第64話 西の魔人
「グッ……!」
地面に二つの平行した線を引きながら、後ろへ下がらされるジョシュア。その視線の先にいるのはサーベルを構えたカトリオナ。
西門ではジョシュアとカトリオナの戦いが続いていた。そして、戦況は現在、カトリオナ有利に進んでいた。
ジョシュアは防戦一方であり、疲れの色も
「隙アリ!」
そんな時、カトリオナの蹴りがジョシュアの腹部に吸い込まれるように命中した。
ジョシュアが蹴りを受けてよろけたところへカトリオナが斬撃を見舞っていく。しかし、どれも綺麗に受け流されていく。この辺りは、さすがにジョシュアも
しかし、反撃するほどの体力はないのか、全く反撃する素振りを見せなかった。
「そろそろ終わりにしよう……か!」
カトリオナの斬撃を受け止めたジョシュアは地面をゴロゴロと転がるだけだった。
「もうアンタとやりあってて楽しくなくなった。ハッキリ言って、つまらない」
カトリオナは低いトーンでそう言った。
「アタシは生きるか死ぬかの命のやり取りが好きなんだ。だが、さっきからアンタが防戦一方で全く面白くないんだ」
ジョシュアはカトリオナの言葉を聞いて、フッと笑った。
「君と僕とではこの戦いの目的が違う。君は戦いを楽しみたいのかもしれないが、僕は最初から君を足止めすることが目的だ。勝手に期待して勝手に失望されても困る」
カトリオナはその言葉を聞いてジョシュアを殺す決心がついたかのように冷酷な表情を浮かべた。
「……さあ、お別れの時間だよ」
カトリオナは右手で握ったサーベルを頭上から勢いよく振り下ろした……はずだったのだが。
一人の男がサーベルを持ってカトリオナに斬りかかって来たのだ。その斬撃をカトリオナは受け止めることを優先した。それによってジョシュアへの止めは刺せなかった。
「バーナード……!」
ジョシュアは救援に駆け付けた男の名を呼んだ。
「何、魔人相手に苦戦していやがる。昔のアンタと同じ
バーナードはそう言った後、素早い立ち回りでカトリオナと幾度も斬り結んだ。
「ジョシュアさん、大丈夫なのか?」
「……
ジョシュアの元に近寄ってきたのはこの前、
「スコット君、ピーター君。ありがとう、感謝する」
ジョシュアはお礼を言って
「二人は下がっておいた方が良い、あの魔人の相手は君たちには荷が重すぎる」
「ああ、おいらとピーターは他の冒険者たちの指揮をして魔物を討伐するようにバーナードさんから言われてるぞ」
「……というわけで、失礼する」
二人は走って路地裏へ魔物の討伐へと向かっていった。
「さて、魔人の方は……」
ジョシュアが振り返って魔人の方を
「これは僕も参加すれば手数で押し返せるかもしれないな」
ジョシュアは地面に転がったままの槍を拾い上げ、クルクルと回して調子を確かめた後、戦いに割って入っていった。
「横槍、失礼するよ!」
ジョシュアが突き出した槍の一撃はカトリオナの頬をかすめた。傷からは少量の血がカトリオナの頬を伝っていく。
「へえ、ちょっとはやる気が戻ったみたいだね!」
カトリオナはジョシュアの突きを受けて目を輝かせた。
「おい、俺のこと無視してんじゃねえ……よ!」
バーナードはサーベルを右へと薙いだ。これをカトリオナはすんでのところで斬撃を受け止めた。一瞬、ジョシュアに気を取られていたために反応が遅れたのである。
「この……!」
カトリオナは体勢を立て直してバーナードへ斬りかかろうとするも、
「“
「“
それを無数の風の刃と氷の矢が遮った。
「“
カトリオナは続けてデレクの酸を纏った
「“
カトリオナは鼓膜を揺るがす騒音の中でローレンスの
「……マズい!」
「ハッ!」
カトリオナが腹から力をサーベルをローレンスの脇腹へ薙ぐも、一人の男が体を張って遮った。
「ミゲル!」
カトリオナのサーベルはミゲルに傷を負わせた。しかし、硬化魔法で斬撃でのダメージは軽減されていた。
「これでも喰らえ!」
ローレンスの無事を確認したミゲルは鉄鎚を振り下ろした。地面が砕ける音がした。空振りだった。カトリオナは鉄鎚が振り下ろされる直前にバックステップで後方へ下がっていた。
「“
ミゲルの鉄鎚をかわしたところへ、幾つもの小規模の爆発が彼女の周りを包む。
これらの爆発はバーナードの魔法だ。そこからはジョシュアやシルビア、デレクにローレンス、ミゲル、マリーたちが代わる代わるに攻撃をしてカトリオナを消耗させていく。
これがただ数を寄せ集めただけのものだったならカトリオナにとって敵ですら無かっただろう。しかし、この7人の攻撃は誰が指揮をしているわけでもないのにうまい具合に連携が取れていた。そのせいでカトリオナは押し込められるような格好になった。
誰かを斬ろうとすれば別の角度から邪魔が入り、その邪魔者を斬ろうとサーベルを薙げば、また別の方向から攻撃が飛んでくる……中々嫌な攻撃だ。
「ハァ、ハァ……ッ!」
カトリオナはいつしか息を荒げていた。ジョシュア一人を相手にしていた時ですら息をここまで荒げてはいなかった。
その間に路地裏から炎の砲撃やら風の砲撃が放たれたのが見えた。間違いなくスコットとピーターであることをバーナードたち7人は理解していた。
二人も戦っているのだから、自分たちも頑張らねば!と気を引き締め、再度代わる代わる攻撃を仕掛けていく。
しかし、7人の魔力や体力が消耗し始めた途端、戦線が崩れた。
まず、硬化魔法の使い過ぎで魔力が切れたミゲルをカトリオナはあっという間に斬り伏せた。
飾り気のない鉄鎚が地面に重たい音を響かせながら倒れこんだ。ミゲルも同様に膝を付き、うつ伏せに倒れた。
「ミゲル!」
相棒のミゲルがやられたことに動揺を隠せないローレンスの攻撃も乱れ、その隙を突かれて背後に回りこまれて一撃を貰ってしまった。ローレンスは仰向けで倒れており、その隣では鈍色の光を放ちながら
二人が倒れたことで残りの5人は慌てて間合いを取った。カトリオナも警戒して、一足跳びに後方へ下がった。
マリーは持っていた
「どう?少しは楽しくなって来たんじゃない?」
カトリオナは頬を赤く染め、命の駆け引きに恋してるといった様子だ。この時、バーナードの脳裏には以前直哉が言っていた『戦闘狂』という言葉が浮かび上がっていた。
「こちらとしては全く楽しくないし、君には一刻も早く魔族領に帰って欲しいんだけどね」
ジョシュアがため息混じりにそう返答した。
その間にデレクとシルビアはローレンスとミゲルを邪魔にならないように通りの端に移動させていた。
「さて、休憩も済んだところで再開しようか……!」
カトリオナは心底戦いを楽しんでいるらしいが、バーナードたち5人の中で誰一人として楽しそうな表情をしている者は居なかった。
そんな中で第二ラウンドの火ぶたが切って落とされた。
まず、こちらへと向かってくるカトリオナにバーナードとジョシュア、二人の
その後に続いてシルビアとデレクが加勢していく。マリーは後方から援護射撃などを行っている。
しかし、ジョシュアたちは7人がかりで攻撃していた時に比べて押されていた。それは誰の目から見ても明らかなほどに。
「グッ……!俺っちがこんな……!」
戦い始めてまもなく、魔力が切れて酸魔法が使えなくなったデレクはカトリオナ全力の蹴りを受けて建物の壁に埋まるほどの勢いで突っ込んだ。
「“
「フッ!」
風を纏ったレイピアによる突きの一撃。シルビア渾身の一撃はカトリオナに容易に防がれてしまった。レイピアの刀身を斬り飛ばされてしまったのだ。これに動揺することなくシルビアはカトリオナの頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
この時のシルビアの頭の中では紗希の『剣に甘えるな』という言葉が流れていた。
『ありがとう、紗希』と心の中でシルビアは紗希に対して礼を言った。
「あがっ!」
しかし、シルビアの蹴りではカトリオナに対してダメージを与えられなかった。カトリオナのサーベルの柄が腹にめり込んだ。そこから頬に鉄拳が叩き込まれた。
シルビアはこの攻撃で完全に意識を失ってしまった。
バーナードとジョシュアが二人で前衛を務めて押さえていたが、それでは手数が足らず、突破されてしまった。
「“
迫って来るカトリオナのサーベルに対して、マリーは氷の盾を召喚したが一太刀で斬り裂かれてしまった。
続けて氷の鎧を召喚しようとするも目の前の強者を見て震えが止まらない。そんなマリーにカトリオナは前蹴りを叩き込んだ。
マリーは血反吐を吐きながら地面にひざまずき頭を垂れた。その時にはすでに闘志は恐怖に握りつぶされてしまっていた。
そんな中でマリーは意識を失い、倒れた。
「……味気ないねえ」
対するカトリオナは「もう終わりなのか」とがっかりとした様子であった。
「おい、ちょっと待てよ」
そう言ってカトリオナの背後でうごめく二つの影。
「……まだ、やりあえるようで安心したよ」
カトリオナは立ち上がった二人、バーナードとジョシュアを流し見て、そんな呟きを発した。
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