第54話 双子の幼女
俺たちが王都から帰還して1週間ほどが経った。王都から帰ると俺たちがこの世界にやって来た時に通った遺跡が粉々に破壊されており、俺たちは日本に帰る術を失ったのだ。
俺たちはとりあえず、ローカラトの町に留まりながら帰還方法を探すことにした。
そんな、ある晴れた日の朝。俺と呉宮さんはセーラさんと待ち合わせているため、街の中央広場にやってきた。
「ふぅ……暑いね。直哉君」
「ああ、確かに暑いな……」
俺は出来る限り、呉宮さんを見ないよう努力した。この世界に来る前のコンビニでもあったことだが、汗をかいてる時の髪をかき上げる仕草とか、妙に刺激が強すぎて見ていられないのだ。
「……?どうかしたの?直哉君」
「いや、何か呉宮さんと二人で出かけるって何となく新鮮な感じがしてさ」
「それもそうだね」
ふぅ、『刺激が強くて見ていられません』なんて言えるわけないし、ごまかせて助かった。
呉宮さんは黒い髪をポニーテールにまとめてきている。何だかんだ、一番見慣れた髪型のような気がする。また、着ている服と合わせると活発な印象を受ける仕上がりになっている。
それにしても、呉宮さんのポニーテール姿って久々な気がするな……。
「二人とも~!お待たせして申し訳ありません……!」
そう言って、セーラさんがこちらへ手を振りながら走って来る。
「いえいえ、俺たちもさっき来たばかりですから気にしないでください」
「俺たち……!」
「……呉宮さん?どうかした?」
「……ううん!何でもないよ!?」
いや、動揺しすぎでしょ……。ホントにどうかしたんだろうか?
「あらあら、お二人とも朝から仲睦まじいことですわね」
そう言って口元に手を当てて、お淑やかに笑うセーラさんだった。
「さて、お二人ともワタクシの何でも屋に行きましょうか」
そう、何でも屋には俺は一回しか行ったことがないために道を覚えておらず、一人では行けない。さらに、呉宮さんも何でも屋には行ったことが無いのだ。そのことをセーラさんに伝えると中央広場まで来てくれれば案内してくれるとのことだった。
俺たちはセーラさんの後ろについて、徒歩10分ほどで何でも屋に到着した。店の裏口から俺たちは何でも屋に入った。セーラさんが扉を開けると奥の階段からパタパタと足音が聞こえてきた。
「お母さん、おかえりー!」
「おかえりなさい」
奥の階段から降りてきたのはセーラさんと同じスプリンググリーンの髪の色をした二人の少女。以前言っていたセーラさんの娘さんたちだ。今年で二人とも7才になるそうだ。
一人の子は髪を後頭部でまとめた活発そうな印象を受ける子で、マゼンタ色の瞳をしている。
もう一人の子は髪をハーフツインテールにしており、瞳の色までセーラさんと同じターコイズブルーだ。
「お母さん、この人たちは?」
団子髪の子の方が、セーラさんのスカートの裾をちょいちょいと引っ張る。ハーフツインテの子の方はセーラさんの後ろから顔を少しだけ覗かせている。そりゃあ、知らない人たちが来たらそんな反応にもなるか。
「二人にも紹介しますね。こっちの子がエミリーでこっちがオリビアよ」
セーラさんのスカートを引っ張っている方がエミリーちゃんで、後ろに隠れているのがオリビアちゃん……か。
「アタシがエミリーよ!」
「……ワタシ、オリビア」
わざわざ自分で名乗りなおすなんて、いい子たちだ……!
セーラさんを見ると、ニッコリと微笑んでいる。おそらく、俺たちにも自己紹介してほしいということだろうか。
「俺は直哉。こっちのお姉さんが聖美」
俺は指で自分を指して、呉宮さんの方を指した。子供相手には丁寧に身振り手振りでやれば大体のことは伝わる。……知らんけど。
「お兄さんとお姉さんはどんなカンケーなの?」
関係か……確かこの前ウィルフレッドさんがこの世界には付き合うなんて概念は無いと言ってたな。その代わりに婚約と言うのだとも言っていた。
「えっとね、お兄さんとお姉さんは婚約してるんだ」
ゆっくりと俺、呉宮さん……と指を向けながら説明した。
「コンヤク……?」
……さすがに婚約は難しかったか。分かりやすく言い直さないと……!
「えっと、結婚の約束をしてるってことだよ」
「ケッコン!」
おお、理解してくれたらしい。良かった、良かった。それよりさっきから呉宮さんの反応が何も無いけど……。
顔を上げてセーラさんを見ると、何やら口元を片手で上品に押さえて笑っている。
俺は左斜め後ろを振り返ると顔を真っ赤にしてうつむく呉宮さんの姿が。
「呉宮さん!?大丈夫!?どこか具合でも悪いの!?」
「大……丈夫……だから……、気にしないで……」
……「大丈夫だから」と大丈夫じゃなさそうな様子で言われても、全く説得力がないんだけどなぁ。
「直哉、奥の部屋で聖美を休ませてはどうかしら?」
「ああ、じゃあ、そうしよう」
「それでしたら、この廊下の左の部屋を使ってください」
「セーラさん、ありがとうございます。それじゃあ、お借りします」
「え、ちょ、ちょっと!直哉君!?」
俺はとりあえず、呉宮さんを横抱きにして部屋まで落とさないように慎重に運んだ。その間の呉宮さんは湯気でも出そうなほどに顔を真っ赤にしていた。
「よいしょっと」
俺は部屋の奥の窓際に置かれているベッドに呉宮さんを寝かせた。
「えっと、直哉君。私は大じょ……!」
俺は呉宮さんの話を最後まで聞かずに呉宮さんの額に手を当てる。
「やっぱり熱いな……ちょっと待っててくれ、セーラさんからタオル貰ってくるから」
俺が部屋を出るとすぐそこにセーラさんがいた。これ幸いとタオルがないかを聞くとすぐに用意してくれた。エミリーちゃんとオリビアちゃんも母のセーラさんの後ろをついて回っている。何だろう、見ていて和む……と言ったらいいのだろうか。
「はい、直哉。これで良かったですか?」
「ああ、ありがとう」
俺は受け取ったタオルに水を
「直哉君、私は大丈夫だって言ってるのに……」
「いや、そんなに顔を赤くしてたら心配ぐらいするだろ?熱くらい、あるだろ?」
「そう……なんだろうけど……」
呉宮さんは何かを言いたげだったが、何かを押し込めたようだった。
「セーラさん、何かお騒がせしてすみません」
「良いのよ、全然。今日はエミリーとオリビアに会いに来てくれたのでしょう?だったら、後はゆっくりしていってください」
「お兄ちゃんとあそぶー!」
「ワ、ワタシもあそびたい」
セーラさんの後ろからエミリーちゃんとオリビアちゃんが飛び出してきた。
「よーし、何して遊びたい?」
「アタシは何でもいいから遊びたい!」
「本読んでほしい」
エミリーちゃんはとにかく遊びたくて、オリビアちゃんは本を読んでほしい……か。
「よし、じゃあ、両方やろうか!」
俺は近づいてきた二人の頭に手を置いた。そのおかげで「昔、紗希にも頭ポンやったな~」とか思い出して懐かしい気分だった。
「セーラさん、泉まで行ってきます」
「泉ってアスクセティの森の?」
「はい」
いや、待てよ……遺跡が破壊されてから、近づいたらダメなんだったっけ?
「今はもう近づいても大丈夫みたいよ。少なからず、泉には行っても大丈夫だと思うわ」
「……それじゃあ、泉に行ってきます。セーラさん、呉宮さんをお願いします」
「ええ、分かりました。あと、直哉。これを持って行った方が良いわ」
俺の頼みをセーラさんは快く受けてくれた。そして、差し出されたのは真新しいサーベルだった。
なるほど、万が一森で魔物に遭遇した場合に武器が無いのはマズいよな。
俺はそう思ってセーラさんからサーベルを受け取って腰に差した。
「よし、まずは泉で水遊びをして、それから本を読もうか」
エミリーちゃんは終始嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいた。オリビアちゃんは「それから」の部分を聞いてから表情が明るくなった。
「それじゃあ、呉宮さん。また、戻って来るから」
俺はそう言ってからセーラさんに一礼して部屋を出た。
――――――――――
一方、直哉が去った後の部屋では。
「あの、セーラさん。部屋とかベッドとか貸してもらってすみません」
「聖美ちゃん、それくらい気にしなくて良いですからね。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
二人の間を沈黙が流れる。二人とも何の話題を振ろうか迷っている風だ。
「聖美さんは直哉のどこを好きになったのですか?」
セーラからの質問に少々戸惑ったようなそぶりを見せる聖美。
「……分かりません。好きになったのが10年くらい前なので……気づいたら好きになってた感じで……」
「そうだったんですね」
またしても沈黙。その後も話を振っては途切れ、振っては、途切れるといったことが続いた。
「直哉は子供が出来たらいい父親になりそうですね」
「そうですかね?」
「ええ、何せ子供の面倒見が良いですもの」
「なるほど、それは確かにそうかもしれませんね」
聖美はさっきの直哉とエミリー、オリビアのやり取りを思い返しながらそう言った。
「そういうセーラさんも良いお母さんじゃないですか」
「そうなのでしょうか?」
「娘さんたちもセーラさんといる時、ホントに嬉しそうでしたから」
「それなら良いのですけど。母親としてはあの子たちが元気でいてくれればそれでいいので」
聖美はやはりセーラは良いお母さんだと心の中で思ったりした。
「聖美さん、直哉を離しちゃダメですよ」
セーラは突然、聖美に詰め寄った。
「えっと……?」
「……とは言ったものの、直哉が聖美さんを離すとは思えませんけどね。こんなに可愛いんですもの」
「私はそんな、可愛いなんて……!」
セーラからの誉め言葉に謙遜する聖美。可愛いという言葉を聞いた途端に再び頬を赤く染めていた。
「それじゃあ、ワタクシはこれで失礼しますね」
セーラは聖美の額に載っていたタオルを持って部屋を出ていった。その後、聖美は布団に吸い込まれるように自然に眠りについたのだった。
――――――――――
水面が陽の光を受けて輝く。森は熱風に葉を揺らし、枝では鳥が鳴いている。そんな中、俺とエミリーちゃんとオリビアちゃんは泉に入って水をかけあったり、泳いだりして過ごした。
体感としては泉の水はぬるい。だが、陸にいるよりは断然マシだ。
「それ!」
俺はエミリーちゃんからの水を思いっきりかけられてしまった。頭から水を被ったせいで服がびしょ濡れだ。
「え、えい!」
今度は反対側から少量の水をかけられる。オリビアちゃんからだ。
「やったな!それ!それ!」
俺は二人に一回ずつ水を浴びせかけた。
二人とも、楽しそうだからこっちも楽しくなってくる。
俺は時間も忘れて、童心に帰ってエミリー・オリビア姉妹と水遊びをした。
「よし、そろそろお昼だし、お母さんのところに帰ろうか」
「「うん!」」
よし、二人とも良い返事だ。今は一番暑い時間だが、二人とも体調面での以上はなさそうだ。
俺たち3人が陸に上がって服の水を絞っていると、こちらに急接近してくる気配を感じ取った。
「エミリーちゃん、オリビアちゃん!俺の後ろに隠れて!」
二人は俺のただならない様子に驚いたようだったが、ちゃんと俺の後ろに隠れてくれた。
俺は正面、向かってくる一つの気配にサーベルを構えて向き合った。一体、何が何の目的でこんなところにやって来たというのだろうか?
まさか、遺跡襲撃の犯人だったり?もしそうなら、あんなに遺跡を粉々に出来るほどの強さだ。俺一人では太刀打ちできないだろう。
一体、近づいてくるものは何なのだろうか?俺は意識を向かってくる気配に再び集中させた。
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