第65話 東西南の決着

「ロベルト!」


 短剣を投げながら、シャロンがロベルトに攻撃を促す。ロベルトは小さく頷いた後で、ウラジミールの頭上に大戦斧を振り下ろす。


 しかし、ウラジミールはシャロンの短剣をすべて弾いた後、素早くサーベルで大戦斧を迎撃した。


 純粋に力比べならギリギリのところでロベルトに勝っているウラジミールだったが、上から振り下ろされた大戦斧には重力や大戦斧の重みが乗っているために、ウラジミールにも受け止めきれなかった。


 よって、ウラジミールは大戦斧を受け流して後方へと跳んだ。


 しかし、そこに待っていたと言わんばかりにセーラとミレーヌがそれぞれレイピアと短剣で斬りかかる。


 ウラジミールはセーラのレイピアでの素早い刺突と、ミレーヌの短剣での斬撃を軽々と防ぎ、薙ぎ払った。


「そのケガにしてはお前たちは粘っている方だ。そもそも、普通ならそれだけの傷を負っていては勝負にすらならないのだが」


 ウラジミールは二人の技に対して、賛辞のようなものを述べた。その言葉に嘘偽りはない。


 陽はすでに西へと傾き始めていた。ウラジミールはそんな太陽を眺めながら4人に背を向けた。


 そして、首からかけていた笛を吹いた。軽い鳥の鳴き声のような音が町の東部に響く。


 すると、魔物たちが路地裏から現れて東門の方へと慌ただしく向かっていく。


「戦いはここまでだ。俺たちはここで引き上げさせてもらおう。そなたたちの戦いに敬意を表して、今日のところはこれ以上の攻撃は控えるとしよう」


 そう言い残して、ウラジミールは何やら魔物たちに指示を出しながら東門へと足早に撤退していく。


「ロベルト、アンタどうするんだい?」


 民家の方からやって来たシャロンがロベルトに問いかける。


「正直、余力があれば追撃するように言うところなんじゃが……」


 ロベルトは周囲を顧みる。セーラやミレーヌはすでに傷だらけでこれ以上の無理は出来ない。


『なら、回復薬ポーションを使えばいいのではないか?』


 そんな問いが投げられそうではあるが、回復薬ポーションの手持ちもすでに無い……というより、先ほどの戦いで小瓶が割れてしまって中身が道にこぼれ落ちてしまっていたりするのだ。


 地面にこぼれた回復薬ポーションを舐めれば良いのかもしれないが、誰もそこまでして回復薬ポーションが欲しい訳じゃない。


 別にギルドに戻れば予備はいくらでもあるし、無いならシャロンがまた作れば良いだけのことだからだ。なにより、中央広場には治癒魔法が使えるラウラがいる。


 そのことを全員に話を通したうえで、ロベルト達は後を追うかどうかを考えた。


 その結果、ディーンとエレナの二人に指揮をゆだねて、冒険者たちに町の外に出るまでの許可を下した。


 また、魔人・ウラジミールには手を出さないことを条件に追撃をすることを約束させた。


 こうして、ディーンとエレナを先頭にした冒険者たちはウラジミールには攻撃を仕掛けずに遠巻きに弓や魔法で攻撃をして東門へと追い込んでいった。


 そして、残った4人の間で話し合われたのは明日のことだ。戦いは明日も明後日も続く。一日でこれほどの損害が出たのだから、明日はもっと悲惨なことになるだろう。


 そんなことを思いながら、ロベルトはシャロンに肩を貸してもらいながら中央広場へ。ミレーヌはディーンとエレナの二人が無茶しないようにフォローをしに後を追っていった。


「それではワタクシは……」


 セーラは一人、中央広場でも東門でもない場所へと走っていった。


 ――――――――――


「ぐがっ!」


 そんな苦しそうな声を上げながら、灰色の髪を土で汚しながら地面を転がっていく一人の男。


「バーナード!」


 それを眺めながら槍を構える赤髪の一人の男……ジョシュアだ。


「よそ見をしてるとは随分余裕だねぇ!」


 細かく向きを変えながらジョシュアへ斬撃を放ってくる魔人の女、カトリオナ。


 ここ、西門では未だに戦いが続いていた。東門ではウラジミールたちが撤退を始めた頃である。


 ジョシュアはカトリオナによって、ついに斬り伏せられた。正直、ジョシュア自身、ここまで粘れるとは思っても居なかっただろう。


 残すはバーナードのみとなった。カトリオナはニヤリと勝利を確信したような笑みを浮かべた。


 バーナードは満身創痍になりながらも、よろよろと立ち上がった。そして、サーベルを構え……逃げ出した。


 カトリオナはこのバーナードの行動に拍子抜けしたが、『追いかけて捕らえた後で、目の前で仲間たちを一人ずつ殺していくのも一興か』とカトリオナは考えを改めた。


 バーナードは小規模の爆裂魔法を放ちながら路地裏へと逃げ込んでいく。カトリオナは砂の刃を飛ばして逃げるバーナードをおもちゃのように遊びながら後を追っていく。


 攻撃を受けていくバーナードの鎧は形が崩れてもはや無いに等しかった。


 カトリオナから必死に爆裂魔法を放ちながら逃げ回るバーナード。そんな時、ある井戸の前に出た。


「もう追いかけっこは終わりだよ!」


「“爆破ブラスト”!」


 サーベルを構えながらこちらに迫って来るカトリオナへ今までとは桁違いの威力を誇る爆裂魔法を放った。


「当たらないよ!全く、どこを狙って撃って……」


 カトリオナは自分に迫って来る影が大きくなってくることに気が付いた。後ろを振り返ると東西南北に1つずつある町の鐘を載せた塔が自分目がけて倒れてきた。


 カトリオナはこれを見て、すぐに回避しようとしたが360度に爆裂魔法が展開され、足止めを食らい回避するタイミングを逃した。


 重い音を響かせながら倒壊してきた塔はカトリオナに覆いかぶさった。


 それを見たバーナードはホッと胸を撫で下ろした。


「俺が何の考えもなしに逃げ出すわけがないだろうが」


 そう、バーナードはこの町の鐘のある塔を爆裂魔法で倒壊させるためにここまでカトリオナを誘導してきたのだ。


 直前の爆裂魔法もカトリオナを狙ったのではなく、その後ろにある塔目がけて放ったのだ。塔の真ん中をへし折られた塔はカトリオナの方へと倒れこんできたわけだ。


 塔がカトリオナへと倒れ、重い音を響かせた後、静寂が訪れた。


「だが、あの魔人のことだ。万が一ということもあるか……」


 バーナードはホントにカトリオナが死んだのかを確認するために瓦礫の山へとサーベルを杖のように突きながら、ゆっくりと近づいた。


 そんな時、瓦礫の中央部分が音を立てて盛り上がった。


「ふう、さすがに今のは危なかったなぁ……」


 そこから出てきたのは体中から血をにじませたカトリオナだった。着ていた鎧は砕けたようだったがサーベルはヒビ割れているが、折れてはいないようだった。


「ちっ!中々しぶとい奴だな……!」


 バーナードは舌打ちをすると共にサーベルを構えた。


 再び、両者の戦いが始まるかという時に一人の女が姿を現した。


「セーラ!何でここに!」


 体中の傷からところどころ出血が見られるセーラ。彼女が戦いに割って入った。


「何って応援に来たんですよ?東門から魔物が撤退しましたので」


 セーラが『撤退』という言葉を口にした途端、カトリオナはそわそわし始めた。


 バーナードもセーラも何をする気なのかと注意深く見守っていると、ウラジミールが使っていたのと同じ笛をポケットから取り出して吹いた。


 笛が壊れていないことを証明するかのように、辺りに軽い鳥の鳴き声のような音が響く。すると、東門で起こったことと同じことが起こった。


「魔物が……!」


 西門へと魔物たちが引き上げていくのだ。これにはバーナードは目を丸くした。


「……今日はここまでにしておいてやるよ。続きは明日だ」


 カトリオナはそう捨て台詞を吐いて姿を消した。


 とりあえず、バーナードは魔物が引いたのに乗じて追撃するように近くにやって来たスコットとピーターに指示を出した。


 二人は指示を受けると魔物の追撃へと向かっていった。


「バーナード、肩を貸しましょうか?」


「……要らねえよ」


 セーラが差し出す手を拒むバーナード。


「もしかして、大、大、大好きなミレーヌの方の方が良かったですか?」


「うるせえ、ババアは引っ込んでろ」


 バーナードは不愉快だと言わんばかりの表情でセーラを睨みつけた。


「まあ、ワタクシはこれでも25です。ババアじゃありませんよ」


「ハァ!?え、じゃあ、俺より一つ上!?」


 バーナードはセーラを見て驚いたとでもいうような口ぶりだった。


「そうなんですよ?ワタクシ、まだまだ若いんですからね?」


「……全然そうは見えなかったな。俺はもうてっきり40代かと思っていたんだが」


 セーラはそれを聞いて眉をピクピクと震わせながら、不愉快そうな表情をしていた。が、深呼吸を一つした後で表情が落ち着きを取り戻した。


「……危うくレイピアを引き抜くところでした」


「ああ、それは良かった。それより、早くあいつらの所に戻らないとな」


 バーナードはそう言ってスタスタと通りの方へと駆け足で歩いて行く。セーラも早足でその後を追った。


 ―――――――――


 西門や東門から魔物たちが引き上げる少し前。南門では魔物の数が目で見て分かる勢いで減ってきていた。


 魔物たちも中央広場に背を向けるような形で南門へと引いていく。それを冒険者や王国軍のわずかな生き残りが追撃しているといった状態だ。


 魔物たちはといえば、逃げるのに必死で反撃もしてこない。


 このような状況を生み出したのは間違いなくウィルフレッドがケヴィンとゲーリーの魔人二人を撃破したことがキッカケとなっていることは間違いない。


「かなり魔物の数は減ったようだな」


 拳から血の雫を垂らしながら、魔物の大群を眺めるウィルフレッド。


 そこへ数多くのカチャカチャと鎧の擦れる音が響いてくる。


「マスター・ウィルフレッド、ご苦労だったな」


 馬上からかけられた声にウィルフレッドは振り返る。馬上に居たのはローカラト辺境伯シルヴァン、その人だった。


「わざわざ出張って来たのか。ご苦労なことだな」


 ウィルフレッドはフッと笑みをこぼしながら、頭をいた。


「フン、俺をあんな王宮のブタ共と一緒にしてんじゃねえよ」


「父上、いかがなされますか?」


 シルヴァンの後ろから馬に乗ってやって来たのはユーリだ。


「俺が先陣を切りたいのはやまやまだが、ここは200の兵と共に住民と共に北門まで向かうことにしよう。民衆も不安だろうからな、そっちを優先する。……今こそ統治者の出番というわけだ」


「それでは、私が残りの300の兵と共に追撃に当たります」


「よし、それじゃあ、ユーリに追撃の指揮を任せよう。マスター・ウィルフレッドと協力して魔物どもを町から叩き出すんだ」


 ユーリは静かに頷き、即座に兵たちに魔物の追撃を命じた。シルヴァンの方は北門へ民衆を誘導すべく馬を進めていった。


「ユーリ殿、まだ魔人が一人この南門の方面に残っているので、その魔人の討伐は一任させて頂いてもよろしいか?」


「ええ、是非お願いします。私では魔人の相手は務まらないでしょうから」


「それでは魔人の始末は私が済ませておきます」


 ウィルフレッドは魔物を蹴散らしながら前へと進んで行く。それに冒険者やユーリ率いる王国軍の指揮も上がる一方だった。


 そんな頃、南門付近に陣取っている魔人……アレクセイは潰走してくる味方に怒鳴り散らしていた。


「何をしている!まだ撤退の合図は出していないだろう!」


 魔物たちの様子を見るによほど慌てているのは分かる。それならケヴィンとゲーリーが別の指示を前線で立て直しているはずだ。あの二人がここまでの醜態をさらすとは思えない。


『もしかすると二人に何かあったのか?』


 そんなことが頭の中をかすめていくがすぐに否定した。あの二人が人間相手に不覚を取るはずがないのだ。


 そんな時、銀色の長髪をなびかせながら、ローカラト冒険者ギルド最強の男が現れた。


 その男はオークを両手に一体ずつ持ち、ぶん回していた。これでゴブリンやコボルトを薙ぎ払っているようだ。そんな男がゆっくりとした足取りでアレクセイへと向かってくる。


 遠目からでも分かる存在感にアレクセイは警戒し、静かに大槌を構えた。


「君がこの方面の魔物の大将をしている魔人か?」


「そうだ。俺がここの攻め口を請け負っている者だ」


 銀髪の男からの問いかけにアレクセイは素直に答えた。


「それでは君にはここで死んでもらおうか」


「……ッ!」


 アレクセイの目は黄土色に光り輝いた。


「……石化の魔法か。それでは私には勝てんよ」


 アレクセイの使った魔法は石化魔法。発動中にアレクセイの瞳を見たモノは石になってしまう。


 それをウィルフレッドは石化魔法と同化することで防いだのだった。


 近づいてくるウィルフレッドにアレクセイは持てる力の全てを持って大槌を振るうも、同化魔法を使っているウィルフレッドはすり抜けていってしまう。


「やはり魔人とはいえ大した強さではないらしい」


 刹那、ウィルフレッドの拳がアレクセイの心臓を穿った。


 アレクセイはその場に倒れこみ、に消えた。


 ウィルフレッドがハッと、近くの建物の屋上を見上げると黒い外套を羽織った男が一人。


「ユメシュ……!」


「彼の死体と槍使い二人の死体は私が貰っていくよ」


「待て!ユメシュ……!」


 ユメシュはすぐにその場から姿を消してしまった。屋上へウィルフレッドが向かうとそこには新しい血の跡があった。


「ユメシュの血か……?まあ、そんなことよりも魔人の死体なんかを回収して奴は何をしようというのだ……?」


 ウィルフレッドはそんなことを夕日に染まる空に向かってポツリと呟いた。

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