87話目 メタモルフォーゼ

 ケルベロスから降りて、マグロ大王の頭に近づいてみる。


「なにをジロジロ見とんねん!」


 マグロ大王が怒声を飛ばした。


 とりあえず、マグロ大王が生きていることは確認できた。しかし、なにかがおかしい。よく見ると、マグロ大王の頭、人間でいうところのひたいの部分が白くなっている。


 その白くなった部分をよく見ようと近づくと、今までは陰になって見えていなかった反対側の目が、ポロリと落ちかけているのが見えた。


「これは……」


 そうつぶやいて、ステンノのほうへ目をやると、彼女は肩をすくめた。


「とりあえず、約束は守ったろ?」


 ということは、やはり秋山さんが、マグロ大王の頭を襲撃したということだ。


「この、頭が白くなってるのは?」

「秋山ちゃんがねえ、脳天を食べるって言って聞かなくてね。止める間もなく、日本刀を振り下ろしたもんだから、仕方なくね。日本刀が接するよりも一瞬早く、頭を石化させて守ったのさ」


 なるほど。脳天を石にしなければ、今頃、つのとろをかき出されて、マグロ大王は絶命していたとういことか。


「この目は?」

「秋山ちゃんが、返す刀で、サクッとくり抜いちまってねえ。こればっかりは防ぎきれなかったのさ。その後、秋山ちゃんとは、まあいろいろあったんだけど、とりあえずこれ以上マグロ大王の頭には手を出さないことにしてもらったよ。あ、目玉は一度完全に取れちまったんで、ちょっとつなげておいたよ」


 つなげておいた? おかしなこと言う。


 落ちかけた目玉をよく見てみると、目玉は眼窩から外れてぶら下がっているのだが、その目玉と眼窩の間を、緑色の綱のようなものがつないでいた。


 近づいて、さらによく見てみると、その緑色の綱は蛇だった。その蛇は、眼窩から直接生えているように見え、その先端では、180度近くに開いた蛇の口が、目玉の裏側に噛み付いて目を支えていた。


「え、この蛇は」


 驚いてステンノを見上げた。


「あたしの髪の毛さ」


 ステンノは、髪に手ぐしを通しながら言った。


「落ちた目玉をつなぐのに、それがいいかと思ってね。ほら、ここ。もう新しい子が生えてきてるよ」


 ステンノは、そう言いながら右の側頭部を少しかき分けて、こちらに見せてきた。そこには、周りの蛇よりもふた回りほど小さい蛇が、元気よく身体からだをくねらせていた。


「すごい。ステンノさんの蛇でつながってるんだ、これ」


 あらためて、ぶら下がった目玉をまじまじと見ていると、その目玉がぎょろりとこちらを向いた。


「だから、さっきからなにをジロジロ見とんねん!」


 再び、マグロ大王が怒声を飛ばす。


「え、この目は見えてるの?」

「見えとるわ! おかげで、こっちは視野が広がっとんねん! さらに、これ自在に動かせんねんで」


 その言葉通り、蛇が目玉を持ち上げ、上下前後左右、あらゆる方向に目玉を向け、回してみせた。


「え! この蛇は、あんたの意思で動かせるの?」

「そうなんや。オレもびっくりやで」


「どうなってるの?」


 ステンノにたずねると、彼女は再び肩をすくめた。


「あたしにも分からないよ。とりあえず、取れちまった目をくっつけるのに、蛇が使えるかと思ってやってみただけでさ。どうも、この蛇はマグロ大王の組織と同化しちまったようだね」


「すごい。ステンノさんの髪の毛の蛇には、そんな効果があるんだね」

「そろそろ、吐き出させてくれないか」


 唐突にケルベロスの白狼顔が言った。


「そうだ。忘れてた。マグロ大王の身体からだを作るために、大量のすり身を集めてきたんだよ。ケルベロス、出して」


 それを合図に、ケルベロスが少し後ろに下がり、パラボラアンテナのような頭を下に向けると、壮絶な水音とともに、100個近くの口から大量のすり身が吐き出され、山となった。


「ふう、やっと出せた」

「ずっと飲み込まずにいるのはきつかったわい」

「あ、これ、吐き出すやつだったかの? 飲み込んでしもた」

「なかなか美味であったぞ」


ケルベロスの顔が、口々に喋り、ざわめきが起きた。


「ずいぶん集めたね。これだけあれば、立派な身体からだができるんじゃないか」


 ステンノは素直に驚いたように言った。


「でしょ。さあ、マグロ大王! これからあんたを一人前にしてやるぜ!」


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 大量のすり身で、どんな身体からだを作る?

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