


 名乗り出たのは聖美だった。その決意が宿った瞳にバーナードは願いを託すことにした。


「よし、まずは聖美の魔法で敵を弱らせる。その弱った騎士たちを俺とミレーヌ、シルビアの3人で進路を塞いで食い止める。その間にディーンとエレナは聖美を連れて奥に進んでくれ」


 バーナードの大まかな説明に、全員がこうなればやけくそだと言わんばかりに瞳に炎を宿していた。


 聖美が吸血鬼の力を解放し、騎士たち全員を対象にして吸血魔法を発動させた。それで騎士が貧血による倦怠感に襲われているのを確認し、バーナードの号令で6人揃って階段を駆け下りた。


 騎士たちが気づいた時には聖美とディーン、エレナの3人は奥の通路へと進んで行っていた。


「追いなさい……!」


 団長であるフェリシアの命令に騎士たちは倦怠感の中であれど、忠実に動いた。そんな指示を飛ばしたフェリシア自身は頭痛がしているのか、頭を手で押さえている。


 だが、そんな騎士たちの前にはバーナード、ミレーヌ、シルビアたち3人の魔鉄ミスリルランクの冒険者が立ち塞がった。


「お前らの相手は俺たちだ」


 バーナードはサーベルを構え、ミレーヌが両手に短剣、シルビアはレイピアといった具合にそれぞれが鋭い目つきと共に武器を構えていた。


 そして、通路の先を行く聖美たち3人組の方はといえば、聖美が両脇にディーンとエレナを抱えている状態になっていた。


 これには理由があり、吸血鬼の力を解放した聖美のスピードは来訪者組最速を誇る紗希よりも速い。紗希よりも速いといっても、敏捷強化を使っていない状態である。これにディーンとエレナの二人が付いていけなかった。


 そこで聖美が二人を両脇に抱えた方が移動が速いと考えたのだ。ちなみに、聖美の弓は現在、ディーンが手に持っている。


 そんな感じで3人は人ならざる速度をもって迷宮を爆走していた。数々の罠が待ち構えていたが、吸血鬼の力を解放している聖美には問題外だった。


 矢が飛んでくるトラップも聖美を捉えることが出来ず、聖美が通った後に矢が突き立っているという有様であった。そして、厄介なことに床から飛び出してくる杭のトラップも射程範囲を軽々と飛び越えてしまう始末。


「きゃっ!」


 ……ただ、ヌルヌルの床は例外であった。どれだけ身体能力が人間離れしていても、滑る物は滑る。


 聖美は悲鳴を上げて床に尻もちを付く。だが、ここはヌルヌル滑る液体でコーティングされた下り坂。どうなるのかなど、子供でも察しが付く。


 最初は緩やかに滑っていく感じであった。この間に体勢を立て直そうとするも、力を籠めれば籠めるほど滑る。結局、立ち上がることすら出来ないまま坂は滑り台のような角度になり……


「「キャァァァァァッ!!」」


 急降下するジェットコースターのレールと変わらない角度になった。こうなれば、もはや絶叫レベルである。聖美とエレナは恐怖のあまり絶叫し、ディーンは意識を飛ばし、口から白い煙のようなモノが出ている……ように見えなくも無かった。


 そんな急降下が数秒間に渡り続き、そのままの勢いで空中に放り出された。聖美が目を開けると、下に広がるのは底の浅い泉のような場所。特にグツグツと沸騰していたり、ヤバそうな感じはカケラも無かったので、少し安心した。


 それでも聖美は警戒しつつも、ディーンとエレナの二人をそれぞれ片手で頭の上の高さまで持ち上げた。つまり、万歳の状態で聖美は泉へ飛び込んだということになる。


 もし、ヤバい液体であっても聖美だけなら吸血鬼の力で肉体は再生させられる。ゆえに再生能力のない二人への被害を軽減するために持ち上げたのだ。


 日本を英語で言った時のような音を立てて、聖美は泉へとダイブした。聖美は着水時の痛みを覚悟していたのだが、特に何も無かった。


 泉の深さは腰くらいの高さであった。聖美は念入りに足が付くのを確認したうえで、ゆっくりとディーンとエレナの二人を岸まで運んだ。


「聖美さん、手を」


「ありがとう、エレナちゃん」


 聖美はエレナの協力の元で泉を上がった。本当は一人でも上がれたのだが、エレナの好意に甘えた聖美であった。


「えっと……」


「あ、ディーンはまだ気絶してるよ」


 聖美が顔面蒼白のままで横たわっているディーンを見ていることに気づいたエレナが先に状況を聖美に伝えた。


「それじゃあ、ディーン君は気絶したまま運ぼうんだ方が良いかな?」


「そ、そうですね……」


 聖美もエレナもディーンを見て苦笑いを浮かべていた。


「ひっ……ッ!」


 聖美が腰の辺りに手を組むとヌルヌルとした冷たい感触が這い上がって来た。手に付いたそれを見てみると、透明な水で手を開いてみると糸を引く感じだ。聖美はそれを見て顔を赤らめた。


 そう、泉の水はねっとりしているのだ。そして、聖美は下半身がヌルヌルで履いているハーフパンツも湿っていた。聖美の美脚を上から下へそんなヌルヌルした液体がゆっくりと流れ落ちていく。聖美は気持ち悪いのか、足をこすり合わせてもじもじし始めた。ため息をつきたいところだったが、ため息すら出なかった。


「えっと、エレナちゃん。着替えとか何も持ってないよね……」


「持ってたら、もう渡してるよ……」


「そう、だよね……」


 聖美は着替えがないため、気持ち悪い液体が足に纏わりついているのを我慢して先へ進むことにしたのだった。実に年頃の乙女には嫌な感触であった。


 ――――――――――


 聖美が足に気持ち悪い液体で濡れながらも道を先へと進んでいる頃、直哉はギンワンたちと共に森を抜けて、迷宮のの前に立っていた。その洞窟は森の中にひっそりと口を開けていた。


「ギンワンさん、やっぱり馬の方が速かったですね」


「そりゃあ、馬車は大勢で移動できるが、その分ペースは落ちるからね」


 ギンワンの言う通り、馬車の移動距離は一日で50㎞ほどが限界だが、馬での移動であれば移動距離の限界は80㎞になる。


 ローカラトの町から王都までの距離はおよそ500㎞、馬車なら最速10日という計算になる。だが、馬なら最速で6日半ほどで到着が可能になる。だが、それは休みなしであればの話である。


 馬は4日も走れば丸一日は休ませなければ進めない。対して、馬車は休憩とのバランスが取れているために丸一日止まったりすることはない。


 ゆえに、馬ならば王都まで最速で7日半という計算になる。


 直哉たちがローカラトの町に着いた日の二日前の昼過ぎに出発したという情報は、ギンワンたちがローカラトの冒険者ギルドで仕入れていた。


 直哉たちはその翌日に馬車を冒険者ギルドに預けたり、馬を借り、その日の昼に出発したために3日ほどの差があった。到着したのは聖美たちが王都に到着した日の深夜だった。


 深夜の王都には何人たりとも入ることが許されていないために、直哉たちは野宿することになった。


 野宿の際に焚火を囲んで、今後の方針を決める際にギンワンがローカラトの冒険者たちは王都の東にあるゲイムの地下迷宮を目指しているということを話した。これは、ローカラトの冒険者ギルドで聞き出したことをそのまま話しただけである。


 それに基づいて、直哉たちも迷宮を目指すことを決めた。その後にギンワンは入り口から正攻法で奥へと向かうことを提案した。


 だが、その場でイシュトイアに入口から進むのは罠が多いから危険だといって止められた。「ならばどうするのかね?」とギンワンから問われたイシュトイアだったが、50年前にゲイムの孫が自分を運び出す時に使った抜け道があると言ったことで全員の顔色が変わった。


 彼女自身、その道は記憶しているというので、直哉たちはその道を進むことになった。イシュトイア曰く、その抜け道は王都から見て南東の方角にあるというので、朝になったらその道を進んで迷宮を目指す運びとなった。


 直哉としては王都の東に回って待ち伏せる案を出したが、陽が落ちてからの移動は危険だということと、自分たちも馬も疲れている状況での移動は厳しいということで却下されたのだった。


 偶然にも直哉たちの翌朝の出発時刻は聖美たちと同時刻となっていた。聖美たちは王都の東門から、直哉たちは南門付近から南東へ。それぞれの方向へ向かったのだった。


 ――そして、現在。


「イシュトイア、この抜け道はどこに通じてるんだ?」


「ここはウチが封印されとった部屋に直接通じとるで」


 イシュトイアが封印されていた部屋、聞いただけで部屋の前には守護者とかが居そうな感じしかしない。そう思った直哉は意を決して聞いてみることにした。


「イシュトイアが封印されていた部屋の前って守護者みたいなのは居るのか?」


「それやったら、ラビリントバトラーってヤツがおるなぁ」


 イシュトイア曰く、ラビリントバトラーは人間をベースにゲイムによって作られた人造人間である。格闘術を用いた近接戦闘を得意としており、中距離攻撃として口から吹雪を吐くのだという。


 何とも強敵そうな雰囲気があったので、直哉たちは正面から入らなくて良かったと安堵の息を漏らした。


 ――そんなこんなで、直哉たちも抜け道から迷宮を進むこととなったのであった。

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