第111話 入れ違い

 ここはローカラトの町の東門前。ここにはローカラトの町の冒険者を中心とした数十名が集まっていた。


「紗希ちゃん、いよいよだね」


「はい、正直言うと地下迷宮とかゲームみたいでワクワクしてます」


 今回はウィルフレッドからの頼みでゲイムの地下迷宮に潜るわけだが、報酬はウィルフレッドのポケットマネーから出ることになったという話はウィルフレッド本人から冒険者全員に行き届いている。


 ゲイムの地下迷宮潜入の報酬は一人につき、大金貨1枚ずつとなっている。これは日本円に換算すれば100万円だ。しかも、無事に滅神剣イシュトイアを手に入れた際には報酬は大金貨3枚になるらしかった。


 これは常にお金に飢えている冒険者たちにとってはありがたい話だった。だが、今回は最低でも鋼ランク以上でなければ同行の資格がないのだ。ただ、ディーンとエレナ、スコット、ピーターの4人は例外的に特別に許可が出ているのだが。


 ウィルフレッドによる挨拶の後、5台の馬車は連なって町を出発した。ひとまず、経由地である王都は10日後の昼の到着を目指して北進、王都で一泊ののちに東へ。そして、その日の夕方からゲイムの地下迷宮へと突入する算段となっている。


 5台の馬車が一列に連なるうちの真ん中、3台目は武器が全員分積み込まれている。そのため、万が一の際に備えて運送ギルドの中で一番の実力者であるジョシュアが御者を務めている。


 そういった事情もあり、今回は残りの4両に全員が振り分けられている。馬車に乗るメンバーは本人たちの希望によって分けられた。


 1台目は紗希と呉宮姉妹、寛之、洋介、夏海の6人で、御者はマリエルが務めている。つまり、ダグザシル山脈へ向かったメンツである。そのこともあり、車内は7人で楽し気な会話を繰り広げていた。


 続いて2台目、ここには冒険者ギルドのマスターであるウィルフレッドと鍛冶師のロベルト、魔道具師のシャロン、ディーンとエレナの5人が乗車していた。この車内ではウィルフレッド、ロベルト、シャロンの3人が冒険者の先輩としてディーンとエレナの相談に乗るという光景も見られた。


 3台目の武器を運搬している馬車を飛び越えて4台目。ここに乗っているのはギルドマスター補佐のバーナードにミレーヌ、ラウラとセーラ、シルビアの5人だ。バーナードの左右にはミレーヌとシルビアが腰かけているが、何とも気まずい空気が漂っているためにセーラとラウラは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そして、最後尾の5台目である。ここにはデレク、マリー、ローレンス、ミゲル、スコット、ピーターの6人が乗っている。この6人はデレクとマリー、ローレンスとミゲル、スコットとピーターの3組に分かれてそれぞれの相棒と話を盛り上がらせていた。


 馬車の中はそれぞれの盛り上がりを見せながら、王都への旅が続いた。


 ――ただし、4台目に限っては終始気まずい雰囲気の中、ぎこちない会話が言葉少なに展開されるにとどまったのだった。


 ――――――――――


 ここはべレイア平原。ここでは直哉とアカネの稽古が続いていた。


「やあっ!」


 アカネが打ち出した拳は直哉にあと一歩のところで回避。しかし、その拳は直哉の髪を掠めていた。本当にギリギリのところでの回避であった。


「ハッ!」


 だが、直哉の木刀での薙ぎ払いは鮮やかにアカネにかわされていた。戦況は一進一退であり、決着がつく気配が無かった。


「とりあえず、アカネとの稽古はここまでにしようかね」


 そのためにギンワンからストップがかけられたのだった。それによって、口から荒く息を吐き出しながら直哉とアカネは地面にへなへなと座り込んだ。


 ギンワンからの指示で、次の直哉の稽古相手はビャクヤに決定した。


「ヒサメちゃん!俺、頑張って来るからね~!」


 ビャクヤはヒサメにウィンクを贈ってから、直哉の元へとスキップで向かっていったわけだが、ヒサメは心底うんざりしたようにため息一つをこぼしただけであった。


「ヒサメ、さすがにビャクヤが可哀そうだ。相手をしてやったらどうなのかね?」


「……ああいう、ノリが軽いのは浮気すると相場が決まっているもの。願い下げよ。第一、あの人は私の……」


「そうそう!ビャクヤってヒサメの胸しか見てないもんね!」


 アカネのデリカシーのない言葉にギンワンは力なく笑った。


「あ!アタシ、トイレに行ってくる!」


 ヒサメがそのことを注意しようとすると、隣にいるアカネは走り去ってしまった。これにはヒサメも呆れた様子だった。


二十歳はたちにもなって、あんなことを言ってしまうのはもう少し教育が必要かしらね」


 そんなアカネが走り去ったのと入れ替わるようにミズハが歩いてやって来た。


「そういえば、ヒサメには好きな男とかいないのかね?ビャクヤみたいな男が人間が苦手なのは分かったのだがね」


 ギンワンからの包み隠すことのないストレートな質問に、ヒサメは耳の付け根まで真っ赤にしていた。ミズハもそれに合わせてか、目を閉じて俯いてしまった。


「わ、私の好きな人……それは……」


 ヒサメが上目遣いの状態で、本心の言葉を紡ごうとした。


「お~い!ギンワン!始めちゃって良いんだよな~?」


 しかし、偶然にもビャクヤの声によって、それは阻まれた。


「ああ、始めてくれて構わないのだがね!」


 ギンワンはすまないといった様子でヒサメに頭を軽く下げた後で、稽古の審判をするために駆け去っていった。


「……ヒサメ」


「ごめんなさい、ミズハ。私らしくなかったわね」


 ミズハは『らしくない』と責めるためにヒサメの名を呼んだわけではないが、ヒサメにそれは届いていなかった。正しくは届いていたが、受け取らなかったといったところか。


 ヒサメは頬を手でパシッと叩いてから、何事もなかったかのようにスカイブルーの髪を風になびかせながら、ギンワンの隣へと走っていった。


「……私は――」


 ミズハは以前から感じていた思いは自らの心の内に留める方へ、静かに感情の舵を切った。一方で、ヒサメやミズハの複雑な心境であることなどつゆ知らず。男衆は稽古にかかりっきりなのであった。


「オラァッ!」


 真正面から振り下ろされる木製の大斧を直哉は木刀を用いて頭上で受け止めるも、力勝負ではジリジリと押されていた。数十秒をかけて直哉の木刀は肩の高さまでゆっくりと落とされた。斧は直哉の左肩の方に置かれている。


 直哉はそれに対して、左方向へと受け流してやっとの思いでやり過ごした。このことで真正面からの衝突では勝てないと判断した直哉は、一度後退して間合いを取った。


「ハァッ!」


 直哉は右下からの切り上げを放ったが、かえって斧で上から抑え込まれる恰好になった。ビャクヤは抑え込んだところへ右足での蹴りを直哉に見舞った。その蹴りを左腕に受けた直哉はその威力を前に木刀を握っていた左手を離してしまい、残る右も握る力が弱まった。


 その一瞬を見逃さなかったビャクヤは大斧で木刀をすくい上げた。これによって、武器を失った直哉だったが、ビャクヤの大斧を持つ手に飛びついた。


 ここまで読み切ることができなかったビャクヤは必死に直哉を引きはがそうとするが、直哉は掴んで離さない。そして、直哉はビャクヤともみ合った末に大斧を奪い取った。


 直哉が両手で大斧を奪い取った瞬間、ガラ空きになった胴にビャクヤの鉄拳が叩き込まれた。この一撃で直哉もダウンし、稽古は決着した。


「……直哉さん、水」


 直哉がお腹を抱えながら、起き上がるとミズハから水を渡される。だが、直哉は今は遠慮しておくと断った。何せ、今の状態で水を飲めば直哉は吐きかねない。


 そのことに遅れて気づいてミズハはその場で正座をして、直哉に何度も頭を下げていた。


「ミズハ、余り謝り過ぎてもダメよ?相手も困ってしまうから」


 ヒサメがミズハの後ろから優しく語り掛ける。その口調は妹を叱る姉のような雰囲気があった。


「……分かった。気をつける」


 ヒサメの言葉にミズハも納得したらしく、いつもの感じに戻っていた。


「さて、次は私ね」


 ヒサメは手に持った木製の槍を両手で振り回し始めた。だが、木製の槍がブンブンと音を立てて風を切っているのには直哉もさすがにビビった。


 そのことに気づいたギンワンからの指示で、ヒサメとの稽古は昼食を挟んでからということになった。


「さあ、始めましょう」


 よほど直哉と戦ってみたいのか、ヒサメは誰よりも早く昼食を食べ終えて、槍を抱えていた。普段、表情を表に出さないヒサメが楽しみにしている様子に直哉も待たせるのも良くないと昼食を手早く食べ終えた。


「じゃあ、ヒサメさん。お手柔らかにお願いします……!」


「ええ、こちらこそよろしくね」


 ヒサメは槍を地面から垂直に立てていた。やがて稽古の始まりを告げる合図が鳴った。直哉が先手必勝とばかりに攻撃しようとした頃にはヒサメは直哉に肉薄していた。


「ひっ!?」


 ヒサメの槍から放たれる突きは一つ一つが鋭く、直哉から思わず変な声が漏れるほどのスリルであった。


 直哉は必死に右へ左へ木刀でヒサメの突きの軌道を逸らして身を守っていた。この稽古はもはや一方的であった。直哉が完全に防戦一方になってしまっている。


 ヒサメの動きは直哉よりも速い。そして、夏海を遥かに凌ぐ槍の力量。例えるなら、紗希と夏海を一つに合体させた感じである。少なからず、直哉はそんな風に認識していた。


 辺りに木と木とがぶつかり合うような音が響き渡る。ヒサメの槍を必死に木刀で薙ぎ払う直哉の戦いぶりであったが、勝者は言うまでもなくヒサメだった。


 直哉は自分の額と1ミリほどの間を空けている槍の穂先に冷や汗が流れ落ちていた。


「よし、今日の稽古はここまでにしようかね」


 その後はギンワンの指揮の元、ローカラトの町へ向けて馬車で進んだ。結局ローカラトの町へ到着したのは翌日の夕方だった。


「……何だか、もの凄く久々に帰ってきた感じがするな。何か、数年ぶりくらいに戻ってきたって感じだ」


 実際、ダグザシル山脈へ出発してから1ヶ月と数日なのだが、ダグザシル山脈であった出来事を踏まえれば、それ以上の懐かしさを覚えるのも無理はないだろう。


 何にせよ、直哉は帰ってきたのだ。ここ、ローカラトの町に。


「ナオヤ、こっからどないするんや?」


「そうだな……この時間ならみんな家に帰ってるだろうから――」


 直哉は少女姿のイシュトイアを連れて、家へと帰ることにした。ギンワンたちは冒険者ギルドに向かうということで、一行は2方向に別れた。


「ただいま~!」


 直哉が勢いよく家のドアを開けるものの、「おかえり」が帰ってくることは無い。なぜなら、住人である紗希も聖美も不在だからである。


「なんや、誰もおらへんみたいやな」


 イシュトイアは直哉が家に入るより先に家の中を探検して回っていた。探検を終えての言葉が先ほどの言葉である。直哉も二人の部屋をノックしてから入ってみたが、部屋にも紗希と聖美の姿は見えなかった。


「やっぱり、誰も居ないか。もしかすると、まだ二人とも冒険者ギルドなのかもしれないな……」


 直哉は一人、ブツブツと目を閉じた状態でそんなことを呟いていた。そんな時にふと、『ウィルフレッドに誘われて夕食を食べに行ったりしているのでは』と思い立った。直哉はイシュトイアを連れ、部屋に荷物と書き置きを残してから家を出、冒険者ギルドを目指したのだった。

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