第60話 ローカラトの危機

 壁には松明が掛かっている。その壁は土の色をしている……というより土だ。なぜなら、ここは土の中だからだ。


 そんな空間の真ん中に背もたれのない木製の椅子が空間の最奥に一つとその椅子から見て斜め左に3つ、斜め右に2つの計6つ配置されている。


 最奥の椅子には唐茶色の髪をした鎧に身を包んだ男。右手には大斧を握りしめ、姿勢よく椅子に腰かけている。


 残る5つの椅子にも各一人ずつが腰かけている。


 入口から見て、右手前から金髪に左耳にピアスを空けた槍を持った男。その隣には同じく金髪の槍を持った男。その男は右耳にピアスを空けている。この槍を持った男二人は顔立ちが似ているため、外見ではピアスをどちらの耳に付けているかで判断するしかなさそうである。


 そして、そのさらに隣には身の丈より大きな槌を杖のように地面についている鎧姿の茶髪男。長めの髪を一つ結びにしている。


 今度は入り口から見て左手前。腰に一本のサーベルを差し、刃渡り2mはありそうな大剣を右腕で包むように持っている大男。髪はブロンズのオールバック。目を閉じて眠っているようにしか見えない。


 その隣には暗い赤のベリーショートの髪型をした女性。腰にはサーベルを差して足を組んで第一印象的には高飛車な印象を受ける。


「コレヨリ、ローカラト攻撃ノ軍議ヲ始メル」


 大斧を握りしめた大男の一言から軍議が始まった。


「アレクセイ、ケヴィン、ゲーリー」


「ハッ!」


 入口から見て右側に座っていた3人が起立して、総大将・ヴィゴールの前に片膝を付いて続く命令を待った。


「アレクセイヲ大将、ケヴィン、ゲーリー両名ヲ副将トシテローカラト南門カラ攻メヨ。兵ハ1万5千与エル。内訳ハ、ゴブリン、コボルト、オークヲ各5千ズツ。攻撃ハ日ノ出ト共ニ開始セヨ。分カッタナ?」


「承知しました!」


 大槌を肩に担いだ男、アレクセイを先頭に槍を持った左耳ピアスのケヴィン、同じく槍を持った右耳ピアスのゲーリーが続いて部屋を退出していった。


「……カトリオナ。前ヘ」


 名前を呼ばれた暗い赤のベリーショートの女性が前へ出て先ほどの3人と同じように片膝を付き、指示を待っていた。


「ソナタハ、ローカラトノ西側ヲ攻メルノダ。兵ハゴブリントコボルトヲ2千5百ズツ、計5千ダ。攻撃開始ハ日ノ出ト同時ニセヨ」


「承りました」


 カトリオナは鼻歌を歌いながら機嫌よく部屋を出ていった。


「……ウラジミール。前ヘ出ヨ」


 ウラジミールと呼ばれた大男もヴィゴールの前で片膝を付いた。


「ソナタハカトリオナノ反対側、東側ヲ攻メヨ。兵ハカトリオナ同様、ゴブリントコボルトヲ2千5百ズツダ」


「御意、すべてはヴィゴール様の仰せのままに」


 こうしてウラジミールも退出し、部屋にはヴィゴールのみが残った。


「……人間共。精々、死ニ抗ッテ見セヨ」


 ――――――――――


 朝、俺は寛之に誘われてランニングをしていた。


「……お前、結構体力付いたな……!」


「そうか?直哉がサボってただけなんじゃないのか?」


 ……何だろう。言い返せないから妙に悔しいな。


「そういえば、寛之。まだ、ミレーヌさんから格闘術教わってるのか?」


「ああ、あれから2日に一回くらいのペースで実戦形式で教えてもらってるよ」


 ……寛之も努力してるんだな。俺はそう実感した。それなのに俺と来たら大して何もしてないんだよなあ。


 呉宮さんが帰ってきたことを言い訳にして訓練を疎かにしがちになっている。今では元の修行のペースに戻ったが。


 にしても、もう呉宮さんが帰ってきてから1ヶ月になるのか。早いもんだな。


 この1ヶ月に色々あったな……セーラさんの娘さんのエミリーちゃんやオリビアちゃんに会ったり、ラモーナ姫やラターシャさんに出会って俺たちの家に泊めることになったり。


 紗希と呉宮さんと三人でオークも倒したか。ほとんど紗希が一人でやったようなもんだけど。その後、揉めた報酬で呉宮さんにネックレスも渡したな。


 そんな楽しかった時の記憶が次々に蘇って来る。


 ――そんな時だった。町のあちこちから悲鳴が聞こえてきたのは。


 ――――――――――


 ――ローカラト東門では日の出と同時に魔物の大群が押し寄せてきていた。


 魔物はゴブリンやコボルトといったものでそこまでの強敵ではなかった。しかし、数はざっと合わせて5千。


 それに対して東門の守備に当たる王国兵は5百のみ。


「やれ」


 軍の先頭に立つ大剣を背中に担いでいる魔人の男の一言で後ろに控えていたゴブリンとコボルトは大挙して城門に攻め寄せた。


 城門は落とし格子と呼ばれるもので、垂直にスライド開閉する門垂直にスライド開閉する門だ。


 そして、格子は鉄で出来ているため、ゴブリンやコボルトの力では突破できたものではない。


 城門の前に群がる魔物たちに守備兵たちは城壁から矢を放ったり、魔法を放ったりして応戦した。これによって魔物たちは次々と仕留められていく。しかし、大剣を持った魔人によって一撃で城門は破壊されてしまった。


 さすがに魔人の力ともなれば鉄格子を両断するのは難しいことじゃなかった。鉄格子の隙間から次々に町の中へと侵入してきた。


 これがローカラト東門を突破された瞬間だった。


 ちなみに魔人とは『魔族』と呼ばれる者のことである。悪魔と魔人を合わせて魔族という。


 魔人と悪魔は自らより弱い魔物を使役することが出来る。この力を利用して作られたのが魔王軍。


 魔物や魔族には自らより強いものに従う習性がある。これによって王に君臨したのが魔王と呼ばれる存在。要するに魔族の頂点に君臨するのが魔王なのである。


 東門を守備していた500の兵たちは一人残らず討ち取られてしまった。東門の守備を任されていた守備隊長は最後まで生き残って奮戦したが、魔人の男に一撃で首を刎ねられてしまった。


「……人間というのも、弱すぎてイマイチ相手をしている実感が無い」


 魔人の男……ウラジミールは大剣を伝う血の雫を眺めながらそう呟いた。


「……この町はどうもオレが一番乗りらしい。このままゆっくりと町を蹂躙していくとしよう。さて……少しは骨のある人間がいれば良いのだが」


 魔物たちはウラジミールの指揮に忠実に一般市民の男女を問わずに次々に殺しながら町の奥へと進んでいった。そもそも攻撃が急すぎたために住民たちを逃がすのが間に合わなかったのもこの殺戮を生んだ原因ともいえる。


 一方の西門でも東門と同様の事態が起こっていた。日の出と同時に魔物の大群が押し寄せてきた。


 戦いは東門と同じだった。門の前に押し寄せたゴブリンやコボルトを順番に矢や魔法で仕留めていっていた。


 しかし、ゴブリンたちの中から200近い矢が放たれた。不意を突かれた守備兵たちは50人以上が射殺されてしまった。


 そのことに動揺している間に、女魔人によって格子をサーベルで切断されてそこから一気に魔物に攻め込まれてしまった。


「進め!」


 女魔人……カトリオナはサーベルを持って戦闘をきって町へと突入した。その後からゴブリンやコボルトが続々と侵入してきた。


 ゆっくりと攻めあがっていく東門のウラジミールとは正反対にカトリオナは迅速さを重んじた進軍であった。


 そして、南門。ここには東西とは数の規模が違う魔物の大群が攻めあがってきていた。


「隊長!魔物の数は1万をはるかに超えております!」


 兵士は隊長へと敵の数を報告する。


「……魔物の種類は?」


「大半はゴブリンやコボルトです!また、オークも相当な数がおります!」


 兵士からの言葉に隊長は声を上げて唸った。現在南門の守備に当たっているのは1500。数だけ比べれば、10倍以上の差がある。


「よし、お前はこの事を一刻も早く辺境伯様にお知らせするのだ!」


「はっ!」


 兵士は入口へと踵を返していった。そんな時、魔物たちの叫びが聞こえてきた。


 隊長は城壁の上へと急いで向かうと城門をゴブリンやコボルトがよじ登って来る。


「怯むな!槍で登って来る奴らを叩き落とすんだ!」


 隊長は怯むことなく部下たちに指示を出していく。しかし、そう指示を出していく間にも一人、また一人と兵の数が減っていく。


「そなたがここの守備隊長か?」


 焦る隊長の前に現れたのは槍を持ち、左耳にピアスを空けた金髪の男魔人。


 隊長は男からの質問に答えることなく剣を抜き、斬りかかったが一撃で心臓を貫かれてしまった。


「何だよ、ケヴィン。もう終わらせてしまったのか?」


「ああ。にしても人間だと、この程度の強さで隊長になれるのか。人間はやはり弱いと見た」


「はっ、人間が俺たちより強いなんてのはごく稀だ。こんな辺境の町には居ないだろうよ」


「そうだな、それじゃあ残りの奴らもとっとと片付けるとしよう」


 それからの城壁の上で起こったのは一方的な攻撃。兵士たちに抵抗する隙も与えずに皆殺しだった。


 こうして城壁の上の兵士たちが隊長共々殺されたころ、オークたちによって門の鉄格子は破壊され、魔物たちがなだれ込んできたところだった。


 こうして東西南の三門が破られ、合計2万5千もの魔物と魔人5名の侵入を許したのだった。


 そのことを受けて辺境伯邸では慌ただしくなっていた。


「……で、どうするか……だな。まさか、こんなに魔物の大群が来るなんて誰も予想できなかったわけだ。忌憚きたんなく思うところを述べてほしい」


 辺境伯邸では南門からの使いを受けて会議の真っ最中だった。


「辺境伯様、それがしに兵500をお与えくだされば、南門にて魔物の軍勢の侵攻を防ぎとめてご覧に入れましょうぞ!」


 全身鎧で身を固め、完全武装をした家臣の大男が南門へ行くことを志願した。これに対して、辺境伯はあっさりと了承。大男は長槍を片手に500の兵と共に出撃していった。


「辺境伯様、これでは手元に残る兵は500に足りません!いかがなさるおつもりなのですか!?」


 近くにいた文官が声を荒げた。


「だったら、お前に何か策でもあるのか?無いなら引っ込んでいろ。会議の邪魔をするな」


 辺境伯は威圧感に満ちた目で文官を睨みつけた。これには文官も震えあがって下がってしまった。


「父上、お願いしたいことが」


 そう言って、前に出たのは辺境伯シルヴァンの子息であるユーリ。王国では名の知れた有名な槍の達人である。


「何だ、言ってみろ。ただし、さすがにこれ以上ここから兵を動かすことは出来んぞ」


「はい、それは承知しております。私が申しあげたいのは、ここは冒険者ギルドにも父上の名でクエストを出されては……ということです」


 息子からの意見に辺境伯は戸惑った。正直、平民の集まりの冒険者ギルドに頭を下げるようなことはしたくなかった。


「……ダメ、でしょうか?」


「いや、それで行こう。そうだな、ウィルフレッドには魔人を討伐すれば城壁の修理代をチャラにしてやると伝えろ。そうすれば、絶対に協力するだろうからな。あとは他の冒険者共には戦いの報酬として一人につき大金貨1枚を配ると伝えよ。クエストの最中のケガの治療費はこちらが負担するとも伝えるのだ」


「……分かりました!すぐに冒険者ギルドへ向かい、その旨を伝えます!」


 ユーリは足早に部屋を退出していった。


「さて、俺はどうするかな……」


 辺境伯は窓の外、燃え行くローカラトの町を眺めながらポツリと呟いた。

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