第103話 死力を尽くして

「ギンワンさん!大丈夫ですか!?」


 俺と洋介、武淵先輩が祠まで戻って来ると、ギンワンさんたちの方ではコカトリスとの戦いも激化していた。幸い、石化した人は居ないようだったが、気を抜ける状態ではない。それに、八眷属のディアナが空中で留まり、未だに動いていないことも警戒しなければいけない。


 クルリと周囲を見渡してみれば、コカトリスは依然として二百近い数は居るだろうか。それを障壁の外にいる八人と障壁の中から攻撃している二人の合わせて十人で討伐しなければならない。


 単純計算だが、一人二十体はコカトリスを倒さないといけない。これは中々に厳しいが、やるしか生き残る方法がない。


 それに、ここに居るコカトリスを倒さなければ、安心して祠の中にいる紗希と呉宮さんを助けに行けない。障壁を張っている寛之の魔力のこともあるため、早期決着が望ましいだろう。


 俺たち10人は上手く息を合わせて、迅速にコカトリス討伐に乗り出した。だが、みんなの顔色を見れば疲労が蓄積していることは明白だった。


 それから何分経過したのか、よく分からない。だが、コカトリスの数が半減したのを見て、終わりが見えた気になったことで少しだけやる気が蘇った。


「寛之、来るぞ!」


 そこへ来て八眷属のディアナが動いた。槍を祠に向けたことから、俺は寛之に注意を促した。どんな攻撃を仕掛けるつもりなのか、全く読めたモノではない。


 ディアナは槍と自らの体を覆うように風を纏いながら、祠の入口へと迷いなく突き進んでいく。障壁の内側からはムラクモさんが矢を放ったり、ミズハさんが短剣を投げたりして迎撃するも、ディアナが纏っている風に弾かれてしまっていた。


 俺も加勢に行きたい所だったが、周囲のコカトリスが石化させるために放った爪での斬撃によって進路を阻まれてしまった。


「“岩壁”!」


 そんな時、突如として出現した岩の障壁とディアナの持つ槍とが接触した。これによって、ディアナが完全に停止することは無かったが僅かな時間稼ぎになった。


 ギンワンさんが寛之の左隣に立ち、二人でタイミングを合わせて半透明の障壁と岩の障壁を展開した。この二重の障壁によって、ディアナの槍と凄まじいエネルギーの衝突が起こった。


 しかし、止められたのは一瞬だけだった。二つの障壁に同時に亀裂が入り、跡形もなく砕け散った。


 ディアナの凶槍は寛之の左わき腹をえぐり、ギンワンさんの大剣を粉々に打ち砕いた。


 ディアナは二人の間を突き抜けた後、祠の地下の入口を潜り抜けていった。だが、ディアナの纏っていた風が建物を砕いたことで生じた瓦礫が地下への道を隙間なく塞いでしまっていた。


 また、障壁の内側――祠の中に居た5人も瓦礫の下敷きになってしまったため、瓦礫を退かしながら5人を引っ張り出した。ムラクモさんやミズハさんは瓦礫が足や肩などに突き立っていたために実質的に戦闘不能であった。ギンワンさんも同様の状態だった上に、武器である大剣が粉々に打ち砕かれていた。


 一番ケガの具合が酷かったのが寛之だった。瓦礫が肩や足に突き立っていたりするのはもちろん、ディアナの風を纏った突進によって左わき腹をえぐられていた。正直、傷を見るとそのグロさに吐いてしまいそうになるほどだ。


 ラウラさんから貰った回復薬ポーションで、寛之の左わき腹の傷は塞いだものの、手持ちの回復薬を使い切ってしまって他の部分の治療が出来なかった。


 祠の壁に寄りかからせていたシデンさんは瓦礫の山から助け出した時点で息をしておらず、心臓が止まっているのも確認された。何ともあっけない死だった。その場にいる一同の目からは大粒の涙がとめどなく溢れたが、俺たちにはゆっくりと別れを惜しむ時間すら無かった。背後から襲ってくるコカトリスを俺たちは怒りと悲しみを攻撃に載せながら、やっとのことで全滅させた。


 その時点で戦闘が可能なのは俺と茉由ちゃん、洋介、武淵先輩、ヒサメさん、ビャクヤさん、アカネさんの7人だけだった。その内の俺と茉由ちゃん、ビャクヤさん、アカネさんの4人で奥へと進むことにした。


 洋介と武淵先輩、ヒサメさんの3人が地下へ進まないのは武器が地下の洞窟で振り回すには長すぎるために外でケガ人と一緒に待っていてもらうことになった。


 地下へと続く階段を塞いでいた瓦礫の山はといえば、アカネさんが召喚した炎の虎の一撃で破壊された。


「よし、行こう」


 俺たち4人は祠の地下に広がる細長い空洞へと足を踏み入れた。


 ――――――――――


「フッ!」


 息を短く吐く音と共に鞘から神速の一撃が見舞われる。餌食になったのは宙を舞うハーピィだった。その一撃で胴を切り裂かれて墜落していく。


 紗希は仲間の仇とばかりに後方から襲い掛かってきたハーピィに一閃。これまた、撃墜された。


 紗希の周囲は斬撃の結界でも張られているかのように、近づく者を斬り捨てていく。そして、紗希の剣撃が届かない範囲にいる敵には弓による狙撃が行われ、次々とハーピィは急所を的確に撃ち抜かれていった。


 紗希はハーピィの群れを率いるアーシャと斬り結びながら、攻撃を仕掛けてくるハーピィを斬り伏せていっていた。


 そして何より、聖美による後方からの援護射撃は実に心強い味方であった。聖美は一匹も仕留めそこなうことなく、ハーピィにヘッドショットをキメていくので紗希がトドメを刺すという手間がかからなかった。


 この聖美の援護射撃が無ければ紗希はアーシャの追撃以外にもあちこちへと神経を割かなければならないところだった。


 紗希は通路の床から壁に至るまでを万遍なく使用して、あらゆる角度からアーシャへ接近、斬撃を見舞っていた。アーシャも飛翔魔法を駆使して、紗希の斬撃から逃れたり、紗希に近づいて短剣での攻撃を行なったりしていた。


 だが、どちらも決め手に欠けていることもあって決着がつかないままであった。


 両者がもつれ合ったまま階層を4つほど下へ降りた頃、とても山の中とは思えないほどの大空洞に出た。その大空洞の最奥に高さは5mほどの金属で造られた荘厳な両開きの扉があった。


「グルオォォォォ――ッ!」


 その扉の前に魔法陣が展開され、姿を現した骨のドラゴンの咆哮が空間中の空気を震わせた。敵はお互いだけだと思っていた紗希とアーシャは表情を驚愕の色に染めた。


「ドローレム!?」


 アーシャは骨だけのドラゴンに対して名前のようなものを口にした。ドローレムとはドラゴンの骨で造られたゴーレムの事で、ドラゴンの骨は世界で2番目の硬度を誇る金属であるアダマンタイトに匹敵する硬度である。


 そんな超固いドラゴンの骨で組み上げたゴーレムがドローレムというわけである。このドローレムに関しては、ご丁寧にドラゴンの姿に似せて作られているようだった。ドラゴンといっても、空を飛ぶ飛竜種とは違い空を飛ぶことの出来ない竜である。


「来るッ!」


 紗希に直感的にドローレムの視界から外れるために地面を蹴った。アーシャも紗希とは反対側へと回避した。


 直後、ドローレムの口から吐き出されたのは紫色の炎。これは腐敗の炎フランデコロプシオンといい、炎に焼かれたモノを生物、物質問わず腐敗させるブレスだ。直撃すれば、まず助かることはないという恐ろしいブレスである。


 その腐敗の炎は大空洞の入口へと放射され、入り口から大空洞に入ったところだったハーピィ数十体をドロドロに溶かした。その様は肉が腐るようであった。ブレスの放射を受けた地面は高熱で赤く染まっていた。


 幸いなことに聖美はブレスの射程範囲内に入る一歩手前だったために無傷であった。


 紗希は聖美の安全を視認した後、敏捷強化魔法を使って光の如き速さで一直線にドローレムへと駆けていった。


 アーシャは大空洞中を飛び回るばかりで、ドローレムに挑んでいく気配は無かった。アーシャはドローレムとの戦いで消耗することを避けるために紗希だけに戦わせようというのだ。


 アーシャはドローレムは大空の宝玉の守護者だという風に認識していた。ならば、紗希がドローレムを倒し消耗しているところで扉を通れば、先んじて大空の宝玉を手にすることができる――そんな風に考えていた。


 紗希はアーシャのように漁夫の利を得るというようなことを考える前にドローレムを倒そうと動いていた。打算的に動くという点に関しては紗希よりも直哉の方が頭が回る。


 紗希がドローレムの右腕目がけて、高速の左斬り上げを放ったが、紗希の持つサーベルでは高度で劣るために、一撃で砕け散ってしまった。


 それもそのはず、紗希の持っているサーベルは鋼製。硬度はアダマンタイトに遠く及ばない。その砕けた破片に目を奪われた一瞬、ドローレムの右腕が空中で止まったままの紗希の肉体を右へと薙ぎ払った。


 一撃を受けた時、紗希の脇腹から骨が砕けるような鈍い音が鳴った。これによって、紗希は口から血を吐きながら大空洞の端へと叩きつけられた。


 これにはアーシャも計算が狂ったとばかりの舌打ちをした。紗希が壁にめり込むほどの勢いで突っ込んだこともあって、壁には放射状に亀裂が走っていた。紗希が即死しなかったこと自体が奇跡と言っても過言ではないほどの重い一撃であった。


 聖美は吸血鬼の身体能力を活かして紗希の元まで駆け寄ろうとするが、ドローレムの口から放射された腐敗の炎フランデコロプシオンによって行く手を遮られる。今回ばかりはさすがに炎が聖美の肌をかすめた。


 皮膚がドロドロに溶けていく感覚が聖美を襲うも、そうはさせないと聖美の持つ吸血鬼の治癒能力が皮膚の傷を癒し尽くした。


「あなた、まさか……!」


 アーシャは聖美の傷が癒えていく光景に驚きを隠せないというような様子であった。その隙を突くようにドローレムの細長い尾がアーシャへと薙ぎ払われる。


 アーシャは迫りくる骨の鞭を飛翔魔法で華麗に回避して見せた。アダマンタイトと同じ硬さの尾での薙ぎ払いなど、魔人であっても直撃すれば死は免れない。


 アーシャが持っているのはアダマンタイト製の短剣が2本。紗希がこの短剣と打ち合えたのは、紗希がアーシャの斬撃の威力を受け流しながら戦っていたからに過ぎなかった。


 では、なぜアーシャがドローレムの尻尾での薙ぎ払いを短剣で防がなかったのかと言えば、硬度は同じでも薙ぎ払いの威力までは殺せないことが一番の理由であった。


 アーシャが尻尾での薙ぎ払いを潜り抜けた頃、聖美は吸血鬼の魔法である吸血魔法をドローレムに対して発動させたが、まがい物の命を宿した骨のドラゴンには効いている様子は微塵も無かった。


「“酸矢アシッドショット”!」


 聖美は吸血を諦め、デレクの酸魔法が付与エンチャントされた矢を放ったが、鏃が青銅だったために命中と共に矢が砕け散った。


 ドローレムに至っては矢が命中したことにすら気づいていない。威力は身体能力が向上しているとはいえ、武器が貧弱だったのが致命的だった。


 アーシャも宙を舞いながら、短剣で二つの斬撃を見舞うがかすり傷程度しか負わせられていなかった。


「こんなのどうやって倒せば……!」


 聖美がドローレムという脅威に対して放った言葉は、ドローレムの姿と共に一陣の風によって、跡形もなく消し飛ばされてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る