第97話 霧
ここはテクシスの町の冒険者ギルド。その中の最奥に位置するギルドマスターの執務室がある。執務室内部の床は木製で、今にも底が抜けてしまいそうなほどに古い。室内には部屋の雰囲気を壊さない色合いの木製の机や本棚が設置されている。
そんなボロボロの執務室の窓際の椅子に腰かけているのは天然パーマがかかったアメジスト色の髪の男、シデン。そのシデンと机を挟んで向かい合っているのは寛之と茉由の二人である。二人はシデンとは異なり起立したままである。
「シデンさん、話と言うのは?」
「まあまあ、焦らない焦らない。まずは椅子にでも座りなよ。ほらほら~」
相変わらずの軽いノリのシデンに促されるまま、寛之と茉由は顔を見合わせた後で来客用の椅子にそっと腰かけた。
「それじゃあ、君たちのお望み通りに本題から。君たちの腕を見込んで、手を貸してもらいたいことがあるんだ」
「「手を貸して貰いたいこと??」」
寛之と茉由の声はタイミングよく発せられたために、二人の声は見事に重なった。
「そうそう、君たちが戦った武装集団のアジトを潰すのを手伝ってもらいたいんだよね」
シデンが言う武装集団については詳しい説明がなされた。武装集団は、元冒険者やテクシスに駐屯していた王国兵だった人たちが集っているらしく手練れぞろい。ちょうど、寛之たちが相手をした20人ほどが王国軍の元兵士たちであった。
ただ、寛之が破れた炎の虎を操っていた小柄な女性と夏海を倒した槍使いの女性、洋介を撃破した大斧を扱っていた大男の3人。彼らは王国軍の兵士ではなく、元冒険者であった。そして、驚くことに3人とも
それ以外にも頭目である大男が
幹部はすべて冒険者であること、幹部以外の冒険者たちは
「要するに、シデンさんたちには手数が足りない……ということか」
「そうそう、上手いこと纏めてくれたね!」
寛之が簡潔にまとめるのをシデンが肯定する。茉由もシデンのテンションに付いていけないといった風な苦笑いを浮かべていた。
「寛之さん、何かシデンさんってチャラい感じがありますよね……」
「ああ、僕はあの人のチャラチャラした感じがどうも苦手だ」
二人を顔を寄せ合って、ヒソヒソ話を展開していた。その間、シデンはキョトンとした表情をしていた。まさか自分の人柄が苦手だと言われているとは夢にも思っていないといった様子である。
「良いですよ、ただ僕たちもケガをしているので満足には動けませんが……」
「ああ、それはちゃんとした治癒魔法が使える人たちを呼んであるから出発前に治療はしてあげられるよ。まあ、君たち二人は比較的軽傷だから他の5人が優先的にはなるけどね」
その後の取り決めで出発は3日後ということになった。また、寛之たちはマリエルの救出のためであれば独断で動いて構わないとも許可を得たのだった。
到着した治癒魔法の使い手である若い男女の手当ての甲斐あって、直哉たち5人は武装集団のアジトへ向けて出発する日には無事に傷は癒えたのだった。ただ、あまり体に負担をかけすぎると傷が開くから無理だけはするなという釘は刺されていたが。
こうして直哉たちはマリエルを救うべく、シデンたちテクシスの冒険者20名と共に日の出と共に町を発った。
馬車に揺られること丸一日。その日の空は曇天模様で、馬車を降りてからの道のりはひたすらに登山。シデンの話では武装集団のアジトは山の頂上に構えられているとのことだった。
山を登ること2時間。武器を持ちながらの登山は体力的にも精神的にもキツイものがあった。だが、誰一人欠けることなく無事に山頂までたどり着き、現在はアジトの門の目の前の草むらに身を隠していた。
「君たち、ここからは一気に砦まで走るよ。多少なりとも矢とか魔法は飛んでくるだろうけど、あそこを突破しないからには――」
そんなシデンが振り返った顔をギリギリかすめない辺りを雷の砲撃が駆け抜けた。シデンが驚いている間に7つほどの人影が走り抜けていく。
「よし、行くぞ!」
直哉たちは7人は洋介の“雷霊砲”の威力を称えながら、全力疾走で門へと向かっていく。
「だから、君たち!魔法とか矢が飛んでくるから迂闊に前に出るのは――」
シデンが後ろから忠告した刹那、砦の策の上から矢が飛来した。その数、十。それに併せて魔法も数発放たれた。だが、それらの攻撃は半透明の壁によってすべて遮られた。その壁は寛之が展開した障壁魔法だ。直哉たちは寛之を先頭に立て、障壁を盾にして、強引に魔法と矢の嵐を突破した。
武装集団のアジトはこの瞬間、無傷の侵入者を7人も通してしまったのだった。それに加えてシデンたちも直哉たちに遅れることなく門があった場所を潜り抜けたために合計で30名近い侵入者を通したことになる。
門を潜ってからは乱戦模様となった。だが、この白兵戦においては紗希の独壇場と化していた。
「ちょっと、何!?侵入者がこんなに多いとか聞いてないわよ!」
アジトの奥にあるコンクリート造りの神殿じみた建物の入り口から、サーモンピンクの短めのウェーブがかった髪を持つ女性――アカネが余りの侵入者の多さに驚きを隠せないといった様子だった。
「シデンさん、あの人は僕が相手をします!」
「オッケー、いってらっしゃ~い」
寛之は単独でアカネに向かって駆けていった。それを了承したシデンはにこやかに武装集団の相手をしていた。
「“
寛之が単騎で向かってくるのを見たアカネは炎の虎を召喚し、背後にいる直哉たちの元へと向かわせた。そして、自身は迫りくる寛之の右の拳を軽々と手のひらで受け止めた。アカネはそのまま寛之の拳を握り、離れられないようにしてから、ガラ空きになっている右わき腹に蹴りを叩き込んだ。
叩き込まれた寛之は蹴られた痛みで表情を歪めた。そこへ続けざまにアカネの左の拳が寛之の顔面目掛けて放たれる。しかし、これは半透明の壁に受け止められた。
「これは、この前の分のお返し……だ!」
寛之の左ストレートが鈍い音を立てながら、アカネの右頬を穿つ。だが、アカネは負けじと寛之の股間を蹴り上げた。
「~~~~~ッ!?」
寛之は股間を抑えて地面の上を左へ右へ転がった。そこへ次々とアカネからの蹴りが見舞われる。寛之は股間部の激痛によって、実質的には戦闘できる状態ではない。よって、自分の周辺を障壁で覆うことによってアカネの攻撃をすべてガードしていた。
その頃、炎の虎は直哉たちに猛威を振るっていた。
「ダメだ、これはまともにやれば武器が溶けるぞ!」
真っ先に狙われた直哉が剣を横薙ぎにするものの、触れた途端に鋼のサーベルがドロドロに溶けてしまったのだ。
「先輩!まともに斬り合うと武器が溶けるので、こうするんですよ!“氷斬”!」
サーベルが溶けたことに驚く直哉の真横を駆け抜けていった茉由が“氷斬”を放つと炎の虎はダメージがあったのか、悲鳴を上げていた。
「直哉、君たちは奥の建物に突入してもらってもいいかい?僕たちはここを制圧してから追いかけるから」
シデンは炎の虎の相手もしていくというために直哉たちはその場を任せることにしたのだった。だが、その前に直哉はシデンの隣で立ち止まった。
「シデンさん、剣を見せてください」
「……こうかい?」
「はい」
直哉はシデンのサーベルに風魔法と氷魔法の二つを
「これなら、茉由ちゃんの魔法剣と同じような状態になっているので炎の虎にもダメージが通るはずですよ」
直哉は当初は水魔法を
「いやぁ、わざわざありがとね」
「……助けてもらったんですから、この位はさせてください」
直哉は寛之以外の5人と共にコンクリート造りの建物へと向かった。
「ちょっと、そこから先へは……!」
入り口付近にいたアカネが直哉たちに襲い掛かろうとするも、その右足を寛之が掴んでいた。
「何よ、アンタ!離しなさいよ!」
「だったら、僕を倒してから行けばいいだろ?」
寛之はアカネを食い止めようと再び、立ち上がって来ていた。これにはアカネも警戒していた。
「聖美先輩!危ない!」
神殿風の建物の手前で、紗希の叫び声が響く。そんな紗希の声を耳にしたタイミングでしゃがんだ聖美のポニーテールを矢が射抜いた。これには聖美も背筋がゾッとした。
「紗希ちゃん、ありがとう!みんなは先に行ってもらってもいい?あの狙撃手にはリベンジしたくて」
聖美の意思を聞いた5人は誰一人止めはしなかった。何せ、この場で遠距離での攻防が出来るのは聖美しかいないからだ。よって、全員が聖美が適任だと判断したのだ。
「呉宮さん、また後で」
「うん、直哉君も気をつけてね」
直哉と聖美はすれ違うタイミングで言葉を交わして別れた。聖美は直哉が通り過ぎた後で飛んできた矢を首を傾げてかわし、お返しとばかりに矢を射返した。
だが、矢が飛んできた方向には依然として狙撃手の姿は無い。
(姿がないわけがない。これって、姿が私から見えないようにしているん……だよね?)
聖美はそう推測した。姿が見えないとくれば光学迷彩か何かではないかと言うのが、聖美の出した仮説だった。
直哉は振り返って、矢を番える彼女の姿を見た後に後ろ髪を引かれる思いがあったものの、奥へと進んだ。
「兄さん、聖美先輩を信じなよ。聖美先輩は考えなしに動く様な人じゃないし、何より兄さんより頭が回るからね」
「紗希、それ俺のことバカにしてるよな……」
紗希の言葉に一同は笑いながらも奥へ奥へ進んで行った。そんな一同の行く手を霧が立ち込めた。
「直哉、これってヤバくねぇか?」
道中壁にかけられていた松明は湿気によって、火が消えてしまっていた。そのため通路には明かりがなく、明かりと呼べるものは入口から差し込む陽の光のみだ。そんな中で、直哉は床に手を近づけた。
「兄さん?」
「まあ、見ててくれよ。今から明かりを付けるからさ」
直哉がそう言った次の瞬間には直哉を中心に床に光が進む道を照らした。そして、その光によって暴かれたのは大斧を洋介に振り下ろさんとする白髪の男――ビャクヤだった。
「ハッ!」
「おっと、危ねぇな!」
ビャクヤの大斧での大上段からの振り下ろし攻撃は、洋介の薙刀の柄でギリギリのところで受け止められていた。
「みんな!こいつは俺が何とかするから、奥に進んでくれ!」
洋介の言葉を聞き、全員が洋介を信じて建物の奥へと進んで行ったのだった。
「何だ、ここは……」
洋介と別れて、奥に進むこと数十メートル。そこには広大な空間が広がっていた。元より通路も薙刀などの長めの武器が十分に振り回せるほどの広さであった。
その空間は広さでいえば高さなども20メートルほどで、空間の奥行きも30メートルほど。その中心には槍を構えたヒサメと大剣を肩に担ぐギンワンの姿があった。
「みんな、あの槍使いの人は私が相手をするわね」
夏海の言葉に3人は静かに頷いて返した。直後に全員が夏海からヒサメの方へと視線を移した。当のヒサメは槍をクルクルと手元で素早く回転させた後、一気に夏海との距離を槍の射程範囲まで肉薄した。
ポニーテールにしたスカイブルーの髪が遅れてヒサメの元までやって来たことからもスピードのほどが窺える。この接近によって、夏海とヒサメの槍使い同士の熾烈な戦いが勃発した。
「兄さんは霧を何とかしてもらっていい?ボクと茉由ちゃんとで大剣の人の相手をするから」
「分かった」
直哉は紗希が一人では勝てないと判断したギンワンに対して、心の内では恐れの感情を抱いた。だが、茉由を加えたところで押さえられるか分からないというのが直哉の恐怖をさらに掻き立てる。
「それじゃあ、先輩。後は、お願いします!」
茉由が突撃し、紗希もその後に続いていった。両名共に真剣な顔をしているが、対するギンワンは余裕そうに大剣を肩に担いでいる。
「“氷刃”!」
茉由が走るのと並行して二筋の氷の刃を放つも、大剣でまとめて薙ぎ払われていた。紗希がその間に距離を詰め、鞘から神速の斬撃を見舞う……が、それも軽々と受け止められていた。
一方、直哉の頭の中ではシデンから聞いた情報が過ぎっていた。それは、武装集団の中には
直哉は夏海、紗希、茉由の3人が二人の敵を食い止めている間に霧を晴らす手段を頭の中で巡らせていた。
「これは人為的な霧なのか……?」
前回の戦いでは森の中で発生したために怪しいのはタイミングだけだったが、今回は建物の内部だけで霧が発生しているから全面的におかしい。
――霧を発生させる魔道具、もしくは魔法そのものが関わっているのではないか。
直哉はそう仮定したうえで、魔道具であるなら探し出して破壊する必要があると考えた。まずは魔法であるかを確かめるために直哉は付加術を用いることにした。
「この霧に魔法破壊魔法を
直哉が霧に対して付加術を行使した途端に霧が霧散し、視界が開けた。この時点で直哉は霧は魔法によるものだということを断定した。そして、魔法ということは近くに術者がいるはずだと推測した。
直哉の行った
直哉はその扉に走る途中で、ヒサメとギンワンの様子をチラリと見てみれば、二人とも焦りを帯びた目をしていた。これは確定だな。直哉はそんなことを思った。
「扉に爆裂魔法を
爆裂魔法を
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