第99話 応酬
――ヒュンッ
そんな音を響かせながら、一本の矢が耳元を通り過ぎていく。聖美はその矢から狙撃者のいたであろう方角を特定する。角度的に斜め上、つまりは木の上から放たれたものだ。周囲には草と木が生い茂っており、他にも隠れられそうな場所が数多くあることは厄介であった。
聖美が逆算して特定した場所に矢を放つと、その矢は真正面から撃墜された。もはや、そこにいることは間違いなかった。
聖美は矢を
(姿が見えないと攻撃が読めないから対処が出来ない……!)
聖美は今のところは直感的な緊急回避によってかすり傷だけで済んでいる。ただ、相手の姿が見えなければ闇雲に弓を射ても無駄撃ちに終わるばかりであった。
「そこっ!」
聖美は背後でパキッと枝が折れるような音がしたことで、その位置へ矢を撃ち込んだ。しかし、その矢は正面から射落とされたうえ、他の2本の矢が聖美へと迫って来た。聖美の予想を超える、3本同時発射である。
これはさすがにかわし切れず、矢はそれぞれ右肩と左わき腹をかすめていった。直前に体をひねったことが命運を分けた。ひねっていなければ左わき腹と右胸に命中していた。
(でも、場所は掴めた……!)
聖美は右肩から血がにじむのを感じつつも、とっておきを番えた。
「“
聖美が撃ち込んだのはラウラから受け取った赤い印が入った矢だ。そして、その矢は反対側から放たれた矢によって撃墜されるも、着弾と同時に爆発。辺り一面に火の粉をまき散らし、黒い煙が辺りに立ち込める。
聖美は見た。黒煙の中に浮き上がったのは聖美と同じくらいの背丈の男のシルエットを。手には弓を持っているのもハッキリと分かる。間違いない。
聖美は狙撃手が使っている魔法はウィルフレッドの使っていた同化魔法に近いモノなのではないかという仮説を立てていた。であれば、化けている風景を変えてしまえばいい。そう考えて、出発前にラウラから渡された爆裂魔法が
聖美は男の右太ももに向けて通常の矢を一つ射た。これは狙い通り男の右太ももに命中した。姿を捉えられていることに驚いたのか、男も急いで咳き込む素振りを見せながらも反撃の矢を番えていた。
……が、それよりも早く聖美は第二射を放った。居たのは男の持つ弓の上弦。聖美の矢は狙い通り命中し、弦を切られた弓はもはや使い物にならなかった。その間に聖美は男との距離を詰め、ミレーヌ仕込みの蹴りで男の足を払った。
足を払われた男は転倒し、聖美は近接戦に備えて腰に差していた短剣を引き抜いて男の鼻先に突きつけた。
短剣を突き付けられた男は抵抗することも出来ず、武器を持っていないことを証明するために両手を上げていた。
「えっと、あなたの名前は?」
「……僕はムラクモ。君は?」
「私は呉宮聖美っていいます」
ぎこちない雰囲気の中で、聖美とムラクモは互いの名を名乗った。聖美はムラクモが抵抗しないことに安心しつつも、緊張を解くわけにもいかなかった。それこそ、油断させておいて~みたいなことが無いとは言い切れないからだ。
「ムラクモ……さんは、どうしてこんな事をしてるんですか?元冒険者なんですよね?」
「……そうだよ。今は訳あって、山賊みたいなことしてるけど」
聖美はその後も、ムラクモに質問を重ねるがマリエルをさらった理由や武装集団の目的については頑なに話すのを拒まれていた。
「そういえば、ムラクモさんの名前は雲を意味するものですよね」
「そうだよ、僕の出身は東の方の国でね。僕以外にも東の国出身なのはシデンを含めて6人くらいいるよ」
聖美はムラクモのいうところの“東の国”について質問を重ねた。
それで判明したことは東の国は聖美たちがいる大陸から東に船で3ヵ月はかかるとのことだった。そして、カタナやオニギリといった単語が出てきたことに聖美は驚きを隠せなかった。
聖美はあまりに祖国を連想させる言葉のオンパレードに日本帰還への活路を見出したような気分がしたのだった。
――聖美たちが居る森を抜けた先の神殿風の建物の周囲では武装集団とシデン率いる冒険者たちの戦いが続いていた。
「ガルルガァァァッ!」
炎の虎の爪はシデンの動きを捉えるも、寸でのところで上に跳んで回避された。そして、その空振りした炎の虎の右腕はシデンによって斬り落とされた。
右腕を切断された炎の虎は怒り狂い、残る左腕で爪撃を見舞うもそれも空高く斬り飛ばされてしまっていた。炎の虎は2足歩行をすることが出来ず、重い音を響かせながら地面に倒れこんだ。起き上がろうとした刹那、シデンのサーベルがトドメとばかりに炎の虎を解体した。
シデンによって、炎の虎が無事に解体された頃。その虎を召喚したアカネは寛之と交戦中であった。
寛之もアカネに何度投げ飛ばされ、拳や蹴りをめり込まされてもへこたれることなく向かっていっていた。寛之は途中から胴体目がけての攻撃を苛烈に繰りだしていた。だが、それも上手い具合にアカネに受け流されたり、相殺されたりしていた。
「猛虎破砕拳!」
胴体を狙う寛之の攻撃を防ぐことに焦点を当てていたために顔面がガラ空きになっていたアカネに寛之の拳が弧を描いて命中した。
寛之渾身の一撃によって、アカネは後方に吹き飛ばされ、地面に仰向けで倒れこんでいた。寛之の拳を受けたアカネの顔には虎の顔のような亀裂は入っていなかった。
「本家本元ほどの威力は無いけど……大丈夫なんだろうか?なんか、自分でやっておいて、心配になって来た……」
アカネは顔面をぶん殴られたこともあって、鼻血を流している顔を衆目にさらしてしまっていた。乙女からすれば恥さらし以外の何物でもない。
「やあ、寛之。キレイに決まったね~。あとでアカネに殺されないように気を付けなよ?意外と乙女な子だからね、結構ぷんすか怒ると思うよ~」
シデンの言葉からアカネに恨まれることを想像し、寛之が肝を冷やしたのは言うまでもない。
そこへ聖美に後ろで交差した腕を掴まれているムラクモが連れてこられた。
「やあ、ムラクモ~!久しぶり!元気してた?」
「……僕は元気だよ。あそこに倒れてるのはアカネ?」
「そうだよ~この寛之って男がね――」
テンション高めなシデンに対して、ムラクモは静かであり元気だという言葉も淡々とした言い草だった。
その後はシデンが聖美とムラクモに寛之がアカネの顔面にパンチを叩き込んだことをネタにして大笑いしていた。それを聞いた聖美はジト目を寛之に向けていた。
アカネはムラクモと共に後ろ手に縄で縛られて外に放置された。ムラクモが聖美から受けた矢傷の治療は残った冒険者たちが行うことになった。
聖美と寛之はシデンと共に奥の建物へと入っていった。発光している床の上を不思議に思いながらも奥へ進んで行くと、大の字で倒れている大男の姿を発見した。周囲には薙刀と大斧の残骸が転がっていた。シデンはニコニコと笑みを浮かべながら、倒れているビャクヤの左右の頬をパチパチと交互に叩き続けた。すると、ビャクヤは気が付いたのか目を開けた。
「ビャクヤ、起きたかい?」
「シデンか……。オレは……そうか、負けたんだったな」
シデンの名を残念そうに読んだ後で、ビャクヤは洋介との戦いに負けたことを思い出した様子だった。それに続いて、誰に負けたのかという寛之からの質問にビャクヤは洋介に負けたことを素直に白状した。だが、洋介がどこに向かったのかまでは知らないと辺りを見回した後に付け足した。
「それじゃあ、僕はビャクヤを広場まで連れていってくるから君たちはそこで待っててくれる?」
シデンからの言葉に寛之も聖美も快く了承したのだった。
シデンが戻って来るまでの間、聖美と寛之は壁にもたれかかっていた。聖美は建物の内部の通路の壁や天井などを眺めていた。寛之はその横で水筒を開けて水を飲んでいた。
「そういえば、守能君。茉由のどこを好きになったの?」
聖美から唐突に発された言葉に寛之は口に含んでいた水を吹き出した。
「守能君、汚い……」
「悪い。でも、それは呉宮さんが急に変なこと言うからだろ……」
寛之は噴き出した水を見下ろしながら、聖美からの質問に不満を述べていた。
「私、あの時は結構ビックリしたんだからね。久々にみんなに会えたと思ったら茉由に彼氏が出来てて、しかもその彼氏があの守能君なんだからね」
「いや、ビックリしたのは分かるけどさ。あのって何だよ。あのって」
聖美は話しながら、その時のことを思い出したのかクスリと笑みをこぼしていた。対して、寛之は『あの守能君』と言われたことに対して、ブツブツと文句を言っていた。
「だって、守能君ってゲームしてるだけの影薄い人……って感じだったからね」
「呉宮さん、僕のことそんな風に思ってたのか……」
聖美の本音を聞いた寛之は少しがっくり来た様子だった。だが、言われたことは何一つ間違っていないために反論することが出来ないでいた。
「それで、茉由のどこを好きになったの?」
「何か、無理やり本題に戻された……」
その会話を皮切りに一時の静寂が訪れた。床からは相変わらず、光が放たれて明るい。だが、通路は物音一つしないほどに静かであった。
「僕は茉由ちゃんの何にでも真っ直ぐなところが一番好きだ」
寛之は天井を見上げながら、言った言葉は静寂の広がる通路にこぼれ落ちた。その言葉に嘘はないことは聖美にも容易に理解できた。だから、本気だということを分かった上で笑みを浮かべた。
「そっか。茉由はイイ子だから、ちゃんと守ってあげてね」
「ああ、分かってる」
聖美は寛之の返答を聞いて、機嫌よさげに寛之の前でクルリと半回転した。
「私、守能君が茉由以外の人にデレてたら今度から容赦しないからね」
聖美が目だけ笑っていないことに内心、背筋がゾッとするものがあったが寛之は何事も無いように振る舞ってみせたのだった。
「それと、今思ったんだけど。守能君が茉由が結婚したら守能君が私の義理の弟になるのはちょっと嫌だなぁ……」
「おい、それはちょっと傷つくぞ……」
聖美は本音をオブラートに包むことなく、直球でぶつけたために寛之は心に浅くはない傷を負ったのだった。
その後は聖美が寛之に茉由の昔の話を聞かせたりしていた。その後、シデンが戻ってきたために3人で奥に進むことになったのだった。
「そういえば。僕がここに戻って来た時、仲良さげに話してたけど聖美と寛之は婚約してたりするような関係だったりするのかい?」
シデンの発言に聖美も寛之も揃って間を空けずに否定し、寛之が聖美は恋人の実の姉であることを伝えたのだった。
聖美と寛之は奥に進みながら、シデンに良い機会だからと自分たち7人それぞれの関係を話したりしていた。
「おい、洋介!大丈夫か!?」
「ああ、寛之か……」
通路を100mほど歩いて行くと、洋介がうつ伏せで倒れていた。近くにはサーベルが転がっている。
寛之とシデンとで協力して洋介を起こし、寛之は洋介に肩を貸して歩く速度を合わせながら再び歩き始めた。
通路を抜けると、そこにはヒサメを担ぐギンワンの姿があった。その奥には武装を解除した直哉と紗希、茉由、マリエルの4人がいた。紗希は夏海を横抱きにし、茉由はミズハを抱きかかえている。シデンたちが踏み込んだタイミングでギンワンはシルバーグレーの髪を揺らしながら、通路の方へと振り向いた。
「おや、シデン。来たのかね」
「うん、来たよ。それにしても、ギンワン。会ったのは随分と久々だね」
シデンはギンワンと話しながら、直哉の方へと目配せをしていた。直哉はそれを見て、交渉をシデンに任せることにした。
「今、広場でアカネとムラクモ、ビャクヤの3人は拘束してるよ。理解の早い君ならどうすればいいのか、分かるよね?」
シデンはギンワンに対して、脅しをかけていた。仲間の生殺与奪の権は自分が握っているのだぞ……と。
「どうして君は私の成すことの邪魔をするのかね?」
「僕は君に――テクシスの冒険者ギルドのマスターに戻って欲しいだけなんだけどね」
ギンワンの怒りの載った言葉にシデンは願いを口にした――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます