第107話 大空洞での再会

 直哉は目の前にいる黒いローブを纏い、真っ白なセミロングの髪をかき上げるような仕草をする華奢な少女をじっと観察するように見つめた。


「何や、そない見つめられたら照れるやないか。まさか、ウチに惚れて……」


「それはない」


 両手を頬に当てて女の子らしく照れたような素振りをしていた。だが、直哉はその光景を白い目で見ているだけだった。


「やっぱり、ウチのことは嫌いなんか……?」


「……ゴメン、俺はお前の事は剣としか見られない」


 イシュトイアの上目遣いに対して、直哉は男が女にそれとなくフラれる際に用いられるであろう言葉No.1の『ゴメン、あなたの事は友達としか見れなくて……』の友達を剣に言い換えた言葉を返した。


「やっぱり、ウチのことは都合のいい女としか見てへんかったんやな……」


「いや、イシュトイアにそういう感情を向けたことは一度としてないんだが」


 調子に乗ったイシュトイアの言葉に真顔で返す直哉。イシュトイアはため息をついて、話の話題を変えた。話題を変えてからは、とりとめのない話を30分ほど交えた頃、大空洞の外――山頂へと続く道から人の話し声が聞こえてきた。


 イシュトイアは敵ではないかと警戒してか、少女の姿から再び剣へと姿を戻した。直哉は剣に戻ったイシュトイアを構え、剣先を声のする方向へと向けた。


 その方向から現したのは男女6人。その6人はギンワン、ヒサメ、ムラクモ、ビャクヤ、ミズハ、アカネであった。


 顔を合わせた7人はお互いに驚きに表情を染めた。まさか知り合いがやって来るとは思わなかった男、片や死んだと思って墓標まで立てた人間が生きて目の前にいるという事実に直面した男女6人である。硬直するのも無理はない。


「……本当に直哉、君なのかね?」


「はい……正真正銘、本物の薪苗直哉ですが」


 直哉はギンワンからの問いに間髪入れずに答えと頷きを返した。それを聞いたギンワン以外の5人が直哉の元へと駆け寄ってきた。


「無事だったのね」


「本当に無事で良かったよ」


「いやあ、俺は生きてるって信じてたぜ!」


「……また会えて嬉しい」


「無事で良かったわ!まあ、アタシは心配なんてしてなかったけどね!」


 直哉はヒサメ、ムラクモ、ビャクヤ、ミズハ、アカネの5人から次々と投げかけられる言葉に対して、誰の言葉から返していけば良いのか分からず、直哉は苦笑いを浮かべることしか出来ないでいた。


 ビャクヤは馴れ馴れしく直哉の肩を組み、豪快に笑っていた。その横でヒサメはアカネの「心配してなかった」という言葉に対して、さっきまで直哉の死に心を痛めていたことを指摘してアカネと軽く口論になっていた。


 ムラクモは4人から一歩引いた位置で、賑やかな集まりを見守っていた。ミズハは杖を胸元に抱きながらしゃがみ込んで、直哉の右手にあるイシュトイアのことをまじまじと見つめていた。


「いい加減、そのくらいにしないかね。直哉も困っているようだがね」


 ギンワンの介入でその場は静かに収まった。その後、ギンワンからの提案で積もる話はテクシスの冒険者ギルドでする流れになった。


「なるほど……状況は大体理解したがね」


 場所は冒険者ギルドの執務室に移る。そんな執務室にポツリとギンワンの静かな声が溶け込む。現在執務室にいるのは直哉とギンワンのみ。ヒサメたちはギンワン抜きでクエストに出かけている。ついでに今日は直哉が大空洞で死んだと言われていた日から8日が経っていることがギンワンの口から語られた。


「あの、呉宮さんたちは……」


 直哉が口にしたのは彼女や妹、友人たちのその後であった。生きているのか、はたまた死んでしまったのか。それともケガをしているのか、そのケガは重傷なのか。


 そういった安否が気になって気になって仕方ないのだ。直哉はそれに関しては食い気味にギンワンへとぶつかっていった。


「ああ、ローカラトから来た者たちは全員とも3日前にこの町を離れたがね」


 ギンワンの言葉に直哉は肩を落とした。直哉には今すぐ聖美たちを追いかける手段など持ち合わせていない。


「ならば、我々冒険者ギルドから馬車を出させようかね。そして、その際に私たち6人も同行させてくれないかね?」


「えっと、それは全然良いんですけど……何か理由があるんですか?」


 直哉はギンワンへとすかさず質問を返した。確かに送ってくれるのはありがたいが、なぜギンワンたちまで付いてくる必要があるのか。直哉が聞きたいのはそこだった。


「ああ、君たちの冒険者ギルドのマスターに謝りたいだけなんだ」


 ギンワンは負い目を感じていた。直哉の命を失いかけたということを、その近しい者たちに涙を流させて悲しませてしまったことに。そういった負い目から、直哉に同行させて欲しいと願い出たのだ。


 直哉はそのことを察した上で快諾した。それは全くもって断る理由がない。また、本来なら他所の冒険者ギルドの冒険者が死んだことを気にする必要は無い。それを気にしてくれている。それには何だか申しわけない気持ちと心強いという気持ちがあった。


「それじゃあ、後はヒサメさんたちに了承を……」


「問題ない。扉の向こうで盗み聞きをしているのは知っているからね」


 ギンワンがフッと笑みをこぼしながらそう言うと、静かにドアが開いた。そこからヒサメたち5人が申し訳なさそうに入って来たのだった。


 その後は直哉の墓標をどうするのかという話になったが、直哉の提案で面白いから埋めてあるものも墓標もローカラトの町に持って帰って飾る運びとなった。


 その日の夜は直哉の無事を祝って、テクシスの冒険者ギルドで宴が開かれた。酒に山で採れた動物の肉が目一杯振る舞われた。


 ――しかし、テクシスの町を出発するのは宴の翌日を予定していたが、ギンワンたちテクシスの冒険者が二日酔いになったことで出発は一日延期となった。


 ――――――――――


「何!?薪苗直哉を殺した?」


 魔王城の円卓の間の空気を総司令のユメシュの声が打つ。その表情は『驚いた』と書いてあるかのようだった。その報告を行なっているのは、八眷属の一人であるディアナ。円卓の上には大空の宝玉が一つの魔鉄製の箱に収められている。


「何かマズかった?」


「いや、何もマズいことはない。魔王軍の敵が一人消えたのだから」


 小首を傾げるディアナにユメシュは静かに笑みを浮かべながら、ディアナを称えるように拍手を贈った。


「ユメシュ、報告は以上だよ。私は西の大陸への侵攻準備があるから、これで」


 ディアナは一礼をして円卓の間を退出していった。前回の会議の後、魔王ヒュベルトゥスから西の大陸にも派兵する旨が下されていた。


 その西の大陸にあるヴィシュヴェ帝国への遠征軍の指揮を任されたのが、ディアナなのだ。その間の魔王城と魔族領の守備はゲオルグが担当し、ザウルベックには引き続きスカートリア王国と竜の国の人と物の行き来を阻むように命令がそれぞれ下されている。


 ユメシュは次の一手を打つため、準備にかかろうと円卓の間の奥にある転移の魔法陣に入ろうとしたタイミングでドアをノックする音が鳴った。


「どうぞ」


 ユメシュは再び、椅子に腰かけたのちに入室の許可を出した。入室してきたのは背中の部分が大きく開いた白いドレスを纏った乳白色の髪を垂らす美女――レティーシャだった。


「ユメシュ様。ジェラルドの居場所を突き止めたでありんす」


 レティーシャは表情の固いままのユメシュの近くまで歩み寄り、報告を始めた。


 ジェラルドが竜の国に居ることを報告し、ザウルベックに『ジェラルドがスカートリア王国へ戻ろうとする素振りがあれば捕縛するように命じた』ことを伝えた。現在、ザウルベックには1万ほどの魔物を率いさせている。その内訳はドラゴンタートルが2500、ダイアウルフが5000、トロールが2500といった具合だ。


 ドラゴンタートルは四足歩行の竜の背に亀のような甲羅があり、その甲羅は世界で一番硬い金属であるオリハルコンか、その次に硬いと言われるアダマンタイトの武器でしか傷つけられない。攻撃手段としては魔力の息吹を口から放出する。動きが遅いために魔王軍では盾役として用いられている魔物である。


 ダイアウルフは短めの足で敏捷性に優れた魔物。自らより強い者の指図に忠実に従うことも含めて、伝令役から斥候まで幅広く運用されている。接敵の際には群れで挑むため、その数と華麗な連携に圧されて全滅する冒険者は少なくない。


 トロールは動きが多いがパワーは強いため、前線で暴れまわることが主な仕事となっている。その怪力から繰り出される武器での攻撃を受ければ生身の人間は即死である。また、雪原地帯に生息しているために氷属性の魔法への耐性は高い。そういった特性を活かせるために雪原へと派遣されたのだ。


 ザウルベックはこの3種類の魔物を統べ、万全の状態でスカートリア王国と竜の国の境にあるザルモトル雪原に陣取っているのだ。


「分かった。だが、念のためにザウルベックにはジェラルドと遭遇した場合は警戒するように伝えておいてくれ。ジェラルドという男は本当に人類最強だからね」


「了解したでありんす」


 ユメシュはジェラルドの強さは魔王軍の中では一番理解しているため、ザウルベックに『どうか侮らないでほしい』と心から願っていた。


 そんなユメシュの元にレティーシャが退出したタイミングで連絡をしてきた人物があった。


『あ、ユメシュ?僕の声は聞こえてる?』


「ああ、問題なく聞こえているよ」


 ユメシュは円卓の中央に置かれている宝玉へと顔を向け、声をかけた。その宝玉からはユメシュの声が聞こえて一拍開けて、男の爽やかな声が聞こえてきた。


『キミの指示通り、南の大陸の馬鹿どもと迷宮に行くことになったよ。だから今、船の上なんだよね』


 宝玉の中からは男の言うように波の音が不定期に流れてきている。


「相手が人間だからといって、油断するんじゃないぞ。見つからないように気を付けるんだ」


 ユメシュは現段階では、男が計画通りに事を進めていることに内心ガッツポーズをキメながらも、澄ました顔をしていた。


「私も君の任務が終わるころには合流する。スカートリア王国の王都で良い報告を待っているよ」


『ああ、任せてよ、ユメシュ。必ず、上手くやって見せるからさ』


 男もユメシュもフフフと不気味に笑った。ユメシュは口元に笑みを浮かべたまま、転移の魔法陣の中へと姿を消したのだった。

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