第29話 いざ、開戦

「お前たち、無茶はするんじゃないぞ。ヤバいと思ったら、すぐに降参するんだ」


「分かりました」


 ウィルフレッドさんにそう促され、俺たちはニコニコと笑みを浮かべながら返答した。だが、内心では降参はしたくない。当然のことだが、降参すればその本人は助かるだろう。だが、そうなれば他のみんなにしわ寄せが行くことになるからだ。


 そんなことを思いながら、朝日を背にして俺たちの乗ったセベウェルの町へ向かう馬車が出発した。


「みんな、武器を見せてくれないか?」


 俺がそう言うと、みんな不思議そうな表情を浮かべた。


「何をするんだ?」


「何、みんなの武器を強化しようと思ってな」


 俺は寛之からの問いかけに答えつつ、自分の青銅製のサーベルを引き抜いた。


「このサーベルに"鉄の強度”を付加エンチャント


 そう言うとサーベルが青く輝いた。


「こんな感じでみんなの武器にも鉄の強度を付加エンチャントしようと思ってな。みんな、どうする?」


 みんなは戸惑った様子だったが、俺に武器を渡してきた。何せ相手は鉄の装備を持っているのだ。それに青銅で挑めば武器の強度で負けてしまう。


 俺が追加でそう説明するとみんな素直に武器を俺に渡してくれた。俺は受け取った武器に1つずつ鉄の強度を付加エンチャントした。


 だが、バーナードさんはスチールランクの冒険者だ。なので鋼製の装備だろう。それはそれで対策をしなければならない。


 そうこうしている間にセベウェルの町廃墟に到着した。そして、俺たちはあらかじめ指定されたポイントへと向かった。


『あーあー、テステス』


 俺たちが指定された地点に着くと、突然頭上から女性の明るい声が聞こえてきた。何事かと空を見上げると四面体の金属の塊が宙に浮いていた。


『これは空中の監視者スカイオブサーバーという魔道具です。こちらからの音声を流すこととそちらの映像をこちらで見ることが出来るものになっております。そして、実況はワタクシ、何でも屋店主のセーラがお送り致します♪』


 あれだな、その魔道具、まさに実況するために作りましたってやつだ。


『そして、この空中の看視者スカイオブサーバーは、我が辺境伯様が国王陛下から緊急に借り受けたものですので、是非ともこれに攻撃するといったことはお止めくださいね』


 止めろと言われればやりたくなるのが人間というだ。だが、ここで問題を起こすのはよろしくないことだから我慢した。


『それではまず、勝利条件等の確認を致します。バーナードチームの勝利条件は相手チームである直哉チームを全員戦闘不能にすることが勝利条件になっております』


 何か自然に話が進んでいるけど、チーム代表として俺の名前呼ばれてないか!?


『そして、直哉チームの勝利条件は……』


 実況のセーラさんが勝利条件を話そうとしているところに寛之が「よろしく、リーダー」とヘラヘラしながら言ってきたので、反射的に脛を蹴り飛ばした。


『直哉チーム全員を戦闘不能にする、もしくはバーナード氏を倒すこと。この二つになっております』


 セーラさんはそれから一拍開けて、『双方、準備はよろしいでしょうか?』と俺たちに問いかけた。特に意味はないかもしれないが、俺たちは首を大きく縦に振った。


『それでは、開始です♪』


 セーラさんの可愛らしい声と共に戦いは幕を開けた。


「皆さん、行ってくるッス!」


「それじゃあ、また後で!」


 ディーンとエレナちゃんは予定通り、地下水道の方へと走って行った。


「直哉、俺たちも行こうぜ!」


「そうだな!」


 斧槍ハルバードを肩に担いだ洋介に促されるまま、俺たちは大通りを突き進んだ。


『早速、直哉チームは二手に分かれて行動を開始しました!一方のバーナードチームは……』


「お前ら、準備はいいな?スコットとピーターは地下水道を通ってやつらの背後に回れ。シルビア、デレク、ローレンス、ミゲル、マリーの5人は大通りを通ってやつらに攻撃を仕掛けろ」


 バーナードが広場の噴水に腰かけて他のメンバーに指示を出していた。


「マスターはやっぱりここを動かないんだな?」


「ああ、俺がわざわざ出るほどの相手じゃないからな。お前たちでとっとと片付けて来い」


 バーナードは「さっさと行け」とばかりに顎をしゃくった。こうして、7人は二手に分かれて行動を開始した。


『両チーム動き出しました!この戦い、どのように展開していくのか。非常に楽しみです!』


 その頃、俺たちは現在、大通りを一列になって進んでいる。(洋介曰く長蛇という陣形らしい)


 先頭から紗希、武淵先輩、俺、寛之、茉由ちゃん、洋介の順だ。


「“酸波アシッドウェイブ”!」


 突如として前方から緑色の液体が波のように押し寄せてきた。どうしようかと考えていると、すぐ後ろから寛之の声がした。


「三人とも僕の後ろまで下がってくれ!」


 そう言われた俺たちは大急ぎで寛之の後ろへ大きく下がった。事前に俺が"敏捷強化”の効果をみんなの靴に付与していたため、比較的容易に後ろへ跳ぶことが出来た。


「障壁展開!」


 寛之が恥ずかしさ混じりの大声で叫ぶと寛之の前に半透明の壁が展開された。


「へっ!俺っちの魔法が防がれちまうとはな。まとめて戦闘不能にできるチャンスだったのによ!」


 大通りの真ん中には筋肉質な体つきをした青髪紅眼の大男が腕を組んで立っていた。おそらく彼が酸の魔法の使い手のデレクさんだろう。


「みんな、あいつの相手は僕が引き受けるよ」


「乗るしかない、この酸波ビッグウェーブに!」


「しょーもないことを言ってないで早く行ってくれ」


「……ああ、分かった」


 俺と寛之が一連のしょうもないやり取りの後、デレクさんを避けて俺たちは先へ進んだ。


「お前一人で俺っちの相手をするってのか?俺っちを舐めてんのかよ?」


「いや、見くびっているつもりはないですよ。始まる前に貴方が出てきたら僕に相手をさせてくれと直哉たちに頼んでいたんですよ」


「そうかよ。んじゃあ、おめえをとっとと片付けておめえの仲間も全員倒すだけだからってよ!」


『大通りにて障壁魔法の使い手の寛之、酸魔法の使い手であるデレク。この二人の戦いの火ぶたが切って落とされました!』


 こうして、大通りにて実況のセーラさんの声と共に寛之とデレクさんの戦いが幕を開けた。一方、先へ進んだ俺たちの前には新たな敵が現れていた。


「ここから先に行きたければ私とミゲルを倒していくことだ」


「俺たちコンビにあんさんらが勝つことは不可能。ここで全員おとなしく倒されるんだな」


 デレクさんの横を通り過ぎて500mほどのところで今度は二人組の男が立ち塞がった。一人は斧槍ハルバードをこちらに構えた深緋色の髪に薄紅の瞳をした男、もう一人は大槌を肩に担いだ群青色の髪に萱草かんぞう色の瞳をした小柄で小太りの男だ。


 恐らく斧槍ハルバードを持っている男が音魔法の使い手であるローレンスさんで、大槌を持っている小太りの男の方が硬化魔法を使うミゲルさんだろう。


「直哉、こいつらの相手は俺がする」


 洋介の目は「俺に策がある」と言わんばかりの目をしていたので、俺は洋介に任せることにした。


「洋介が残るのなら、私も残るわ。相手は二人いるし」


 俺たちと洋介、武淵先輩はここで分かれることになった。まあ、あの二人なら何とかしてくれそうだ。


「ミゲル!あの三人を逃がすな!」


「おうよ!」


 大槌を持った男が俺たちを追いかけようとした時、男の前に雷が撃ち込まれた。男は驚いたように雷を撃ち込んできた男の方へと振り返った。


「てめえらの相手は俺たち二人だ」


『ここでは二対二の戦いが始まりました!』


 実況の声が割って入ったが、ここにローレンスさん、ミゲルさんの二人と洋介、武淵先輩の二対二のバトルが始まった。


「兄さん、このまま真っ直ぐ進んだらバーナードって人がいる広場だよ!」


「ああ。だが、絶対にいるという確証はない!でも、行くしかない!」


 俺たちが洋介たちと別れて1分ほどした頃。俺たちは広場まであと少しというところにまで差し掛かっていた。


「“氷矢アイスアロー”!」


「“風刃ふうじん”!」


 俺たちが走っている横から突如として攻撃が始まった。左頭上からは氷の矢が飛来し、右からは無数の風の刃が放たれてきた。


「うお!やっべ!」


 俺は間一髪のところで回避に成功した。茉由ちゃんも同様に避けられたようだ。だが、紗希は間に合わなかったようで風の刃をサーベルで弾いていた。しかし、全部を防ぎきることは出来なかったようで右上腕部と左大腿部に切り傷がついていた。


「紗希!大丈夫か!」


「うん、まだ傷は浅いから大丈夫だよ。それより……!」


 紗希は路地の方をじっと睨んでいた。すると、そこから亜麻色の髪をポニーテールにした空色の瞳をした細身の女性が建物の陰から姿を現した。これが風属性の魔法剣を使うというシルビアさんで、屋根から氷の矢で攻撃してきた鮮やかな青色の髪を風に揺らしているのが氷の装備を召喚するマリーさんだろう。


「君が紗希だな。マスターから大体の話は聞いた。腕の立つ女剣士だ、とな。是非、私と手合わせ願おうか」


 口調だけならば、一瞬男かと思ってしまいそうだが、ちゃんと女性だ。


「兄さん、行って。この人の相手はボクがするよ」


「でもな……!」


 少々俺が戸惑っていると後ろから茉由ちゃんの呼ぶ声がした。


「先輩!この屋根の上の人は私が相手をします!なので先にバーナードって人のところへ!」


「……分かった。二人とも気を付けてな!」


 俺は紗希と茉由ちゃんの顔を見てから広場の方へと再び走り出した。


「それじゃあ、始めるか」


「はい!」


 二人の剣士は剣を構えて向き合った。その次の瞬間には剣と剣が交差し激しく、また鋭くもある斬撃の応酬が繰り広げられた。


「こっちも行くわよ!」


 屋根の上にいるマリーさんは再び氷の矢を茉由ちゃんへと放った。


「それはもう通じません!」


 茉由ちゃんは右へと飛び退いたため、攻撃は当たらなかった。


『広場の手前、数百メートルのところで美少女4人の戦いが始まりました!』


 俺はやや興奮気味?の実況の声を背に広場へと駆けた。広場まではほんの数十秒で到着した。


「お前が来たのか、直哉。期待外れも良いところだな」


 広場の噴水を背に一人の男がサーベルを右手に持った状態で立っていた。その姿には何とも言えない威圧感が漂っていた。


「俺はてっきりお前の妹の方が来ると思ってたんだがな」


 バーナードさんは心底残念そうに深く息を吐いた。


「それは残念だったな。来たのは俺だ。だが、何故紗希が来ると思ったんだ?」


「フン、お前のような格下からの質問に答える義理も義務もないな」


 かー!なかなかムカつく野郎だ。このイライラ、どうしてくれようか……!


「そうか。……じゃあ、始めるか?」


「ああ、そうだな。さあ、どこからでもかかってきなよ」


 顔からしてもうすでに勝ったつもりでいるんだろう。ますます腹が立ってきた……!だが、こういう時、あまり感情的になるのは良くない。


 『戦いの時に必要なのは見るんじゃあなくて観ることだ…聞くんじゃあなく聴くことだ』


 どこからか、そんな声が聞こえてきそうな感じだ。


 バーナードさんは爆裂魔法の使い手だ。だが、どれほどの威力なのかが分からない。それに、鋼ランクというだけでは彼自身がどれだけのパワーとスピードを有しているのかも分からない。何せ分からないことだらけだ。とりあえず、仕掛けて出方を見るか。


 俺はとりあえず正面から突っ込んでみることにした。全速力でバーナードさんの方へと駆ける。それを見たバーナードさんは左手を俺の方へと向けた。その次の瞬間、前触れなく俺は大爆発に巻き込まれた。空中へと吹き飛ばされ、落下して地面に叩きつけられた。


「痛ってぇ……!」


 今の爆発で靴と手袋が焦げてしまった。だが、バックラー鎖鎧チェインメイルの方に目立った傷はない。あとは落下したときに腰を打ってしまったのがズキズキと痛む。


 そして、何より全身から漂う焦げくさい臭い。これのせいで集中しづらい……!


「……力加減が難しいな。今のでもだいぶ威力は抑えたんだが、加減を間違えると跡形もなく消し飛ばしてしまう」


 ……どうやら今のは本気ではなかったらしい。もし、本気でやられていたら間違いなく死んでたな……。


 だが、これでシャロンさんが言っていたことができる!


 ~~~~~~~~~~


 あれは、ちょうどシャロンさんと修行してる時。


「直哉、付与魔法と付加術に共通するものは何だか分かるかい?」


 練習で俺の装備に効果を付加している横からシャロンさんに質問を投げかけられた。


「全然分かりません」


 俺は即答した。……考えても分からないからな。


「はあ……少しは考えて欲しかったんだけどねぇ……。それじゃあ、正解を言うけど『イメージ』よ」


「イメージ……?」


 ……分かるような分からないような。


「イメージが出来るかどうかで、効果が変わってくるんだよ」


「要するにイメージが出来れば効果が高くなるってことですね」


「そうなるね」


 その後の話をまとめると、本で読んだことがあるとか噂で聞いたことがあるだけだとイメージがあやふやで効果が薄くなる。


 補足だが、ここでの本には挿絵とかそういうものはついていないのだ。


 なので、直接見たことがあるとイメージがしやすくて効果が高くなるとのこと。つまり、聞くのと実際に見るのとでは大違いだということだ。


 ~~~~~~~~~~


 ……話は今に戻る。


 さっきまでは爆裂魔法がどんなものかイメージがしづらかったのだが、これできちんとイメージすることが出来る!


 俺は全身に爆裂魔法の耐性を付加エンチャントした。さすがに魔法を無効化することは出来ないので耐性を付けるくらいのことしかできない。


「これで受けるダメージが少しはマシになると良いんだが」


 俺は再び剣を構え、バーナードさんへと向き直った。


「あとはバーナードさんの直接の戦闘能力を確かめておかないとな!」

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