第79話 貧乳を愛する者の怒り
現在は予選4日目の16時40分。紗希がこの世界で懐中時計をウィルフレッドさんから譲ってもらったために時間が正確に分かることで時間の把握がしやすくて助かる。
「兄さん、いよいよだね」
「まだ予選の4回戦か……結構長いよな……」
俺と紗希は椅子に並んで座っている。どこの椅子かと言えば、観客席ではない。待合室だ。寛之と茉由ちゃんの3回戦の次の次の試合が俺と紗希の4回戦なのだ。
待合室に居たのはちょうど、寛之たちの試合が始まったのと入れ替わりだ。ローレンスさんとミゲルさんの二人は4回戦に進んだことはギリギリ知っている。苦戦しながらの勝利に会場中が湧いていた。
だが、待合室に居る俺と紗希にはその後の寛之と茉由ちゃんの試合は見ることができない。
日本とかなら実況中継とかをスマホで見れば良いんだが、この世界にそんな便利なモノはない。結果は、俺たちの試合が終わった後にでも二人に聞きに行くとしよう。
これから始まる4回戦と5回戦は紗希に丸投げする手はずになっている。俺がするべきことは紗希の勝利を信じ、その場から動かないことだ。
正直、午前中のディーンとエレナちゃんの二人と戦った時に急に走ったりしたこともあってか足が痛いのだ。試合の前に準備体操とかしておいた方が良かったかと後悔していたりする。
「兄さん、前から思ってたんだけど……」
口を開いた紗希の顔は真剣そうなものだった。まさか、俺が何かしたとでもいうのだろうか……?
「……どうして攻撃を避けるの、上手いの?」
「いや、『どうして』って言われてもなぁ……」
まさか、そこを聞かれるとは思わなかったから俺は返答に困った。
もしかして、ディーンとエレナちゃんの二人を相手にした時に攻撃が一度も当たらなかったから不思議がられてる感じだろうか?
「……何となく?」
「教えてくれないんだ?」
「教えるも何も、直感的な奴だから。俺、学校のテストの選択問題とかほとんど外したことないし!」
例えがズレたことを言ってしまい、思い出すと少し恥ずかしかった。
紗希は不満げな目で俺を見つめてくる。だが、本当に『あ、何かヤバい!』って感じで回避してるだけだから「こうやって避けているんだ!」ということは教えられないのだ。
「まあ、いいや。教えてもらえないなら技を盗めばいいだけだし」
紗希はそう言って静かにサーベル片手に立ち上がった。
「兄さん、そろそろ時間だし行こうよ!」
俺は紗希に手を取られながら試合会場までの石造りの廊下を走った。
こうして、俺と紗希の4回戦の試合が始まった。相手は二人とも鋼ランクの冒険者で剣の使い手だったのだが、紗希は2対1でも引けを取らずに斬り結んでいた。
……いや、正確には引けを取らないどころか、紗希の方が優勢なんだが。
さすがは俺の妹だ。心の底から兄として誇らしいぞ!兄は何もしてないけど!繰り返す、何もしてないけど~!
俺の心の中でハイテンションで応援した。そんな中で、あっさりと試合は終わりを迎えた。結果はもちろん、紗希の勝ちである。
「兄さん、勝ったよ」
そう言って紗希は汗を服の袖で拭いながら、俺の方に走り寄って来た。俺の前でサーベルを鞘に収めていた。
「……さすいも」
「さす……いも?」
「さすがは妹様。略して『さすいも』だ」
「ハァ……」
紗希はため息を残して俺の横を通り過ぎていった。俺は慌てて紗希の後を追って会場を出たのだった。
予選4回戦では俺の出る幕は無かったが、心の中では「まあ、俺が出るほどの相手ではなかったな」とか言ってみたりした。
「あと、兄さん。試合中のドヤ顔何だったの?」
「……俺、そんなにドヤ顔してたか?」
「うん、正直傍から見たらキモいと思う」
……これは恥ずかしい!試合中にドヤ顔とか!しかも、別に自分自身が戦ってるわけでもないのに!
「えっと、兄さん。顔隠してるけど、大丈……夫?」
「ハハハ……何も言うな」
羞恥に苛まれた俺はその後の観客席に戻るまでの記憶はない。そして、気づけば18時。夕食の時間だった。17時からのバーナードさんとシルビアさんの試合と17時40分のデレクさんとマリーさんの試合は見事に見逃してしまった。
どうやら2組とも4回戦を勝ち抜いたらしい。ちなみに、この時に寛之から3回戦を突破したことを聞いた。
ラモーナ姫とラターシャさんの姿を見かけないのを今さらながら思い出して、ウィルフレッドさんに聞いてみると、何でも見たいのは本選だけで、予選はつまらないから、その間はこの商業都市ハーデブクの観光をしてるんだそうだ。
そして、夕食後。19時から洋介と武淵先輩の4回戦の試合が行われ、無事に二人が見事勝利。これを見届けて俺と紗希は待合室へと向かった。原則として、2試合前には待合室に入らないといけないのだ。
にしても、これに勝てば予選は突破、本選に進出が決定するのだ。
「紗希、対戦相手ってどんな感じ?」
「一人が
紗希は丁寧に教えてくれた。そして、
「紗希、一人で大丈夫なのか?」
さすがに紗希でも、自分よりランクの高い冒険者と同じランクの冒険者とを同時に相手取ることはキツイだろう。
「もちろん、大丈夫だよ!」
これは兄の直感だが、その時の紗希の笑顔には少し不安という気持ちが混じっているように感じた。
「よし、俺も戦う。やっぱり、紗希に丸投げは出来ないからな」
「兄さん……」
「で、
俺がそう言うと、紗希は今度は不安など一切感じさせない笑顔を浮かべていた。俺もそれを見て安心した。ただ、紗希からは「強い方とは戦わないんだね」とからかうように言われてしまった。
とりあえず、俺と紗希は時間通りに会場へ登場した。会場はもう夜なのにも関わらず、昼間と変わらずの観客数で驚いた。
「兄さん、緊張してる?」
「いや、大して緊張はしてないよ。一人じゃないからな」
一人だとさすがに緊張はするだろうが、紗希もいるし。特に問題はない。
紗希の相手は大剣を肩に担いでいるイカツイ風貌の男。そして、俺の相手は
「兄さん……やっぱり、あっちの
急に紗希がトントンと俺の肩を叩いてきた。俺はその確認に対して少し煽ってみた。
「どうした、紗希?今さらあの大剣男にビビったとかか?」
「違うよ!あのお胸が揺れてるのがムカつくだけ。あんなのを、これ見よがしに見せつけてるところとか!」
なるほど、紗希のお怒りごもっともだ。紗希に言われてお胸の辺りを見てみれば戦闘中にポロリしてしまいそうな服装だ。……何というけしからん恰好をしているんだ!許せんな。
「兄さん。ボク、ホントにお胸が大きい人は許せないんだよね……」
紗希の今の感情は、俺がイケメンに対して抱く感情と同じなのではないだろうか。
……理由としてはどちらも私怨なのだが。
「よし、あのプルンプルンの方は紗希に任せたぞ。俺はそんなエロスな女性を連れて誇らしげな、あのムキムキ大剣野郎を一発ぶっ飛ばしてくる」
大体、どいつもこいつも揺れるお胸のどこが良いというんだ!貧乳はステータスだ!希少価値だ!そもそも貧乳は萌えなんだヨ!なぜそれが分からないんだ!
「兄さん、何で泣いてるの……?」
「俺は今から全力を持って巨乳至上主義という現実を打ち砕いてやる!」
「あれ、何か、兄さんが燃えてる……!?」
『あやまれ!世界中の貧乳女子と希少価値を理解し愛する者たちにあやまれ!』……と心の中で思いながら、俺は会場でムキムキ大剣野郎と武器を構えて対峙した。
紗希も本腰を入れて
俺の方はと言えば、紗希の方をチラ見している間に大剣が目の前に迫っていた。俺はとっさに大剣をサーベルで受け止めて、勢いを右下へと受け流した。
その後も、俺は必死で迫りくる大剣での攻撃を右へ左へ受け流した。にしても、大剣を片手で振り回すとか、さすがはムキムキなだけはあるな。
しかも、俺が受け流しているだけと分かると一度攻撃の手を止めた。
なるほど、俺が受け身だから攻められないと高を括っているのだろう。ならば、俺は動かない。
俺が武器を下ろして動かなくなったのを確認して、男は紗希の方へと行こうとした。男の顔はニヤついていた。全く、気持ち悪いったらありゃしない。
「グッ……!」
地面が爆ぜる音と共に、大男がバックステップしてきた。そう、予め大剣男が紗希の元へ行く時に通るであろう場所に爆裂魔法を
ただ、直前でかわされるのは想定外だった。その辺りはさすが、
俺の方を振り向いた男は少し額の血管をピクピクさせていた。その後は大剣での強襲が続いた。大剣はリーチが俺のサーベルより長いから全く近寄れない。
……よって、俺は優先的に男の大剣を砕くことにした。
俺はサーベルを斜に構えて、男の方へと一直線に突っこんだ。
「馬鹿め!やられに来たか!」
「兄さん!」
「おっと、アンタの相手はアタシだよ!」
男は勝ちを確信したかのような笑みを浮かべている。紗希は突っ込む俺を心配してか、大声で俺を呼んでいる。そんな紗希に斬りかかる女冒険者。
そして、突っ込んでいく俺の頭上から落ちてくる大剣。しかし、俺の脳天に当たった途端に大剣にヒビが入った。
「……は?」
直後、音を立てて大剣は砕け散ってしまった。俺は自分の頭部にオリハルコンの強度を
オリハルコンはこの世界において一番硬い金属だ。相手は
今の俺の頭は石頭どころの騒ぎじゃない。言うなれば、オリハルコン頭だ。正直、このまま突っ込むだけで男の鎧を砕いて肋骨を何本か道連れに出来る自信がある。
よって、俺はサーベルを使わずに男へ頭突きをくらわせた。俺は男を頭突きで向こうへ突き飛ばした後、顔面から地面に突っ込んだ。その時に顔をいくつか擦りむいてしまった。
土と地で汚れた顔を上げてみれば、男は泡を吹いて仰向けで倒れている。俺は紗希の方を向くと、ちょうど紗希の方も勝負がついたところだった。紗希は仰向けに倒れる女性の胸が、倒れた衝撃で微妙に揺れているのを見て目から光が消えていた。
そんなこんなで俺と紗希は予選を一抜けだった。
俺は服に付いた土ぼこりを落とした後で、目から光が消えてしまった紗希を連れて観客席まで戻ったのだった。
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