幕間2 戮力協心
「魔王軍か。こんなところで何してるんだ?」
クラレンスが頭を上げて、高台に雪原の中でも少し高い丘上にいる男の姿を見た。その男は不格好な鎧と漆黒のマントに身を包み、右手には大太刀を提げている。
「ワシはお主のような人間に興味はないんじゃが。今なら見逃してやるから、どっかに行くがよい」
ザウルベックは高台の男に対して、シッシッと犬でも追い払うような手の動きを見せた。これには男の表情も険しいものになった。男は一足飛びでクラレンスたちの前へと着地した。男の身体能力にはクラレンスたちも目を見張った。
「お前たち、スカートリア王国の人間だな。こんなところに何しに来た?」
「私たちは竜の国へ……」
「いや、詳しい話は後だ。お前たち、それを持っておけ」
男はクラレンスの話を遮り、懐から取り出した6つの指輪状のアミュレットを投げ渡した。
「それを付ければ寒さをしのげる。この辺りに住む者たちの間ではそれを付けるのは常識だ」
男は叱るように言いつつも、早くアミュレットを付けるように促した。クラレンスたちも怪しみながらも指にはめた。
「これは温かい……!」
クラレンスたちの体に奪われた温もりが蘇っていく。
「これで戦えるな?」
「「「「「「はい!」」」」」」
男からの問いに6人は声を揃えて首を縦に振った。すでにそれぞれの手には武器が握られている。
すっかり戦闘意欲が戻ったクラレンスたちを見て、ザウルベックは計算が狂ったと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「あの老いぼれの相手は俺が引き受ける。お前たちはそれ以外の有象無象の始末を頼む」
男はそういうや否や、弓を離れた矢のようにザウルベックへと急接近していった。
「そこの老いぼれ!その命、貰っていくぞ!」
男の大太刀とザウルベックの大鎌は激しい金属音を響かせながら交差していた。その後も火花を散らしながら大太刀と大鎌は交わった。最初は互角に見える戦いだったが、徐々に徐々に形成はザウルベックが不利になっていった。
「お主、何者じゃ!?」
得物を交わせる中で、他の人間とは一線を画した戦闘能力にザウルベックは驚くと同時に恐怖を覚えていた。
「俺は通りすがりの英雄様だ――」
男の大太刀は幾度もザウルベックの頬や首筋を掠めていく。だが、ザウルベックの鎌も男の攻撃を右へ左へ薙いでは反撃を加えていっている。
ザウルベックが恐怖を抱いたのはザウルベックが本気を開放すればするほどに男もそれに応じるように際限なく力を解放してきていることだ。
最初の斬撃は子供の遊びに付き合っていたようなもので、今では大人同士のケンカのような状態である。
ザウルベックの中では限界が近づいていたが、男からはまだまだ余裕を感じた。ザウルベックの心の中に敗北という二文字がちらつき始めるが、当の本人はその言葉はを跳ねのけた。
「お前、ローカラトの町で俺に半殺しにされたヴィゴールってヤツの行方を知らないか?同じ魔王軍だろ?」
男からの言葉にザウルベックの脳裏には会議の際にユメシュがヴィゴールに深手を負わせた相手が、20年前の魔王を討伐したジェラルドという男だと言っていたのを思い出した。
「お主があの……20年前我らが先王を殺したジェラルドか!」
ザウルベックは目の前の男――ジェラルドに対して復讐の闘志を蘇らせた。ザウルベックに殺意という生命エネルギーが満ちていく。
「“
再び、ザルモトル雪原を吹雪が覆いつくす。しかし、ジェラルドの周囲だけは何事もないかのようだった。
「悪いが、俺には魔法は効かないんだよ!」
ジェラルドの大太刀が大鎌を切り裂き、ザウルベックの胸部に深々と一閃を刻んだ。ザウルベックは声にならない声を上げ、真っ白な地面の上を何度も跳ねた。その跳ねた場所には青く染まっていた。
ザウルベックの“
そして、ジェラルドは一歩一歩を踏みしめるような速度でザウルベックの元へと歩いて行く。ザウルベックは半ばで真っ二つに斬られた鎌を捨て、傷口に手を当てながらよろよろと立ち上がった。
「こんな若僧に負けるとは、ワシも年には勝てなんだ……」
ザウルベックは潔く首筋をジェラルドに差し出した。その首がジェラルドの大太刀によって飛ばされようかというタイミングで、彼はザウルベックを破壊した。
「……中々、逃げ足の速いヤツだな」
ザウルベックはジェラルドから斬撃を受け、後退した。そこへジェラルドが歩いてやって来る間に自らの氷の像を作り出し、自らはその場から離脱したのだ。ジェラルドもこれには一杯食わされたといった感じであった。
「仕方ない、あいつらの所に戻るか」
ジェラルドは背負っている漆黒の鞘に大太刀を収めながら、9000体近い魔物と戦っているクラレンスたちの元へと戻った。
ジェラルドがクラレンスたちの元へ戻ると、クラレンスが八竜剣を使用してドラゴンタートルを目にも止まらぬ速さで解体しているのが見えた。
他にも獣化したライオネルがトロールを大斧で両断していったり、マルケルが冷気を纏った拳でダイアウルフを立て続けに屠っていく様を眺めた。
マルケルに続いて、イリナはダイアウルフより素早い速度で駆けまわり、次々に短剣で仕留めていっていた。植物魔法のツタでの攻撃も次々にダイアウルフを打ち殺していっていた。
エレノアとレベッカは“岩霊弾”や“
「フッ、これなら俺の出番はもう無さそうだな」
ジェラルドはその場に腰かけ、手元で雪合戦で使えそうな手ごろなボールを作って遊んでいた。
「意外と童心にかえって、こういう子供みたいな遊びをするのも楽しいものだ」
ジェラルドはクラレンスたちが必死で9000体の魔物の相手をしている間、雪を固めて作ったボールでお手玉をしたりして時間つぶしをしていた。
ジェラルドが待つこと、およそ2時間。遊ぶのにも飽きたジェラルドはその場で雪に体を沈めながら眠りについていた。次にジェラルドが目を覚ますとすでに陽も落ちて夜になっていた。
これにはジェラルドも「しまった!寝すぎた!」と声を漏らした。だが、辺りを見渡してみればジェラルドの周りではクラレンスたちが焚火を行なっていた。
「お前たち、焚火で燃やしている木は……」
ジェラルドは言葉を出して、途中で引っ込めた。クラレンスたちが浸かっている物は氷漬けにされた村から拝借してきたモノなのだと。
「あ、起きられましたか。貴公の加勢が無ければ、今ごろ私たちはこの世の人では――」
「やめてくれ、そういう堅苦しいのは好きじゃない」
クラレンスの言葉にジェラルドが割り込む。肩の力を抜いた感じで話して欲しいとジェラルドはクラレンスに頼んでみるが、クラレンスは「命の恩人を呼び捨てにするわけにはいかない」と言って聞かなかった。
「それで、お前たちがここに来た目的はなんだ?」
ジェラルドはクラレンスの言葉遣いのことは諦め、本題へと入った。
「それを申し上げる前に、命の恩人である貴公の名前が聞きたい」
クラレンスはジェラルドに目的を話す前に名前を聞いた。これには、いくら助けてくれたとはいえ、何者なのか分からずに国家としての目的を明かすわけにはいかないという明確な理由があった。
「分かった。俺はジェラルドだ」
ジェラルドの周囲に居たクラレンスたちは『ジェラルド』という名前を聞いてひどく驚いた様子だった。
「ジェラルドというのは20年前に魔王グラノリエルスを倒したという……」
「そうだ、そのジェラルドで間違いない」
17年前に消息を絶った英雄が目の前でピンピンしているという事実を一同はすんなりと受け入れられなかった。
「それでは、今までの17年間はどこで何を……?」
クラレンスはジェラルドの機嫌を損ねないように恐る恐る尋ねた。
「こことは違う世界に居た。戻って来たのも最近だ」
クラレンスたちは『こことは違う世界』というモノが想像できずに戸惑っている様子であった。そもそも、すんなり理解できる方が有り得ないというモノだ。
「俺は俗に言う“来訪者”たちがやってくる場所に居たんだ……とでも言えば分かりやすいか?」
ジェラルドは違う世界というモノをかみ砕いて説明すると、クラレンスたちも何とか理解ができたという手ごたえであった。
「さて、俺の事はもういいだろう。お前たちは何者で何をしに来たのかを教えろ」
「は、はいっ!」
ジェラルドの急かすような言葉にクラレンスは緊張した表情をしていた。まさか自分たちを助けてくれたのが噂に聞く最強の英雄なのだから、接し方に戸惑うというモノだ。
クラレンスは自分たちの身分と、目的がスカートリア王国の国王であるクリストフからの勅令で竜の国と同盟を結ぶことだと正直に明かした。それを聞いたジェラルドはあごに手を当てて少し考える風な素振りを見せた。
「よし、ついて来い。俺が竜王のところまで案内してやる」
「「「「「「……へ?」」」」」」
ジェラルドの思いがけない言葉にクラレンスたちは動きを硬直させたのだった。
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