第63話 東の魔人

「ほう、人間にしては強い者がいるな」


 魔物の大群との戦いが続く東門に響く低い声を辿ると、そこに一人の大剣を肩に担いだ魔人がいた。


「ぬしは何者じゃ?」


 大戦斧を両手で持った状態のロベルトはそう聞き返した。


「オレはこの方面の指揮を任されているウラジミールだ」


 男……ウラジミールは大剣を肩に担ぎながら名乗った。その周囲に纏う空気は歴戦の猛者であることを漂わせるものだった。


「ロベルトさん!」


「おお、ミレーヌか」


「あの人は……」


「どうやら魔人のようじゃ。この方面の指揮をしているとも言っておったわい」


 この時のミレーヌとロベルトの考えていることは同じだった。出来るかどうかはさておき、司令官であるこの魔人を倒せばこの方面は崩せる……と。


「アンタたち、勝手に戦いを始めようとするんじゃないよ」


 後方からやって来たのはシャロンだった。


「シャロン、ディーンとエレナたちはどうしたんじゃ?」


「ああ、二人には他の冒険者たちと一緒に路地裏に移動していった魔物たちを倒すように指示しておいたさね」


 そう、ウラジミールが現れる少し前から魔物が続々と路地裏へ移動を開始していたのだ。そのこともあってか、この東通りにはウラジミール以外にはロベルトとシャロン、ミレーヌのみが残っているだけである。


「老人と女が2人……随分とオレも舐められたものだ」


 ウラジミールは肩に担いでいた大剣を中段に構えた。戦闘準備に入ったということだろう。


 これに対して、ロベルトたちもそれぞれが武器を構えて迎撃準備を整えた。


 ロベルトは大戦斧を構えてウラジミールの真正面へ。ミレーヌは短剣を逆手に持ち、ロベルトの左後方へ。シャロンは魔法を付与した投擲用の短剣を両手に1本ずつ持ち、指の間に挟んで構えた。


 本来、魔人はシルバーランクの冒険者が一対一で戦って、やっとの思いで倒せる強さである。この場に居るものでは、ロベルトがシルバーランクで、シャロンとミレーヌが魔鉄ミスリルランクだ。


 なので、普通に考えればロベルトが一対一でやってギリギリ倒せるほどの強さなのだが、なぜだかこの魔人にはそれでは勝てないような雰囲気があった。


「さて、先手は譲ろう。どこからでもかかって来ると良い」


 ウラジミールはやはりロベルトたちを女と老人と見くびっているのか、3人に先手を譲った。


 3人は目を合わせて頷き、動いた。まず、ロベルトは正面からウラジミールと打ち合う。両者ともに一撃一撃が強力で周囲に衝撃で旋風が巻き起こるほどだ。


 ミレーヌはその間に素早くウラジミールの背後に回った。一方でシャロンは高い場所から狙うために、近くの建物の屋根上へと向かっていった。


「老人、中々思っていたよりも強い」


「フン、ワシはまだまだ現役じゃ……!」


 通りの中央で激しい金属音を響かせながら大戦斧と大剣とがぶつかり合う。


「……オオオオッ!」


「グッ……!」


 ウラジミールは大剣でロベルトを力で押し返し、ロベルトはウラジミールの斬撃の勢いを殺しきれず、後退した。それと同時に仕掛けられた背後からのミレーヌの短剣による斬撃もウラジミールはいとも簡単に防いでしまった。


 攻撃を防がれたミレーヌはウラジミールの大剣を受け止めたことで、地面に叩きつけられた。これでも、ミレーヌは薙ぎ払われる前にぶつけた短剣を起点に後ろに飛んでいたので少しは衝撃がマシになっていた。


 ……と、ミレーヌが起き上がろうとしたところへ自分の身の丈はあろう大剣が勢いよく振り下ろされる。


 地面に一直線に亀裂が入るほどの重い一撃。


 ミレーヌは咄嗟に右へ跳んだために攻撃そのものは回避した。しかし、飛び散った石畳の破片が体中に突き刺さる。


 ミレーヌが必死に動こうとしているところへウラジミールは一直線に走って来る。首と胴とが分かたれる寸前で左上から幾つもの短剣がウラジミールに降り注ぐ。これにはさしものウラジミールも一度、距離を取るしかなかった。もちろん、短剣を投げたのは屋上にいるシャロンだ。


 そして、距離を取ったところへロベルトの大戦斧がウラジミールの脳天目がけて振り下ろされる。ウラジミールは両手で大剣を持って防ぎ切った。


 ウラジミールはミレーヌの攻撃は片手であしらっていたのにロベルトの攻撃には両手で応じていた。それだけロベルトの一撃には威力があるということだろう。


 こうしてロベルトが真正面から打ち合っている間にミレーヌは持ち合わせの回復薬ポーションで、傷を癒した。


 そして、治療が終わるとロベルトに加勢すべくミレーヌも戦いに戻っていった。


 今度は隙を突いてミレーヌはウラジミールの脇腹に先ほどのお返しとばかりに短剣での斬撃を見舞い、間合いを離脱した。


 ウラジミールはこれに対して地面から1mくらいの高さで大剣を地面と平行に滑らせるような器用な攻撃をしてきた。この攻撃はミレーヌの腹部を掠めていった。


 続けざまに振り下ろされた大剣の一撃はなぜか軌道が逸れた。離脱する際にミレーヌが見たのはウラジミールの両手に絡まる白い糸。


 これだけでミレーヌは誰が糸を仕掛けたのかを理解した。


「皆さん、遅れてしまってごめんなさいね!」


 セーラがこちらへと駆けながら次々に糸魔法を発動してウラジミールの体に巻き付けていく。


 ウラジミールも糸を続けざまに切っていくも、切ったらまた別のところから糸が巻き付いてくるといったように追いかけっこ状態に陥っていた。大剣では片手剣ほど素早く捌くのは至難の業だ。ウラジミールも苦戦を強いられていた。


 その隙にロベルトとミレーヌが左右から一撃ずつ斬撃を見舞った。ロベルトの大戦斧は胸部、ミレーヌは左大腿部といった具合に。


「オオオオオオオオオオッッ!」


 ウラジミールは魔獣の咆哮と聞き間違えるような雄叫びを上げながら、絡みついた糸をすべて吹き飛ばし、大剣を地面へと叩きつけた。


 その衝撃は大戦斧を持って正面にいたロベルトの鎧を撒きあがる風圧で粉々に砕き、ロベルトを10mほど後方まで吹き飛ばした。


 また、ウラジミールの側面にいたミレーヌやウラジミールから5mは離れた場所にいたセーラも衝撃波の影響を受けてそれぞれ建物の壁に埋まるほどの勢いで叩きつけられた。民家の屋上にいたシャロンも吹き飛ばされはしないものの、衝撃波に灰色の髪をなびかせた。


 今のウラジミールの一撃は、『これほどのパワーをどこに秘めていたのか』と思わず言いたくなるほどの威力の攻撃であった。


 4人の内、シャロン以外はピクリとも動かなかった。セーラもミレーヌも体の半分ほどが瓦礫の下敷きになっている。


 ロベルトも攻撃を至近距離で受けたこともあってかアダマンタイト製の鎧が吹き飛んでしまっていた。大戦斧を握り締めてはいるが、全く起き上がって来る気配はない。


 一方のウラジミールは片膝を付き、吐き出す息も荒かった。


「……フ――、俺にこれだけの力があったとはオレも驚いた。これが俗にいう火事場の馬鹿力というやつなのかもしれんな……」


 ゆっくりと立ち上がったウラジミールは自らの大剣を顧みるとヒビ割れていて、とてもじゃないが武器としてはもう、使い物にはならなさそうであった。


「あまり片手剣は得意ではないのだが……やむを得んか」


 ウラジミールは腰に差してあったサーベルを勢いよく引き抜き、空を斬った。そこへ3本の短剣が飛んでくる。


 ウラジミールは反射的に短剣を鮮やかに3太刀で防いで見せた。


『今の剣捌きを見るに一体、どこが片手剣が得意じゃない……だ!』


 そう思わずツッコミを入れたくなるほどに鮮やかな剣捌きであった。


「……あとは女一人のみか」


 ウラジミールがシャロンのいる民家の入口を探すために路地裏へ向かおうとした時、通りの真ん中で起き上がる者が一人。


「……まだ、勝負は終わっとらんわい」


 ハッとした様子でウラジミールが振り返ると、そこには大戦斧を杖のように地面についたロベルトの姿があった。


「ご老体、そこで静かに眠っていた方が得策だったのでは?」


「ケッ、どいつもこいつも人を年寄り扱いしよって……」


 ロベルトはそう言っている最中も足元がふらつき、危ういものがあった。


「……それではご老体の勇気に免じて、あなたから先に始末するとしよう」


 ウラジミールはくるりと180度向きを変えてロベルトの方へと向かっていった。しかし、そんなウラジミールの右足に糸が巻き付いた。


「ワタクシを忘れてもらっては困りますね」


 瓦礫の下から這い出してきたセーラが糸魔法を発動させたのだ。そして、その反対側からはミレーヌもやっとのことで瓦礫の下から這い出してきたところであった。


「ほう、全員まだ動けるのか。それなら、まだまだ退屈はしなくて済みそうだな」


 ウラジミールはどことなく嬉しそうな、少年のような笑みを浮かべていた。


 ウラジミールはピンピンしているが、それに対峙するロベルトやミレーヌ、セーラは満身創痍である。素人の目から見ても先ほどより厳しいだろうことは分かるほど不利な戦況だった。


 しかし、屋上にいるシャロンを含めて4人全員が誰一人として諦めている様子は無かった。


 ――来い、人間共!


 ウラジミールはサーベルを中段に構え、4人の戦士に向けてそう叫んだ。これに4人は全力の攻撃を持って応じたのだった。

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