第61話 戦いの幕開け
冒険者ギルドの前に3騎の騎士がいた。
「マスター・ウィルフレッドはおられますか!」
ギルドの入口に立つ鎧姿の一人の男。
「はい、居りますが……一体どちら様でしょうか?」
応対したのはミレーヌ。何やら冒険者ギルド内も随分と慌ただしい様子。
「私はローカラト辺境伯シルヴァンが嫡子、ユーリです。父の命を受けてこちらに参った者です」
「これはユーリ様、失礼を致しました!父はこちらです」
ミレーヌは素早く、地下の執務室へとユーリを案内した。
コンコンと扉をノックすると「入れ」といつものウィルフレッドの声がした。
「マスター、ユーリ様をお連れしました」
ウィルフレッドはミレーヌが自分のことをマスターと呼んだことで真面目な話だと察した。そして、ユーリが辺境伯の子であることも理解した。
「ミレーヌ、もう下がって良いぞ」
「はい、失礼します」
ミレーヌは丁寧にお辞儀をして執務室を出ていった。
「して、ユーリ殿はなぜここへ?」
「はい、父から冒険者ギルドにクエストを出すためです」
「クエスト?」
貴族から冒険者へクエストなど珍しいこともあるものだとウィルフレッドは内心で思った。
「はい、クエスト内容は『この度、街中に侵入した魔物の大群の撃退』です。報酬は撃退に貢献した冒険者一人につき大金貨一枚。クエストの最中のケガの治療費はこちらで負担致します。また、ウィルフレッド様には別口で、『未だにお支払い頂いていない3か月前のオーク討伐の際に破壊した城壁の修理代を全額免除する』と父が申しておりました」
「……よし、分かった。そのクエストを引き受けよう。ただ、一つ聞きたいことがある」
ウィルフレッドは即決だった。また、協力して魔物の大群の相手をするにはどうしても必要なことがあった。
「質問とは?」
「現在、ユーリ殿が知っている魔物の大群に関する情報を教えてもらいたい」
そう、それは敵の数や敵の配置といった情報の事である。敵をよく知らずに冒険者たちを危険な場所へ向かわせるわけにはいかないというマスターとしての判断だ。
「はい、魔物の大群は現在東西南の三方から進行中です。東からはゴブリンやコボルトが合わせて5千ほど。西も全く同じです。そして、指揮官と思われる魔人が東西一人ずつ。大して、南がゴブリンやコボルト、オークを合わせて1万5千。魔人が3人ほど確認されており、形成で言うと南が現在一番危うい状況にあります」
ユーリからの情報を得てウィルフレッドはニヤリと笑みを浮かべた。
「よし、こちらも冒険者を3手に分けて向かわせる。『南には私が行くから安心するように』と辺境伯に伝言を。あと、魔人を一人殺すごとに大金貨を1枚。追加報酬で頂けないだろうか?そうすれば、やる気も上がるのだが……」
「それでしたら、追加報酬の方は私がお支払い致します。父にそのことを伝えてウィルフレッド様に伝えている時間は無いでしょうから」
ユーリたちの足元を見た追加報酬の頼みにユーリは嫌な顔一つせずに報酬を払うことを約束した。
「……ユーリ殿のご英断に感服致しました。それでは魔人どもの方はお任せください」
「お願い致します。それでは私はこれで失礼します」
ウィルフレッドとのやり取りの後、ユーリは慌ただしく執務室を出ていった。
「レオ、おとなしくここで留守番してるんだぞ~」
ウィルフレッドは優しい口調でレオを撫でると「にゃぁ~」とのん気な返事が返ってきた。
ウィルフレッドはそれを聞いてニコリと笑みを浮かべた後、ゆっくりとした足取りで部屋を出ていった。
「よし、みんな揃っているな?」
ウィルフレッドは一段高いところに登って装備を整えて一堂に会した冒険者たちを見下ろした。
「これから東門、西門、南門、中央広場の4つの班に分かれて向かってもらう」
東門へ向かうのはロベルトが指揮を執る75名。その中にはミレーヌ、シャロン、ディーン、エレナも入っていた。
ウィルフレッドの指示を受けてロベルト達は急いで東門へと向かっていった。
続いて西門へ向かうのはバーナードの指揮する78名。その中にはシルビア、デレク、ローレンス、ミゲル、マリー、スコット、ピーターといったバーナードの息のかかったメンツが揃っていた。
この班もすぐさま西門へと駆けていった。
南門へと向かうのはウィルフレッドの指揮する91名。そして、ウィルフレッドは出発する前に中央広場へ向かうメンバーを発表した。
直哉、紗希、聖美、茉由、寛之、洋介、夏海、ラウラの計8名。
任務としては『三方から逃げてきた民衆を敵の居ない北門へ行くように指示すること』と『けが人をラウラが治療している間の護衛をすること』だった。
直哉たちも了解してすぐに中央広場へと向かっていった。ウィルフレッドたちはその後に続くようにギルドを出て、南門へと向かっていったのだった。
その頃、東門ではすでに魔物たちが民家を荒らして回り、逃げ遅れた人々を殺して回っていた。その光景は一言で例えるなら『地獄絵図』。だが地獄とは違い、罪なき人々が為す術もなく蹂躙されていくのである。その点だけは地獄とは異なっていた。
そして、東の通りに近い何でも屋にも多くの魔物が押し寄せてきていた。
「お母さん、怖いよ……!」
「怖い……!」
「二人とも大丈夫よ。お母さんが付いてるから」
エミリーとオリビアが母親であるセーラにしがみ付いていた。それをセーラは二人の頭を優しく撫でていた。
セーラは隙を見て、レイピアを腰に差して娘二人を抱きかかえて店の外へと脱出した。
しばらく走ると一生懸命に逃げる人々が大勢いた。
「あら、セーラちゃん!大丈夫?」
「はい、ワタクシは大丈夫です。娘たちをお願いしても構いませんか?」
「ええ、もちろんよ。セーラちゃんには普段から店を手伝ってもらってるからね」
エミリーもオリビアも最初はセーラと離れるのは嫌がっていたが、途中からは何も言わなくなった。
「……ッ!」
セーラが娘たちを見送っているところへどこからか矢が飛んできた。それが右肩口に命中したのだ。
セーラが矢の飛んできた方を振り返ると向かいの民家の窓に一体の弓を持ったゴブリンがいた。
そこから、セーラは矢が飛んでくることも視野に入れて魔物との戦いを立ち回った。
その辺りはやはり騎士として、戦い慣れていた。しかし、利き腕に矢を受けたのはかなりの痛手であった。レイピアを思うように扱えずにゴブリンやコボルトに苦戦するというような事態に陥っていた。
セーラは「あの時に矢が当たっていなければ……!」と、矢を受けたことを悔やんだ。
とりあえず、糸魔法で魔物たちの動きを止めたりしてからレイピアで倒すという戦法で凌いでいたが徐々に数に押されて危うくなってきた。ゴブリンやコボルトもこうまで数が多いと手練れでも負傷は免れない。
「はっ!」
物陰から襲ってきたコボルトを傷口から血を流しながらも一閃で倒した。しかし、その隙を突かれてゴブリンの投げた短剣が左太ももに突き立った。
セーラは急いで短剣を引き抜くと同時に近寄ってきた別のゴブリンを両断した。
その直後、セーラは右腕に違和感を覚えた。何となく力が入らなくなってきている。
「まさか……!」
セーラはこの時、昔に聞いた話を思い出した。
『ごく稀にゴブリンが独自の製法で毒を作ることがある』
この話とさっき受けた矢のことを考慮すると、あの矢の鏃には毒が塗られていたのかもしれない。
「キャッ!」
右腕が上がらないことに戸惑っている間にコボルトの爪での攻撃を受けてしまい、地面に倒れこんだ。明らかに反応速度が遅くなっている。
起き上がろうとするも右腕には力が入らず、左足も先ほど短剣で刺された傷が痛み全然立ち上がれない。だが、そんな状態のセーラを魔物が待ってくれるはずは無く警戒しながらもゆっくりと一歩、また一歩と近づいてくる。
セーラは左腕でレイピアを振れば良いのではないかと思ったが、そもそも左でレイピアなど扱ったことがないし、持ち替えている時間もなさそうだった。
為す術なしか……とあきらめかけた時、助っ人がやって来た。
『“
砂を纏った光り輝く刃が目の前の魔物を葬り去る。
「セーラさん、大丈夫ッスか!?」
「セーラさん、ケガしてるよ!」
セーラの後ろから顔を覗かせたのはディーンとエレナだ。
「ええ、ケガをしてしまいまして……」
セーラは自嘲気味にそう言って笑った。それを見てエレナはポーチの中から小瓶を取り出して、セーラの左太ももに中身の液体をかけた。一方、ディーンはエレナとセーラが話してる間、魔物が近づいてこないかを見張っていた。
応援に来たのはウィルフレッドの指示で東門方面に来たメンバーで他にもミレーヌやロベルトが近くで戦っていた。
「
「ありがとう、エレナちゃん……。あと、手持ちで何か毒の効果を消すものはありますか?」
セーラからの問いにエレナは大急ぎでポーチの中を探していたが、それらしいものは無さそうだった。
「ほれ、これを使いな」
セーラの前に
「それには解毒魔法が付与してある。使えるのは一回限りだから慎重に扱うんだよ」
シャロンはそう言い残して前線へと出張っていった。
エレナはそのスクロールを使用してセーラの毒を治した。
「どう?セーラさん」
「ええ、さっきよりはマシになりました。まだ、完全とは言えませんが」
セーラは少し腕を動かしながら笑顔をエレナに向けた。
「それなら良かった!シャロンさんには後で私からお礼言っておくね!」
エレナは足取り軽く、ディーンの元へと走っていきこの事を伝えた。
「二人とも、ワタクシはもう大丈夫ですから行ってください!」
少し離れた二人に声を大にして話しかけた。二人は「了解した」と頷いて魔物を倒すべく前線へと向かっていった。
――――――――――
何とかセーラが危機を乗り越え、冒険者たちが応援に駆け付ける少し前。西門でも一大事が起こっていた。
西門も東門同様に魔物が民家を荒らして回るほどに蹂躙されていた。逃げ遅れた大勢の一般市民も大量に殺されていた。
そんな中、西の通りに面してギルドを構えていた運送ギルドはジョシュアの指示の元、テキパキと近隣住民たちを中央広場の方へと誘導していた。
そこへ一人の魔人がやって来たことで事態は急変した。その魔人は暗い赤のベリーショートヘアにサーベルを片手に持っている。
「マスター、どうしましょうか?」
近くにいた運送ギルド職員に指示を求められたジョシュアは「住民たちと中央広場へ行ってくれ。ここは僕が食い止めるから」と言って、近くに立てかけておいた愛用の槍と共に女魔人・カトリオナの前に立ち塞がった。
「ここから先へは僕を倒してから行ってもらえるかな?」
カトリオナは立ち塞がるジョシュアの気配からここに来るまでに殺してきた人間とは違うことを察して魔物たちに路地裏から回り込むように指示を出し、自らはサーベル片手にジョシュアと対峙した。
「アンタ、随分と腕に自信があるようだね」
「まあ、君を足止め出来るくらいには強いかな」
ジョシュアは槍先を真っ直ぐにカトリーヌへ向けた。武器だけを見れば剣より槍の方が射程は範囲が長いため有利だ。
ジョシュアにもそれは分かっていた。そこらの剣士なら近づいてきたときには槍で串刺しに出来る自信がある。しかし、カトリオナから感じる圧は段違いだった。
本来、魔人は
この時のジョシュアの頭の中は“どうやって市民やギルドメンバーたちが逃げ切れるだけの時間を稼ぐか”ということで一杯だった。
「それじゃあ、始めようか」
カトリオナはサーベルの背の部分で肩をトントンと叩きながらそう言った。
「ああ、そうだね。そろそろ始めようか」
ジョシュアも腹を決めてカトリオナの動きの一つも見逃すまいと意識を集中させた。
建物の屋根に止まっていた烏が羽ばたく音と同時にカトリオナは一直線にジョシュアへ接近すべく大地を蹴った。
ジョシュアは構えからして斬り上げと見切った。そして、カトリオナの斬撃を槍の穂先で器用に受け止めた。しかし、斬撃の威力が強かったのかジョシュアは後ろへと一気に下がらされてしまった。
「へえ、アンタ随分器用じゃないか」
「まさか、魔人に褒められるとは思わなかったよ……」
満足げなカトリオナとは対照的にため息混じりのジョシュア。この時のため息は呆れとかからではなく、安堵から来たものだった。実際、ジョシュアは『一瞬でも反応が遅れていれば今の一撃でカタが付いていた』と内心では冷や汗ものだった。
「さて、アタシは今からは本気でやらせてもらおうっと」
まるでさっきの斬撃が遊びだったかのような一言にジョシュアは背筋が凍る思いだった。
そう思ったのと同時に、カトリオナのサーベルが土を纏っていることに気づいた。
「土属性の魔法剣……!」
この時、ジョシュアは現役の冒険者だった時にロベルトから聞いた「魔人は魔力量が人間よりも多いために全員が魔法を使えるのだ」という言葉を思い出した。
「それじゃあ、行くよ!“
カトリオナが振り下ろしたサーベルから多数の砂の刃がジョシュア目がけて放たれる。数はおよそ20。槍を回転させたりして庇いきれる数ではないし、回避するのも難しい。
そう判断したジョシュアは奥の手を使うことを決断した。
「“
これはジョシュアにとっては奥の手。元々、武技を競い合うことを好むジョシュアからすれば役に立たない魔法だ。ゆえに魔法を使う相手でも、武器や武技だけで防げる場合には絶対にこの魔法を使わなかった。
引退してから使わなくなること久しかった。実に8年ぶりくらいに使ったものだ。別に運送ギルドを始めてから戦闘が無かったわけではない。だが、盗賊や山賊相手では使うほどのことも無かったのだ。ましてや魔人とは遭遇することもなかったのだから。
――時は戻る。
「ハッ!?」
ジョシュアの魔法反射で跳ね返った砂の刃をカトリオナは自らのサーベルで捌ききった。
その隙にジョシュアは槍による攻撃が届く間合いにまで進み槍での連続攻撃を見舞った。
ジョシュアの槍技は十分にカトリオナ相手に通用するものだった。これにはカトリオナもたじろいだ。後退を余儀なくされ、通りの建物の壁際まで追い込まれた。
一際勢いのあるジョシュアの突きをカトリオナは横に飛ぶことで辛うじて回避した。
そして、着地と同時にジョシュアへ接近しサーベルを叩きつけた。ギリギリのところでジョシュアは槍の柄で受け止めた。そこからは一転ジョシュアが防戦一方に追いやられた。
カトリオナは器用に槍で斬撃を防ぐジョシュアに心の中では称賛していた。それと同時にこれほどの槍使いに遭遇できた巡り合わせに感謝もしていた。
そこからは一進一退の攻防が続き、決着が付く気配は無かった。
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