第98話 武装集団の目的
金属の扉が石造りの床へと音を立ててダイブする。その直前の爆発による轟音も周囲に居た人間の耳を穿った。
直哉がサーベルを抜き払って扉の奥へ踏み込むと、椅子に手足を拘束されて座らされているマリエルの姿があった。ぱっと見、暴行などを受けたような外傷なども見当たらない。
そして、マリエルの横には直哉と同じくらいの背丈でラピスラズリの短い髪をカチューシャ編みにした女性が木製の杖をもって身構えていた。
「行かせないよ!」
舌打ちをした後で、奥の扉の方へと向かおうとするギンワンの進路を紗希が斬撃をもって阻んだ。その背後から、タイミング良く茉由の“氷斬”が放たれる。“氷斬”は大剣ではじき返されたものの、紗希の右切り上げは男の頬をかすめた。これがギンワンへの紗希と茉由のコンビが初めて与えた傷であった。
また、広い空間の入口に近い側では女槍使い同士の熾烈極まる槍撃の応酬が繰り広げられていた。
「少し、退いててくれるかしら?」
「それは出来ないわ……ね!」
ヒサメの槍先は夏海の槍の柄の部分と衝突していた。純粋な力では夏海が辛うじてヒサメを上回っているため、攻撃を食い止められれば弾き返せる。
一度間合いを開けた両者は槍を中段に構え、互いの様子を窺っていた。
両者は時計回りにジリジリと移動しながら、互いの隙を伺う時間が長かったものの、ヒサメが踏み込んだのに一瞬遅れて夏海もそれに応じた。
ヒサメの槍から放たれた冷気を纏った突きである“
だから、ヒサメが踏み込んだタイミングで重力魔法で20センチほど右へ自分の体をスライドさせたのだ。
重力魔法であれば自分が動くよりは少しだけ早く体ごと移動させられる。これによって、急所である左胸を狙った突きは夏海に寸でのところでかわされてしまったのだ。これによって、今まで隙を見せなかったヒサメに隙が生まれた。
何せ、必殺の意思を籠めた技というモノはかわされると最大の隙になりやすい。それがヒサメにとっての命取りとなった。
夏海がヒサメに向けて放ったのは突きではない。彼女の背中に槍の特徴である長い柄の部分で左方向へフルスイングした。打撃による痛みに気を取られた隙にヒサメを壁へと叩きつけた。そのまま、壁に押し付けるように重力魔法を発動させてヒサメが指一本動かせないように固定した。
その圧力に耐えかねたヒサメは意識がもうろうとする中で、槍を手放した。手放された槍は金属音を響かせながら、地面に横たわったのだった。
ただ、夏海がヒサメを壁に抑え込むために発動した重力魔法は全魔力を籠めたものであり、発動中は夏海もその場から動くことは出来ないのだった。
その隙をギンワンは見逃さなかった。紗希と茉由をいなしながら徐々に夏海の元へと自らの位置を二人が気づかないほどの速度で動いて行っていた。
紗希と茉由は目の前のギンワンを食い止めるのに必死であるために自分たちごと動いていることに全く気付いていない。
広間での激闘が続く中、直哉は目の前で杖を身構える女性と対峙していた。その女性はぱっと見内気な印象を与える佇まいをしている。
「えっと、霧の魔法を使っていたのは……」
「……うん、私」
直哉からの問いかけに消え入りそうな声で女性が返事をした。直哉は女性の警戒を解くため、静かにサーベルを鞘に収めた。
「俺は薪苗直哉、ローカラトの町で冒険者をやってます。あなたは?」
直哉は初対面の女性ということもあり、敬語口調で話を進めていった。第一、直哉に初対面の女性に馴れ馴れしく話が出来るほどのコミュニケーション能力は備わっていない。
「……私はミズハ。テクシスで冒険者をしてた」
直哉はミズハとの話をやっとの思いで進めていった。だが、自分という敵に対して余りに敵意がないことに直哉は違和感を覚えていた。直哉は意を決してそのことに触れることにした。
「どうして、俺に対して向かってこないんですか?まさか、俺の油断を誘ってナイフで一突き……とかじゃないですよね?」
「……うん、そんなつもりはないから。安心してほしい」
直哉は改めて、ミズハの体の上から下までを確認したが、ソックスの内側が妙に膨らんでいたり、腰回りに短剣が装備されていないことを確認した。ちなみに直哉はミズハのローブの上からでも分かる胸部の膨らみを見た時にはバレないようにそっぽを向いて舌打ちをした。
「まず、聞きたいのがそこで座らされている女性――マリエルさんを
「……それは言えない」
ミズハは拳を握って胸の辺りに運んだ。その拳は恐怖に震えていることから、直哉に暴力を振るわれることを覚悟の上だというのを直哉自身は感じ取った。
「大丈夫、俺は敵意のない人にまで暴力は振るわないから。安心してほしい」
直哉は先ほどミズハが言った「安心してほしい」を音程までマネて口にした。
(どうやら、マリエルさんを攫ったのは何か事情がありそうだな。理由さえわかれば後々楽になるだろうからな……できれば聞き出しておきたいところだ)
「……えっと。直哉……さんは怒ってますか?私たちのこと」
ミズハはそんなことを上目遣いで直哉に尋ねる。だが、直哉はギュッと中央に寄せられた胸部の脂肪に苛立ちを隠しきれていなかった。それを怒っていると勘違いされたことで、余計な誤解を生んでしまっていた。
「いや、怒ってないから!怒っているとしても、それは胸の……いや、何でもないです。すみません……」
直哉が両の手を横へ揺り動かして、怒っていないことを必死に伝えるも、最後の方は尻すぼみな感じで終わった。ミズハはキョトンとした表情で直哉を見つめていた。
「それで、マリエルさんを攫った理由はやっぱり……」
「……言えません。ごめんなさい……!」
話が逸れたところで、さりげなくマリエルを攫ったことに対しての話を振ってみたがダメであった。そして、情報は絶対に話そうとしないところを見ると、ミズハより上の立場の人間に話さないように言われている。このように直哉は推測した。
直哉が振り返ると、すでに夏海がヒサメを戦闘不能にしたのを確認した。ただ、紗希と茉由が二人がかりで攻撃しても未だにギンワンを倒せていないことには恐れの念を抱いた。
だが、その光景を見て直哉は違和感を感じ取っていた。夏海が動かないこと、ギンワンが徐々に徐々に夏海に近づいていっていること。そのことから、ギンワンの狙いに気づき叫んだ。
「紗希!茉由ちゃん!大剣使いの男は――」
しかし、直哉が言葉を最後まで紡ぐことは無かった。それは直哉の後頭部を衝撃が突き抜けたからだ。紗希と茉由に向かって叫ぶということはミズハに背を向けるという行為に他ならない。それをミズハが見逃すはずがなかった。
「……直哉さん、ごめんなさい。あれを解決しないからには、私たちは終われないから……」
ミズハは後頭部を杖で一撃を加えられて、気を失って倒れた直哉を見下ろしながら、再び魔法を紡いだ。詠唱を終えて、ミズハが杖で床をコツンと叩くと辺りに霧が立ち込め始めた。
「また霧!?」
「兄さんは!?」
白く染められた空気の中で茉由と紗希がそれぞれ驚愕を声に乗せた。紗希の頭の中では直哉の身に何かあったのかと気が気でなかった。
「二人とも、よそ見をしている場合かね!」
直後、霧の中から現れた大剣に右、左の順で薙ぎ払われた茉由と紗希。二人とも壁にめり込むほどの勢いで突っ込んだ。二人とも、砕けた瓦礫によって体が埋まっている。
「……ギンワン、手間取った。少し直哉には悪いことをした」
「ああ、気にすることは無いがね。ヒサメもこの通り助け出したからね。ミズハは奥に居る少女を連れてきてくれるかね」
ミズハはギンワンの指示通り、マリエルを連れだすために奥の部屋へと走っていった。
一方のギンワンは現在、ヒサメを右に担ぎ、夏海を左に担いでいる。ギンワンがなぜ夏海を担いでいるのかと言えば、紗希と茉由を薙ぎ払った後、夏海に近づき
ギンワンは夏海が倒れこむのを掬い上げ、壁まで駆け寄ってヒサメも担いだのだった。この一連の動きは迅速で実に手際が良かった。
「なるほど、そのまま武淵先輩を人質に取って脱出ということか」
霧で白く染められた視界が晴れた後、姿を現したのは直哉だった。その後ろでは茉由がぐったりした様子のミズハを横抱きにしていた。その隣にはマリエルが姿勢よく立っていた。
「――ッ!」
ミズハの様子を見て、取り乱したギンワンの後頭部に紗希が敏捷強化を使ってのドロップキックを叩き込み、夏海を奪還した。
ギンワンは片手で左手一本で大剣を構え、剣先を俺たちの方へと向けた。
「ちょっと、話したいことがあるんですが……」
「君と話すことなど何もないのだがね」
直哉はギンワンの迫力ある言葉にギクリとしつつも、交渉しようと一歩前へ出る。ギンワンは依然として武器を下ろすことは無かった。このことからもギンワンは直哉に対して、警戒を解いているわけではないことは明白だ。
「ミズハさんと話していて、マリエルさんを攫ったのには何か目的があるんじゃないかと思ったんですが……」
「ほう。だから、どうしたというのかね?まさか君が我々に協力する……とか言い出すつもりではあるまいね?」
ギンワンはギロリと直哉を一瞥した。直哉もギンワンから放たれる強者のオーラにびくつきながらも話を進めようとしていた。
「別に俺たちはマリエルさんを助けに来ただけだから、俺たちには戦う理由はもうない」
直哉が言った言葉は紛れもない本心である。それはギンワンにも伝わったのか、静かに頷いている。
「だから、俺たちが聞きたいのはマリエルさんを攫った理由だけだ。それだけ教えてくれればいい」
直哉がそんなことを尋ねたのは、マリエルが狙われたわけがあるなら、それの対策をして二度も三度も同じことが起きないようにするためだ。
「……それでは話そうかね」
ギンワンは直哉の言葉に動かされるものがあったのか、ポツリポツリとマリエルを攫った理由などを話した。
マリエルを攫ったのは運送ギルドの人間だからで、テクシスの町への物流を調べるためだという。
だが、マリエルは「知らない」の一点張りだったのだという。それを余計に怪しく思っていたところに、直哉たちがアジトにやって来たとのことだった。
なぜ物流のことを聞く必要があったのかに関してはさすがに聞くことが出来ず、直哉はおとなしく引き下がったのだった。
――直哉がギンワンと話をしている頃、広間に繋がる通路では依然として死闘が繰り広げられていた。
通路では金属が重く打ち合う音が響き渡っていた。雷を拳に纏い、目の前の男に
双方ともに背丈は180センチはある。そんな大男同士での戦いは純粋な力を競うモノであった。足元に転がっているのは半ばで折れた薙刀と刃の部分と柄の部分が分離した大斧だ。最初は武器で打ち合っていたものの、双方の攻撃の威力に先に武器が力尽きたのが容易に想像できる。
バチバチと両名の間に火花が咲く。その音は雷が光を焦がす音なのか、光が雷を焦がす音なのか。それは分からない。
「“雷霊拳”ッ!」
「“
雷と光を纏った拳がすれ違い、双方の頬に肉が焦げるイヤな音を響かせながら命中する。だが、殴られた双方の目は好戦的であった。
一撃を見舞えば、一撃を返される。そんな攻防がかれこれ10分は続いている。双方ともに口からあふれる血を拭いながら戦っている。
「アンタはここで俺が倒す!」
「ハッ、言ってろ!テメェはオレがぶちのめすッ!」
双方、傷を負えば追うほどに戦闘の苛烈さが増していっていた。終わりの見えない戦いが続いていた。
洋介は腰に差したサーベルを勢いよく抜き払った。ビャクヤもニヤリと笑みを浮かべながら右手に光のサーベルを召喚し、構えた。
双方は疾駆し、鋼と光の剣は絶え間なく交差する。斬撃の応酬は鋼のサーベルが後方へ吹き飛ばされたことで幕引きを迎えた。
「これで終わりだぜ!」
ビャクヤが止めに放ったのは右肩から左わき腹にかけての斬り下ろし。それはガシッと威勢の良い音と共に止まった。
「光の剣を握った……だと!正気の沙汰じゃねぇッ!」
光の剣は洋介の左の拳に握り締められていた。ビャクヤが動揺してサーベルから両手を離せないでいる内に、洋介の雷を纏った拳はビャクヤの顎を穿った。
「“雷霊拳”ッ!」
洋介の
ビャクヤもこれには一撃で戦闘不能になった。
「……とりあえず、夏海姉さんたちと合流しないとな」
ビャクヤが仰向けで倒れたまま動かないことを確認し、洋介はサーベルを拾って奥へと急いだのだった。
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