第78話 待ち望んだ戦い

「直哉君、今日は頑張ってね!」


「ああ、今日の10時からの試合は絶対に見ててくれ」


「もちろんだよ!1秒たりとも見逃さないからね!」


 俺は朝から呉宮さんに大言壮語を吐いた。これは自慢したいとかそんなんじゃない。『呉宮さんが見てるんだから頑張らないと!』といった具合に、自分のケツを自分で叩いてるだけだ。


 だが、俺の試合の前に寛之と茉由ちゃんの試合がある。まずはその応援が先だ。俺は呉宮さんと一緒にエミリーちゃん、オリビアちゃんの二人を連れて闘技場へと向かった。


 ……時間的には毎度のことながらギリギリになってしまったが。


 席について、ギルドのみんなと話していたら試合開始まではあっという間だった。


 会場が静寂に包まれる中で寛之と茉由ちゃん、対戦相手の二人組も入場してきた。対戦相手は男二人で、二人ともスチールランクだ。武器は一人がサーベル、もう一人は……ナックルダスターを付けている。どんな魔法を使うのかまでは分からないが、見ているこっちも緊張してくる。


 試合は開幕と同時に相手が放った魔法攻撃で始まった。その魔法は寛之も茉由ちゃんもタイミング良く左右に飛んでかわした。


 その間に茉由ちゃんが回り込み、相手方の剣士と斬り結んでいる。寛之はナックルダスターを付けた方の男と拳を打ち合っている。


「直哉君、二人とも勝てるかな……?」


「勝てるだろ。二人とも、まだ本気を出してる風には見えない」


 俺は呉宮さんと話しながら、試合を見ていた。試合を見ている感じ、二人とも本気で戦っている風ではない。なぜなら、魔法を使っていないことが真っ先に挙げられる。二人が本気なのなら、魔法とかも惜しみなく使うだろうからな。


 ――第一、二人があの程度の相手に負けるとは到底思えない。


 試合の前半はやや寛之と茉由ちゃんは押されている感じであったが、後半からは反撃を開始し、瞬く間に押し返していった。やはり前半は小手調べのつもりだったらしい。


 寛之はミレーヌさんから教わった格闘術を操り、ナックルダスターの男を撃破。続いて、茉由ちゃんも男剣士を斬り伏せた。茉由ちゃんは紗希との修業の成果を存分に発揮した感じだった。


 ホントに二人ともそれぞれが上達しててスゴイな。俺も剣の練習頑張らないとな……!


 そんなことを思っていると、隣から服の袖をクイクイと引っ張られたので、引っ張られた方を見てみると、紗希だった。


「紗希、どうかしたか?」


「兄さん、そろそろ時間だよ」


「ああ、もうそんな時間か。それじゃあ、行くか」


 俺は紗希に促されて、待合室に入った。ここで紗希からも「頑張って」と言われた。俺は自信を持って「おう!」と返したが、正直不安しかない。


 “聖砂ノ太刀”とかぶっ放されたらひとたまりもない。確実に戦闘不能になること間違いなしだ。


 俺は震える足を懸命に前へと進めて試合会場へと足を踏み出した。ふと、右手から声が聞こえたため、その方向の観客席を見てみると呉宮さんが手を振ってくれていた。


 よし、何か呉宮さんの笑顔見てるうちに緊張もすっかりほぐれたな。これならいつも通りにやれそうだ。


 選手4人が試合会場に入ってしばらくして、試合開始の合図がなった。


「じゃあ、兄さん。頑張って!」


 そう言って、胸の前で両拳を握って応援してくれる紗希に俺は笑顔だけ返して一歩前に出た。


 ディーンとエレナちゃんの二人も表情は険しく、ディーンはジリジリと間合いを詰めてきていた。エレナちゃんは目をつむって魔法に集中している。


「直哉さん!こうして直接戦える日を楽しみにしてたッスよ!」


 俺はそう言って、勢いよく剣で斬りこんでくるディーンの片手剣をサーベルで受け止めた。撃ち込まれた剣は光を纏って光り輝いている。その輝きは打ち合っている最中には眩しくてディーンとの戦いに集中できない。


 俺は一度ディーンと間合いを取ろうとしたのだが、そうはさせまいとディーンが間合いを開けることなく付いてくる。しかし、敏捷性では俺の方が早いので間合いは開けることが出来た。


「“聖刃”!」


 だが、距離を取ってなお、ディーンは光の刃を繰り出して俺を追撃してくる。俺は懸命に光の刃を走りながら一つ一つ、丁寧に回避した。


 避けきって一息つこうかというタイミングでエレナちゃんの“砂嵐サンドストーム”が足元に撃ち込まれた。これは危なかったが、命中寸前で回避に成功した。


 思っていた以上に、2対1というのはやりづらい。常に2人の動きへ意識を割かないといけないからだ。これは神経が参ってしまいそうだ。


「“聖斬”!」


 俺が“砂嵐サンドストーム”を回避すると、今度はディーンから光の斬撃が叩き込まれた。俺はまたしても寸前のところで受け止めた。


 ホント、心が休まる時がない……!


 俺はその後も、代わる代わる仕掛けてくる二人の攻撃を防いだり、かわしたりいていた。だが、制限時間タイムリミットが刻々と迫って来ていた。このままいけば時間切れになってしまう。


「エレナ!」


「ディーン!」


 二人はお互いの名を呼び、意識を集中させ始めた。最初は攻撃が止んだので、少し休憩を……とか、思っていたのだが。明らかに勝負を決めるつもりだということを俺は察した。そして、この二人の構えが何なのかに気づいて阻止しようと俺は一直線に二人の方へと駆けだした。


「ちょっと、兄さん!待って!」


 後ろで紗希が俺へ叫ぶ声が聞こえたが、今さら回避何て出来るわけがない。あの魔力融合の攻撃は射程範囲が広すぎる。それこそ、障壁でも張らないと防げない。


 俺がもうあと一歩で、ディーンに攻撃が届くというところでディーンの目が勢いよく開いた。ディーンの剣には案の定、砂が纏わりつき白い輝きを放っている。


「“聖砂ノ太刀”!」


 ディーンの片手剣から放たれた光の斬撃は俺の視界を白く包んでいく。あと、追加攻撃として砂が目に入る。俺はそのせいで目を開けることが出来なかった。


 俺は起死回生の一手として、その一撃をタイミングを計ってサーベルに纏わせた。そして、炎属性を追加で付加エンチャントさせた。


 何せ、俺は付加術士エンチャンターだ。魔法攻撃なら、タイミングを合わせれば纏うことができる。バーナードさんとの戦いでもそうだったように。


「ディーン!私の元まで走って!」


 焦りを混じらせたエレナちゃんの声を聞いたディーンは、エレナちゃんの元まで全力で駆けた。俺はエレナちゃんが次にどんな魔法を使うのかは想像できていたので、あえてすぐに纏った魔法をぶっ放すことはしなかった。


「“聖砂爆炎斬”!」


「さ、“砂壁サンドウォール”!」


 エレナちゃんの必死の詠唱の後に発動されたのは砂の壁。こうしてくることは分かっていたので、わざと待っていた。これが一か八かの攻撃魔法とかだったら撃たれる前に撃ったのだが。


 それはさておき、俺は“聖砂ノ太刀”に炎属性を掛け合わせることで“聖砂爆炎斬”を完成させたのだ。つまり、3つの属性が混じった技になっている。威力は“聖砂ノ太刀”よりも高いと自負している。これを“砂壁サンドウォール”で防ぎきれれば、俺との勝負は二人の勝ちということになる。まあ、防ぎ切ったところで紗希が倒してくれるのは分かっているから安心だ。


 そして、俺の“聖砂爆炎斬”が“砂壁サンドウォール”を貫いたら、その時点で俺の勝ち。俺と紗希の4回戦進出が決まる。


 “砂壁サンドウォール”に“聖砂爆炎斬”が磁石で引き合うように勢いよく突っ込んでいく。一瞬、“砂壁サンドウォール”が“聖砂爆炎斬”を受け止めたかに見えたが、砂の壁を真っ二つに斬り裂いて、ディーンとエレナちゃんの二人を激しく包み込んだ。


 二人は声を上げながら、闘技場の壁へと叩きつけられた。二人は痙攣けいれんした後、意識を失ったようだった。さすがに、やり過ぎてしまったか……。とりあえず、試合は俺と紗希の勝ちということで終わった。


「兄さん、お疲れ様」


「おう、二人を同時に相手にするのって思ってたよりキツイな……」


 俺は紗希と話をしながら、歩いて試合会場を後にした。必死で動いたからかなり疲れた。


「まったく、兄さんが“聖砂ノ太刀”に真正面から突っ込んでいった時は焦ったよ」


「ああ、それは……悪かったな」


 どうやら、俺が“聖砂ノ太刀”に突っ込んでいった時、ホントに心配してくれていたらしい。まあ、後ろから「待って!」って言ってたもんな。ホントに申し訳ないと思う。


「紗希、後は任せても良いか?」


「え、それって……」


「俺はもうここまでらしい……」


 俺はドサリと膝から崩れ落ちた。そう、体力的に限界だ。緊張していたこともあるが、ムダに動き過ぎた。


「うん、分かった。じゃあ、後の2試合はボクに任せて」


「何だろう、紗希がイケメンに見えてきた……」


 俺がそう言うと、紗希は苦笑いだけで何も言葉は帰ってこなかった。結局、そのまま紗希に肩を貸してもらいながら俺は観客席まで戻った。


 観客席では俺が紗希に肩を貸してもらってるのを見た呉宮さんに母親のように心配された。


 ……とまあ、そんなこんなで時間は過ぎて、昼前である11時20分からバーナードさんとシルビアさんの3回戦が始まった。だが、相手は二人ともスチールランクだったため、スチールの1つ上のランクの魔鉄ミスリルであるバーナードさん一人に蹂躙されて試合は終わりを迎えた。


 バーナードさんは観客席に戻って来てからも、「もうちょっと、戦い甲斐のある奴はいないのか」とボヤいていた。


 シルビアさんはこれには苦笑いを浮かべていた。なぜなら、バーナードさんは魔鉄ミスリルランクの冒険者だから、戦い甲斐のある相手ともなれば同じ魔鉄ミスリルランクである。つまり、バーナードさんが楽しめる相手とはシルビアさんには勝てない相手なのだ。


 俺たちは観客席でパンなどで昼食を済ませ、14時からのデレクさんとマリーさんの試合を待った。


 二人の対戦相手はどちらもスチールランク冒険者だ。二人は油断することなく、昼食を食べながら作戦を立てていた。


 デレクさんはあまり乗り気ではなかったけど、マリーさんはノリノリだった。二人のテンションは天と地ほどの差があるが、仲良さげに見えるのだ。


 これを紗希と茉由ちゃんが見て、話に華を咲かせていたのは言うまでもない。試合そのものは予想以上にあっさりと片が付いてしまったので、少々拍子抜けではあったが。


 でも、勝った時のデレクさんの瞳は勝利の喜びに飛び跳ねるマリーさんを優しく映していたように見えた。


 次の試合からは休んでいる暇がないのだ。14時40分から洋介と武淵先輩の試合で、その次の15時からの試合にはローレンスさんとミゲルさんの試合だ。そこから1試合開けて15時40分からは寛之と茉由ちゃんの試合だ。


 そして、その次の次の試合。16時20分からは俺と紗希の4回戦が始まるのだ。そこからも試合が続いていくのだ。どう考えても地獄だ。


 そして、14時40分。洋介と武淵先輩の試合が始まった。試合は序盤から洋介と武淵先輩の方が優勢に進めていた。しかし、中盤辺りから急に相手の連携が良くなり、押し返され始めたのだ。


 俺も声を枯らしながら応援した。だが、応援では戦況が変わるはずもなく、押されに押されていた。が、武淵先輩が重力魔法で相手の動きを止めたところへ、すかさず洋介が“雷霊砲”を撃ち込み、試合の勝敗が付いた。


 こうして洋介と武淵先輩の二人も3回戦を突破し、4回戦へと駒を進めた。その次のローレンスさんとミゲルさん、寛之と茉由ちゃんの2組とも鋼ランクの冒険者二人組を相手にして4回戦へと進出を決めたのだった。


 俺たちローカラト冒険者ギルドの出場メンバーの中で4回戦まで来られなかったのは2組だけ。しかし、いずれも同じギルドのメンバー同士で戦ったためである。


 ――まだまだ、武術大会の予選は続く。

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