第113話 地下迷宮へ!
“
――進むのか、退くのか。そんな決断が今、バーナードに迫られている。
「俺は何としても進むぞ。だが、俺一人では力不足だ。だから、そんな俺に力を貸してくれるというヤツだけ来てくれ」
バーナードは戦うか逃げるかの選択をする権利をそれぞれに与えた。進むにしても、バーナードに力添えするというものであり、進んで何かあっても“自分たちはバーナードについて来ただけ”という言い訳する余地まで用意されている。
もはや答えは定まっていた。それに誰か一人を置いて逃げかえるような人間はローカラトの冒険者の中には居なかった。次々に『バーナードと一緒に迷宮へ行く』という言葉が聞こえてきた。
「よし、そうと決まれば一気に騎士団の中央を突破するぞ!」
バーナードを先頭に茂みから飛び出し、騎士団へと疾駆していく冒険者たち。不意に攻撃を仕掛けられた騎士たちだったが、団長のランベルトの冷静沈着な指揮で冒険者たちを迎撃していく。
「こいつらの狙いは迷宮への侵入だ!内部にいる仲間を背後から襲おうとしているものだろう!我らが騎士としての務めを果たし、仲間の背後を護れ!」
ランベルトは配下の騎士を鼓舞しつつ、後方で指揮を執っていた。しかし、前方から爆発音が響き渡る。それは何発も、何発も。
「「ぐわぁ!」」
突如、ランベルトの近くに居た左右に待機していた騎士二人が、それぞれ左と右へ吹っ飛んだ。
「洋介!」
「すまねぇ!夏海姉さん!」
夏海が騎士たちを重力魔法で左右へスライドさせた後ろから薙刀を持って洋介が進み出る。振り下ろされた薙刀をランベルトは乱暴に槍の柄で受け止めた。
「悪いが、アンタには俺の相手をしてもらうぜ!」
「良いだろう、お前如きに俺が負けることなどあり得ないからな」
薙刀と槍から火花が散る中で、二人は声を交わした。英雄であるランベルト相手に純粋な力では若干洋介が勝っていた。相変わらずの馬鹿力に夏海も笑みをこぼした。そんな中でも夏海は華麗な槍捌きを駆使し、周辺の騎士数名を食い止めていた。
そんな中で、ついに紗希とバーナードの二人が騎士たちの防衛線を突破し、迷宮の入口に立った。そこにミレーヌと寛之、ラウラ、シャロンの4人が遅れて到着する。
「バーナードさん、先に行ってもらっていいですか?」
「それは別に構わんが……寛之。お前は一体、何をする気だ?」
「何、入り口に蓋でもしようかと思っただけですよ」
寛之はそう言って、ニヤリと自信に満ちたような笑みを浮かべたのだった。バーナードは蓋という言葉だけでおおよその事は理解できたようであった。すなわち、それは迷宮の入口を寛之の障壁魔法で塞いでしまうという事である。
「分かった。だが、お前一人では到底無理だろう?お前が障壁のことに専念している間、誰がお前を守るんだ」
「……はい」
バーナードの言葉を受けて、寛之は少し残念そうに俯いた。それもそうだ、寛之が障壁を維持する間、身動きが取れないのだ。
「なら、私が残るわ」
だが、寛之の作戦に乗る者が現れた。ラウラだ。
「私は白兵戦になれば、弓が扱えないわ。でも……」
ラウラの得物は弓。落ち着いて敵を狙えるということと、敵に接近されれば打つ手ナシである。現にここまで、ミレーヌと紗希に守られながら走って来たのだ。
「寛之の障壁があれば、私も背後から狙われる心配がないもの」
寛之が迷宮への入口を障壁で塞げば、ラウラは安心して前方の敵を狙い撃つことに専念できるのだ。このまま迷宮へ突入するよりは戦いやすい。
「だったら、私も……」
「ダメよ、ミレーヌ。あなたは狭い迷宮の中でも存分に戦える」
ミレーヌは短剣を用いた近接戦闘が得意である。迷宮の狭い通路でも存分に得物を振るえる。ミレーヌは言葉と共にそう訴えるラウラの目を見て、奥へ進むと決断をした。
「じゃあ、ワタシも残ることにするさね」
寛之とラウラだけでは心配だと言わんばかりに息を吐きながら、ベテラン冒険者であるシャロンが名乗りを挙げた。
「ワタシも魔道具を使う戦闘スタイルだからね。ラウラと同じような理由さ」
シャロンの言う通り、ラウラ同様近接戦闘は苦手とするところであるために白兵戦は不向きである。そのための立候補であった。それにシャロンは
「私も残るぞ」
「おう、ローレンスも残るなら俺も残るぜ」
そう言ったのはローレンスとミゲルだった。全員が入口を背に曲線を描いた陣形を組んでいた。バーナードもこの二人ならばと許した。実力的にも寛之たちの助けになる。そして、ローレンスの
それに現在の寛之たちには前衛が居ないため、非常にバランスが悪いのだ。これにローレンスとミゲルのコンビが加われば心強い。
「俺も残るぜ」
「おい、ピーター!」
ローレンスとミゲルに右に倣えするように残ると宣言した
「バカ兄貴、迷宮の中だと俺の
「あ、そうか……」
スコットはピーターの言葉を聞いて言い出した理由を理解した。ローレンスとミゲルと同じように自分の獲物である
「分かった、気を付けるんだぞ」
「ああ、兄貴もな」
こうして、入り口に残るメンバーが決定した。
現在進行形で、洋介と夏海がランベルトと激闘を繰り広げている。バーナードはそれを確認してから残りの11人を率いて迷宮の奥へと進み始めた。寛之はその後を障壁で塞ぎ、仁王のように立ち塞がった。
障壁のすぐ外では、ラウラが騎士たちの大腿部を狙って矢を放ち、シャロンは魔法を
そこから少し離れた地点で爆風をまき散らしながら、洋介と夏海の二人が息の合った連携攻撃でランベルトを足止めしていた。
そして、ラウラとシャロンから数メートル離れた場所ではローレンス、ミゲル、ピーターの3人が得物を振るって騎士たちと近接戦を繰り広げていた。だが、ピーターには騎士の相手は厳しく、一対一でギリギリ倒せるといった具合だった。
ローレンスとミゲルの二人はそんなピーターを庇いながらのため、大苦戦していた。だが、ピンチになってもラウラとシャロンの頼れる後衛二人が援護射撃を行うために突破されるようなことには陥らなかった。
「“
迷宮の入口から数十メートル離れた場所で、洋介と夏海の二人が交戦しているランベルトの持つ槍から冷気を纏った雷が放たれた。
狙いは洋介と夏海ではなく、寛之の障壁。ランベルトは理解していた。ここで寛之以外の7人を戦闘不能に追いやっても、寛之の障壁を破らないことには突破することは至難の技だと。
それゆえにランベルトは寛之の障壁の強度を測るために“氷雷槍”を放ったのだ。
「おい、寛之!そっちに攻撃が行ったぞ!」
洋介が寛之の方へと大声を投げたタイミングでランベルトから素早く突きが放たれたが、夏海がそれを軌道を逸らすことで阻止した。
「中々息の合ったコンビだな。これは面倒だ」
「八英雄と呼ばれるような人が、よそ見をしている相手に攻撃を仕掛けるなんてね」
ランベルトの賛辞に対して、夏海は皮肉を返した。これにはランベルトはふと笑みをこぼした。
「そりゃあ、敵を戦闘不能にするために手段を選ぶつもりはない」
ランベルトがその言葉を紡ぎ終えたタイミングで、迷宮の入り口で“氷雷槍”と寛之の障壁が真正面からぶつかり合う。
その衝撃の余波にラウラとシャロンは驚きに表情を歪めた。“氷雷槍”によって、視界が遮られてしまい障壁の内側の寛之の様子は全く外からは見えない状況にあった。
数秒が経過し、爆発音と爆風が周囲を支配した。その後には寛之の姿が見えた。杖を前に構え、息を荒げながらもそこに立っていた。だが、着用しているローブがボロボロになっている様子から見てもギリギリだったことは誰の目から見ても明らかだった。
「フッ、これくらいダグザシル山脈でくらった“天空槍”に比べれば大したことない……」
寛之はそう呟きを落とした。寛之はダグザシル山脈での戦い以降も魔力量は上がっている。今回も障壁は破られたモノの寛之自身深手を負っていない時点でも障壁の強度が上がっていることを感じさせる。
「頼む、洋介ッ!僕の分もそいつをぶっ飛ばしてくれ!」
寛之は叫んだ。日本にいる時は殴り合いのケンカをしたこともある友に向かって。
「おう!言われなくても、今からやるところだ!」
洋介は拳を握って、寛之の方へと突き出した。寛之も再び、立ち上がって攻撃に備えようとしていた。
「チッ、随分と俺も舐められたもんだな」
洋介が目線を目の前に立つ男へと向けると、槍を地面に突き立てたランベルトの姿があった。
「夏海姉さん、今回も力を貸してくれ」
「ええ、もちろんよ。早く倒してみんなと合流するわよ」
洋介と夏海は互いの顔を見て、ニッと笑みを浮かべた後で強敵ランベルトとの戦いに身を投じた。
「グッ!」
一報その頃。苦悶の声を発しながら、ピーターは地面を転がっていた。そんなピーターに斬りかかる騎士の肩を一本の矢が貫いた。
「悪い!ラウラさん!」
「お礼を言ってる暇があるのなら、今は一人でも多く敵を倒して!」
ラウラはそう言いながら、3本の矢を同時に放った。その矢は的確に騎士2人の肩や足を射抜いた。圧巻の精密射撃である。
「“炎霊斬”ッ!」
ピーターも先ほどの失態を取り返すかのように精霊魔法で騎士の一人を撃破した。
「“轟音”!」
すぐ隣ではローレンスの音魔法で耳を塞ぐ騎士2人の姿が。そこに
「くたばりな!」
その背後ではミゲルが自分自身に硬化魔法を発動した状態で大槌を用いて、剣を振り回す騎士数名と互角に渡り合っていた。
「よし、俺も!」
ピーターも気合を新たに騎士と剣を交わした。
「どうだい、傷の方は?」
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
寛之もシャロンから貰った
「まったく、無茶をするねぇ。若い子ってのは」
「……でも僕の最優先事項は障壁を張って敵の侵入を食い止めることだから。それに、これは僕にしかできない」
「そうだねぇ。でも、あまり無茶だけはしないでおくれよ」
「……努力します」
シャロンは寛之からの言葉に笑みを浮かべながら、戦線に復帰していった。
その頃、洋介と夏海の幼馴染コンビとランベルトの戦いは白熱していた。
「ハッ!」
「オラァ!」
「“
夏海の槍と洋介の薙刀を遮るように、分厚い氷の壁が構築される。ランベルトへの一撃はすべて、この氷の障壁によって防がれていた。“
「洋介、私が注意を引くわ!その間に――」
「――俺が渾身の一撃をくらわせる!」
夏海の槍の技はランベルトの槍をよく凌いでいた。これもヒサメとの戦いで技量不足を痛感した夏海が槍の稽古に熱を入れていたことが活きている。
槍の技だけならばランベルトの足止めは夏海一人で充分だった。だが、それでは倒すことは出来ない。だからこその洋介の出番である。
最高火力を誇る洋介の一撃でランベルトを戦闘不能に追いやれれば、しめたものである。
「“
夏海の重力魔法でランベルトの動きを止めようとする。しかし、夏海の重力魔法はランベルトに対しては火力不足であった。重力魔法で押さえつけられながらも前進してくる様は、夏海にとっては恐怖そのものであった。
「その程度では俺を倒すことは出来ないぞ!」
ランベルトは楽し気な表情を浮かべている。直後、ランベルトは重力波を吹き飛ばした。夏海の魔力ではランベルトを抑え込むほどの出力は出せなかった。夏海は改めて、自分の力不足に悔しさを噛み締めた。
「だったら、俺が相手になってやる!」
ランベルトの左から凄まじい勢いで“雷霊斬”が叩きつけられる。ランベルトも槍でこれを受け止めたが、後退を余儀なくされていた。
ランベルトは洋介の馬鹿力で2mほどその場から動かされた。無論、受け止めた際にランベルトは手加減などしていない。
それでも相殺できないほどの力。洋介の純粋な力はランベルトを少しだけ上回っている。そのことだけが、ランベルトが唯一懸念していることだ。さすがに洋介の全力の攻撃を直撃すれば、無傷というわけにはいかない。
――ランベルトは槍の技なら自分と渡り合える少女と、純粋な力だけなら自分を凌ぐ男を前に気を引き締めた。
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