71話目 泳法

「話せば長くなるんだがな――」

「ウェイト! さっきからトークばっかりしてて、マグロ大王を全然チェイスできてないのよ!」


 話し始めたケルベロスを、ペーターがさえぎった。そこへ、佐々木が割って入った。


「結論から言うと、僕がケルベロスに伝えたんですよ」


 この言葉は意外だった。


「佐々木とケルベロスさんに、どんな接点があったの?」

「”さん”は要らんよ」


 ダルメシアンの顔が言い、柴犬の顔が続ける。


「この佐々木とは、未踏峰みとうほう仲間でな。毎日のように通っている内に、よく話すようになったのだ」

「僕はマッターホルンちゃん一筋でしたが、ケルベロスさんは店の子全員に手を出す勢いでして」


「これ。孫の前で生々しい話をするでない」

未踏峰みとうほうの名前を出した時点でアウトなのに、今さらですよ」


「それもそうだの。ふぉっふぉっふぉ」


 ケルベロスの、2~30個の顔が同時に笑った。残りの顔が笑っていないところを見ると、それぞれの顔に個性があるのかもしれない。


「2人の接点は分かったけど、それで、どうしてここに?」

「わしがクロマグロたちと仲良くなるにつれ、魚介星人たちの不穏な噂を聞くようになっての。クロマグロたちも魚介星人だから、自然とそういう情報は入ってくるんだろうな」


「そこで、噂の真偽を確かめようという話になったんですよ。ファントムバスター、分かります?」


 ふいに佐々木の口から出た名詞には、たしかに聞き覚えがあった。いや、見覚えだろうか。毎日のようにその言葉を見た気がするが、それが具体的になんであったかを即座に思い出せなかった。


「すごく知ってる気がするんだけど、なんだっけ」

「うちの会社のビルの4階に入ってる店ですよ」


 ああ、そうだった。霊感商法系の見るからに怪しげな店だ。というか、会社の入ってるあのビル全体が怪しげなのだ。


「そのファントムバスターがどうしたの?」

「そこに、未来が見えるという女性が居るんです。ある日、僕とワタシとケルベロスで、ファントムバスターに行って、魚介星人がなにをしでかすか、その未来を教えてもらいに行ったんです」


 ワタシ、の部分だけ明らかに声音こわねが変わったところから、そこはマッターホルンが喋ったらしい。


「そこの店主は、ゴータマ・ヨシエという女でな、なんでも、あの釈迦の末裔らしく、特別な能力を備えているのだ」


 ケルベロスの土佐犬顔が、真面目な顔で言った。


 佐々木といいケルベロスといい、さっきから真面目な口調で話しているが、ゴータマ・ヨシエなどという胡散臭さ全開の女のことを信じているのだろうか。


「へー。釈迦の……。それはそれはなんとも」


 本家本元の釈迦本人ですら、未来が見えたなんていう話は聞いたことがない。果たしてツッコんでいいのかどうか。とりあえず、先を聞くことにしよう。


「で、その占いおばばはなんて言ってたの?」

「なぜ、おばばだと?」


 佐々木が不思議そうな表情を向ける。


「なんとなく。違った? 若いの?」

「それが、年齢不詳なんですよね」


「ま、それはいいや。そのゴータマさんがマグロ大王のことを予言して、ケルベロスがここでアーツを待ち伏せすることになった、と。そういう話?」


 そうであれば、ゴータマ・ヨシエにはなんらかのちからがあると言える。


「いや、そうではない」


 違うんかい。心の中で、ケルベロスのラブラドール顔にツッコんでしまう。


「ただ、結果的に、ゴータマさんの話は当たっていたと言えます。豊洲市場で、大量の魚介星人が死ぬことを言い当ててましたから」


「へえ。それはすごい。具体的になんて言ってたの?」

「こんな感じでした。……たいりょう……まもなく、たいりょう……。豊洲市場に、多くの魚が横たわっているのが見える……」


 そりゃ、豊洲市場には多くの魚が横たわっているだろう。そして、たいりょうは大漁じゃないか。

 しかし、そこをツッコむのはやめておこう。


「いまいち話が見えてこないんだけど、それで、ケルベロスはどうやって、アーツがマグロ大王を追ってることを知ったの?」

「僕が、マッターホルンちゃんとひとつになって復活してすぐ、僕は会社に向かったじゃないですか。あのとき、会社に行く前に、ちょっとだけ未踏峰みとうほうに寄ったんですよ。そうしたら、そこにケルベロスが居たので、これもなにかの縁だと思って、欠片を渡してたんです」


「ん、ということはつまり」

「おぬしらの行動は、ササキを介して筒抜けだったのだ。孫のアーツまで一緒に居ると知ってびっくりしたものよ。おぬしらがマグロ大王を追うという話になってすぐ、わしはやつの追跡を開始したというわけだ」


「途中でイカ星人と遊んでたりしたせいで、僕たちの追跡は遅かったですからね。ケルベロスはさっさとマグロ大王のにおいを追跡して、先にここで待っていた、と、そういうことです」


「単純に、佐々木が伝えてただけじゃん! そういうことはさっさと言ってよ」

「だから最初に結論を伝えたじゃないですか。僕がケルベロスに伝えた、と。なのに、売子木きしゃのきさんが、過去の経緯をいろいろ聞いてくるから」


「たしかに結論はそうだったけど、大事なところを伝えてないじゃないの」

「そうですか? 細かいことを気にする人ですね」


「さて、マグロ大王を追うかのう」


 ホオジロザメ顔の口の端にシワが寄り、笑みらしきものを浮かべたかと思うと、ケルベロスは猛烈な勢いで走り出した。いや、泳ぎだしたというべきだろうか。ここは宇宙水の中なのだ。地上を走るようには移動できないはずなのだが、ケルベロスは地面の上を飛び跳ねるかのような動きで、あっという間に遠ざかってしまった。


 アーツもそれに続き、ペーターと秋山さんはクロールのような泳ぎであとを追った。あのスピードについていくのは大変そうなので、水中でもまた俺は佐々木に助けてもらうことにする。


「君は、泳ぎのほうはどうなの」

「任せてください。ハニワにしかできない独自の泳法があるんです」


「じゃあ、また君にしがみついていくんでよろしく」


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 ハニワ泳法はどんな泳ぎ?

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