第55話 ぶりっ子な姫とヤンデレな騎士

「あなたからは竜の匂いがします」


 草むらからそんな声が聞こえてきた。声から判断するに……女?何やら責め立てるようなキツイ物言いだ。


「お、お前は誰だ!?」


 ……しまった、噛んでしまった。とりあえず落ち着け、俺!


 そんな時、声の主は草むらから現れた。その女性はポニーテールにしたチョコレート色の長髪に袖なしの鎧を着用し、右手には身長より少し長めの槍を持っている。その人は俺の方へと槍の穂先を向けて「あなたに決闘を申し込みます。実力の程を確かめたいので」と言ってきた。


『誰だよてめーは いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねーぞ』


 この時、俺の脳内では『クレ○モア』での言葉が再生されていた。


「さあ、武器を構えてください!」


 槍使いの女性は真っ直ぐに俺の方へと槍を向けてきた。


「ちょっと待ってくれ!」


「……何ですか?」


 女性は槍の穂先を少しだけ下に向けた。どうやら、話を聞いてはくれるようだ。戦闘狂じゃなくて助かった……。戦闘狂だったら今頃、俺は槍でサクッと突き殺されていることだろう。


「この女の子二人に手は出さないでくれないか?」


「ああ、誓って私はその二人の少女に手は出しません」


 個人的には『』のところが引っかかったが、今はそうも気にしていられない。


「エミリーちゃん、オリビアちゃん。二人ともお兄さんの用事が済むまで泉で遊んで待っててもらってもいい?」


「うん、わかったー!」


「うん」


 二人はおとなしく泉に戻って再び遊び始めた。はあ、この光景を眺めていられるのなら良いんだが、今から決闘をしないといけないのだ。……はぁ、早くおうちに帰りたい。


「よし、待たせたな。始めるか」


「ええ、始めましょう。あと……」


「あと?」


「最初から全力で行きますから!」


 俺は慌ててサーベルで槍での突きを受け止めた。その女性は『全力』と言った時にはすでに俺に槍が届く位置にまで接近してきていた。動きが早すぎる!


「……反応速度は良いみたいですね」


 俺はその女槍使いの突きを受けたは良かったものの、そのまま力負けして土の上を転がった。


 俺は突きを受けて気づいたことがある。それは、マジで防がないと殺されるかもしれない……ということだ。


 ……そういえば、使ったの、ユメシュと戦った時以来だから、実に2週間ぶりとかだろうか。ホントにを使わないと殺されてしまうだろう。さっきの突きは心臓狙いだったことは受け止めて分かった。防いでなかったら槍が俺の胸を貫いていただろう。あの人は茶色い死神か何かだ。


 にしても、力を使おうにも槍使いの突きを避けるのに必死でそんな暇などなかった。


「ぐっ……!」


 俺の二の腕を槍がかすめていく。攻撃はそれのみで終わることは無かった。槍の突きの連続で俺は急所こそ突かれてはいないものの、足や腕にかすり傷を負った。


「なるほど、サーベルで私の突きの軌道を逸らしているようですね」


「さすがに、気づかれてたか……」


 結構、息が上がるな……。にしてもこの強さ、純粋なパワーなら俺の倍はいかないにせよ、それほどの威力がある。純粋な力のぶつかり合いでは確実に勝ち目はないな。


 ……攻撃が来ない今のうちに使うか、あの力を!


 前は制御できたが、今回はどうなるか分からない。けど、このままでは俺が負けてしまう。正直、制御の仕方は何となくは分かってるけど使っていくうちに慣れるかなとか楽観的に考えてる。


 ……よし、使おう!


「……それがあなたの竜の力ですか。道理で竜の匂いがしたわけです」


「これで少しはまともに戦える!」


 俺は何とか制御に成功した。これなら何とか!


 俺は再び足に力を入れ、地面を蹴った。


 サーベルを構えて、槍使いの女性の方へと一直線に突っこんだ。


「甘いですよ!」


 俺は女槍使いから繰り出された鋭い突きをギリギリのところで避けた。わきの下をかすめていったが、問題……ない!


 俺は振りかぶったサーベルを勢いよく振り下ろした。しかし、槍使いの女性にはすんでのところで槍の柄の部分で受け止められてしまった。


「……クッ!」


 槍使いの女性は俺の力任せの斬撃に耐え切れず、後退した。


「どうだ!」


 俺は槍使いの女性に声を投げた。『降参するなら今のうちだぞ』という含みを持たせて。まあ、ここら辺で降参してくれないと俺が限界だしな。そもそもこの力は5分くらいしか使えないのだ。下手に長引くと厄介だ。


「そうね、あなたの竜の力はですね。それくらいのことなら、出来ますし」


 今、って言わなかったか?何だろう、この嫌な予感は……


「私も竜の力を使わせてもらいます」


 そう言って槍使いの女性は目を閉じて意識を集中させているようだ。この構え、この感じ。俺がさっきやったことと同じことをしている。それが肌感覚で分かる。


 そして、10秒ほどで女性は目を開けて再び槍を手に取った。


「さあ、続きを始めましょうか」


 そういってニコリと微笑む顔に、俺は少し恐怖を感じた。


「あ、ああ、りょ、了解だ」


 どうしよう、もう早く呉宮さんのところに帰りたい。そもそも俺はエミリーちゃん、オリビアちゃんの二人と水遊びしに来ただけなのに……!何でこんな決闘してるんだ、畜生!


「決闘中に考え事ですか!」


「うおっと!」


 さっきよりも動きが倍近く速い。そして、威力も倍近くに跳ね上がっている。これに対応できているのは俺も竜の力で、パワーやスピード、魔力量が倍近くに跳ね上がっているからだ。


 しかし、それでも相手も竜の力が使えるとは予想外だった。結局、戦局は槍使いの女性の方に有利になり、割とあっさり敗北した。


 俺は今、そんな感じで槍先をのどに向けられて両手を上げているところである。ホントに止まらなかったらあの世行きだった。


「参りました」


 俺がそう言うと、槍先は天を向いた。おかげで俺は腹の底から息を吐き出した。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫……ですか?」


 泉から服も乾かさずにエミリーちゃんとオリビアちゃんは俺の方へと駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとう」


 俺は両手でそれぞれの二人の頭を優しく撫でた。その間、槍使いの人は対岸の草むらをじっと見つめていた。


「……あの、一つ聞いても良いですか?」


 俺は槍使いの女性に声をかける。女性は静かにこちらを振り返った。


「聞きたいこととは何ですか?」


「……えっと、どちら様ですか?」


 そう、俺はこの人の名前を知らないで決闘したのだ。もう、無茶苦茶だ。


「私はラターシャと言います。あなたは?」


「俺は薪苗直哉だ。あそこにあるローカラトの町で冒険者をやっているんだ」


「そうですか。私はラモーナ姫の護衛の騎士としてお仕えしてるんです」


 ……姫?もしかしてスカートリア王国の姫様なのだろうか?よし、聞いてみるか。


「もしかして、姫様っていうのはスカートリア王国の?」


 俺がそう言った途端にのど元に槍先が。少しでも動けば刺さってしまう。


「あなたは姫様を人間どもの国の姫を間違えるなど……!」


「はい、ラターシャ。そ・こ・ま・で♪」


 どこからともなく可愛らしい声を出しながら現れたのはウィスタリア色のウェービーロングヘアをした雪を連想するほどに色の白い肌をしている女性。着ている服は、いかにも高そうな光沢のある生地で、肩口と胸元が露出している。裾はフリルになっており、それが何段も重ねられている。


「これは姫様」


 ラターシャさんはそう言って自らの主に素早く体全体を使って礼をした。


「ラターシャ、顔を上げて?あまり、そう言うのは好きじゃないから」


「……はっ」


 ……この姫様はあまり上下関係気にしない感じのタイプで、護衛の騎士であるラターシャさんが礼儀に厳しいと俺はこの二人のやり取りから察した。これは十中八九当たっていると思う。


「それであなたは……?」


「えっと、俺はあそこにあるローカラトという町で冒険者をやっております、薪苗直哉と申します。ラモーナ姫様、以後お見知りおきを」


 どうだ!この礼儀作法!ちゃんとゆっくり頭も下げたし100点満点だろ!


「ええ、私はラモーナって言います。ここから西の山脈にある竜の国の王女をしております♪」


 そう言うと同時に俺の腕に抱きついてきた。


 これ見よがしに当てられるその豊かなお胸でのハニートラップを狙っているのなら俺には効かないからな?


 そんなことを心の中で喋りながら、ずっとお姫様にスマイルを向け続けた。


 あと、そろそろ離れてほしいんだよな。夏にずっと引っ付かれてるのは暑苦しい。


「あ、姫様。1つお聞かせ願えますか?」


「ええ、大丈夫ですよ♪」


「お姫様たちは、なにゆえこのようなへんぴな地に参られたのでしょうか?」


 俺は極力丁寧な言葉遣いを心がけて質問した。ここで「無礼者!」とか言われて成敗されるのだけは避けたいのだ。


「君に会うためですよ?なおなお♪」


 ……ん?今、この人なんて言った俺に会うため?いや、それよりも『なおなお』ってなんだよ。


「お姫様、『なおなお』というのは何かの擬音ですか……?」


「君のことですよ♪『薪苗直哉』、略して『なおなお』!」


 そんな指をピッと立てて可愛らしく言われても何も嬉しくないんですが……?


 ……ってか、なおなおって本名の直哉より長いだろ!


「それじゃあ、なおなお!私をあの町までおんぶして連れていってく~ださい♪」


「……へ?」


 ……どういう流れでそうなった?わけがわからないよ!誰かGo○gle翻訳持ってきて!


「姫様、一体それはどういう……」


「ごちゃごちゃ言わないで、姫様の言うことに従ってください」


 俺はラターシャさんから汚物でも見るかのような目と共に殺意にまみれた槍を向けられ、逆らったらマジに殺されると判断し、不本意ながら、竜の国のお姫様をおんぶすることになった。


「エミリーちゃん、オリビアちゃん。さっきは冒険者ギルドを通ってきたけど、帰りは遠回りして城門から入るからね」


「うん、わかった!」


「……わかった」


 こうして俺たちは崖を通らずに、泉から一番近い町の東門から町の中へと入った。


 ラターシャさんは身分を証明できるものを見せて、ラモーナ姫共々町に入る許可が下りた。


 ここからなら、何でも屋が知っている建物の中で一番近い。


 俺はすっかり観光気分のお姫様をおぶりながら右へ左へ寄り道しながらも、エミリーちゃん、オリビアちゃんとラターシャさんの3人を連れて何でも屋に到着した。


 道中、寄り道しすぎるラモーナ姫の暴走をラターシャさんが上手く諫めてくれたので助かった。


「ただいま戻りましたー!」


「は~い、おかえりなさ~い」


 俺が玄関を開けて声を上げるとセーラさんがこちらへとやって来た。


「おかあさん、ただいま~!」


「ただいま~」


 エミリーちゃん、オリビアちゃんは母であるセーラさんの姿を見るや駆け寄っていった。あの子供らしい純粋さに俺は敬意を払いたい。


「なおなお、降ろして?」


「分かりました」


 俺はラモーナ姫を降ろした。実を言うと、足に筋力強化の効果を付加エンチャントしていたのだ。そうでないと森を抜ける前に一歩も動けなくなったいたと思う。要するに、重い。口に出したら殺されるだろうから心のうちに秘めておく。


「なおなお、どうかしたの?」


「いえ、何でもありませんよ」


 俺は『満面の笑顔』を顔にコピペして、応対した。


「セーラさん、呉宮さんは?」


「まだ奥の部屋にいますよ」


「分かりました」


 俺はラモーナ姫から逃げるように、足早に呉宮さんのいる奥の部屋を目指した。


「呉宮さん、今帰ったよ」


「あ、直哉君。おかえり……」


「なおなおーー!」


 呉宮さんが俺に『おかえり』と言った直後に側面からラモーナ姫に抱きつかれてしまった。まあ、胸が大きい時点で気分が萎えるんだが。


「直哉君の……」


「えと、呉宮さん?」


「……浮気者!」


 何か勘違いされてる!?


 いや、でも確かに呉宮さん視点で見れば『少女二人と遊んで帰って来たと思ったら別の女を連れてくるなんて……!』くらいは思ったりするか……。


「えっと、呉宮さん。これには……」


 俺は呉宮さんに事情を説明した。最初は全然取り合ってくれなかったが、ラターシャさんも誤解を解くのを手伝ってくれたために無事に誤解は解けた。


「ラターシャさん、ありがとうございました。誤解解くの手伝ってくれて」


「いえ、私は姫様があなたの女だと勘違いされたのに腹が立っただけですから」


 ああ、そういう理由だったのか……。でも、誤解を解くのを手伝ってくれたわけだし、感謝はしておかないとな。


「あと……」


「あと?」


「次に姫様に変なことしたら殺しますから」


 そんなにマジトーンで言われると怖い!しかも瞳から光沢消えててホントに怖い!


 ……そもそも、そんなに念を押されても近づいてくるのはラモーナ姫の方からなんだから、何とかしてほしいと切実に思う。


「それで、なおなおとさとみんは婚約者なんだね♪知らなかったよ~」


 そして、この姫様の上目遣いの頻度や瞳をウルウルさせながら人を見ることといい、何とも……あざとい。


 こうして俺はぶりっ子な姫・ラモーナとその姫を慕うヤンデレな女騎士・ラターシャさんと出会った。

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