幕間1 殿下と親衛隊

 視界が一面の雪で覆われる中、そこを真っ直ぐに進んで行く一台の馬車があった。


「殿下、もうすぐで村に着くぜ」


 オリーブ色の髪をした大男、ライオネルが隣にいる短めの銀髪に切れ長の目が特徴的なクラレンスに声をかけた。


「そうか。ならば、今日はその村で一泊するとしよう」


 クラレンスが馬車の外を見やると、夕日が地平線の奥へと隠れようとしていた。


 クラレンスとライオネルの向かいに座っているのは、金髪をそれぞれツーサイドアップとワンサイドアップにした美女たちだ。そう、エレノアとレベッカの姉妹である。そして、馬車の御者を務めているのはコバルトブルーの髪と緋色の髪の対比が目を引く二人、マルケルとイリナだ。


 そんなクラレンスと親衛隊の5人はスカートリア王国の国王であるクリストフから20年前のように竜の国との同盟を結んでくるように申し付けられ、竜の国側に警戒されることを避けるために兵士を連れず、6人だけで向かうことになったのだ。


「おいおい、これはどういうことだ……?」


「これ、全滅じゃん……」


 村へと到着したクラレンス一行は氷漬けになっている村の状況に唖然とした。村の建物から人まで何もかもが凍てついている。まるで時間ごと氷漬けにされたような印象を受けた。


 一行はただすべてが凍てついているだけという村の状況に底知れない恐怖を覚えた。そして、直感に従って、すぐさまその場を離れることを決めたのだった。


「おやあ?クラレンス殿下、もうお帰りになられるのですかな?」


 クラレンスたちが馬車に戻ろうと振り返った時、馬車は馬ごと氷に覆われていた。そして、その奥にある村の入口に一人の白髪頭の老人が立っているのが確認できた。


「……これは君がやったことなのかい?」


 クラレンスは村の方を顧みながら、その老人へと言葉をかける。老人は終始ニヤニヤとゲスびた笑みを浮かべたままでクラレンスの問いに答える様子は見受けられない。その老人が右手を頭の高さまで掲げると、ドラゴンタートルやダイアウルフ、トロールなどの魔物が1000体ほど姿を現した。


 自分たちをグルリと取り囲む魔物の群れにクラレンスたちは驚きを隠しきれなかった。


「君は一体何がしたいんだ……?」


 クラレンスは老人が魔物を使って自分たちを襲わせようとしていることくらいは理解しているが、確認せずにはいられなかった。


「それは言えんのう」


 ケタケタと道化のように笑いながら、そのように老人は答えた。


「せめて、名前くらいは名乗ってもらえるかい?」


 クラレンスが今知りたいのは魔物を使役する老人が何者なのかということだ。いや、魔王軍と関わりがあるのか……という方が正しいか。


 近頃、スカートリア王国の王宮内部でもローカラトの町や港町アムルノスが魔王軍の攻撃にさらされたこと、セベマの町が魔王軍によって跡形もなく消滅したことは話題に上ることが多い。


 この老人が魔王軍と接点があるのかだけでも掴みたいというのが、クラレンスの本音だ。


「ならば、冥土の土産にワシの名を教えてやろう。ワシの名は――」


 老人が自らの名を『ザウルベック』と名乗り、その後には魔王軍の八眷属だということも明かした。


「どうせ、ここでお前たちは死ぬんじゃ。名前を名乗っても問題は無かろうて」


 ザウルベックは手に持った大鎌をクラレンスたちへと向けた。


「始末しろ」


 ニヤリと笑みを浮かべながら、放たれた殲滅の号令に1000の魔物が一斉にクラレンスたちへと攻撃を開始する。


 ザウルベックの計算では1分持たずに決着、すなわち全滅すると踏んでいた。しかし、彼らは数で圧せば倒せるほどに弱いわけではなかった。


 真っ先に接敵したダイアウルフの群れはクラレンスが紡ぐ剣舞によって、目にも止まらぬ速さで解体されていく。


 それに続くライオネルの大斧での薙ぎ払いで10体近いダイアウルフが上下に切断され、マルケルの冷気を纏った拳がダイアウルフを1体ずつ的確に急所を突いて仕留めていく。


 イリナの植物魔法はダイアウルフをツタを用いて右へ左へ薙いでいき、エレノアの“岩霊弾”とレベッカの“風矢ウィンドアロー”はダイアウルフの頭を的確に撃ち抜いていった。


 ……開始1分で殲滅されたのはダイアウルフ500体の方だった。


 続いて、ドラゴンタートルとトロール相手に6人は3人ずつ二手に別れた。


 ドラゴタートルにはクラレンスとエレノア、レベッカ。トロールにはライオネル、マルケル、イリナといった具合に。


 ドラゴンタートルが吐き出した魔力の砲撃をエレノアの精霊魔法が相殺し、レベッカの風の武器が雪原を舞い踊る。敵わぬと見たドラゴンタートルは堅牢を誇る自らの甲羅の中へと閉じこもった。しかし、それがドラゴンタートル全滅への近道になってしまった。


 攻撃して来ないドラゴンタートルなど、ただの亀。クラレンスが甲羅ごとドラゴンタートルを切り裂き、エレノアの土の砲撃が甲羅を貫いていく。二人の高火力の攻撃はドラゴンタートルを次々に成仏させていった。


 クラレンスとエレノアがドラゴンタートルを処理している間に、レベッカは反対側から押し寄せているトロールの頭に“風矢ウィンドアロー”を撃ち込んでいく。


 トロールの方も獣化したライオネルに右から左に投げ飛ばされたり、大斧で真っ二つに両断されていた。また、マルケルの鉄拳も次々とトロールの心臓を穿っていく。


 なお、トロールには氷属性の魔法は効果が薄いためにマルケルは氷の魔法拳を使わずに応戦していたが、攻撃の威力が落ちている状態であっても、いとも簡単にトロールを倒していく。イリナも植物魔法のツタを操りながら、トロールの心臓を短剣で貫いていく。


 それぞれ250体ずつ居たドラゴンタートルとトロールが全滅したのはほぼ同時だった。


「さて、残ったのは君だけのようだね」


 クラレンスが振り向くと、1000の魔物が全滅したことが信じられないという様子のザウルベックの姿があった。


「フン!このボケ老人なんざ、俺が捻り潰してやらぁ!」


「さて、もうひと踏ん張りしますか!」


「殿下、後は俺たちが引き受けますよ!」


「あのお爺さん、少しは楽しめたらいいなぁ~」


「みんな、油断しちゃダメだよ!」


 もう勝ったつもりでいるライオネル、エレノア、マルケル、イリナをレベッカが冷静に諫める。クラレンスも親衛隊のメンバーを頼もしく思うと同時にレベッカ同様、戒める側に回った。


「みんな、気を付けるんだ。あのザウルベックって人が一番の強敵だからね」


 クラレンスは親衛隊の5人よりも前へ出て、ザウルベックと相対した。これまでの戦況を鑑みて、ザウルベックは苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。


「人間如きが図に乗りおって……!」


 ザウルベックの元には吐いて捨てるほど駒はある。何より気に入らないのは勝ち誇ったような相手の顔だ。それがザウルベックに取っては何よりも不愉快だった。


 ザウルベックは念を入れて、残りすべての魔物を終結させる指示を出していたために、すでにザルモトル雪原にいる“魔王軍”は終結しつつある。それまで自分が耐えれば、自らの手で人間を始末する必要はないのだ。


 だが、ザウルベックはそれを理解していながらも苛立ちを抑えきれなかった。


「良いじゃろう。そんなに死にたければワシ自らが相手をしてやるわ」


 ザウルベックが大鎌を両手で構え、戦闘態勢に入った刹那。辺りの気温が数℃下がったようにクラレンスたちは感じた。


「“銀世界シルバナヴェルト”」


 ザウルベックの一言によって、辺り一面が吹雪に覆われた。夕陽でさえも、吹雪で隠されてしまった。クラレンスたちはお互いの居場所が何とか分かるほどの極めて視界が狭いものとなっていた。


 それと同時に、ザウルベックの姿を完全に見失ってしまっていた。これは致命的なミスだが、どこから攻撃が来てもいいよう、クラレンスたちは6人で背中を預け合うように円陣を組んだ。


 ――だが、一体どこから攻撃を仕掛けてくるのか。


 この事だけが6人の頭の中を支配していたが、ザウルベックの狙いは攻撃することではなかった。


「殿下!ダメだ、武器が全く握れねぇ!」


 ライオネルからの声が響く頃、クラレンスも剣を握る手が寒さで限界を迎えていた。そして、全員が武器を握れずに地面へと落としたところで吹雪は止み、夕日が差し込んだ。それと同時に6人の表情は絶望に染まった。


 吹雪が晴れたタイミングで周囲はダイアウルフ、ドラゴンタートル、トロールといった魔物の群れに支配されていた。その数、9000。


 吹雪いている間の緊張感は6人の精神力を削り切るのに十分だった。さらに武器を握れないように無力化されたという事実で6人は絶望の淵へと叩き込まれた。


「どうじゃ?これで戦おうという気すら失せたじゃろう」


 ザウルベックは自らが動くと見せかけて動かなかった。そして、動かずしてクラレンスたちを無力化してしまった。もはや、武器も使えない6人には為す術が無かった。


「死ね」


 ザウルベックの言葉によって動き出す魔物の大群を前に、6人はうなだれることしか出来なかった。


 これにはザウルベックは勝利を確信したような笑みを浮かべた。もはや浮かべるなと言われれば無理なほどに勝利は揺るぎないモノになるはずだった。


 ――あの男が現れるまでは。

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