第30話 苦戦

「ねえ、ディーン。あとどのくらいだろうね?」


「そうッスね……次の角を曲がって、少し進んだところにある階段を上がれば、その先に広場が見えるはずッス」


 地下水道を走りながら話す男女――ディーンとエレナだ。


 二人は現在、薄暗い地下水道を走っている。理由はもちろん、直哉たちとは別ルートで広場へ向かいバーナードを倒すためだ。


「エレナ、何か臭くないッスか?」


「えっ!?私そんなに臭いかな!?」


 ディーンから言われたことに動揺してあたふたする様子は小動物のような可愛らしさがある。


「エレナのことじゃないッスよ。焦げ臭いというか何というか……」


「ディーン!あそこ!」


 ディーンの話を遮ってエレナは前方を指さした。そこには薄手の鎧を着用した男が二人。一人は柿色の髪に朱色の瞳で、片手剣ショートソードを右手に持っている。もう一人の男は隣の男と同じ髪色に灰茶色の目をしていて両手剣ロングソードを肩に担いでいる。


「茶髪の剣士と茶髪の小柄な少女……お前たちがディーンとエレナだな?」


 片手剣を持っている男が少し前に出て、ディーンたちに話しかけてきた。


「そうッスけど……お二人は一体誰なんですか?」


 ディーンは二人が何者なのかを聞くと、両手剣ロングソードを担いでいる男が不愉快そうにムッとしていた。それとは反対に片手剣ショートソードを持っている方の男はニコッと笑顔で質問に答えた。


「おいらはスコットで、隣のデカい剣担いでるのが弟のピーターっていうんだ」


 スコットと名乗った男は、柔らかい笑みを浮かべながら弟のピーターも紹介した。


「……ということは、二人とも精霊魔法の使い手なんだよね?」


 エレナは昨日聞いた情報を思い出して、人差し指を顎に当てながら尋ねるように呟いた。


「ああ、そうだぞ。おいらが風の精霊魔法、ピーターのやつが炎の……」


「おい、バカ兄貴!お喋りはその辺にしとけよ!こんな奴ら、とっとと倒しちまおうぜ!」


 スコットのお喋りをピーターが遮った。どうも兄のスコットの長話に苛立っているようだ。


「そうだな。命令の通りにしておかないとバーナードさんに叱られるな!」


 スコットはそう言うと剣先をディーンの方へと向けた。


「それじゃあ、おいらは剣士の方を片付けるから、ピーターはそっちの嬢ちゃんを頼むぞ」


「わーったよ」


 ピーターも自分の身長ほどある剣を斜に構えた。それを見て、慌てた様子でディーンは剣を抜き、エレナは長杖を構えた。


 ここに青銅ブロンズランクの冒険者4人の戦いが始まった。


 一方、大通りでは寛之とデレクの戦いが繰り広げられていた。


「その障壁、中々厄介だな……!」


 寛之は酸の攻撃でデレクに近づけずにいた。何とかギリギリのところで障壁を張ってやり過ごすので精いっぱいだった。


「本当に厄介な魔法だ。このままじゃ魔力が尽きた瞬間僕は酸の魔法の直撃を受けてしまう……!何とかしなくては……!」


 戦いは現在デレクの優勢が続いていた。しかし、優勢とは言ってもデレクもやりにくいことこの上ないといった様子である。


 何でも溶かす酸の魔法と何も通さぬ障壁。まさに矛と盾だ。どちらもやりにくい相手である。


「喰らえっ!“酸波アシッドウェイブ”!」


 対して寛之は障壁を展開した。……ただし、だ。


 それを何枚も張り階段のようにしたのだ。寛之はそれを王子の元へと急ぐシンデレラのように軽やかな足取りでそれを昇っていく。


「な、何だと!?そんなのありえねえってよ!」


 寛之は波を上に逃れることでやり過ごした。酸波アシッドウェイブは一方向にしか打てない。空中にいる寛之を狙おうにも上に酸をぶっ放せば自分の方へと降り注いでくるためデレクは寛之を攻撃できずにいた。


 寛之はそれを見て取るやデレクの真上から飛び降りた。この高さからなら重力を乗せた重い拳をデレクに叩きこめるからだ。だが、デレクも戦いなれた冒険者だけあってそううまくは行かなかった。


「“酸拳アシッドナックル”!」


 何とデレクは酸を籠手ガントレットに纏わせて寛之を攻撃しようというのだ。


 寛之は慌てて自分の拳とデレクの籠手ガントレットの間に障壁を張った。しかし、パワーはデレクの方が上だったため、寛之はさっきいた場所まで吹っ飛ばされた。


 それから寛之が着地するのに合わせて、デレクは酸波アシッドウェイブを放った。しかし、寛之は寸でのところでの回避に成功した。


「チェッ、かわしやがったのかよ」


 その時のデレクの表情には次は外さないという固い決意のようなものを感じた。


「これはますます厳しい戦いになりそうだな……!だが、ここでやられるわけにはいかない。何とかしなくては……!」


 大通りでの戦いは第二ラウンドに突入する空気を醸し出していた。


 その頃、大通りから路地を一つ左折したところにある小広場に場所を移して洋介&夏海ペアとローレンス&ミゲル、この4人の戦いが繰り広げられていた。


「洋介、この二人、強い……!」


「……だな」


 ローレンスの魔法の轟音によって掛け声も聞こえず、十分な連携が取れないのだ。そして、ミゲルの硬化魔法は直哉たち6人の中でも一番のパワーを誇る洋介でもダメージをロクに与えられないのである。二人は完全に攻めあぐねていた。


「私の魔法の中で連携など取ることは出来ん」


「あんさんら、とっとと降参したらどうなんだ?」


 ローレンスとミゲルの二人はもう勝ったつもりでいるのか、降参するように洋介たちに勧めた。


「いや、お前らはきちっと俺たちで倒させてもらう」


「そうね。ここで引き下がるわけにはいかないわ!」


 先ほどまで疲労が見え隠れしていた二人だが、ここへ来て疲労の色がどんどん薄まっていく。


「“重力波グラヴィティ”!」


 夏海がそう叫ぶとローレンスたちの周りに紫色の魔法陣が浮かび上がった。


 その次の瞬間、地面にヒビが入り、二人はバランスを崩してよろけた。そこへすかさず洋介がミゲルの頭上から斧槍ハルバードを力任せに振り下ろした。


 しかし、洋介の斧槍ハルバードはミゲルの皮膚を薄く切っただけに過ぎなかった。続く洋介の2撃目はかわされてしまった。洋介の攻撃は一撃一撃が強力だが、動きが鈍いためかわされやすいという欠点があるのだ。


 そんなミゲルを横目で見て、ローレンスは獰猛な笑みを浮かべながら再び音魔法で轟音を生み出した。


 あまりの騒々しさに夏海の集中力が途切れる。それと同時に重力魔法の効力が弱まる。それに乗じて二人は重力魔法を破ってしまった。


 ローレンスの斧槍ハルバードが夏海に振り下ろされようかというタイミングで洋介の斧槍ハルバードがそれを弾き飛ばした。


「夏海姉さん、大丈夫か!?」


「ええ、ありがとうね。おかげさまで助かったわ」


「それなら良かった。それより姉さん、ここは一旦退こう。何かしらの対策を練らないとこのままだとやられちまう」


「ええ、それは同感だわ。ここは退いて態勢を立て直しましょう」


 洋介と夏海は目を合わせて、大きく頷いた。


 二人は「三十六計逃げるに如かず」とローレンスとミゲルに背を向けてその場を離脱した。その場に取り残されたローレンスとミゲルは一瞬、石化したようにその場を動けずにいた。ハッと状況を飲み込んだ時には洋介と夏海の姿は見えなくなっていた。


「ちっ!ミゲル、あの二人を捜すぞ!」


「ああ!」


 ……その後、ローレンスたちは逃げた二人を大慌てで追いかける羽目になったのだった。


 そして、大通り沿いにある建物群の屋根の上。ここでは茉由とマリーの氷属性の魔法を使う者同士の戦いが続いていた。


「“氷矢アイスアロー”!」


 先ほどのように大きな矢を一本放つのではなく、裁縫で使うメリケン針サイズの矢を何十本と茉由に向かって打ち出した。


 回避するという点においては大きい矢を一本発射される方が楽な方である。


 茉由は回避しようとするも、半分くらいの数の矢をその華奢な身に受けてしまった。


「……ッ!」


 茉由は痛そうに突っ伏した。しかし、いまだ剣を手放さないのは闘志の表れだろう。


「どうする?降参するなら今のうちよ」


 降伏を促すような口調をしながらも自らの髪と同じ露草色の氷の剣を召喚した。用心深い性格なのだろうことが見て取れる素振りだ。


「……まだ、諦めることは出来ません!先輩たちに迷惑はかけられないので!」


 茉由は堂々とした態度で、降伏することを拒んだ。


 それに対してマリーはあきれ顔で、白のヘアピンを留めている。それこそ『この子、実力差って言葉知ってるのかしら?』と言わんばかりの余裕な態度である。


「“氷刃ひょうじん”!」


 茉由は4つの氷の刃を飛ばした。刃はマリーの胸元の方へと飛び込んでいった。しかし、その刃がマリーに届くことはなかった。


「“氷盾アイスシールド”」


 起伏のない声でマリーが呟くと、マリーの前にはちょうどマリーの背丈と同じ大きさの氷の盾が展開されていた。


「私の魔法は氷の装備を召喚することが出来るのよ?"装備”なんだから武器だけじゃなくて盾や鎧も含まれているわ」


 茉由はその言葉を聞いてギュッと唇を噛みしめていた。正直、炎や熱系の魔法が使えたらこれほど苦戦することはなかっただろう。


 ――果たして、茉由はこの氷の装備を自在に召喚できるマリーを倒すことは出来るのか。


 そして、大通りから右の路地を曲がったところではシルビアと紗希の剣士対決が繰り広げられていた。


 パワーとスピードでは紗希の方がシルビアより上手だったが、シルビアはその分を技術で補っていた。これには紗希も攻めあぐねていた。


 レイピアは刺突用の剣だ。そのため間合いに入れば目にも止まらない速さで風を纏わせた突きが繰り出されてくる。紗希は今までに突きを捌いたことはないので不慣れであった。


 ……それに、一度間合いを取ろうと離れると風の刃を飛ばして追撃される。厄介この上ない相手だった。


「どうした?お前の方がパワーもスピードも私より上なのに、お前は私にまだ一太刀も報いれていないぞ」


 露骨なまでの煽りに対して紗希はギリギリと歯を噛み締めていた。紗希は元々負けず嫌いだ。この煽りには耐えられるとは思えない。


「……まだまだ!」


 紗希は先ほどよりも強く踏み込みを入れた。これにはシルビアも驚いた様子だったが。


「フッ!」


 シルビアの狙い澄ました突きが紗希の脇腹を貫いた。


 紗希は脇腹から血を流しながら地面に倒れこんだ。


「他のやつらもこの程度の強さなら私一人でも片付きそうなものだな」


 シルビアは傷口を抑えながら倒れこんでいる紗希を見下ろしながらポツリと物騒なことを呟いた。


 ――舞台は再び、地下水道に戻る。


「“炎霊砲えんれいほう”!」


「“風霊砲ふうれいほう”!」


 炎と風の息吹が少年少女の方へと放たれる。


 すると、少女は少年の前に立ち、砂の壁を作り上げた。


「エレナ、大丈夫か?」


「うん、何とか。“砂壁サンドウォール”がなかったら私たち丸焦げにされて吹っ飛んでたよ」


 二つの砲撃をエレナの砂壁サンドウォールが見事防ぎ切った。


 この砲撃を放ったのはピーターとスコットだ。二人とも精霊魔法の使い手である。精霊魔法は燃費は悪いが、威力は高い。


 青銅ブロンズランクの中では魔力の高い部類に入っているエレナ。この砂の壁を作ったのが彼女以外の者であったら間違いなくやられていただろう。


「おい、ピーター。このまま押し切っちまおうぜ!」


「ああ、そうだな。バカ兄貴」


 二人はそう言って、炎と風をそれぞれ剣に纏わせた。


 ……こうして再び戦いの幕が切って落とされた。


 その頃、広場では爆発に次ぐ爆発が起こっていた。その威力は凄まじく周囲の建物や石畳をドンドン破壊していく。そして、再び爆発が起こった。


「う、うわあ~や~ら~れ~た~!」


 とても戦闘中とは思えない、ふざけた声で一人の男が爆発源から吹っ飛ばされていく。


「てめえ、おちょくってんのか!」


 男が起き上がる間もなく、爆発が引き起こされた。


「いや、自分の魔術の効果を試してるんだよ」


 男――直哉はへらへらしながら起き上がってきた。直哉は、先ほど自らに付加エンチャントした爆裂魔法の耐性の効果をその身をもって試していたのだ。


「今度は俺のターンだな」


 直哉はそう言うとを周囲に纏ったサーベルを斜に構え、バーナードへと一直線に突っこんだ。


「……お前のへなちょこな剣捌きに俺が負けるわけねーだろうが」


 直哉がバーナードを斬りつける前にバーナードがその攻撃を横へ薙いだため、攻撃が当たることはなかった。


 おまけに直哉はその薙ぎ払いでサーベルの真ん中より上がぶった切られた。


「……やっべ!」


 バーナードは勝利の喜びを顔にみなぎらせながらサーベルを振りかぶった。そのサーベルは陽の光を受けて輝いていた。


「……終わりだ、小僧!」


 バーナードのサーベルが直哉の胸部を斬らんとした時、バーナードは自らのサーベルを二度と言わず三度見した。


「なんじゃこりゃあ!」


 ――何故か。それは、バーナードの持つサーベルの刃が凍り付いていたからだ。


 そして、そんな状態のサーベルでは直哉の着ている鎖鎧チェインメイルを切断する前にサーベルが粉々に砕け散る方が早いだろう。


「あれ?バーナードさんよ、俺はここで終わるんじゃなかったのかい?」


 直哉の煽りに対して、憤懣ふんまんやるかたない様子のバーナードであった。

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