第112話 王国騎士団
「聖美ちゃん、いよいよ明日ね」
「はい……一体、どんな迷宮なのかな。無事に帰れるのかな……って、色んなことが頭を過ぎっちゃって今夜は眠れなさそうです」
苦笑いを浮かべる聖美にニコリと微笑みかける夏海。二人がいるのは王都の宿屋の一室。
二人が立っている窓からは夜の王都が一望できる。オレンジ色の灯りに、その下を行く人々。昼間ほどの賑やかさは無いが、それでも十分に昼時のローカラトの大通りよりも人が多い。
「夏海先輩は緊張したり……してるんですか?」
「そうね、緊張してるわ。私も聖美ちゃんと同じで今夜は眠れないかもしれないわね」
夏海は聖美と窓の左右から外を眺めている。二人は月明りの元で様々な話をした。内容は日本に居た頃の話から、この世界に来てからの話など多岐に渡った。中でも、王都に来る道中で行なった新年会の話は盛り上がっていた。
それでも二人が抱える緊張が収まることは無かった。聖美は冒険者ランクが
夏海自身の力量もそれに相応しいモノであるはずなのだが、彼女自身に自信が少し欠けている部分が見受けられる。確かに最近は来訪者組の中でも華々しい結果を残せているわけではないが。
「夏海先輩は強いじゃないですか。だから、そこまで不安に感じることは……」
聖美は夏海の方を見やると、言葉を紡ぐのも忘れて見入ってしまった。その夏海の物悲しげな表情に。
「私、薪苗君が居なくなってから思うことが有るのよ」
「思う……こと?」
夏海が直哉のことを死んだと言わずに居なくなったという言葉を選んだあたり、聖美へ配慮してのことだというのは明らかだった。
聖美は夏海の話に頭に疑問符を浮かべていた。聖美は夏海の思うことについて、思考を巡らせるが、結果としては何も結論が出なかった。
「もし、私も聖美ちゃんみたいに大事な人が目の前で居なくなっちゃうのかな……とか、大事な人たちに危機が迫ったら私は抗えるのか。寝る前になると、いつもそんなことを思ってしまうのよ」
夏海はそう言って、窓ガラスを右手で触れた。
そして、聖美にとって夏海の言葉は重かった。ただひたすらに。聖美も聞いていて胸にグサリと刃物でも突き立てられたのではないかと思うほどに痛みを覚えた。それは自分自身が目の前で見た光景であり、聖美も夏海と同じことを恐れているからだ。
――愛する人を失いたくない。
それが夏海と聖美の恐怖の根幹にあるものである。そのために聖美は強くならないといけないと決意を固めていた。夏海もその辺りの覚悟はしている。だが、それでも恐怖が消えないのは“自分は本当に強くなれるのか”という部分が引っかかっているからだ。
「私も強くなりたいと思ってるわ。でも、本当に強くなれるかは別の話。危機が迫るまでに力が欲しいのよ」
二人の恐怖という感情の成長が止まらないのは焦りが関与していた。焦れば焦るほどに不安と恐怖に苛まれていく。まさに負の無限ループである。
「夏海先輩。じゃあ、強くなりましょう?私たちにはまだ、やれることがいっぱい有ります。心配するのはやれることを全部やってからにしませんか?」
聖美は夏海の肩を強く握りながら、夏海を励ました。夏海も懸命な様子の聖美を見て少し不安は和らいだ様子だった。
「ええ、そうね。まだ、お互いやれることが残ってるものね!」
この時の夏海の笑顔は明るさを取り戻したような美しい笑顔だった。その夜は夏海も聖美も今までの睡眠不足を補うかのように熟睡することが出来たのだった。
「さて、全員が揃ったところで出発しようか」
翌朝、宿屋の前に全員が揃ったことを確認してウィルフレッドの合図と共にそれぞれが馬車へと乗り込んだ。
そこからは丸一日、草原地帯を東へ昼夜を問わずに馬車を進めた。そうして、ゲイムの地下迷宮へと到着したのだった。ゲイムの地下迷宮の周囲は森林地帯であり、樹木が所狭しと生えていた。
森の中は道が整備されていないため、馬車で進むことができない。そのため、馬車は森に入らず、森の外で待機している。森の外といっても、ジョシュアとマリーたち運送ギルドのメンバーは馬車と共に目立たない岩陰などに姿を隠していた。
そして、現在。迷宮を目指す22名は地下迷宮の入口を前にして付近の草むらへと身を隠していた。
目の前には石造りの迷宮の入口が大きく口を開けている。それでも彼らが前進しないのには理由があった。理由というのは入口に100名ほどのスカートリア王国騎士団が駐屯しているためである。
「おい、ウィルのおやじ。これはどういうことだよ」
「いや、私にもさっぱり分からんのだが……」
茂みの中でバーナードがウィルフレッドに何か知らないのかと尋ねるが、ウィルフレッドも何も知らないという意外な返答だった。
どうするかの対応を考えているところへ、騎士団の先頭に大剣を担いだ中年の大男が姿を現した。ウィルフレッドはその男を見て、バーナードに耳打ちをした。バーナードは静かに頷いた。
「やあ、レイモンド殿」
ウィルフレッドは周囲の空気と同化してレイモンドへと近寄り、声をかけた。突然現れたウィルフレッドに、騎士たちは武器を構えて警戒する色を見せた。
「総員、武器を下ろせ。その男は敵ではない」
レイモンドが武器を下ろすように指示すると、誰一人難色を示すことなく統率された動きで武器を収めた。その動きからも、騎士団の統率力のほどが窺える。
「ローカラト冒険者ギルドマスター、ウィルフレッド。一体、何用で参ったのか」
レイモンドこと、レイモンド・ヒューレットは“覇王”の異名を取る20年前の魔王軍との戦いでの功労者で、現在は第一王国騎士団長を務めている。武術大会に出場していたクラレンスの親衛隊を務めているライオネルの父親でもある。
そんな彼は豪快でプライドが高い性格だ。王女にも敬語を使わずにキツい口調であった男が、部下の前では丁寧な口調を身に付けている成長にウィルフレッドは心の内では、感心していた。
「何、この地下迷宮からあれを運び出そうと思ってここへ来たのだ。国王からも許可は得ている。通してもらうことは――」
「それは無理だ。今は我々、王国騎士団が地下迷宮の調査を行っている。だから、何人たりとも立ち入ることは許可できない」
レイモンドは背に差した大剣を引き抜き、剣先をウィルフレッドの喉元へと突きつけた。この動きからして何もせずに帰れということがありありと伝わってくる。
「王国側はどうするつもりだ?あの剣を」
「……陛下の命により、破壊する。あんなものを残しておくのは危険だからな」
レイモンドの言葉にウィルフレッドは驚いた。驚くと同時に様々な事が脳内を巡った。そして、ウィルフレッドの中で導き出された結論は、自分たちに『ゲイムの地下迷宮への立ち入り』と『滅神剣イシュトイアの再封印を施す』の2つの許可が出た後で、王宮内で何かがあったのではないか。それによって、国王の命令が変更されたのではないか……ということだった。
「そうか。なら今回は私は王国に盾突くことになるわけか」
「……それは俺たち王国騎士団と戦うって意味で良いんだよなぁ?」
ウィルフレッドが敵だと分かった途端にレイモンドは丁寧な言葉遣いをやめ、好戦的な態度を表に出して来た。
近くに居た騎士たちはレイモンドが好戦的な態度になるや、即座にウィルフレッドに剣や槍で攻撃を仕掛けた。だが、それらの攻撃はいずれもすり抜けてしまっていた。これに驚いている騎士数名はウィルフレッドの当て身によって、瞬時に無力化させられた。
「おい!コイツの相手は俺がする!テメェらは茂みに隠れてるヤツらを捕らえろ!」
レイモンドは最初から誰かが茂みに隠れていたのは気配で分かっていた。ゆえに、迅速に取り押さえるように配下に指示した。その指示に対して忠実に第一王国騎士団の騎士たちが武器を構えながらバーナードたちの方へと駆け寄ってくる。
「チッ!全員、俺について来い!」
「待って、バーナード!父さんはどうするの!?」
ウィルフレッドを見捨てて、移動しようとするバーナードの腕をミレーヌが掴んだ。その目には動揺がハッキリと表れていた。
「ミレーヌ、勘違いするな!これはマスターからの指示だ!ほら、行くぞ!」
そう、ウィルフレッドがレイモンドに話す前に耳打ちしていた内容はこのためだった。
――もし、レイモンドが配下の騎士たちを動かした場合は反対の入口から迷宮に入れ。
バーナードはウィルフレッドからの指示通りに移動を開始した。このギルドマスター不在の状況下ではギルドマスター補佐のバーナードがマスターの権限を代行することは認められている。
全員、そのことを理解してバーナードの指示に従って反対側の入口を目指した。ただ、一人を除いて。
「なっ、
「ワシのことは心配いらん!これも挟撃を避けるためじゃ!お前さんらは前へ進め!」
ロベルトは大盾を持って、一本道を塞いだ。そこからは追撃してきた騎士たちの攻撃を軽々といなしては大戦斧で豪快に薙ぎ払っていった。
バーナードはそんなロベルトの奮戦ぶりにしんがりを任せることをやむを得ず決断したのだった。
ロベルトが大戦斧を地面に叩きつけると、地面に亀裂が走る。その亀裂に続くように走っていく衝撃波に騎士たちも体勢を崩される。このパワーはさすが
それを横目にウィルフレッドはレイモンドとの戦いに全身全霊で臨んでいた。
もし、ロベルトが居なければ、バーナードたちは100名近い騎士たちとの戦いだけで時間と体力を浪費するところである。もし、そうなれば迷宮に入るころには体力尽きてしまっているだろう。
「無茶するなよ、
バーナードの憎まれ口にロベルトは大戦斧で騎士数名を弾き飛ばすことで返事をしたのだった。そして、バーナードたちは速やかにもう一つの地下迷宮の入口へと向かったのだった。
だが、反対の入口も易々と迷宮に入れる気配は無かった。それもそうだ。騎士団が押さえているのは片方だけなはずが無いのだ。彼らはとっさに茂みへと姿を隠して敵の状況を確認した。
入口には先ほどのレイモンドの部隊同様、100名ほどの騎士たちが入口への侵入者を阻んでいた。
「これは第三王国騎士団のようですね」
バーナードの左斜め後ろの控えていたセーラが騎士たちを見てポツリと呟いた。
「セーラ、騎士団のどこを見てそんなのが分かるんだ?」
バーナードの言っていることはごもっともで、騎士の鎧も武器の柄もすべて青で統一されている。セーラは一体、どこで見分けているというのか。
「鎧の胸元に刻まれている刺繍の色です。先ほどのレイモンド様の第一王国騎士団は茶色、ここにいる第三王国騎士団は水色なんですよ」
セーラの騎士団の見分け方を全員が耳を澄まして聞いていた。セーラは残りの2つの王国騎士団である第二王国騎士団は黄色、第四王国騎士団が赤色であることも説明に付け加えた。
「だったら、地下迷宮の中にも他の騎士団がいるかもしれないな」
セーラの次に口を開いたのは寛之だ。寛之がそう言うのには明確な理由がある。
『今は王国騎士団で地下迷宮の調査を行っているため、何人たりとも立ち入ることは許可しない』
そんなことをレイモンドがウィルフレッドに説明していたからだ。調査しているということは中にも王国騎士団が入っているということだ。それは他の第一王国騎士団と第三王国騎士団の騎士たちである可能性もある。だが、寛之の言う可能性がゼロというわけではない。
「でも、その可能性は低いと思うわ。そんなことをしたら、王都と王宮を守護する騎士が居なくなってしまうもの」
セーラの意見も一理あるが、寛之の意見の可能性も考慮した上で前進することがその場で決定した。反対側で戦っているウィルフレッドとロベルトのこともある。今さら尻尾巻いて逃げるわけにはいかなかった。
「よし、お前ら一気に突入するぞ――」
「待って」
バーナードが前身の号令をかけようとした時、一際存在感のある男が先頭に出てきた。その男の存在感はレイモンドと同様の他を圧倒するものだった。そして、手には長槍を握りしめている。
「……ランベルト様?」
セーラの呟きに全員が動きを固めた。ランベルト――レイモンドと同じ八英雄の一人であり、第三王国騎士団長である。20年前に付けられた異名は“
――そんな男がこれから進む道を阻んでいた。
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