幕間3 竜の王

「ここが竜の国か……」


 クラレンスはポツリと言葉を大自然の中へと溶け込ませた。目の前に広がるのは山々。吹く風には大地の香りを贅沢に含んでいる。


「竜の国っていうもんだからあちこちドラゴンが飛び回ってるのを想像してたぜ……」


 周囲をぶしつけに見回しながらライオネルはそう言った。周囲には人と変わらない姿の者たちがワイバーンの世話をしたりする穏やかな光景であった。


「竜人族と人間で違うのは竜人族の皮膚には鱗があるってことと血の色が赤ではなく紫だって位なもんだ」


 ジェラルドがゆったりとした構えで歩きながら、クラレンスたちに話をする。その日の竜の国は冬とは思えないほどの暖かさがあった。


 その後も、ジェラルドが竜の国について色々と説明をしているうちに竜王のいる大理石の建物へと到着した。その荘厳な雰囲気だけで訪れた者の背筋を伸ばすのには充分であった。


 ジェラルドの後ろに続くように、クラレンスたちは皆一様に背筋を伸ばしながら建物の奥へと入った。


 建物の内部は今も20年前も別段変わったところは見受けられない。それはまるで、時が止まったかのように感じてしまうほどに。


 建物の深部の大広間は壁際で煌々と松明が焚かれ、その火の明かりが広間中を明るく照らしている。側近たちが居並ぶ中で、その大広間の最奥に位置する玉座に王の姿があった。


「ジェラルドよ。その者らは何者ぞ?」


 玉座のひじ掛けに肩ひじをつき、足を組む姿からは何ともいえない威圧感プレッシャーが放たれていた。それを物ともせず、ジェラルドは言葉を紡いだ。


「この者らはスカートリア王国の王子殿下と、その親衛隊を務める者たちですよ」


 ジェラルドは竜王に6人のことを紹介していった。その時の6人の表情は緊張を絵に描いたようであった。


「そうか。して、そなたらは何をしに参ったのだ?」


 竜王はクラレンスを指差しながら、威厳のある笑みを浮かべている。クラレンスたちも体中を目に見えない何かに抑えられているかのような畏怖を覚えていた。


「私たちは『20年前の時のように竜の国と同盟を結んでくるように』とスカートリア王国の国王クリストフより仰せつかったのです」


 クラレンスが恐る恐る顔を上げると、竜王は興味がないといった風な表情で爪いじりをしていた。


「我らが人間共と魔王を相手にするなど笑止千万。まあ、うぬらが我に隷属するというのなら考えてやらなくもないが」


 竜王の言葉に側近たちは笑いを堪えきれずに吹き出した。その笑いの渦は大広間を包み込んだ。クラレンスたちは同盟を申し込む側である以上、何も言えないでいた。そんな中で、一人だけ異議を唱えた者がいた。ジェラルドだ。


「竜王閣下。俺が初めてここに来た時のようになさってはいかがですか?」


 ジェラルドが初めてここに来た時、それは20年前の魔王との決戦前の話だ。この時はジェラルドと竜の国の姫であるフィオナが決闘を行なった。ジェラルドが言いたいのはそれを踏襲して決闘を行なうことだ。


「良かろう、ジェラルドの言うようにやってみるのも一興よ。そうと決まれば、ラモーナを連れて参れ」


 竜王の指示を受けた側近はラモーナを呼びに大広間を弾かれるように出て行った。その間に竜王はジェラルドとクラレンスたちを連れて、決闘場へと向かった。


 決闘場の中央にはクラレンスが剣を提げて対戦相手が出てくるのを待っていた。竜王とジェラルド、親衛隊5人は観客席に腰かけていた。


「竜王様、ラモーナ姫の準備が整いました」


 そこへやって来たのはチョコレート色の髪をポニーテールにした麗人、ラターシャがやって来た。その美貌に親衛隊の男性陣は目を奪われた。それに気づいたラターシャは鋭く睨み返した。


「そうか。よし、人間の国の王子よ!準備は良いな?」


「はい!すでに準備は整っております!」


 竜王からの確認にクラレンスは間髪入れずに了承した。そのままクラレンスはゆっくりと鞘から剣を抜き、構えた。その構えた剣先には自信ありげに決闘用の剣を提げたラモーナの姿があった。


「審判は私、ラターシャが務めさせてもらう。双方、前へ!」


 審判台に立ったラターシャの指示の下、クラレンスとラモーナは前へと出た。双方の距離は一足一刀。一歩踏み込めば相手を打突でき、一歩さがれば相手の打突をはずすことのできる間合いであった。


「私は竜の国の姫、ラモーナ!よろしく、クラスカ!」


「ああ、えっと……私はクラレンス・スカートリア。よろしく頼む」


 クラレンスはラモーナの変な呼び方に戸惑いつつも名乗った。ちなみにクラスカとはクラレンス・スカートリアの頭2文字ずつを取って略したものである。クラレンスからすれば、初対面であったがラモーナとラターシャの二人は武術大会の決勝を見ているために顔は知っていた。


「始め!」


 双方の名乗りが終わったのを確認したラターシャが高々と掲げていた右手を下まで振り下ろすやいなや、ラモーナが先手必勝とばかりに斬りこんだ。


 その斬りこみの速さに、観客席にいる親衛隊5人は目を見開いた。その速さは親衛隊最速を誇るマルケルと同等だった。そして、ラモーナに竜の力を解放している様子はない。つまり、竜の力なしでも親衛隊と同等以上の強さ。


 それは親衛隊のメンバーから余裕を奪うのに十分だった。だが、クラレンスはその程度の速さは問題ではないと言わんばかりに防いで見せた。それどころか、反撃の刺突を見舞った。


 その対応の速さにラモーナも冷や汗が流れた。正直、並みの相手であれば今の一閃で型がついている。


 ラモーナは驚きを隠しつつも、目の前の人間と斬り結んだ。両者の弧を描く様な斬撃は華麗な火花を散らせた。


「ほう。あの王子、やはり太刀筋が良いな」


 ジェラルドはラモーナを軽々と押し返していくクラレンスの剣捌きを褒めた。


「そりゃあ、私のお父さんが剣を教えたんだもん。当然だよ」


 イリナはジェラルドの言葉を聞いてニヤニヤと笑みを浮かべている。ジェラルドはイリナの緋色の髪からシルヴェスター一人の剣士の姿を脳裏に浮かべた。


「……ああ、それならあの剣の腕前も納得だ」


 ジェラルドは昔を思い出すような、懐かし気な表情を浮かべていた。


「ジェラルドさんは同胞みんなに会いたいと思うことはないんですかい?」


「ちょっと、マルケル!」


 マルケルが馴れ馴れしくジェラルドに話しかけると、隣にいるイリナにたしなめられていた。


「別に大丈夫だ、堅苦しい方が苦手だと言ったのは俺だしな」


 ジェラルドはマルケルの馴れ馴れしい態度を怒るどころか笑って許した。それにはマルケルも頭を抱えて「どうもどうも」とペコペコとしていた。


「まあ、会えるのなら会いたいもんだな。この前、王城に行った時はレイモンドにシルヴェスター、ランベルト、フェリシアが4人ともいなかったからな」


 ジェラルドの言葉に親衛隊の5人は驚いた様子だった。それは『王城に来た』という言葉に対してだ。


「えっと、王城に来たというのはいつのこと何ですか……?」


「そうだな、武術大会の決勝が終わった2日後くらいか」


 ジェラルドがラモーナとラターシャを連れて商業都市ハーデブクを出たのは武術大会の決勝当日だ。そこから2日かけて王都に入ったのだ。対してクラレンスたちが王都に入ったのはその翌日だ。それは王都の謁見を終えたジェラルドが竜の国へと発った日と重なる。


「なるほど、入れ替わりってことですね!」


 エレノアが『大発見!』とでも言わんばかりのテンションで左掌に握りこぶしの側面をつけた。だが、そんなことは計算ができる人間には誰でも出来ることである。


 ――エレノアは他の親衛隊より頭が弱い。


 これがジェラルドの中でのエレノアの印象であった。全くフェリシア母親とは似ていないとジェラルドは心の中で呟いた。


 視線を再び決闘に戻してみれば、クラレンスとラモーナの勝負の決着はまだであった。


 パワーでもスピードでも剣捌きでもクラレンスはラモーナを上回っていたが、ラモーナは劣っているなりに攻撃を受け流したりして応じていた。


 互いの斬撃の応酬を繰り広げ、互いの汗が周囲に舞い散る。二人の激しい剣舞によって、観客席にいる者たちは視線を縫い付けられた。


「そろそろ使い時かもね!」


 敗北を悟ったラモーナは出し惜しみすることなく、を解放した。その圧倒的な存在感にクラレンスも親衛隊たちもゴクリと唾を飲んだ。


 ラモーナの持つ竜の力の属性は毒。毒竜の力は吐き出したブレスで相手の肉体を蝕むという中々恐ろしいモノだ。


 だが、ラモーナは決闘という場においてそんな搦め手を使用することはしなかった。よって、毒竜の力の解放によって引き上げられた身体能力を活かして剣術で挑んだ。


 だが、先ほどの倍近い身体強化を施されたラモーナの斬撃は大気を切り裂くほどの威力を伴っていた。


 これにはクラレンスも必死で防戦に入った。剣で剣の軌道を逸らすことで凌いではいたが、限度がある。


「殿下!遠慮はいらねぇ!魔法を使え!」


 ライオネルがクラレンスへ竜殺しの魔法を使うように呼び掛けた。これにはラモーナの表情に焦りの色が混じる。その焦りはラターシャにも伝わった。


 二人は武術大会決勝でのクラレンスの“八竜剣”をその目で見ている。そして、あの魔法に耐えられたのは戦った相手が直哉であり、直哉自身が付加術士エンチャンターだったからだ。


 ラモーナはクラレンスが切り札を切る前に決着を付けようと焦りだした。それは剣を交えているクラレンスにはお見通しだった。


 ゆえにクラレンスは、八竜剣を使うように見せて使わずにおいて、ラモーナを焦らした。ラモーナの剣閃は焦れば焦るほどに乱れてきた。それによって、徐々にクラレンスにもラモーナの隙を見つけることが出来つつあった。


(決着を急ぐあまり、剣の動きが早くなっているが技が未熟だ。肉体の速さに技が追い付いていない――)


 クラレンスはそう判断した。ラモーナのパワーとスピードは見事だったが、技が伴っておらず修行が足りていないことを示していた。


 クラレンスはこれを勝機と捉え、ラモーナの持ち合わせていない剣捌きでラモーナのパワーとスピードを弾き返す。スカートリア王国の中では業火の剣王と呼ばれるシルヴェスターに次ぐ剣術の腕前である。これは自他共に認めているモノだ。


 だが、武術大会の決勝戦で冒険者で、自分にも迫らんとする剣捌きをもった黒髪の少女のことが脳裏を過ぎった。


 ――あの時は勝てたから良かったが、次は負けるかもしれない。


 クラレンスがあの試合で得た物は大きかった。それは自分より上など、いくらでもいるということだ。それまで自分より強いのは4人の王国騎士団長だけだと思っていたのが、自分より強い竜の力を持つ少年に自分に匹敵する剣術を操る少女。


 ――この二人よりも早く、強くならなければならない。


 そう思えたクラレンスはあれ以来剣に磨きをかけた。基礎の体力トレーニングも怠らなかった。それによって得た技のすべてがラモーナとの決闘を勝利へと導いた。


「“八竜斬”」


 クラレンスの剣から8色の輝きが放出された。その輝きは直撃しないように配慮していたが、地面をえぐり、衝撃波だけでラモーナを決闘場の反対側へと叩きつけるには十分だった。


 ラモーナが叩きつけられた壁は放射状にひび割れた。ラモーナはズルズルと位置を提げ、ペタンと床に尻もちをついた。


 ラターシャはすぐさま試合終了の合図を出し、ラモーナの元へと駆け寄った。親衛隊の5人もクラレンスの元へと駆け寄った。


「そうか、あの王子が“竜殺しの魔法”の使い手だったか……!」


 予想外の試合結果に竜王は何も言えずに表情も体も硬直させてしまっていたが、自分がラモーナとラターシャに調査するように命じた魔法の使い手がクラレンスだと知って驚いているようだった。


「王子、お前があそこまで強いとは思わなかったぞ」


 親衛隊たちに囲まれるクラレンスの元に、ジェラルドが赴いてきた。そして、素直に褒めた。褒めるしかなかった。負けると思っていた人間が自らの思惑を超えて勝利を収めたのだから。


 その後のラモーナはと言えば、ラターシャに担がれて医務室行きとなったのだった。

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