第106話 それぞれの出立

 直哉の墓標が築かれた翌日、紗希たちはローカラトへ帰還するための準備をしていた。


 直哉の死を受けて、葬式は行わないことに決定した。それは聖美と紗希が直哉の“死”を受け入れられない状況で行なうのは酷だという理由からであった。


 マリエルが幌馬車を動かして、荷台に装備と水や食料を順に積み込んだ。それから紗希が御者であるマリエルの隣に座り、聖美と茉由、寛之、洋介、夏海の5人は荷台の椅子に腰かけた。


 その時の1つ分の空席が余計に6人の心を悲しみという刃がチクリと刺した。


 テクシスの町の冒険者たちが直哉の墓標周りを管理することを約束したので、3週間後の年明けにまた訪れることもギンワンたちに伝えたうえで7人はローカラトの町への帰路についた。


「今年の誕生日は直哉君と過ごしたかったのに……!」


 聖美の誕生日は12月24日のクリスマスイブ。この世界に来た時の日付から計算して9日後のローカラトに到着した日が聖美の17才の誕生日なのだ。


 馬車の内部は聖美が泣きじゃくる声で満たされていた。他の全員も聖美の様子を見て涙をこぼした。マリエルは涙で前が見えなくなっては運転に支障をきたすので、涙を服の袖でこするように拭った。


 現在の聖美の状況としては恋人とというモノだ。別れと言っても恋愛的なモノよりも酷な永遠の別れ、死別である。


 ローカラトへ帰る道中の最初の3日間、聖美は一言も喋らず水も食料も摂ろうとしなかった。それは自分も死ぬことを望んでいるかのような態度だった。


 紗希はそれに激怒して、聖美にビンタを浴びせた後で叱りつけた。


「兄さんはボクと聖美先輩を守ってくれた……!その命を無駄にしないでください!」


 聖美は紗希の声にぐうの音も出ず、


「そうだよね……直哉君の分も生きないとダメだよね……!」


 そう言って、ようやく水と食料を摂ったのだった。


 同刻、テクシスの町では聖美たちがローカラトの町へと帰って以来初めて、直哉の墓周りの清掃を行うためにギンワンたちが山を登り始めていた。


 山を登るのはギルドマスターであるギンワン、ヒサメ、ムラクモ、ビャクヤ、ミズハ、アカネの6人である。それぞれが武器を携帯し、清掃の道具も手から提げていた。


「アタシ、直哉を見殺しにしたようなものだしね……!」


 アカネはディアナを前にした時の己の無力さを悔いていた。あの日からアカネは直哉を見殺しにしたことを悔やみ続けているのだ。


「アカネ、直哉君の死はあなたのせいじゃないわ。だから、……」


 ヒサメが隣を歩くアカネを慰めるように優しい態度で接し、それを他の4人も静かに見守っていた。


 ――――――――――


「さて、帰り道を探さないとな……」


 直哉は鞘に収めた状態のイシュトイアを肩に担ぎながら、テクシスの町への帰還ルートを何日も探し続けていた。


「ナオヤ、空とか飛べたら一発なんちゃうか?」


「だから、そんな魔法使えたら飛んでるよ――」


 直哉は飛んでいるという言葉で一つ思い出したことがあった。それはハーピィを率いていた魔人のアーシャが空を飛んでいたことだ。


 そして、その魔法を足止めがわりに破壊したことも併せて思い出した。


 直哉はそっと目を閉じて賢竜の力を使い、その時に破壊した飛翔魔法の魔法式を記憶の奥から引っ張り出した。賢竜の力で直哉の記憶を過去の記録映像を遡るように見ていけば、大体のことが判明してしまうのだ。


「ナオヤ、何しとるんや?」


「ムーディー・ブ〇ースでリプレイしてるんだ」


 直哉はあえて、イシュトイアには伝わらないであろうスタ〇ド名を出して自分のしていることを教えた。


 直哉は飛翔魔法の魔法式を自らの靴に付加エンチャントした。試しに5mほど飛んでみると、イシュトイアから「こら、ウチを置いていこうとすんな!」というテンション高めの声が投げられた。


 最初から直哉は置いていくつもりなど無かったので、すぐにイシュトイアの元へと戻った。


「よし、イシュトイア。これで上まで戻れるぞ!フライ!」


 直哉はイシュトイアを胸の前で抱きしめるようにして、一体どこのフォーリズムだと言わんばかりのことを言いながら、暗闇の底をゆるやかに脱出した。


「俺もこれでフライングサーカス出来るかな?」などと浮かれながら上昇していると、例の大空洞の穴が見えてきた。


 足を置くと、大穴の横に土の膨らみが作られているのを直哉は見つけた。


「これって一体なんや?」


「さあ?見てみるか」


 イシュトイアに言われて直哉が土の膨らみの上に立てられた石碑に書かれた文字を読んでみると、


 “魔王軍と戦いし勇者・薪苗直哉ここに眠る”


 そのように記されていた。


「ナオヤ、お前死んでたんか」


「俺、死んでたのか……」


 イシュトイアと直哉はしんみりとした雰囲気で一言ずつ言った後、大声を上げて大爆笑していた。5分ほど大笑いした後で、直哉はようやく普段通りのテンションに戻った。


「よし、ここから上に行こう」


 直哉がそう言った時、大空洞奥の瓦礫の山が動き出した。


「何だ、これ……!」


 直哉がディアナと戦った時にはすでに瓦礫の山と化していたためにだと思っていたのだ。ゆえに、動くとは夢にも思っていなかったのである。


 ――これはドローレムやな。あいつの攻撃の中でも特に腐敗の炎フランデコロプシオンには気を付けなあかんで


「イシュトイア、フランデコロプシオンって何だ?」


 直哉はイシュトイアの言葉に疑問符を浮かべていた。そんな質問をしている間にバラバラだったドローレムは元の形に組みあがっていった。


 ――まあ、触れたモノを腐らせる炎ってヤツやな


 それがイシュトイアからの答えだった。


 直哉はそれを頭の片隅に留めながら、イシュトイアを構えてドローレムと対峙した。ドローレムが直哉を視線で射抜いた刹那、ドローレムが開いた口の中が赤黒い輝きを放ち始めた。


 直哉はそれが腐敗の炎フランデコロプシオンではないかと予測し、イシュトイアの周囲を左回りに走り始めた。直哉が走った後の大地は腐敗の炎に呑まれた。


 ドローレムはあくまで無機物であるため、殺気のようなモノは全く感じられない。侵入者を始末するという作業をこなしているようである。


 直哉はただ周囲をグルグルと回るだけでなく、周りながらもドローレムとの距離を詰めていっていた。


 ――ナオヤ、良い感じや!


 イシュトイアが上手い具合に間合いを詰めていっていた。


「ハァッ!」


 直哉は全身を使って強力な薙ぎ払いを放った。狙ったのはドローレムの左足だ。巨体相手には足を狙うというのは定石だ。


『グルオォッ!?』


 この時の直哉渾身の薙ぎ払いによって、ドローレムの左足は木こりに伐られた樹木のように伐採された。ドローレムを構成する竜の骨はアダマンタイトという世界で2番目の硬度の金属と同等の方さなのである。


 それを一閃で切り裂いたのだから、イシュトイアの切れ味には直哉自身驚いた。ドローレムもこの予想以上のダメージに驚いている様子だったが、すぐさま尾での薙ぎ払いを繰り出して来た。


 直哉は咄嗟にイシュトイアを盾にして直撃を防いだが、衝撃までは防ぎ切れず大空洞の壁へと一直線に叩き込まれた。


 ――ホンマ、ウチを盾にするとはいい度胸しとるわ!


「いや、怒るなよ!ああでもしないと俺もお前も死んでただろ?」


 怒りを露わにしたイシュトイアに直哉は自らの判断の正当性を主張するが、ドローレムはそんなものお構いなしに腐敗の炎フランデコロプシオンを吐き出した。


 ――ナオヤ、かわせ!


 直哉はイシュトイアの言葉に従って、その場を飛び退いた。これによって、難を逃れた。直哉が腐敗の炎フランデコロプシオンが放射された地面を振り返ってみれば、地面がドロドロに溶けてしまっていた。あれの直撃を受ければ確実に死ぬということを実感した直哉だったが、諦めることなくドローレムへと駆けていく。


「ぬおおおおっ!?」


 直哉が直進してくるのを『そうはさせまい』とドローレムの巨大な右拳が地面を叩き割った。その衝撃波で頭がクラクラとめまいを覚えた直哉だったが、地面にめり込んだドローレムの腕に飛び乗った。


 ――ちょっ!ナオヤ、お前何するつもりや!?


「このまま腕をよじ登って、あの左胸の所にある赤い石を破壊する!」


 直哉はイシュトイアを片手にドローレムの腕を駆け上がっていく、これにはドローレムも腐敗の炎フランデコロプシオンを吐けば自らの腕も被害を受けるために吐き出すことは出来なかった。


 よって、ドローレムは直哉を振り落とそうと腕を振り回したり壁に叩きつけたりした。だが、直哉は死んでも離すものかとしがみ付き、ゆっくりとではあるが腕を登っていき右肩の上に立った。


 直哉は左の方へと移動し、ドローレムの左胸にある赤い石を狙ってイシュトイアで切り裂くつもりでいたのだが――


「ダメだ、真上からじゃ届かない!」


 イシュトイアの剣の長さでは肩から突き刺したとしても、赤い石には届きそうもない。直哉の脳裏に「GAMEOVER」の文字が浮かんだが、その言葉を真っ向から否定した。


 直哉は左肩にイシュトイアを突き刺した。これだけでドローレムの絶叫が木霊する。直哉はそれをレバーを引くように倒した。


「薪苗直哉、行きまーす!」


 直哉はイシュトイアの柄を掴み、肩から足までを自分の体重を使って切り裂いた。その途中で赤い石も真っ二つにぶった切られていた。


「グルオォォォォ――ッ!?」


 赤い石を破壊されたことで形を維持できなくなったドローレムは崩れていき、残ったのは骨の山だけだった。


 ――ナオヤ、やったな


「ああ、何とかな。でも、これはイシュトイアのおかげだな。俺だけじゃ勝てなかっただろうし」


 直哉が無邪気な笑顔を見せると、イシュトイアは何も言わずに黙り込むだけだった。


 そんな時、イシュトイアの黒い刀身からパールホワイトの輝きが解き放たれた。直哉はその目を焼く様な眩しい光に反射的に目をつむった。


 再び、目を開けるとそこには黒いローブを纏った真っ白なセミロングの髪をした見目麗しい少女が立っていたのだった。


「ウチがイシュトイアや!改めてよろしくな、ナオヤ!」


「――へ?」


 ――驚きのあまり、言語能力を消失させた直哉であった。

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